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別離…再会
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ある家庭。夫34歳で妻28歳。
子供はいない。
計画的ではないが、妻の仕事を理解し夫はずっと見守ってきた。だから今は必要が無かった。
当時、美人でスタイルの良い妻を娶ったときは「七不思議」と揶揄された。
今もデートをすると、時々不釣り合いな二人を見る者がいる。
だが、妻はどこか不満だった。単なる刺激を欲した。それは無い物ねだりの人間の欲でもある。
妻は夫を好きではあったが、どこかで(わかるわけがない)と舐めていた。
だが、浮気も開始から半年でバレた。
頭の回転が良い妻も、夫の深く静かな疑惑の目に気付かなかった。
まさか「寝言」から足がつくとは予想すらしなかった。携帯の証拠も消していた。
週一の仕事中の2時間の逢瀬を嗅ぎつけられた。
妻が仕事から戻った時、夫はすでに帰宅しスーツのままソファーに座っていた。
テーブルには分厚い封筒がある。
初めて見る夫の形相。
悲しみと怒り、そして絶望が混じったような「鬼」だった。
静かに夫は口を開いた。
「俺の言いたいことは分かるな?」
妻は怯えた。いや、恐怖したというほうが正しい。
「は…はい」
もう全てがバレたと理解した。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
それしか言葉が浮かばなかった。
「どうして…?」
妻は分からなかった。なぜバレたのだろう?
「不思議か?どうして分かったのか?」
かすかに頷いた。
「寝言だ」
「えっ?」
「何度も口にしたマサヒコという名前だ」
妻はそれだけで観念した。
まさか寝言が決め手になるなんて。そこまではコントロール出来ない。
確かに行為中は何度も口にした。頂点に上るときには必ず言っていた。
妻はガクガクと震えた。
「…残念だ」
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
「きっかけはなんだ?」
妻は中々口を開かなかった。
ドン!と夫がテーブルを叩き、妻は重く話し出した。
「仕事で、どうしても難しい新規先で…チームで動いてて、彼が決め手で取引して貰えることになって…それで嬉しくて…飲んで記憶無くして、気づいたら2人で寝ていて…」
「それで?」
「自分でも驚いて…彼が刺激は必要だよ、って…その言葉が何故か響いて…それから…」
「つまり、スパイス欲しさって事か…」
夫は2枚の紙を出した。
離婚届と誓約書だった。
「ごめんなさい!もうしません…」
だが夫には届かなかった。
「それにサインしてくれ」
誓約書には次のことが書いてあった。
・財産分与は半々
・慰謝料200万
・相手の男との接触禁止
妻は生まれて初めて土下座した。何度も詫びた。あまりに遅いが、幸せな家庭が崩れる音がした。
どのくらい泣いただろう。
だが夫は何も言わなかった。ただ妻を見つめていた。
それを見た妻は、もう取り戻せない自分の行動を悔いながら覚悟を決めた。
「…わかりました。本当にごめんなさい」
2枚の紙にサインをした。
「それから相手に連絡をしてくれ。明日にでも話がしたいと…」
「えっ?」
「同じ営業グループの先輩だろう? ウチダ マサヒコは」
そこまで知られている。もう言い逃れは出来ない。
「向こうも家庭があるから、彼の奥さんからも慰謝料を請求されるだろう」
その通りだった。
ダブル不倫の最悪の末路だ。
妻は電話を掛けた。一度かけ直して出た。
「もしもし…明日、夫が話があると。私の家に来てください」
そう言って電話を切った。
妻はまだ震えている。
「お前の実家には連絡した。こちらには来なくていいと言ってある。後は自分の口から説明してくれ」
もう親バレもしていた。
「昨日は何の日か覚えているか?」
こんな時に思考能力なんてなかった。
「結婚記念日だ…そんな日にマサヒコとホテルに行くとはな…」
