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炎に消えた魔女
四話
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男が金切り声をあげた暁に向かって何やら怒鳴っているのは理解していたが、それどころではない。暁はお姫様のように振舞う光に重ねて問い掛ける。
「部長!これってなんなんですか?わたし気が付いたらこんなところにいて、劇の役で呼ばれるし全然訳が分からないんです、部長は何があったか知ってるんですか?」
少し理解し始めていた。暁の行動は殆ど現実逃避によるものだと暁も心の何処かで理解していたからこそ、救いを求めたのだ。この、光の姿をしてお姫様になりきっている少女に詰め寄る事で理解から自分の心を遠ざけようとしていた。
おかしいのだ。
とても大きな部屋だ。学校の教室よりもずっと大きい。天井には煌々と室内を照らすそれは一般的にはシャンデリアと呼ばれるものの筈だ。学校にも、普通の家庭にもそんなものはない。
何かのセットみたいに豪華な部屋だ。続きの間は寝室に繋がっているのだろう、暁の視界に入った部分がこの部屋の全てではない事に驚愕した。
室内にある調度品は全てきらきらと光を弾いて光り輝くように磨かれている。足元には言うまでもなくふかふかの絨毯が敷き詰められ、どのような文化、技術によって作られたか想像の付かない細やかで奇麗な模様が縫われていた。下履きで踏むなんて罪悪感を覚えそうなくらいに、立派に見えた。細長く高い飾り棚は必要というよりはただこの部屋の主の権力を誇示するために誂えたのだろう。飾られた花も、花瓶の立派な細工は勿論だが大ぶりな花々の生き生きとした様子から、毎日水どころか花自体を交換しているのかもしれないと思った。
ここまで見て、夢だとかドッキリだとか考える余裕はもう暁にはなかった。
多分、目の前にいる少女は光ではない。光の演劇に対する才能の豊かさは暁では語り切れない。語る言葉を持たない。
けれだ、光は演技以外は人見知りで不器用な一人の少女でしかない。もしも光だとしたら、彼女はこの異常な状況に恐れ慄き、パニックを起こしてしまうかもしれない。臆病な小動物という例えがぴったりなのだ、光はそんな彼女が姫役を暁のように押し付けられたと仮定してもこんな順応出来るとは思えない。
目の前の少女は光ではない。
それなら光にそっくりなこの少女。光とは似ても似つかないはっきりとした声をあげ、寂しかったと暁に甘え泣く少女は。
答えなんか一つしかないじゃないか。
暁をリリィと呼び、甘え涙ぐむ幼げな、可憐な少女。
暁をリリィと呼び、少女を姫と呼ぶ見知らぬ男。偉そうな男。
ここは、葵の書いた物語の舞台そのものだ。彼等は心の底から自身を高校生の少年が書いた物語の人間になりきっているだけではなく、彼が文字にしたためた世界と一致した本当のような架空の世界で生きているように振舞っている。いや、生きているのか。
存在しているのか?
暁は少女を見た。少女は困ったような不服そうな様子で頬を膨らませ暁を軽く睨んだ。
「リリィわたしを困らせて遊んでるの?だとしたら許さないわよ!!」
じっと少女を見詰める。未だ暁には疑心が渦巻いている。だって、ある筈がない。漫画やアニメじゃあるまいし架空の世界に身一つで放り出されるなんて。
だから、最後の一押しが欲しかった。諦めろと残酷な烙印が欲しかった。
芝居になんかならない。絞り出した声は震えていた。
「姫……エリザーベト、姫様。その、申し訳ありません」
何が申し訳ないのかなんて知らないが、舞台や洋画で見た適当な敬語らしい敬語で、咄嗟に思い付いたのがそれだけだったのだ。いろんなものを見てきた自負はあったのに、パニックを抑え付けるので必死な脳は全く機能していないのだった。
そして誰がどう見ても棒読みで、オーディションだったら即失格の烙印を押されそうな暁の言葉に、少女は反応した。ぱっと顔を輝かせる、そのなんと愛くるしい事か。これが演技だったら並大抵の役者に立ち向かえると思う。
「良かったあ!わたし、リリィがおかしくなっちゃったのかと思ったのよ?わたしの名前がわかるなら大丈夫ね。あ、あなたは帰っていいわ」
本当に、諦めなくてはいけなくなってしまった。
エリザーベト。かわいそうなお姫様の名前。葵の小説の、主人公。
ここは劇の世界で、皆葵の書いたシナリオの人格だ。何でか自分だけ、本来姫に付き従うリリィと入れ替わってしまったのだ。本物のリリィは何処へ行ったのか。暁にはそこまで思考を巡らす余裕などなかった。
この少女も、愛想もなく退出を命じられ鼻白む偉そうな男も実在しない存在なのだ。
この実在しない人達しかいない物語の世界で自分は役割でしかない少女、侍女のリリィとして生きていくしかないのだ。これがおかしな夢でもない限り。
