劇中劇とエンドロール

nishina

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四話

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 加百 葵とは、二年生に進級してクラス替えで初めて同じクラスになったが、最初から挙動不審だったが為に、暁に早々にその名前と顔を一致させてくれた。
 彼は他人とつるむという事をしなかった。切っ掛けが無ければ暁とも言葉を一度も交わすことも無かっただろう。何時も彼は一人でいるのを選んでいた。そして、書いていた。
 
 書いていた。それ以外何もする事などないかのように。
 ノートやルーズリーフ、メモ帳。シャープペンシル、ボールペン、時には見るからに高級そうな万年筆。小さな変化はあれど、彼は常に書いていた。授業中も、恐らく授業内容に一切無関係であろう何かを書き連ねていた。教師にノートを覗き込まれて叱られる、ノートそのものを没収されるなどの痛い目にあいながらも懲りる素振りもない。
 何時だったか、休憩時間に偶々彼の席の前を暁が通りかかり、不意に視界の端に映り込んだものに仰天した。ノートが真っ黒に見える位に葵は何かをびっしりと書き続けていた。
 そんなもんだから、当然のように葵に友人はいない。だからといって寂しそうでもない。一年生の時に同じクラスだった男子に言わせると、一年生の一学期からこの調子だったそうだ。昼食時ですら猛スピードで弁当を平らげたかと思うと、ノートを取り出して書き物に耽る。お陰で一年生の時のあだ名は『文豪』だったそうだ。勿論、呼んだところで振り向きもしない。

 そんな変人と暁が親しくなったのは、四月の終わり近くだった。桜が散りきってないのに異常に暑く、日差しが照り付ける下校中に暁はその光景と出会った。
 暁自身は徒歩通学だが、どうやら彼もそうであるらしい。葵の成績など知った事ではないが、単純に近いからこの学校を選んだのかもしれない。
 衣替えなんて当分先。それどころか何週間か前までまだまだ雪も降る事があったというのにこの暑さはどういう事だ。この儘では気温差に揉みしだかれて死んでしまう。
 俯き加減に歩く事でこの暑さをなんとか拒めないか。日に背中を向け、制服のブラウスにじっとりと汗を滲ませながら暁は無心を努め、歩いていた。通し稽古の後だったので、疲労も倍増だ。
 気が付かなくてもおかしくなかった。
 本当に、偶々だったのだ。
「……きったないなあ」
 目に入ったのは歩道の横。整備され手摺が設置された向こうに流れる水路なんだか小川なんだかよくわからない水の流れ。ゆらゆらと底に溜まった汚泥を包むようにやはり泥を吸った水面が揺れる。何時もは気にしないそれが、暁の注意をひいたのだ。
 暁は動物を育てた経験は無い。ペット飼育可能な物件で暮らしていて、佑果はずっと犬を飼いたがっていたが両親が共働きを理由にペットを飼う事を許さなかったのだ。
 故に動物と触れ合った経験の乏しい暁には、こんな汚い水の中で元気に泳ぐ魚は不気味に見えた。
「鯉って、こんなところで生活出来るんだ……?」
 手摺に寄ると、暁はそっと水面を覗き込んだ。長期に渡って清掃などの管理も滞っているのか、手摺は埃や砂、得体の知れない虫の死骸や蜘蛛の巣などで凄惨な汚れ方をしており、触れる気にはなれなかった。
 こんな明るい太陽に照らされていても、散り積もった汚泥の所為か水中はあまりにも暗い。汗を拭いながら思った。こんなに汚くとも、水の中だと涼しくて気持ちが良いのだろうか、と。
 頬に伝う汗が不愉快に肌を撫でて流れていく。
 こうしていても何にもならぬと、再び帰る方向へと進路を改めた暁の前に、いたのだ。

 絶対に良い意味ではない。それは確かだ。そんな感じで目立つクラスメイトが暁と同じように数メートル先で手摺に手を掛け、川というかもう泥と一体化したような水路の中をじっと見つめている。何時もと同じように、手にしたメモ帳にボールペンで何かを書きながら。
 暁は絶句した。下校する時ですら、こいつは何かしら書かずにはいられないのかと。歩きスマホが問題視される昨今だが、あいつの場合は何かを書くのに夢中になって道路の真ん中にはみ出した挙げ句、クルマかバイクに轢かれそうだ。
  普段ならうわあと彼の何に向けているかも不明な謎の執念に対して気持ちを削られて、それで終わりだったろう。だが、こんな突如として襲い掛かった暑さに皆疲れきっているのに、一人相変わらず涼しい顔をして(前髪が長いので分かりにくいが)何時も通りに好きな事をしている加百葵に、急激に好奇心が沸き上がるのを暁は感じていた。
 
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