忘れていた。昨日は難攻不落の取引先を開拓して浮かれていた。
彼とは、その喜びでホテルに行ってしまった。
どれだけ夫に酷いことをしたのだろう。もう、私には何も言えない…妻はそう感じた。
「申し訳ありません。私のした事に言い訳もしません。本当にごめんなさい、その誓約書にサインはしましたが財産分与はいりません。
貰える資格はありません…」
本当の気持ちだった。
夫はしばし考え、それに従った。
「今日はここで寝ていいが、明日には出て行ってくれ」
「…はい」
この部屋で初めて過ごす最悪の日だった。
冷たく無機質な空間に潰れそうだった。また涙が出た。
寝室に入っても夫は横にいない。それがどれだけ寂しいことか。
夫はリビングで強くない酒を煽っていた。
そして、トイレで吐いていた。
見なくても音で分かる。
トイレから戻った後、音がしなくなった。
妻はそっと覗くとソファーで横になっていた。
タオルケットをかけて風邪をひかないようにするぐらいしか出来ない。
「余計なことはしないでくれ」
その一言が突き刺さった。
妻は自分の馬鹿さ加減を後悔した。何も不満など無かったのだ。単に刺激が欲しかっただけだ。
マサヒコに電話した時、彼は完全に狼狽えていた。「なんで?」「怒ってる?」とか引いてしまうほどだ。
仕事では優秀でも関係ないのだと知った。
お互いに眠れないまま朝が来た。
今、この日に同じ思いの人がどれだけいるのだろう。
その日は会社に風邪と言って休みを取った。
そして10時になって彼が来た。
玄関で怯えていた彼の顔を初めて見た。
「この度は申し訳ありません」
「中に入ってください」
夫は事務的に案内した。
「君は席を外してくれ」
妻は寝室に消えた。
「本当にすいません」土下座して頭を床に擦り付ける。
「頭を上げてください。こちらを見てください」
夫が1枚の紙を出す。
これもまた誓約書だ。
・慰謝料200万円
・妻との接触禁止(接触した場合は1回につき10万円)
・会社退職
「いや…これは」
「仕方ないですよね。社会的制裁は必要です」
「慰謝料はなんとかして払います。ですがウチも2人目の出産が控えてまして…なんとかご内密に」
「無理ですね。自主退社しない場合は会社に報告します」
「本当に勘弁してください!」
哀願しても夫の気は変わらない。
「わかりました。では、会社に報告します」
「それだけは!お願いします」
土下座したまま何度もお願いする彼。だが、夫は努めて冷静に言い放った。
「あなたには覚悟が足りない。人の妻に手を出して、都合よく収められると思わないでください」
その一言で彼は絶望と落胆を露わにして出て行った。
その一部始終を聞いていた妻は完全に彼に冷めていた。
「こんなもんだ…」
夫は呟いた。
妻は寝室から出てきた。
「聞いていたろう?男なんて足元すくったらみんなこの程度のものだ…」
もう泣く力もないのに涙が出た。
何を見ていたのだろう…何が欲しかったのだろう…
まさに火遊びで失った代償は大き過ぎた。
妻は出ていく用意を始めた。夫に貰ったものも入れた。
寝室のウェディング写真が幻のように見えた。
鞄とバックに詰めて、夫の前で正座した。
「本当にごめんなさい。私はあなたに甘えてました。何も見ていませんでした、そして生活の全てを壊してしまいました。その償いはしていきます。一生、あなたに謝罪を続けていきます」
そして土下座して唇を噛みしめた。
玄関から出るとき、夫は一言漏らした。
「なぜなんだ…」そして泣いた。
妻も泣いた。こんなにも夫を苦しめていた罪と後悔に。
「こんなこと言える立場ではありませんが、どうか繋がりだけは切らないでください。
お願いします。
もし、あなたが望むならどんな事でもします。絶対に嫌とは言いません。ですから、どうか繋がりだけは…お願いします、お願いします」
妻に言える精一杯の本心だった。
妻がうなだれて去る姿は痛々しかった。
それだけに夫は悔しくて苦しくて仕方無かった。
その夜。妻の実家から「すべて聞いた。本当に申し訳ない」と連絡があった。
「…いえ、お義父さんのせいではありません。私にも落ち度があります」
