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第5話
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第5話
「…ただいま~」
「あ!優姉おかえり!」
玄関のドアを開け、ローファーを脱いでいると、慶太が駆け足でやって来た。タオルを肩にかけている様子を見ると、既にお風呂は済ませてあるようだった。
「今日のご飯何?」
「慶太の好きなハンバーグ」
「まじ!?やったぁ!」
慶太は私が持っていた袋の1つを持ち、リビングへと運んでいった。私もローファーを片付てからリビングへ向かおうと思い、下駄箱を開けると、そこにはうちの学校指定のローファーが一足入っていた。私はローファーをしまうと、リビングへと向かいながら慶太に声をかけた。
「ねぇ慶太。蒼来てる?」
「うん。来てるよー!」
「そう。泊まってくって?」
「うん!姉ちゃんの部屋に上げちゃったけど、大丈夫だった?」
「あぁ…うん。いいよ。」
私はそう返すと階段を上がり、自分の部屋へと向かった。
暗い2階の廊下には、私の部屋から明かりがこぼれていて、
部屋に入ってみると、クーラーのせいか、ものすごく寒い空間になっていた。
「ちょ…寒すぎ。クーラーの設定温度何℃にしてんの!?」
私はそう言いながら、クーラーのリモコンを手に取った。クーラーの設定温度は22℃になっているうえに、強風設定になっていた。私はクーラーの運転を停止すると、人のベッドの上でタオルケットを頭からかぶって寝ている蒼を叩き起こした。
「……あ?なんだよ…」
「なんだよじゃないわよ!クーラーの設定温度下げすぎ!風邪引いたらどうするの!?」
「…」
「ちょっと…、聞いてるの?」
黙りこくる蒼に私は問いかける
しかし返事がないので、蒼の顔を覗き込む。
その瞬間、蒼の手が私の方に伸び、
腕を引かれ、私はベッドに倒れ込んだ。
「…蒼~?」
「…さみぃ…」
私の腕を掴む手は冷たい。
蒼はタオルケットをすっぽりかぶって、また丸まった。
「…だから言ってるじゃない。温度下げすぎだって。
もぉ~…こんな冷えるまでつけてるとか…、」
「…悪かったよ。」
「別にいいけど…、ほら。寒いならお風呂入って…」
「そうじゃねぇよ。」
蒼は私の方に体を寄せ、私の腕から手を離すと、
その手はそのまま私の頬に触れた。
タオルケットから出している顔は、どことなく寂しそうに見える。
「…さっき、お前に…その…、ひどいこと言ったし…」
「…蒼…」
「昼のときだって、さっきだって、
お前は俺のこと心配してるから言ってんのに…
だからその、悪かった…。」
蒼の手が私の頬から離れる。
私の口からは思わずため息がこぼれた。
それを見た蒼は不安そうに私の顔を見ている。
私は彼のおでこに軽くデコピンをした。
「こんなことでそんな顔しないの。別に気にしてないよ。」
「……怒ってねぇの」
「怒ってはないよ。傷ついたけど。」
蒼がタオルケットを強く握りしめ、先程よりも不安そうな顔をしている。私はそれを見て、思わず笑ってしまった。
「嘘、大丈夫だよ。あれが勢いだってことはわかってる。
だから別に気にしなくていいよ。」
「…優美…」
「蒼も、私のこと心配してくれたんでしょ?
