劇中劇とエンドロール

nishina

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五話

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一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。

 相手は自分に気付いていない様子だったが、暁は迷わなかった。彼の直ぐ傍まで近寄ると、同じクラスになって初めて彼の名前を呼んだ。
「加百、加百もこっちなの?」
 少しのタイムラグの後、のったりもっさりとした動きでこちらへと身体を向けた加百 葵は、重たそうな前髪の下にある瞳を細めて呟いた。
「誰?」
 そこからか。
 声を掛けた相手の反応に暁は脱力しそうにもなるが、二年生になって未だ一ヶ月も経過していない上に、相手はクラスの人間を担任含めて徹底的に拒否している。無意識かもしれないが、葵の行動は他者を完全に拒絶しているようにしか見えなかった。
 そんな葵に比べ、こちらは取るに足りないクラスの女子の一人でしかない。加百 葵が暁の事を覚えていないのは、寧ろ自然である。
 気を取り直して暁は再び葵へと話し掛ける。
「同じクラスの尾根 暁だよ」
「変な名前だな」
 ぐ、と鼻と喉の奥で息が、二酸化炭素が詰まったような感覚に暁は眉をしかめた。妹が佑果という女子らしい名前なのに比べて、長女だからと気を張りすぎたのかアカツキなどという名前負けしかしないような名前……人名としても珍しい名が、暁は嫌いだった。
 外見も胸も薄く身長ばかり高い。名前すら女の子らしくない。そこをいきなり刺され、自分から話し掛けたにも関わらず暁はすっかり気分が悪くなっていた。原因は目の前の男以外の何者でもない。
「……帰り道、こっちなの」
「帰り道じゃなきゃ、歩いてねえよ」
 明らかに機嫌を悪くした暁の、それでも会話を続けようとする努力も相手はいとも容易く叩き潰した。
 静かな変人という印象はたった数分にも満たない会話で、嫌な変人にすり替わった。大人しそうな印象だが声は意外と高く、そして口は悪い。
 何で話し掛けてしまったのだろう。後悔しても遅い。今更暁に出来る努力といえば、無難な挨拶をしてそそくさとこの場を立ち去るのみである。
 ところが、話をする意欲をすっかり失くした暁より先に葵が口を開いてしまった。
「んで、何?用事は?」
 用事なんて別に無い。あるとすれば、そうだ。
 本心を言うなら、こいつ感じ悪いな。関わるの辞めとこうという気持ちしかないのだが、目的が全く無い訳ではない。用事といえる程ではないが。
「……あの、さ」
 意を決して暁は口を開いた。
「加百って、何時も何か書いてるよね。今も書いてるし……そんなに真剣に、何してるのか気になったんだよね」
「ああ」
 暁の質問に合点がいったように、葵は手許の開いた儘の手帳に視線を落とした。
 暁も視線をそれへと向かう。教室で堂々と行っているのだから当然かもしれないが、特に隠すつもりもなさそうなのがなんとなく意外だった。
 癖のある細かい文字が何の変哲もない白いメモ用紙の上をうねり、走り回っている。あんまり小さい為に盗み見る気にもならない。
 そしてどうやらその必要も無いようだ。あっけらかんと、葵は答えた。
「小説書いてる」
「小説なの!?」
 思わず暁の声が裏返った。同世代でプロアマ問わず小説を書いているという人間に出会ったのは、葵が初めてだ。
「うわ、凄い!凄くない!?」
「別に凄くもねえよ。下手だし」
 謙遜や自虐でも無さそうだ。一気にテンションがあがり、興奮気味に詰めよった暁に対して、葵は淡々と続ける。
 葵の手の中で、ぱらぱらと余白の少ないメモ帳が捲れて文字の羅列が踊る。
「小説という程長くもねえしな。大体ノートのページ3枚位で終わる」
「ええ……?え、じゃあ加百って、毎日幾つも小説書いてるの?凄くない!?よく思い付くね、そんなに!」

 暁の感嘆は、心からのものだった。
 芝居の足しになるかと舞台化した小説の原作や、ドラマのモチーフになった漫画を読んだりした事ならあるが、漫画なら分かりやすいが、プロの文章というのはたいして文学に触れてこなかった暁には難しく、読み終わる頃には物語の重要な伏線を忘れていて、ページの最初に戻る事だってしょっちゅうだ。
 そんな難しいものを、毎日あんなに沢山書けるのだ。一年生の時知らず葵に文豪というあだ名を付けたクラスメイトは正しかったのではとすら思う。

 興奮のあまり、暁は先刻迄不快な気分にさせられていた事も忘れ、葵に詰め寄っていた。
「じゃあ、将来の夢は小説家なの!?」
 しかし返事は、葵の口の悪さを差し引いてももの悲しくさせられるものだった。

 葵もやはり暑かったのだろう。メモ帳で自分を扇ぎ、ささやかな風を送りながら彼は冷めた声で即答したのだ。

「なれる訳ねえだろ。バカか」
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