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第四話 氷の恋(完)
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グレイは以前よりも春斗と距離を取るようになっていた。
中庭ですれ違っても、挨拶だけで通り過ぎる。回廊で目が合っても、すぐに視線を逸らす。春斗の笑顔に、もうまっすぐ応えられなかった。
(……わかっている。最初から、わかっていたはずだった)
氷の魔を司る四天王にとって、恋心は遠く、無縁の感情だと思っていた。けれど、春斗の温もりは、いつしか自分の中の氷を静かに溶かし始めていた。
彼の笑顔を見るだけで心がざわつく。手を振られるだけで、嬉しくなってしまう。──でもそれは、自分だけのものではなかった。
春斗の心が向いているのはバロンだ。 彼の目に映るのは自分ではない。
その証拠に、あのマフラーを巻いた春斗は、バロンの言葉一つで顔を赤らめる。 優しく名前を呼ばれるだけで、あたたかい光に包まれたような顔になる。
──その表情を、自分は引き出せない。
それが、答えだった。
その夜、グレイは一人、雪の積もる見晴らしの塔にいた。夜空は澄んでいて、月がまるで凍てついた湖のように冷たく輝いている。
「……」
春斗が好きだ。
そう言ってしまえば楽になるのかもしれない。けれど、それは彼を困らせるだけだと、グレイは知っている。
彼はあまりに優しいから。だから、この想いは胸の中だけにしまっておかなければならない。
「春斗」
夜風にまぎれて、そっと彼の名を呟いた。
「……君が笑っていられるなら、それでいい」
それが、自分にできる唯一の誠実な選択だった。
グレイは手のひらを開き、空を仰いだ。 そこにある月は、まるで氷のようで、美しく、そして遠かった。
*
翌朝、春斗は目をこすりながら中庭に向かい、ふと気づく。
「あれ、グレイさん、最近見かけないな……」
バロンの傍に立つ春斗の頬を、朝の風が優しく撫でる。そして、その風の中に、ほんの少しだけ氷の気配が溶け込んでいたことに、春斗は気づいていなかった。
*
季節が移ろい、中庭の花が春の陽を浴びて咲き誇る頃。
グレイは、久しぶりに魔王城の回廊を歩いていた。
用事ではない。ただの散歩だと自分に言い聞かせながら。
(……会うつもりはない)
心の中でそう繰り返す。それなのに、歩く先はいつも春斗とすれ違ったあの場所へと向かってしまう。
角を曲がると、ちょうど誰かとすれ違った。
「……!」
グレイの足が、一瞬だけ止まる。
春斗だった。だが彼の隣には、当然のようにバロンがいた。手には書類。何気ないやり取り。けれど、二人の距離は近く、春斗の笑顔はあたたかだった。
気づかれないように、足早に通り過ぎようとした、そのとき。
「──あ、グレイさん!」
声が届く。
グレイは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
春斗が小走りに駆け寄ってくる。
「久しぶりですね!最近、あんまり見かけなかったから、ちょっと心配してました」
「……任務で外に出ていたんだ」
「そっか……あのマフラー、まだ使ってますよ。あったかくてお気に入りなんです」
そう言って、春斗は少し照れたように笑う。
その笑顔に、グレイの胸がまた静かに痛んだ。
「それは、よかった」
それだけ言って、もう背を向けようとした時──
「グレイさん、また話しましょうね。前みたいに時々でいいから」
不意に告げられた言葉に、グレイは少しだけ足を止めた。
振り返らずに答える。
「……ああ」
歩き出しながら、グレイはふと気づいた。
まだ、心は完全に冷えてはいない。凍てついてもいない。
それは、春斗がくれた温もりのせいだ。
(……好きだった)
口には出さない。でも、それは確かにあった気持ちだった。
叶わないと知っていても、それでも大切にしたくなる感情。
マフラーを渡したあの瞬間のように。