ほーんと、昔から心配症だもんね。」
「……それはお前もだろ。」
少しいじけているような顔をしているが、蒼がタオルケットを握りしめる力が弱くなる。私は蒼の頭の上に手を乗せ、そのまま髪をぐしゃぐしゃにした。
「何すんだよ…!」
「ごめんごめん。ちょっとふざけただけ。
ほら、お風呂入ってきて!ご飯にするから。」
私はベッドから起き上がり、部屋のドアへと手をかけた。
髪がぐしゃぐしゃになった蒼はそれを不服そうに睨んでいる。
「ほら、早くしないとお湯冷めちゃうよ。
入ってこないと、慶太にご飯全部食べられちゃうから。」
そう言うと、蒼はベッドから起き上がり、
私と一緒に部屋を出た。
_________________________
蒼は、昔からものすごい心配症だった。
小学4年生ぐらいの頃だろうか。公園で遊んでいた私の頭に、
近くで遊んでいた男の子たちが蹴っていたサッカーボールがあたったことがある。
病院に行くほどのことでもなかったけど、親が大騒ぎするもんだから蒼の顔は青ざめていた。そのサッカーボールで遊んでいる男の子たちの中に混ざって遊んでいたからだ。
蒼が蹴ったボールが当たったわけではないけど、蒼は何度も何度も謝ってきた。挙げ句の果てに泣きだして、私もつられて大泣きしたのを覚えている。
だからこそ、私達はお互いのことを心配してやまない。
でも彼からしたら、それは幼馴染だからであって、私とは違う。
「…姉、優姉!」
「…へ、あ。ごめん。何?」
「さっきから何回呼んでも返事がないから…
優姉大丈夫?疲れてるの?」
「ううん、何でもないよ。大丈夫。
お腹すいたよね。もう用意できるから。
TVでも見て待ってて。」
「…うん、わかった。」
慶太に声をかけられ、私はようやっと夕飯の支度を始めた。
手を洗い、冷蔵庫からレタスとトマトを取り出し
まな板の上に置く。包丁で切ってからお皿に盛り付けて、
温めておいたハンバーグを乗せた。
「…ねぇ、慶太って好きな子いないの?」
「はぁ!?い、いる訳ねぇじゃん!何言ってんだよ!」
「ふーん、そっかぁ…」
「な、何で急にそんなこと聞くんだよ…」
「いやなんとなくだけど、そろそろ好きな子の1人や2人はいてもいいんじゃないのかなぁって思っただけ。」
盛り付け終わったお皿をテーブルの上に置きながら慶太の方を見ると、買ったばかりのスマホの画面をじっと見ていた。
慶太にバレないようにそっと後ろから覗き込むと、
「椎名」という名前の子とのLINEをしている画面が見えた。
よく見ると、「好きだよ。」とか、「今度のデートはいつにする?」等の、いかにもカップルらしいやりとりが行われていた。
「なーんだ、好きな子じゃなくて、彼女がいるのね。」
「え、ちょ!?何見てんだよ!?」
「いや、たまたま見えたから」
「絶対嘘だろ!!もぉぉ、まじかよぉ」
私がその場から離れてテーブルの上に色々と並べているなか、慶太はソファーの上でジタバタと暴れている。
そこにお風呂からあがった蒼がやってきて、
目の前に広がる異様な光景に戸惑っていた。
「…慶太何してんだよ?」
「蒼兄ちゃん!い、いや、なんでもないけど…」
「私に彼女とのLINE見られたから羞恥心でジタバタしてる。」
「まじか。慶太彼女いるのかよ。」
「姉ちゃーん!なんで言うんだよぉ!」
慶太はさっきよりも顔を赤くしてまたソファーの上でジタバタし始めた。その様子を笑いながら蒼はテーブルの近くへとやってきて、「うまそ。」と呟いた。
「慶太ー、いつまでもジタバタしてないのー、
別に彼女とラブラブしてても何も言わないから。」
「そういうことじゃないし!てかラブラブじゃないし!」
「えー?だって好きだよ?っていつも言ってるんでしょ?
