青い瞳

影山紫苑

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第4話

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第4話

雨の降る帰り道。サイレンの音。そして、水に流れる血液。
目の前に倒れている人。動かない人。冷たい人。
私の好きな人。ぼやける視界。濡れる体。
個々で思い出せることはあるのに、全体としては思い出せない。あの日のことが、霧がかったようにぼやけている。
…あの日何があったのか、私は思い出せない。

_________________________________________________

「…み!優美…!」

誰かの声が聞こえる。私の名前を呼ぶ声。遠のいていた意識が、だんだんと戻っていく。うっすら目を開いていくと、白い天井が視界に広がった。

「優美!気がついた!?」

その声と共に視界に入ってきたのは、涙を目に溜めた涼花だった。ぼーっとする意識がだんだんと鮮明になり、自分がどこかのベットに寝ているのがわかった。

「皆!優美の目覚めたで!」

体を起こし、意識をハッキリさせると、自分が病院のベットの上にいるのがわかったと同時に、喉が異様に乾いているのを感じた。

「優美!」

病室に駆け込むように入ってきたのは蒼だった。
私の手を握ってきたその手は、少し冷たい。

「大丈夫か!?」

「うん。大丈夫だよ。」

「本当か!?目眩とか、吐き気とかないか!?」

「本当だって。」

「じゃあ、頭痛とかは!?どこか痛いとか…」

大丈夫と言っても、蒼はなかなか信じてくれない。
私は蒼の手の上に、握られていない方の手をそっと乗せた。

「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから。」

その言葉で、蒼はやっと私の言葉を信じ、そっと手を離した。

「もうー!急に苦しみだすから何事かと思ったやんか!」

「でも、今はなんともなくてよかったよ。」

「いきなりあんな風になるなんて、なんかあったのか?」

3人も心配してくれたのだろう。私が大丈夫とわかって安心したのか、強張っていた表情が、だんだんと緩んでいった。

「うーん。よくわかんないんだけど、なんて説明したらいいのかな…。」

「そのご説明なら私がしましょう。」

急に聞こえてきた声は、病室の入り口から聞こえてきた。
そこに立っていたのは、30代半ばぐらいの男の医師だった。彼の首にぶら下がっでいる名札には、「霧崎豊」と書いてある。

「あなたの担当医になりました。霧崎豊といいます。よろしくお願いします。」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

「この方達は、お友達ですか?」

「はい。そうです。」

霧崎先生に目線を向けられた4人は、軽く会釈をした。先生は、近くにあった椅子に座ると、なにやら書類を確認しながら私のことを見始めた。

「それでは瀬戸内さん。これから、少し検査をします。検査と言ってもすぐ終わりますので、大きく深呼吸をしながら力を抜いていてください。」

「はい。わかりました。」

先生は、私の右手手首に左手の人差し指と中指の2本指を置いた。
それから「問題なし。」と呟きながら、書類に何かを書き込むと、私の方を向き直した。

「それではこれからいくつか質問をします。質問には、はい。か、いいえ。と、正直に答えてください。わからない場合はわからないで結構です。」

「あ、はい。」 

先生は書類を机の上に置き、ボールペンを右手に持つと、「それでは始めます。」と言った。

「あなたは、喘息などの持病を持っていますか?」

「いいえ。」

「あなたは、これまでにもこういう経験をしましたか?」

「……わかりません。」

その答えに、先生はまたボールペンで何かを書類に書き込んだ。

「それでは瀬戸内さん。あなたが急に息苦しくなったときの状況をくわしく教えてください。」

「えっと…ベンチに座って、グラウンドで練習しているサッカー部を見ていました。ただ、友人が私の事を探しに来たので、そのまま戻ろうとした時、グラウンドに倒れているサッカー部員がいたんです。聞いた話によると、その子が転んだ時、ボールを蹴ろうとした他のサッカー部員のスパイクがその子の頭にあたって、額が切れてしまったそうで…それで、すごい出血してる様子を見ていたら、急に目眩がして…息苦しくなりました。」

先生は私の話を聞きながら、解読不能な文字を書類に書き込んでいった。

「出血をしているサッカー部を見た時、何かと重なる部分があって、それを思い出した。という記憶はありますか?」

「…あまりハッキリとはしていなかったんですけど、たぶんそうだと思います。」

「なるほど。出血をして倒れている男子を見て、息苦しくなった。目眩もして、うまく立っていられなくなり、そのまま意識を失った。と、いうことですね?」

先生が念を押すように確認してきたので、私は「はい。」と答えた。すると先生は、ボールペンを静かに置き。私の方に体を真っ直ぐに向け、しっかりと目を合わせてきた。そして、何やら深刻そうな顔を浮かべた。

