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炎に消えた魔女
五話
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沈黙が舞台を覆い尽くしたかと思った。緊張に身を強張らせながら暁は口を開いた。
「花色……先輩ですか?」
ふ、と力が抜けたように豪奢なドレスを身に纏った少女がその場に崩れ落ちた。返事をしようとするより前に男が少女の名前を呼んだ。
「光!」
やっぱりだ。
この訳のわからない状況下で見付かった、救いとなる人間なのだ。
ほっとした拍子に自分も膝が砕けそうになるが、暁もなんとかよろよろとした危ない足取りながら少女……光に近付いた。既に彼女は男に抱き起こされているが、男の名前も聞いてみなければ暁は安心できない。
「先輩……甲斐先輩と、花色先輩ですよね?」
胸に引き寄せ、光を抱き寄せながら柚葉も普段見せない緊張感に彩られた険しい表情をしている。
少女の方はと言えば、返事はおろか顔色も白く先程迄無邪気かつ傲慢に振る舞っていたお姫様の余韻などどこにもなく、重たそうな衣装を無理矢理着せられた華奢な子供のようにしか見えない。
少しの沈黙。それは言葉を選んでいたのだろうか。息を呑んで返事を待つ暁の顔を見上げ、逸らし。しかし決心したように少年は口を開く。
「そうだ……じゃあ、そっちは尾根で間違いないんだよな」
迷いなく暁は答える。心の中の重荷が少し軽くなった。そんな気がした。
「はい!尾根暁です」
「そうか、そうだよな……」
少年、柚葉は眉を寄せ瞳を伏せた。
「これは、何なんだろう」
当然ながら柚葉も何もわからないのだ。一人じゃない安心感は直ぐに霧散していく。
これは何だ。
「現実、何でしょうか」
「俺にはそう見える。だけど、見えるものも夢とか映画にに出てくるようなものみたいで、現実味が無さすぎる」
柚葉も、彼に抱えられて震えている光も暁と同様現状を理解していないのだ。そこに理解が及んだ時に、背後からひりひりと焼けつくような恐怖が這い上がってくるような気がして、暁は背後を振り返った。何もいない。横柄な男もいない。安心してもいい筈なのに、恐ろしくて仕方がない。
「尾根は何なんだと思う?」
再び柚葉が問う。光がこの恐怖に当てられないように大事に大事に抱えながら。
柚葉の視線も表情も険しい儘だ。不意に暁はその理由に勘付いた。彼はきっと、暁と答え合わせをしたいのだ。
ずっと考えてきた事。この奇妙な場所に放り出されてから、この世界が夢でも壮大などっきりでもないのなら、この世界は何から出てきて、何故出来たのか。
「加百の小説の世界、ですか?」
「そうだと思う」
漸く暁は合点がいった。
柚葉は理屈はどうあれ、この状況が加百葵の小説から産み出されたものに間違いないのなら、彼がこの状況の原因だと思っているのだ。
しかしそれでも理由はわからない。人の書いた小説が現実化するなど有り得ない話だ。ドラマ化や映画化とは話が違う。
「けど、どうやって」
「尾根は何も聞いてないか?」
「聞いてないです……こんな」
天井を見上げる。
煌びやかなシャンデリア。何処かのヨーロッパの宮殿のような装飾と壁画が埋め込まれた大きすぎる部屋。棚、なんて簡素な言葉で納められない調度品に、溢れんばかりの花の匂い。続きの間にはベッドがあるんだろうか。彼らの背後にまだ部屋が続いているのに気が付いてめまいがした。
「こんなの、こんな風になるなんて。だって、加百は自分が書いた小説を演じて貰うのなんて初めてだって、驚いて、感動してて……」
大体一介の高校生にこんな超能力あってたまるかとも思うのだ。葵に小説に他者を巻き込むなんて特殊能力あったら、暁の暮らす町は殺伐化していただろう。何しろ、死人が多いのだあいつの書く話は。
「そうか、ごめん。俺も短絡的だった。あいつが俺達をこんな事に巻き込んだとしても得する事だってない」
「副部長、どうしてですか……」