抱きついてきて、未だに離れようとしない少女に意識を持っていかれていて眼中なかった少年の姿も……。
誰だ。
混乱と混乱による絶望的な思考に追いやられていて気が付かなったが、広すぎるくらいの室内にはもう一人いたのだ。
そしてその人物は諦めによる絶望に支配されていた暁に、再度一縷の望みを抱かせるには充分だった。
暁の想像通りで光にそっくりな少女がエリザーベトという架空の少女の人格しかないのだとしたら、これ以上何か暁が彼女にとって理解できない事を口にすれば、奇怪な言葉しか口にしなくなった侍女として、この世界の異常者として身動きが取れなくなってしまうかもしれない。どんな目に遇うかわかったものではない。
どうすれば「彼」が物語の人物の人格なのかそう振舞っている彼なのか確かめられるだろう。光にそっくりな少女がエリザベートになりきっているのも、彼の指示によるものなら安心してそれらしく振舞っているなら、元々の光の演技力があるならこれぐらい演技で乗り切っている可能性は出てくる。
暁は彼を見上げた。これまでずっと黙って背後に控えていた彼であるが暁が視線を向けた事でそれを切っ掛けとするように話し掛けてきた。
「リリィ。顔色が悪いが大丈夫か。何があったんだ、エリザーベトの傍を離れてまで」
リリィと呼ばれた事で怯みそうになるが意を決して頑張ってこねくり回した台詞を口にした。
彼が、彼であると確かめる為の言葉を。
「申し訳ありません」
他の誰かに咎められる事など考えていなかった。
「奇麗な『あおいの花』があると聞いたので探しに行ったんですが、見付からなくて……エリザーベト姫様に見せて差し上げたかったのに」
「そうか」
彼は一つ頷いた。そして続けた。
彼の言葉を聞いて、暁は目を見開いた。
「城の『かど』に『あおいの花』が咲いているとはわたしも耳にしていた。きみにとっては親しみのあるものだから、落胆するのもわかるよ」
もし。もしも彼が登場人物ならこんな風に暁に都合の良い言葉を残してくれるだろうか。
彼をじっと見つめた。
騎士の衣装らしき物々しい格好に身を包んだ甲斐柚葉の顔をした男の人は、この世界を作り上げた人物の名前を応えるように口にした後暁をじっと見ている。
「部長!これってなんなんですか?わたし気が付いたらこんなところにいて、劇の役で呼ばれるし全然訳が分からないんです、部長は何があったか知ってるんですか?」
少し理解し始めていた。暁の行動は殆ど現実逃避によるものだと暁も心の何処かで理解していたからこそ、救いを求めたのだ。この、光の姿をしてお姫様になりきっている少女に詰め寄る事で理解から自分の心を遠ざけようとしていた。
おかしいのだ。
とても大きな部屋だ。学校の教室よりもずっと大きい。天井には煌々と室内を照らすそれは一般的にはシャンデリアと呼ばれるものの筈だ。学校にも、普通の家庭にもそんなものはない。
何かのセットみたいに豪華な部屋だ。続きの間は寝室に繋がっているのだろう、暁の視界に入った部分がこの部屋の全てではない事に驚愕した。
室内にある調度品は全てきらきらと光を弾いて光り輝くように磨かれている。足元には言うまでもなくふかふかの絨毯が敷き詰められ、どのような文化、技術によって作られたか想像の付かない細やかで奇麗な模様が縫われていた。下履きで踏むなんて罪悪感を覚えそうなくらいに、立派に見えた。細長く高い飾り棚は必要というよりはただこの部屋の主の権力を誇示するために誂えたのだろう。飾られた花も、花瓶の立派な細工は勿論だが大ぶりな花々の生き生きとした様子から、毎日水どころか花自体を交換しているのかもしれないと思った。
ここまで見て、夢だとかドッキリだとか考える余裕はもう暁にはなかった。
多分、目の前にいる少女は光ではない。光の演劇に対する才能の豊かさは暁では語り切れない。語る言葉を持たない。
けれだ、光は演技以外は人見知りで不器用な一人の少女でしかない。もしも光だとしたら、彼女はこの異常な状況に恐れ慄き、パニックを起こしてしまうかもしれない。臆病な小動物という例えがぴったりなのだ、光はそんな彼女が姫役を暁のように押し付けられたと仮定してもこんな順応出来るとは思えない。
目の前の少女は光ではない。
それなら光にそっくりなこの少女。光とは似ても似つかないはっきりとした声をあげ、寂しかったと暁に甘え泣く少女は。
答えなんか一つしかないじゃないか。
暁をリリィと呼び、甘え涙ぐむ幼げな、可憐な少女。
暁をリリィと呼び、少女を姫と呼ぶ見知らぬ男。偉そうな男。
ここは、葵の書いた物語の舞台そのものだ。彼等は心の底から自身を高校生の少年が書いた物語の人間になりきっているだけではなく、彼が文字にしたためた世界と一致した本当のような架空の世界で生きているように振舞っている。いや、生きているのか。
存在しているのか?