「瀬戸内さん。今のお話を聞いたうえでの診断結果ですが、あなたは1つの病気を持っています。」

「え!?」

病気という言葉に、思わず私は身を乗り出した。

「あ、すみません。ストレートすぎました。落ち着いてください。別に手術が必要とか、命に関わる問題ではありません。」

先生のその言葉に、私は安堵した。
大きく深呼吸をしたあとに、「大丈夫です。」と言うと、「では、続けます。」といって、説明を続けた。

「病名は、過呼吸症候群というものです。一種の精神病と言った方がいいでしょうか。」

「過呼吸症候群?」

「はい。過呼吸症候群は、精神的な不安やストレス、極度の緊張により起こったり、運動をした後に起こります。症状としては、動悸。目眩。息苦しさによる呼吸の乱れ。意識障害や、まれに失神。と言ったところでしょう。この症状はあなたにも実際出ていました。ただの過呼吸と言ってもいいのですが、瀬戸内さんは過呼吸になる周りの患者さんとは、少し訳が違うかもしれません。」

先生は先程の書類を手に取ると、書類に目を移しながら、机に置いていたノートパソコンを開き、キーボードを打ち始めた。「過呼吸 患者」と文字を打つと、これまでの患者さんの名前や、症状、過呼吸を引き起こした原因などがデータとして画面に表示された。

「このデータに登録されている患者さんは、先程お話した、一般的な例が原因で過呼吸を引き起こした患者さんでした。しかし、違う原因で過呼吸を引き起こす患者さんも稀にいます。そして、その中にあなたも含まれる。ということです。」

「違う原因?」

「フラッシュバックという言葉を聞いたことはありますか?」

「あ、はい。ありますけど、意味までは…。」

「フラッシュバックは、強いトラウマにより、後になってその記憶が突然かつ、非常に鮮明に思い出されたり、夢に出てきたりする現象のことを言います。つまり、思い出したくもない記憶が、なんの前触れもなく突然蘇るということです。」

そこまで説明をした先生は、またノートパソコンのキーボードを打ち、「過呼吸症候群 フラッシュバック 患者」と入力すると、また新しいデータが画面に表示された。

「瀬戸内さんの場合、サッカー部員の男子生徒が、出血をして倒れていた。というのがポイントなんです。」

「…どういうことですか?」

「1つ1つの言葉を紙に書けばわかるかもしれませんね。」

先生は1枚の紙を取り出すと、先程とは違う丁寧な字を書きはじめた。「サッカー部員」「男子生徒」「出血」「倒れていた」
1つ1つの言葉を、小さく呟いてみる。何度も何度も呟くと、何かを思い出しそうになったが、私はそれにとてつもない恐怖を覚え、紙を裏返しにした。

「…瀬戸内さん。言うのが遅くなりましたが、あなたは1度。小学生3年生の時、今回と同じように過呼吸を起こし、救急車で運ばれてきたことがありました。原因は、小学1年生のあなたが学校から帰ってきたとき、家が空き巣に入られていたことを思い出したフラッシュバックでした。事件が起きたとき、その時間なら両親共々いないことがわかっているはずだったあなたは、保育園にいるはずの弟さんがいないことにも不安を覚え、パニックに陥ってしまった。その事件のことがきっかけで、あなたはしばらくの間、1人で家にいることを恐れていた。それをわかっていたご両親はあなたが帰るときには会社に事情を伝え、仕事を早退して、仕事を持ち帰り、必ず家にいた。しかし、タイミング悪く、あなたの方が帰ってくるのがたまたま早くなってしまった。その時ご両親は家にいらっしゃらず、あなたは事件のことを思い出し、過呼吸になった。」