いつデートに行くの?」
「もぉぉ!言うなってばぁ!」
「わかった、わかったから!もうご飯にするから座りなさい。」
慶太は頭を掻きながらソファーから起き上がり、テーブルの前にある1番右側のイスに座った。蒼はその隣に座り、私はその向かい側に座る。
「はい、じゃあ。召し上がれ。」
「「いただきます。」」
手を合わせた2人は、大きな口で熱々のハンバーグを頬張った。その次にご飯をかきこみ、それを飲み込むと、「うまい!」と声をそろえて言った。
「それはよかったけど、あんた達すっごい似てきたわよね。」
「「そうか?」」
「…フフッ、あんた達といると父さん達がいなくても寂しくなくていいわ。」
この家には私と慶太しか暮らしていない。
今から4年前、海外に出張していた父さん達が乗っていた飛行機は、日本に帰ってくる途中でエンジントラブルが起きて、そのまま墜落した。私が中学生になってからは過呼吸の症状が見られなかったからか、父さん達は家を空けることが多くなり、家にいないことが当たり前の用にもなっていたけど、もう2度と帰ってくることはなくなってしまったのだ。
当時、私は中学2年生で、慶太は小学4年生だった。私達の家には父さんのお兄さん夫婦が面倒を見に来てくれたけど、私が高校生になったので、今は慶太と2人で生活をしている。
「姉ちゃんは寂しがりやだからな!俺が一緒にいないとダメなんだけど、学校は行けないから、学校のときは蒼兄ちゃんに任せる!変な奴等から姉ちゃんを守るのと、姉ちゃんに寂しい思いをさせないってことは俺等2人の約束だからな!」
「そうだったな。」
「いつの間にそんな約束してたの?」
「それは秘密!」
慶太はニコニコしながら最後の一口のハンバーグを食べ、「ごちそうさま!」とお皿を片付け部屋へと駆け上がっていった。
「しっかりしてるな。」
「そうだね。まだまだ子供だと思ってたけど、しっかり男の子なんだなぁ…」
「逆に寂しいんじゃないか?」
「んー、そうかもしれないけど、私が我儘言うわけにはいかないからね。仮にもお姉ちゃんだし。」
食べ終わったお皿をもっていき、シンクの中に入っているお皿を洗っていると、蒼が後ろから私の肩に頭を乗せてきた。
「まぁ、俺はいつでもお前のそばにいるから。」
「うん。ありがと蒼。」
濡れた手を拭いて蒼の頭を撫でると、お風呂上がりの髪から、私の家のシャンプーの匂いがした。
_________________________
「ピピピピ…」
朝6時半を告げるアラームを止め起き上がり外を見ると、空は夏の朝とは思えないほど黒かった。
「…今日天気悪いのかな…」
ベッドから降りて着替えてから部屋を出る。リビングに降りてTVをつけると、天気予報がやっていた。
「今日は台風が関東地方に迫ってくるでしょう。午前中から風は強く、夕方から大雨が予想されます。お出かけの際は十分に注意してください。」
画面の向こうにいる眼鏡をかけた細身の気象予報士がそう言うのを確認してからTVを消し、私はすぐさま部屋に戻るとスマホを手に取った。
「台風、家出、荷物まとめて旧校舎集合」
LINEを開き、私達5人のグループにメッセージを送ったあと、クローゼットを開け大きな旅行カバンを取り出す。その中に換えの下着、ジャージ、厚手のタオルケットをいれ、いつも持ち歩いているポーチを入れたあと、部屋を出て洗面台からハブラシなどを取り、それを袋にまとめてカバンに入れた。
「姉ちゃん?何してるの?」
「あ、慶太おはよう。ちょっとね、学校に篭ろうと思って。
あんた今日から友達の家に泊まりに行くのよね?昨日の夜に用意しておいたお菓子とかあるから、それ持っていきなさいね。」
「それは良いけど、家に帰ってこないの?」
「まぁね、台風っていう絶好の機会もあるしちょっとした家出みたいな感じだから。あんたも友達の家からそのまま1週間合宿に行くからちょうどいいかなって」
「ふぅん。どうせいつもの4人とでしょ?楽しんできてね。」