暁は少女を見た。少女は困ったような不服そうな様子で頬を膨らませ暁を軽く睨んだ。
「リリィわたしを困らせて遊んでるの?だとしたら許さないわよ!!」
じっと少女を見詰める。未だ暁には疑心が渦巻いている。だって、ある筈がない。漫画やアニメじゃあるまいし架空の世界に身一つで放り出されるなんて。
だから、最後の一押しが欲しかった。諦めろと残酷な烙印が欲しかった。
芝居になんかならない。絞り出した声は震えていた。
「姫……エリザーベト、姫様。その、申し訳ありません」
何が申し訳ないのかなんて知らないが、舞台や洋画で見た適当な敬語らしい敬語で、咄嗟に思い付いたのがそれだけだったのだ。いろんなものを見てきた自負はあったのに、パニックを抑え付けるので必死な脳は全く機能していないのだった。
そして誰がどう見ても棒読みで、オーディションだったら即失格の烙印を押されそうな暁の言葉に、少女は反応した。ぱっと顔を輝かせる、そのなんと愛くるしい事か。これが演技だったら並大抵の役者に立ち向かえると思う。
「良かったあ!わたし、リリィがおかしくなっちゃったのかと思ったのよ?わたしの名前がわかるなら大丈夫ね。あ、あなたは帰っていいわ」
本当に、諦めなくてはいけなくなってしまった。
エリザーベト。かわいそうなお姫様の名前。葵の小説の、主人公。
ここは劇の世界で、皆葵の書いたシナリオの人格だ。何でか自分だけ、本来姫に付き従うリリィと入れ替わってしまったのだ。本物のリリィは何処へ行ったのか。暁にはそこまで思考を巡らす余裕などなかった。
この少女も、愛想もなく退出を命じられ鼻白む偉そうな男も実在しない存在なのだ。
この実在しない人達しかいない物語の世界で自分は役割でしかない少女、侍女のリリィとして生きていくしかないのだ。これがおかしな夢でもない限り。
抱きついてきて、未だに離れようとしない少女に意識を持っていかれていて眼中なかった少年の姿も……。
誰だ。
混乱と混乱による絶望的な思考に追いやられていて気が付かなったが、広すぎるくらいの室内にはもう一人いたのだ。
そしてその人物は諦めによる絶望に支配されていた暁に、再度一縷の望みを抱かせるには充分だった。
暁の想像通りで光にそっくりな少女がエリザーベトという架空の少女の人格しかないのだとしたら、これ以上何か暁が彼女にとって理解できない事を口にすれば、奇怪な言葉しか口にしなくなった侍女として、この世界の異常者として身動きが取れなくなってしまうかもしれない。どんな目に遇うかわかったものではない。
どうすれば「彼」が物語の人物の人格なのかそう振舞っている彼なのか確かめられるだろう。光にそっくりな少女がエリザベートになりきっているのも、彼の指示によるものなら安心してそれらしく振舞っているなら、元々の光の演技力があるならこれぐらい演技で乗り切っている可能性は出てくる。
暁は彼を見上げた。これまでずっと黙って背後に控えていた彼であるが暁が視線を向けた事でそれを切っ掛けとするように話し掛けてきた。
「リリィ。顔色が悪いが大丈夫か。何があったんだ、エリザーベトの傍を離れてまで」
リリィと呼ばれた事で怯みそうになるが意を決して頑張ってこねくり回した台詞を口にした。
彼が、彼であると確かめる為の言葉を。
「申し訳ありません」
他の誰かに咎められる事など考えていなかった。
「奇麗な『あおいの花』があると聞いたので探しに行ったんですが、見付からなくて……エリザーベト姫様に見せて差し上げたかったのに」
「そうか」
彼は一つ頷いた。そして続けた。
彼の言葉を聞いて、暁は目を見開いた。
「城の『かど』に『あおいの花』が咲いているとはわたしも耳にしていた。きみにとっては親しみのあるものだから、落胆するのもわかるよ」
もし。もしも彼が登場人物ならこんな風に暁に都合の良い言葉を残してくれるだろうか。
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