劇中劇とエンドロール

nishina

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九話

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翌日、単なる口約束で終わっても何の問題もなかったのに果たして葵は約束通り、一冊のファイルを持ってきた。

「おい尾根」
「うぁたぁっ!?」
 朝、聞き慣れぬ声に教室に入ってから直ぐ名前を呼ばれ、振り向いたら葵がいたのだ。暁は驚愕した。と、同時に本気だったのかと狼狽した。そして驚愕したのは暁だけではなかった。
 教室には当然ながら暁と葵以外にもクラスメイトが大勢いる。皆無口無愛想の一匹狼のような葵が自ら他者に声を掛けている現場を見たのは初めてであった。
 彼等の動揺と困惑と好奇の眼差しを痛い程感じる。葵は感じていない様子だ。そりゃそうだ、他人の様子や、他人からの自分のイメージを気にしているようなら堂々と声を掛けては来ないだろう。
「あ、か、かどっ!?おはよっ」
 つい声が裏返った。それも葵の分までクラスの注目を集めてしまった故の緊張と謎の焦りからなのだが、葵は何だ変な奴とでもが言いたげに唇を曲げ、暁を暫し観察した後持っていたファイルを差し出してきた。
「これ。多分女子も嫌じゃないと思うやつ纏めた」
 差し出されたのは、リング綴じの形式の、ルーズリーフ専用ファイルだ。白い紙の束に、黒い紋様のように文字がびっしりと羅列されているのが見えた。
「これ……昨日言ってたやつ?」
 現物を見せられてもやっぱり信じられない。一匹狼のイメージが強すぎたからだろうが、何時も一人で平然としている……寧ろ他者とのコミュニケーションなど邪魔だと言わんばかりの態度だった葵が、昨日少し会話した暁の為に自分が書いたものをわざわざ持ってきてくれるなんて。
 暁の質問には特に答えず葵はぐいぐいとファイルを暁の方に押しやってくる。腹を圧迫しつつあるファイルに、やや苛立ちを覚えながら、暁は諦めてファイルを受け取った。
「しつこいけどさ、本当に読んでいいの?誰かに読ませた事もないんでしょ?私が最初の読者になっちゃうけど」
 頭に過るのは葵が水路を覗き込みながらメモ帳にペンを走らせる姿だ。たいしたことなんか無いように葵は言うが、もう少し自分の創作物に愛情を持ってあげたら良いのにと思ってしまうのだ。
 こんな軽々と、暁みたいに、ただのクラスメイトに。
「良いよ別に。面白くもないし」
 本当にたいしたことなんか無いし、愛着も無さそうな顔で葵は言ってのけるが、それはそれで嫌だなあと思う。作者自ら面白くないと言うような話を読むの?私。
 少々憮然とした気持ちを暁に持たせておきながら、葵はすたすたと自分の席に戻り、全く何時も通りにペンと紙を用意し、何やら書き始めた。席こそ離れているが、予習をしているのではない事は暁にもよくわかった。
 取り敢えず自分の席に着くと、暁は勉強道具を鞄から取り出しもせずファイルをまじまじと見つめた。クラスの何人かの視線が未だ自分に注がれているのはわかっている。残りの大多数の視線は多分葵にいってる。
「まあ、うん。授業やろう」
 気まずさにいたたまれなくなり、暁は自分の登校用のバッグにファイルをしまった。借りたからには読まなければいけないが、それは今ではない。学校に万一置き忘れてしまったら、彼の趣味を放置する事になる。
 そうこうしているうちに、担任が教室に現れそのままHRが始まった。お陰で暁はこの何とも言えぬむず痒い空気からかいほうされたが、勿論それで終わる訳がないとも理解していた。

 案の定、一時限目が終わると同時に暁はクラスメイトに捕まった。
「尾根!あれなにあれ!」
 教室中には葵もいるんだから、もう少し声のボリュームに気を配って欲しい。トイレに逃げる事を阻まれ、同じ空間内に何時もと変わらず書き物に夢中な葵がいるのだ。暁はどうしたら良いのだ。
「ねえ、加百と仲良くなったの?いつ?何で?」
 しーっとやってみるが、クラスメイトは全然取り合ってくれない。仕方なく、暁は自分だけでも、とやや声のボリュームを下げて答えた。
「仲良くはないよ。昨日ちょっと借りる約束しただけ」
 借りたものの内容を暁は誤魔化した。昨日、今日の葵の態度から小説を書いている事に特に照れもなければ、秘密にしたいという思いも無いのは分かっているが、自分が勝手にべらべらと話してしまうのは流石に躊躇われたのだ。
「借りたって何をよ?わざわざ加百から何借りるっての」
「いや、だから」
 困った。葵は既に自分の世界に没頭していて、こちらから助けを求めても聞こえるかどうかも怪しい。隠した方が良いのか、本当の事を言っても良いのか……こっち見ろよと熱視線を送ったところで、エスパーでもないらしい彼は、暁の必死な思いに反応する事はなかった。

 クラスメイトの少女は暁と葵を見比べると、一瞬何を想像したのか吹き出した。慌てて口を抑えるが、その顔が完全に笑っている。
「もしかして……あんたら、つきあってんの?」

 そんな訳あるかい。教室中から感じる好奇の視線と、きらきらした眼前の友人の期待に生憎暁は応えられないのだ。
 察してくれ、感じてくれよ、この思いを。
 困り果てた暁の口からは、もやのような言葉しか出てこなかった。
「借りたんだってば。読みたかったから。レポートみたいなもんだよ……」
「だから!なんでそんなん加百に!よりによって加百に借りてんのかって、聞いてんの!!」
「勘弁してよ、ほんとぉ……」
 そもそも何で教室で渡しやがったあの野郎。

 逆恨みがこもった視線を送ったが、葵が黙々と己の趣味に時間を費やす姿を観察するだけであった。
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