これが自分や柚葉や光、勿論葵の夢でもないと仮定して考えてみる。今ここにいる三人が先刻まで一緒に部活動に励んでいた三人に間違いがないと信じるなら。
「何かの理由で、加百の書いた小説の中に入ってしまった……小説の役の儘?」
「加百が関係なかったとしても、そうとしか考えられないよな」
「……」
確かにそうだ。
考えたくなかった。夢だと誰かに言って欲しかった。自分の言葉では、自分に言い聞かそうにも幾ら耳を塞いでこれは夢だと叫んだところで信じられなかっただろうからだ。
しかし柚葉は暁の淡い期待を切った。現実的に考えて非現実的な希望的観測を虚無に捨てた。
困り果てた暁は、繰り返す。
「どうして……」
「悩んでいても仕方ない。逃げる方法を考えないと」
柚葉の言葉の中に穏やかじゃないものを感じて、改めて現状を理解する。
この世界は葵の書いた可愛そうなお姫様の話の世界なら、そしてこの世界がもしも小説の通り進行するように決まっていたとしたら。
「……部長達は、最初から一緒にいたんですか?」
この物語の最初に起こる事件が頭に浮かび上がってぐるぐると暁の脳でそれがビジョンとなって、脳内を支配していく。
「うん。俺と光は婚約者同士の役だからあの人達も何にも言わなかったけど、もしも他に俺達みたいな部員がいるなら集まった方が良いと思って、光に呼んで貰ったんだ。エリザーベトになりきって」
そういう事か。
光は引っ込み思案で、人見知り。自分の意見を話すのも苦手な人物だが役を与えてしまえば、その人物がどんなに光とかけ離れていても、融合して同一化してしまう。
だからあんなにエリザーベトそのものとして、台詞のない余白のシーンすらなりきれたのだ。
騎士と姫が二人で穏やかな時間を過ごす余裕があるのは、物語通して無いに等しい。そして最後に姫は死ぬ運命にある。
姫が生きていて、二人は恋人として穏やかな時間を過ごしている。なら、この世界があの脚本通り進む世界なのだとしたら。
つまり、今は。
「物語の、始まる前ってこと?」
物語の冒頭に、ある事件が発生する事を暁は勿論、柚葉も光すらも知っているのだ。
……ざあっと、目の前の全てが黒く染まった気がした。
「花色……先輩ですか?」
ふ、と力が抜けたように豪奢なドレスを身に纏った少女がその場に崩れ落ちた。返事をしようとするより前に男が少女の名前を呼んだ。
「光!」
やっぱりだ。
この訳のわからない状況下で見付かった、救いとなる人間なのだ。
ほっとした拍子に自分も膝が砕けそうになるが、暁もなんとかよろよろとした危ない足取りながら少女……光に近付いた。既に彼女は男に抱き起こされているが、男の名前も聞いてみなければ暁は安心できない。
「先輩……甲斐先輩と、花色先輩ですよね?」
胸に引き寄せ、光を抱き寄せながら柚葉も普段見せない緊張感に彩られた険しい表情をしている。
少女の方はと言えば、返事はおろか顔色も白く先程迄無邪気かつ傲慢に振る舞っていたお姫様の余韻などどこにもなく、重たそうな衣装を無理矢理着せられた華奢な子供のようにしか見えない。
少しの沈黙。それは言葉を選んでいたのだろうか。息を呑んで返事を待つ暁の顔を見上げ、逸らし。しかし決心したように少年は口を開く。
「そうだ……じゃあ、そっちは尾根で間違いないんだよな」
迷いなく暁は答える。心の中の重荷が少し軽くなった。そんな気がした。
「はい!尾根暁です」
「そうか、そうだよな……」
少年、柚葉は眉を寄せ瞳を伏せた。
「これは、何なんだろう」
当然ながら柚葉も何もわからないのだ。一人じゃない安心感は直ぐに霧散していく。
これは何だ。
「現実、何でしょうか」
「俺にはそう見える。だけど、見えるものも夢とか映画にに出てくるようなものみたいで、現実味が無さすぎる」
柚葉も、彼に抱えられて震えている光も暁と同様現状を理解していないのだ。そこに理解が及んだ時に、背後からひりひりと焼けつくような恐怖が這い上がってくるような気がして、暁は背後を振り返った。何もいない。横柄な男もいない。安心してもいい筈なのに、恐ろしくて仕方がない。
「尾根は何なんだと思う?」
