劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

二十三話

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 一度部活のない日に部長と鉢合わせした事があった。
 部室ではなく舞台の方だ。発表で使用されている体育館は他の運動部が普段は表立って使用する形になっている為、演劇部が少人数で使用する為の防音設備を備えた教室が許可した日には宛がわれている。
 その教室の簡易的な壇上で花色光が寛いでいるのを暁は見た事があった。
 小柄で華奢なのは、成長期が思うように来なかったのか食事や運動に興味が無いのか体質か。暁は知らない。多分柚葉くらいしか知らないと思う。今も昔も色素の薄い髪を肩までのばしているが、前髪も何時も長いので表情が見えにくい上に、髪が癖が強いのか突風にあったような状態でいっそ短めにするか結んだ方が良いと思ったが、友人でもなく、ましてや先輩だ。偉そうな事は言えない。
 そんな見るからに陰気そうな気配を纏う弱々しい少女が大規模な演劇部の部長を任されているのかといえば、やはり。

 その時は確か、暁は一年生の後期で冬休み前であった。試験も終わったので好きな話の朗読を一人でしてみようと思い立ったのである。
 部活動の一貫ではあるがカラオケに一人で行くのも抵抗があるし、家では妹始めうるさいと罵られるしそれは事実だ。故に顧問から許可を貰い、潜り込んだのだ。
 顧問は何も言わなかった。
 部屋の鍵も閉まっていたし、電気も消えていたので誰もいないと思い込んでいた暁の耳に鈴が鳴る、と漫画か何かで聞いたような言いまわしがぴったりな朗らかで明るく、それでいて不快ではない柔らかな高い声が入り込んできたのだ。
 誰かいるのかと、扉に嵌め込まれた硝子越しに覗いた先にいたのは田舎の牧歌的な少女になりきってはしゃぐ光だった。
 何故わかるのかといえば、年明け一発目に発表する作品の主人公が村娘が都会に憧れ困難を越え出奔するサクセスストーリーだったからだ。

 これまでの人生に陰が差した事などなく、またこれからもないと信じて疑っていないような、自信と無垢に彩られた声。誰もいない教室に、物語の主人公が現れたかのようにきらきらと笑顔を振り撒く光の姿が夕焼けに映える。
 光のようだった。
 髪がぼさぼさでも、小さな貧相と評されてしまうかもしれない体躯でもそれでも自分の未来や愛を自信満々に手にするつもりの、まだ何も知らない無知な娘だった。それが眩しかった。
 何も言わず鍵を手に、後にした。邪魔をしたくなかった。彼女の邪魔だけはしたくなかった。
 自主練等ではないと思う。光は簡単な役なら一瞬で説得力を出す演技が出来る。暁は一年生の部活動説明会で見た、演劇部の中心で輝いていた光を疑っていない。
 光は生きているのが楽しいんだと思った。田舎の少女として生きるのが嬉しくて楽しくて、だけどそれをどうしてか人前では表す事が出来ない。芝居、という大舞台がない限り。

 笑って欲しいなんて皆思っていると、仲良くしたいと思っていると、それでも普段の光は笑わない、応えない。俯いて前髪で顔を隠す。
 話し掛ける事が出来るのは柚葉だけ。
 笑って欲しい、お芝居を抜きにして。そう言えたら良いけれど彼女はきっと、理由はわからないがきっと、それは拒否するだろう。だから暁はそっとその場を去った。彼女が笑っている時間を長くしたかった。それには自分は邪魔だから。


 衣装が完成したとの報告があがり、一度舞台で衣装合わせも兼ねて稽古をしようという話になった。
 部員が多い部活動且つ、不定期な活動も含まれる事も多い為全員が揃う事は余りない。今回も主要人物の何人かは休みであった。ここ数日で体育館の使用許可が出たのが今日だけだったらしい。普段は運動部がフル利用しているから仕方ないと暁は思う。

 その中に最初部長であり主人公役の光もいた。
 主人公がいなくては話が成り立たないと、流石に柚葉が説得したらしく、彼女の姿もあるが隅で小さくなっている。梓とは違って背も高くない為空気に徹していたら本当にそのまま消えてしまいそうだ。
「じゃあ各々衣装に着替えてきてくれ。細かい装飾も多いから、壊しそうな部分や着方が戸惑うところがあったら、担当者に確認したり手伝って貰って」
 衣装班の責任者を務めている三年生の言葉に各々返事し、体育館の舞台近くにある更衣室に向かった時、暁は夢にも思っていなかった。自分がこんな目に合うなどとは。
「暁の衣装着替えるの難しいから手伝うわ」
「あ、ありがとう」
 暁の衣装を主に製作した部員が声をかけてくる。彼女に促され、更衣室に入ったが彼女が可愛らしいふりふりひらひらしたものを手に微笑んでいた事には、特に疑問は抱いていなかった。

 
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