「私たちとしても出来るだけの償いはします。許してほしいとは言えないが、娘も縁だけは切らないでほしいと願っている…それだけは私からもお願いしたい」
夫は黙った。
「本当にすまない」
夫はマサヒコの自宅に連絡した。彼の妻が出た。
弁護士から連絡がいっていたようで、名前を言うとすぐに謝罪された。
「本当に夫が申し訳ありません」
「いえ、奥様も被害者ですよ。これからどうされるのですか?」
「離婚して子供とともに暮らしていこうと思います…」
「そうですか。では、証拠書類が必要なら言ってください。コピーをお渡しします」
「すいません、お世話になります。あの…」
「はい?」
「離婚されるのですか?」
「そうなりますね。離婚届にはサインもしました。しかし…しんどいですね」
「…はい、そうですね」
「お腹にお子さんがいらっしやると聞きました。無事に生まれることを祈っています」
「はい、ありがとうございます」
後日、妻の親から連絡が来た。
妻もマサヒコも退職が決まったと。言うまでもなく自ら辞表を提出したようだ。夫はその方が良かった。
妻のことも明るみになってしまう、本心はしたくなかった。
これで夫は自らを納得させるだけの行動は完了した。
これからは悩む日々が続く。
まだ妻を愛していた。
浮気を除けば不満はなかった。
コンタクトが合わず、メガネ女子で仕事に打ち込んでいた。しかし家事も分担してこなしていた。
靴と服にはこだわりがあった。化粧も仕事とプライベートで使い分けていた。
髪型も気を使い、美容院に行った後は必ず「じゃーん!どう?綺麗になった?」とお披露目もした。
「いやぁ…ドキッとするよ」
「えへへっ…」
そんな仕草も可愛かった。
料理は母親に仕込まれていたから上手だった。
特にザーサイのラー油付けは旨かった。下戸でも、それが出てきたときは酒を飲んだ。
「隠し味があるのよ」
「どんな隠し味?」
「それは秘密よ。隠し味なんですからね」
そんな会話も楽しかった。全てが無くなってしまった。
全てが虚無感で覆われた。
夫はまだ残っている妻の服や靴、日用品を整理して宅急便で妻の実家に送った。
妻…いや元妻からメールが届いた。
<荷物送って頂き、ありがとうございます。ホントは靴も服も不足してて困っていました。助かりました>
返信はしなかった。
これで完全に自分だけの部屋になった。家具類はあるが、スカスカな感じが漂っていた。
三か月後。
夫は博識な部下と飲みに出た。離婚以来である。
「知ってましたか?鳥ってほとんどが浮気してるって…」
「いや、知らない」
「よく言う<おしどり夫婦>のおしどりってかなりの浮気者ですよ」
「そーなのか?」
「そーですよ。つばめなんて浮気鳥の代表とか言ってたなぁ」
「つばめねぇ…」
「まぁ、小難しく言うと<浮気>って概念は人間だけらしくて、動物のほとんどは子供の育成とか優秀な子を産むためにオスもメスもとっかえひっかえらしいですよ」
「人間もそんなふうに考えられたら楽なもんだな…」
「でもね。どっかの学者?かなぁ…面白いこと言ってたけど愛情は深くない方が上手くいくって、これ真実のように思うんですよ」
「そうかな」
「だって愛情が深くなると、それだけ許せないことが増えるでしょ? ある程度の寛容があった方が許せるし、可愛いなぁって思うことも出来ますよ」
部下の言葉は正論だった。
「今の付き合ってる彼女がね、適当な距離感がいいって言うんですよ。その方が長続きするって」
考えさせられた。
帰り道。たまには一駅分歩く気になって駅を降りた。
酔いは大したことは無い。下戸だからコップ一杯分だけだ。
元妻が居なくなって、心の中では憎しみと愛情が日々動くのを計りかねていた。
もう別れて関係なくなった筈なのに、いつも心の中に元妻がいた。
マンションの前についた。ここは賃貸だがロケーションがとても良かった。4階の部屋からは川が流れ、堤防はランニングやサイクリングロードもある。裏にはドラックストアやコンビニもある。
快適な環境だ。それだけに引っ越すのも惜しい気がしていた。
元妻はどうしているだろうか?