「あんたも気をつけながら楽しんで来なさいな。」
慶太の学校はもう夏休みに入っている、慶太の部活は夏休みに入って最初の1週間は合宿と決まっていて、合宿には新潟まで行くので、台風の影響は心配されない。
「そういえば、蒼兄ちゃんは?」
「いつも通り。バイト。」
「そっか、でも多分もう家にいるよね。」
「うん。LINEも見てると思うよ。」
蒼は週に4日、夜中から朝方にかけてバイトをしている。
だから私の家に泊まりに来ても、夜中には家を出ていく。
いつものことだからすっかり慣れてしまった。
「じゃあ、私は学校行くから。合宿、気をつけて行ってらっしゃい。」
「うん!姉ちゃんも行ってらっしゃい!」
私は慶太の頭を撫でると、大きな荷物を背負って家を出た。
今の時間は7時。学校には10分ぐらいで着いてしまうので少し早いかとも思ったが、私はそのまま学校へと向かった。
今日から私達の一週間の家出生活が始まる。
第5話 終
「…ただいま~」
「あ!優姉おかえり!」
玄関のドアを開け、ローファーを脱いでいると、慶太が駆け足でやって来た。タオルを肩にかけている様子を見ると、既にお風呂は済ませてあるようだった。
「今日のご飯何?」
「慶太の好きなハンバーグ」
「まじ!?やったぁ!」
慶太は私が持っていた袋の1つを持ち、リビングへと運んでいった。私もローファーを片付てからリビングへ向かおうと思い、下駄箱を開けると、そこにはうちの学校指定のローファーが一足入っていた。私はローファーをしまうと、リビングへと向かいながら慶太に声をかけた。
「ねぇ慶太。蒼来てる?」
「うん。来てるよー!」
「そう。泊まってくって?」
「うん!姉ちゃんの部屋に上げちゃったけど、大丈夫だった?」
「あぁ…うん。いいよ。」
私はそう返すと階段を上がり、自分の部屋へと向かった。
暗い2階の廊下には、私の部屋から明かりがこぼれていて、
部屋に入ってみると、クーラーのせいか、ものすごく寒い空間になっていた。
「ちょ…寒すぎ。クーラーの設定温度何℃にしてんの!?」
私はそう言いながら、クーラーのリモコンを手に取った。クーラーの設定温度は22℃になっているうえに、強風設定になっていた。私はクーラーの運転を停止すると、人のベッドの上でタオルケットを頭からかぶって寝ている蒼を叩き起こした。
「……あ?なんだよ…」
「なんだよじゃないわよ!クーラーの設定温度下げすぎ!風邪引いたらどうするの!?」
「…」
「ちょっと…、聞いてるの?」
黙りこくる蒼に私は問いかける
しかし返事がないので、蒼の顔を覗き込む。
その瞬間、蒼の手が私の方に伸び、
腕を引かれ、私はベッドに倒れ込んだ。
「…蒼~?」
「…さみぃ…」
私の腕を掴む手は冷たい。
蒼はタオルケットをすっぽりかぶって、また丸まった。
「…だから言ってるじゃない。温度下げすぎだって。
もぉ~…こんな冷えるまでつけてるとか…、」
「…悪かったよ。」
「別にいいけど…、ほら。寒いならお風呂入って…」
「そうじゃねぇよ。」
蒼は私の方に体を寄せ、私の腕から手を離すと、
その手はそのまま私の頬に触れた。
タオルケットから出している顔は、どことなく寂しそうに見える。
「…さっき、お前に…その…、ひどいこと言ったし…」
「…蒼…」
「昼のときだって、さっきだって、
お前は俺のこと心配してるから言ってんのに…
だからその、悪かった…。」
蒼の手が私の頬から離れる。
私の口からは思わずため息がこぼれた。
それを見た蒼は不安そうに私の顔を見ている。
私は彼のおでこに軽くデコピンをした。
「こんなことでそんな顔しないの。別に気にしてないよ。」
「……怒ってねぇの」
「怒ってはないよ。傷ついたけど。」
蒼がタオルケットを強く握りしめ、先程よりも不安そうな顔をしている。私はそれを見て、思わず笑ってしまった。
「嘘、大丈夫だよ。あれが勢いだってことはわかってる。
だから別に気にしなくていいよ。」
「…優美…」
「蒼も、私のこと心配してくれたんでしょ?