再び柚葉が問う。光がこの恐怖に当てられないように大事に大事に抱えながら。
柚葉の視線も表情も険しい儘だ。不意に暁はその理由に勘付いた。彼はきっと、暁と答え合わせをしたいのだ。
ずっと考えてきた事。この奇妙な場所に放り出されてから、この世界が夢でも壮大などっきりでもないのなら、この世界は何から出てきて、何故出来たのか。
「加百の小説の世界、ですか?」
「そうだと思う」
漸く暁は合点がいった。
柚葉は理屈はどうあれ、この状況が加百葵の小説から産み出されたものに間違いないのなら、彼がこの状況の原因だと思っているのだ。
しかしそれでも理由はわからない。人の書いた小説が現実化するなど有り得ない話だ。ドラマ化や映画化とは話が違う。
「けど、どうやって」
「尾根は何も聞いてないか?」
「聞いてないです……こんな」
天井を見上げる。
煌びやかなシャンデリア。何処かのヨーロッパの宮殿のような装飾と壁画が埋め込まれた大きすぎる部屋。棚、なんて簡素な言葉で納められない調度品に、溢れんばかりの花の匂い。続きの間にはベッドがあるんだろうか。彼らの背後にまだ部屋が続いているのに気が付いてめまいがした。
「こんなの、こんな風になるなんて。だって、加百は自分が書いた小説を演じて貰うのなんて初めてだって、驚いて、感動してて……」
大体一介の高校生にこんな超能力あってたまるかとも思うのだ。葵に小説に他者を巻き込むなんて特殊能力あったら、暁の暮らす町は殺伐化していただろう。何しろ、死人が多いのだあいつの書く話は。
「そうか、ごめん。俺も短絡的だった。あいつが俺達をこんな事に巻き込んだとしても得する事だってない」
「副部長、どうしてですか……」
これが自分や柚葉や光、勿論葵の夢でもないと仮定して考えてみる。今ここにいる三人が先刻まで一緒に部活動に励んでいた三人に間違いがないと信じるなら。
「何かの理由で、加百の書いた小説の中に入ってしまった……小説の役の儘?」
「加百が関係なかったとしても、そうとしか考えられないよな」
「……」
確かにそうだ。
考えたくなかった。夢だと誰かに言って欲しかった。自分の言葉では、自分に言い聞かそうにも幾ら耳を塞いでこれは夢だと叫んだところで信じられなかっただろうからだ。
しかし柚葉は暁の淡い期待を切った。現実的に考えて非現実的な希望的観測を虚無に捨てた。
困り果てた暁は、繰り返す。
「どうして……」
「悩んでいても仕方ない。逃げる方法を考えないと」
柚葉の言葉の中に穏やかじゃないものを感じて、改めて現状を理解する。
この世界は葵の書いた可愛そうなお姫様の話の世界なら、そしてこの世界がもしも小説の通り進行するように決まっていたとしたら。
「……部長達は、最初から一緒にいたんですか?」
この物語の最初に起こる事件が頭に浮かび上がってぐるぐると暁の脳でそれがビジョンとなって、脳内を支配していく。
「うん。俺と光は婚約者同士の役だからあの人達も何にも言わなかったけど、もしも他に俺達みたいな部員がいるなら集まった方が良いと思って、光に呼んで貰ったんだ。エリザーベトになりきって」
そういう事か。
光は引っ込み思案で、人見知り。自分の意見を話すのも苦手な人物だが役を与えてしまえば、その人物がどんなに光とかけ離れていても、融合して同一化してしまう。
だからあんなにエリザーベトそのものとして、台詞のない余白のシーンすらなりきれたのだ。
騎士と姫が二人で穏やかな時間を過ごす余裕があるのは、物語通して無いに等しい。そして最後に姫は死ぬ運命にある。
姫が生きていて、二人は恋人として穏やかな時間を過ごしている。なら、この世界があの脚本通り進む世界なのだとしたら。
つまり、今は。
「物語の、始まる前ってこと?」
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……ざあっと、目の前の全てが黒く染まった気がした。
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