先生は紙を回収し、ノートパソコンを閉じると、1枚のカルテを出してきた。そこにはなんと、私が小学生の時の写真が貼り付けてあった。

「体が大丈夫そうでしたら、お帰りいただいても結構です。また過呼吸が起きないように、気をつけてください。薬の処方はないので、それではお大事に。」

そう言いながら、先生は椅子から立ち上がり、病室を出て行った。病室に、重たい空気が流れる。

「……帰ろ!先生も、帰って大丈夫だ。って言ってたし。」

「…でも、」

「大丈夫だって!ね!さっ、帰ろう帰ろう!」

明るい声を上げても、4人の顔が晴れることはなかった。

__________________________________________________________

家への帰り道。今のところ、誰も言葉を発していない。
横目で4人の顔を見ると、とても暗く、気まずそうな顔をしていた。

「ねぇ、本当に大丈夫だってば!別に命に関わる病気じゃないって言われたじゃない。思い出すことがなければ、過呼吸にもならないって言われたし、全然大丈夫だよ!」

「…何が大丈夫なんだよ…」

「え?」

私の言葉に、蒼が何かを呟きながら足を止める。
それにつられて、私達も不意に足を止めた。
「蒼?」と聞き返すと、蒼の口がゆっくりと開いた。

「お前…、いつもいつも大丈夫ってヘラヘラ笑っといて、大丈夫だったことなんかほとんどねぇじゃねぇかッ。お前になんかある度に、死ぬほど心配するこっちの身にもなれよ!わかってんのかよ!大丈夫って言ってた相手が、今さっきまで自分の目の前で苦しんでたんだ。病院のベットの上で寝てるときは気が気じゃなかったよ。病気だって言われて、こっちがどれだけ心配してるか!」

「蒼落ち着けよ。優美は、俺達に心配かけたくなくて言ってるだけなんだから。」

雪斗が蒼をなだめるような言葉をかける。蒼はしばらく黙り込んでから、「…悪い。」と呟くと、また黙り込んで歩き始めた。

「…大丈夫なんかじゃないよ…バカ…」

蒼の後ろ姿を見ながら、誰にも聞こえないように呟いた。
「私だって、本当はものすごく怖い。命に関わらないって言ったって、あんなに苦しくなることがまた起こるのかと思うと、怖くてたまらない。」言葉にできないまま、私は皆の後を追うように歩いた。平気と言い聞かせてもいうことを聞かない不安と恐怖。今日は眠れそうにない。

「…優美。携帯鳴ってるで。」

「え、あ。うん。」

涼花の言うとおり、私の携帯には着信があった。画面には、「慶太」と表記されていた。慶太は私の4つ下の弟で、今は中学2年生だ。小学生から続けてきたサッカーを続けていて、中学に入学してすぐにサッカー部に入部した。ついこないだレギュラーをとったと嬉しそうに報告をしてきたばかりだ。

「もしもし慶太?」

「(あ、優姉!?今帰ってきたんだけど、なんか病院から留守電入ってて、なんかあったの!?)」

「あぁ、電話入ってたんだ。そのことは、帰ったら話すよ。用事はそれだけ?」

「(あ、そうそう。冷蔵庫開けたら中に何も入ってなかったよ。冷凍食品と野菜類はあったけど、肉とか卵とかがきれてた。)」

「わかった。じゃあ、買って帰るから、慶太は先にお風呂に入ってなさい。ちゃんと浴槽洗って、自分の頭と体を洗ってからお湯に浸かるんだよ?」

「(はーい。)」

慶太が電話を切ったのを確認すると、私は携帯を鞄にしまった。

「皆ごめん。私今日スーパーにいかないといけないから、今日は違う方から帰るね。」

「え、あ。じゃあ、うちらもついてく…」

「ううん。今日はもう遅いから早く帰ったほうがいいよ。ごめんね、色々迷惑かけちゃって。じゃあ、また明日。」

私は4人に手を振ると、駆け足ですぐそばの路地を曲がり、スーパーへと向かった。

______________________________________________________

「今日のご飯は慶太の大好きなハンバーグにしよ。アイスも買ったし、慶太喜ぶだろうな。」

スーパーからの帰り道。私両手には、物が沢山入ったスーパーの袋がぶら下がっていた。

「あー重い…」

袋には目一杯物が詰め込まれている。食材の他にも、洗剤や、ボディーソープなどの日用品も買った為、いつもの買い物よりも重たくなってしまった。

「……大丈夫じゃないって言ったら、余計に心配させるだけだもん。大丈夫って言うしかないじゃない。」

「(こっちがどれだけ心配してるか!)」

「…わかってるよ…そんなこと」

ふと、蒼の言葉を思いだした。
彼が私に声を上げることは滅多に無い。
それだけ心配してくれているのはわかっている。
わかっていても「大丈夫」と無理をしてしまうのは、
もう…彼のあんな顔を見たくないからなのだ。

第4話 終


























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