ほーんと、昔から心配症だもんね。」
「……それはお前もだろ。」
少しいじけているような顔をしているが、蒼がタオルケットを握りしめる力が弱くなる。私は蒼の頭の上に手を乗せ、そのまま髪をぐしゃぐしゃにした。
「何すんだよ…!」
「ごめんごめん。ちょっとふざけただけ。
ほら、お風呂入ってきて!ご飯にするから。」
私はベッドから起き上がり、部屋のドアへと手をかけた。
髪がぐしゃぐしゃになった蒼はそれを不服そうに睨んでいる。
「ほら、早くしないとお湯冷めちゃうよ。
入ってこないと、慶太にご飯全部食べられちゃうから。」
そう言うと、蒼はベッドから起き上がり、
私と一緒に部屋を出た。
_________________________
蒼は、昔からものすごい心配症だった。
小学4年生ぐらいの頃だろうか。公園で遊んでいた私の頭に、
近くで遊んでいた男の子たちが蹴っていたサッカーボールがあたったことがある。
病院に行くほどのことでもなかったけど、親が大騒ぎするもんだから蒼の顔は青ざめていた。そのサッカーボールで遊んでいる男の子たちの中に混ざって遊んでいたからだ。
蒼が蹴ったボールが当たったわけではないけど、蒼は何度も何度も謝ってきた。挙げ句の果てに泣きだして、私もつられて大泣きしたのを覚えている。
だからこそ、私達はお互いのことを心配してやまない。
でも彼からしたら、それは幼馴染だからであって、私とは違う。
「…姉、優姉!」
「…へ、あ。ごめん。何?」
「さっきから何回呼んでも返事がないから…
優姉大丈夫?疲れてるの?」
「ううん、何でもないよ。大丈夫。
お腹すいたよね。もう用意できるから。
TVでも見て待ってて。」
「…うん、わかった。」
慶太に声をかけられ、私はようやっと夕飯の支度を始めた。
手を洗い、冷蔵庫からレタスとトマトを取り出し
まな板の上に置く。包丁で切ってからお皿に盛り付けて、
温めておいたハンバーグを乗せた。
「…ねぇ、慶太って好きな子いないの?」
「はぁ!?い、いる訳ねぇじゃん!何言ってんだよ!」
「ふーん、そっかぁ…」
「な、何で急にそんなこと聞くんだよ…」
「いやなんとなくだけど、そろそろ好きな子の1人や2人はいてもいいんじゃないのかなぁって思っただけ。」
盛り付け終わったお皿をテーブルの上に置きながら慶太の方を見ると、買ったばかりのスマホの画面をじっと見ていた。
慶太にバレないようにそっと後ろから覗き込むと、
「椎名」という名前の子とのLINEをしている画面が見えた。
よく見ると、「好きだよ。」とか、「今度のデートはいつにする?」等の、いかにもカップルらしいやりとりが行われていた。
「なーんだ、好きな子じゃなくて、彼女がいるのね。」
「え、ちょ!?何見てんだよ!?」
「いや、たまたま見えたから」
「絶対嘘だろ!!もぉぉ、まじかよぉ」
私がその場から離れてテーブルの上に色々と並べているなか、慶太はソファーの上でジタバタと暴れている。
そこにお風呂からあがった蒼がやってきて、
目の前に広がる異様な光景に戸惑っていた。
「…慶太何してんだよ?」
「蒼兄ちゃん!い、いや、なんでもないけど…」
「私に彼女とのLINE見られたから羞恥心でジタバタしてる。」
「まじか。慶太彼女いるのかよ。」
「姉ちゃーん!なんで言うんだよぉ!」
慶太はさっきよりも顔を赤くしてまたソファーの上でジタバタし始めた。その様子を笑いながら蒼はテーブルの近くへとやってきて、「うまそ。」と呟いた。
「慶太ー、いつまでもジタバタしてないのー、
別に彼女とラブラブしてても何も言わないから。」
「そういうことじゃないし!てかラブラブじゃないし!」
「えー?だって好きだよ?っていつも言ってるんでしょ?