グレイの恋心は、やがて彼の中で──静かに、美しく結晶になっていった。
──第二章 完。
中庭ですれ違っても、挨拶だけで通り過ぎる。回廊で目が合っても、すぐに視線を逸らす。春斗の笑顔に、もうまっすぐ応えられなかった。
(……わかっている。最初から、わかっていたはずだった)
氷の魔を司る四天王にとって、恋心は遠く、無縁の感情だと思っていた。けれど、春斗の温もりは、いつしか自分の中の氷を静かに溶かし始めていた。
彼の笑顔を見るだけで心がざわつく。手を振られるだけで、嬉しくなってしまう。──でもそれは、自分だけのものではなかった。
春斗の心が向いているのはバロンだ。 彼の目に映るのは自分ではない。
その証拠に、あのマフラーを巻いた春斗は、バロンの言葉一つで顔を赤らめる。 優しく名前を呼ばれるだけで、あたたかい光に包まれたような顔になる。
──その表情を、自分は引き出せない。
それが、答えだった。
その夜、グレイは一人、雪の積もる見晴らしの塔にいた。夜空は澄んでいて、月がまるで凍てついた湖のように冷たく輝いている。
「……」
春斗が好きだ。
そう言ってしまえば楽になるのかもしれない。けれど、それは彼を困らせるだけだと、グレイは知っている。
彼はあまりに優しいから。だから、この想いは胸の中だけにしまっておかなければならない。
「春斗」
夜風にまぎれて、そっと彼の名を呟いた。
「……君が笑っていられるなら、それでいい」
それが、自分にできる唯一の誠実な選択だった。
グレイは手のひらを開き、空を仰いだ。 そこにある月は、まるで氷のようで、美しく、そして遠かった。
*
翌朝、春斗は目をこすりながら中庭に向かい、ふと気づく。
「あれ、グレイさん、最近見かけないな……」
バロンの傍に立つ春斗の頬を、朝の風が優しく撫でる。そして、その風の中に、ほんの少しだけ氷の気配が溶け込んでいたことに、春斗は気づいていなかった。
*
季節が移ろい、中庭の花が春の陽を浴びて咲き誇る頃。
グレイは、久しぶりに魔王城の回廊を歩いていた。
用事ではない。ただの散歩だと自分に言い聞かせながら。
(……会うつもりはない)
心の中でそう繰り返す。それなのに、歩く先はいつも春斗とすれ違ったあの場所へと向かってしまう。
角を曲がると、ちょうど誰かとすれ違った。
「……!」
グレイの足が、一瞬だけ止まる。
春斗だった。だが彼の隣には、当然のようにバロンがいた。手には書類。何気ないやり取り。けれど、二人の距離は近く、春斗の笑顔はあたたかだった。
気づかれないように、足早に通り過ぎようとした、そのとき。
「──あ、グレイさん!」
声が届く。
グレイは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
春斗が小走りに駆け寄ってくる。
「久しぶりですね!最近、あんまり見かけなかったから、ちょっと心配してました」
「……任務で外に出ていたんだ」
「そっか……あのマフラー、まだ使ってますよ。あったかくてお気に入りなんです」
そう言って、春斗は少し照れたように笑う。
その笑顔に、グレイの胸がまた静かに痛んだ。
「それは、よかった」
それだけ言って、もう背を向けようとした時──
「グレイさん、また話しましょうね。前みたいに時々でいいから」
不意に告げられた言葉に、グレイは少しだけ足を止めた。
振り返らずに答える。
「……ああ」
歩き出しながら、グレイはふと気づいた。
まだ、心は完全に冷えてはいない。凍てついてもいない。
それは、春斗がくれた温もりのせいだ。
(……好きだった)
口には出さない。でも、それは確かにあった気持ちだった。
叶わないと知っていても、それでも大切にしたくなる感情。
マフラーを渡したあの瞬間のように。
グレイの恋心は、やがて彼の中で──静かに、美しく結晶になっていった。
──第二章 完。
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