劇中劇とエンドロール

nishina

文字の大きさ
8 / 59

六話

しおりを挟む
とても寂しかった。何がだろうか。葵の言葉を聞くと同時に薄く透明に近い青い布で視界を遮られたような、優しく切り捨てられたような、そんな気分になった。
 小説が可愛そうだとでも思ったのか。あんなに一心不乱に書き続けている葵の気持ちが、その文字の羅列に向けられていないというのが。
「じゃあ……何で、そんなに夢中になってんの。好きなんじゃないの。小説家とか、憧れないの」
 メモ帳を手にした葵の言葉は変わらなかった。
「好きだからだよ」
「なら、なったら良いのに」
「だからなれる訳ないんだよ。バカバカしい」
 決めつけないで良いのに。なれるなれないの前に、なりたいと思うだけ、誰も迷惑には思わないだろう。なのにどうしてこいつは、好きなのが間違いないなら、何故。
「加百さ、クラスでも浮いてるじゃん」
 余計なお世話だとわかっていたが、黙っていたくなくて暁は口を開いた。わかって欲しかった。葵の、葵自身が好きなものへの気持ちを自らそんな邪険にしないで欲しいと思った。
「浮きまくって、男子にも女子にも遠巻きにされてんじゃん。先生だってしょっちゅう話聞いてないって加百怒られてるじゃん。好きなだけでそこまで出来んのあんた」
「人の趣味にうるせえな……母さんかお前。好きな事を好きなだけしてるんだよ俺は」
 そりゃそうだ。葵の性格なら、趣味がなくても、ただただぼんやり他人を無視して呆れられても別になんとも思わないというのは、想像が付く。
 自分が葵に敵対意識が芽生え始めているのに、暁は気付いていた。

 女優になりたかった。芝居がしたかった。主人公になりたかった。
 その、自分の女優になる事へと向ける努力は、純粋な思いからじゃないのかもしれない。芝居が好きなだけなら、演劇部や素人劇団に所属しているだけで満足な筈だ。芝居がしたいのではなく、女優になって認められたいからであって純粋な動機ではないのかもと思ってしまった。
 葵は小説家になれるかなれないかなんて考えていない。見返りや称賛が欲しい訳じゃないのだ。
「……」
 一方的に言いたい事を言ったものの、苦悩に満ちた表情で黙り込んでしまった暁をどう思ったのか。
 葵はメモ帳を制服のポケットに捩じ込むと、背中を向けながら口を開いた。話は終わった、と思ったらしかった。
「じゃあ。尾根?だっけ?……また明日」
 彼にとっては全力を尽くした社交辞令だったのだろうが、生憎暁には会話が終わってしまうという意味しか受け取れなかった。
「待って!」
「え?まだ何かあんの」
 葵の動きは止まったが、暁も混乱していた。
「えっと」
 納得がいかない。理想像がわからない。暁は残念ながら学業や家事、友人をはね除けてまで演劇に打ち込めてはいない。葵のような人間が「好き」の究極ならば自分は何だ。あそこまでやらなければ好きと認められないのか。自分は女優になりたいと言うだけで努力も意識も力も足りないのか。
 違う。絶対に違う。自分は、自分の努力は認められなくとも、そんな軽いもんじゃない。

 今葵に向けてしまった、浮かび上がってしまった疑問を、劣等感をなんとかしないと自分はもう心が折れてしまう気がした。

 呼び止めた癖に沈黙を貫く暁を、葵は不可解そうな表情で睨んでいる。とても面倒臭そうだ。焦りが暁をおかしくした。兎に角葵を去らないように、そして自分をなんとか保つ為に思い付いたのが、それだった。

「……なんの、その、どんな話書いてるの?」

 葵が目を丸くした。文字通り。会話をしてほんの数分ではあるが、彼が無防備な表情は年相応どころか、幼く、粗野で他者をやたらと無視する人物には見えなかった。
 しかし焦る暁には葵の表情を観察する余裕はなかった。べらべらとその場繋ぎに言葉を紡ぐのに必死だ。
「恋愛とか、ミステリとかあるじゃん。アクションとか……加百はどんな話が、好きなの?」
 勢いよく捲し立てて、はたと気が付く。今日初めて会話した相手に、流石に立ち入り過ぎではないか。葵が自分の小説に価値が無いと思ってるなら尚更だ。触れて欲しくないかもしれない。自分なら、どんな女優になりたいのとか言われて自信満々には答えられないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

処理中です...