いつデートに行くの?」
「もぉぉ!言うなってばぁ!」
「わかった、わかったから!もうご飯にするから座りなさい。」
慶太は頭を掻きながらソファーから起き上がり、テーブルの前にある1番右側のイスに座った。蒼はその隣に座り、私はその向かい側に座る。
「はい、じゃあ。召し上がれ。」
「「いただきます。」」
手を合わせた2人は、大きな口で熱々のハンバーグを頬張った。その次にご飯をかきこみ、それを飲み込むと、「うまい!」と声をそろえて言った。
「それはよかったけど、あんた達すっごい似てきたわよね。」
「「そうか?」」
「…フフッ、あんた達といると父さん達がいなくても寂しくなくていいわ。」
この家には私と慶太しか暮らしていない。
今から4年前、海外に出張していた父さん達が乗っていた飛行機は、日本に帰ってくる途中でエンジントラブルが起きて、そのまま墜落した。私が中学生になってからは過呼吸の症状が見られなかったからか、父さん達は家を空けることが多くなり、家にいないことが当たり前の用にもなっていたけど、もう2度と帰ってくることはなくなってしまったのだ。
当時、私は中学2年生で、慶太は小学4年生だった。私達の家には父さんのお兄さん夫婦が面倒を見に来てくれたけど、私が高校生になったので、今は慶太と2人で生活をしている。
「姉ちゃんは寂しがりやだからな!俺が一緒にいないとダメなんだけど、学校は行けないから、学校のときは蒼兄ちゃんに任せる!変な奴等から姉ちゃんを守るのと、姉ちゃんに寂しい思いをさせないってことは俺等2人の約束だからな!」
「そうだったな。」
「いつの間にそんな約束してたの?」
「それは秘密!」
慶太はニコニコしながら最後の一口のハンバーグを食べ、「ごちそうさま!」とお皿を片付け部屋へと駆け上がっていった。
「しっかりしてるな。」
「そうだね。まだまだ子供だと思ってたけど、しっかり男の子なんだなぁ…」
「逆に寂しいんじゃないか?」
「んー、そうかもしれないけど、私が我儘言うわけにはいかないからね。仮にもお姉ちゃんだし。」
食べ終わったお皿をもっていき、シンクの中に入っているお皿を洗っていると、蒼が後ろから私の肩に頭を乗せてきた。
「まぁ、俺はいつでもお前のそばにいるから。」
「うん。ありがと蒼。」
濡れた手を拭いて蒼の頭を撫でると、お風呂上がりの髪から、私の家のシャンプーの匂いがした。
_________________________
「ピピピピ…」
朝6時半を告げるアラームを止め起き上がり外を見ると、空は夏の朝とは思えないほど黒かった。
「…今日天気悪いのかな…」
ベッドから降りて着替えてから部屋を出る。リビングに降りてTVをつけると、天気予報がやっていた。
「今日は台風が関東地方に迫ってくるでしょう。午前中から風は強く、夕方から大雨が予想されます。お出かけの際は十分に注意してください。」
画面の向こうにいる眼鏡をかけた細身の気象予報士がそう言うのを確認してからTVを消し、私はすぐさま部屋に戻るとスマホを手に取った。
「台風、家出、荷物まとめて旧校舎集合」
LINEを開き、私達5人のグループにメッセージを送ったあと、クローゼットを開け大きな旅行カバンを取り出す。その中に換えの下着、ジャージ、厚手のタオルケットをいれ、いつも持ち歩いているポーチを入れたあと、部屋を出て洗面台からハブラシなどを取り、それを袋にまとめてカバンに入れた。
「姉ちゃん?何してるの?」
「あ、慶太おはよう。ちょっとね、学校に篭ろうと思って。
あんた今日から友達の家に泊まりに行くのよね?昨日の夜に用意しておいたお菓子とかあるから、それ持っていきなさいね。」
「それは良いけど、家に帰ってこないの?」
「まぁね、台風っていう絶好の機会もあるしちょっとした家出みたいな感じだから。あんたも友達の家からそのまま1週間合宿に行くからちょうどいいかなって」
「ふぅん。どうせいつもの4人とでしょ?楽しんできてね。」
「あんたも気をつけながら楽しんで来なさいな。」
慶太の学校はもう夏休みに入っている、慶太の部活は夏休みに入って最初の1週間は合宿と決まっていて、合宿には新潟まで行くので、台風の影響は心配されない。
「そういえば、蒼兄ちゃんは?」
「いつも通り。バイト。」
「そっか、でも多分もう家にいるよね。」
「うん。LINEも見てると思うよ。」
蒼は週に4日、夜中から朝方にかけてバイトをしている。
だから私の家に泊まりに来ても、夜中には家を出ていく。
いつものことだからすっかり慣れてしまった。
「じゃあ、私は学校行くから。合宿、気をつけて行ってらっしゃい。」
「うん!姉ちゃんも行ってらっしゃい!」
私は慶太の頭を撫でると、大きな荷物を背負って家を出た。
今の時間は7時。学校には10分ぐらいで着いてしまうので少し早いかとも思ったが、私はそのまま学校へと向かった。
今日から私達の一週間の家出生活が始まる。
第5話 終
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