まだ実家だろうか?
5年の結婚生活がわずか2週間足らずで終わってしまった。それだけに3か月経った今では、遠い日のようにも感じた。
夜空を見上げても妻の顔が浮かぶ。わかっている、まだ元妻を愛してるということを。
それから2か月が過ぎた。
元妻から一度だけメールがきた。至ってシンプルなもので
〈仕事が決まりましたのでご報告します>というものだった。
特に返事も期待していないのは分かる。
返事はしなかった。と、いうよりどう返せばいいのか悩んだ、というのが正解である。
ある週の土曜日に大量の洗濯をした。シーツもいい加減汗臭く、風呂場のマットも取り替えなきゃならない。
洗濯機がガンガンと回る。
3回に分けて干す量になった。
ベランダに出て慣れない手つきで、シーツを干すのも一苦労なもの。
一息付いて、ベランダでタバコを付けた。
天気はいい。
ふと向かいのアパートを目をやる。
(えっ?まさか…)
二階建てアパートの窓からこちらを見る女がいる。
間違いなく元妻だ。
慌てた。
(何でここにいる?)
元妻は頭を下げた。少し微笑んでる。
たまらず電話した。
元妻は手をあった携帯に出た。
「何でそこにいるんだ?」
「驚かしてごめんなさい。理由は2つあるんです。1つは新しい職場が近くで通勤に便利なんです。あともう1つは、ここならあなたへの謝罪を行動にできるかな、と思って…」
「ちょっと待て!オレは別に」
「分かってます。あなたと別れてからずっと謝罪は続けてます。だから、どうして欲しいなんてありません。ただ、ここからあなたのに向かって謝罪をしたいんです。何もしません。ストーカーでもありません。気持ち悪がらないで下さい、あなたに近寄る事もしませんから」
元妻は電話で頭を下げた。
「…分かった」
久しぶりに見た元妻は、少しやつれたように見えた。たぶん、視界から失せろ!来るな!と言えればいいのだろうが、元夫は言えずにいた。
その日から生活は少し変わった。
週末の洗濯とタバコを吸う時だけ、ベランダに出る。どうしても元妻の窓に目が行く。
たぶん、あの言葉は本音なのだろう。
それに通勤に必要ともなれば、口出す事は出来ない。
こっちが引っ越すか?
イヤ、環境もいいし慣れてるのを手放すのも後を引く。
それから見ていて、元妻の行動が少し分かってきた。
朝と夜に元夫の部屋に向かって一礼しているようだ。何度かベランダから見かけた。
それから週末は、昼も窓から見ていた。たまたま買い物帰りに歩いてアパートの下を通ると、部屋を見つめていた。その時は元夫に気付いて一礼をした。
通勤も遅く出るらしく会う事はない。
たぶん、帰りは夜7時頃のようだ。
いつも言葉は交わさない。
真面目な顔で頭を下げてるだけ。
服装は地味になってるようだ。
メガネは変わらずだ。
(これは作戦なのか?)と疑った時もある。
だが、それから更に3カ月しても元妻の行動は変わらなかった。
だが、そんな元夫にアプローチしてきた女性がいた。取引先の受付嬢だ。
たぶん、年は元妻と同じくらいか?
左手の指輪が無くなってる事に気付いて、食事を誘われた。
何やら乾いた土に、水が染み込むような気分になった。
「離婚されたんですね…」
「まぁ…不甲斐ないですが」
「人には事情がありますから…私は気にしてません」
どうやら、大人の事情は理解できるようだ。
「結婚は?」
これが辛い。
まだ信用できるほど回復していないからだ。
「まだそこまでは…」
「ですよね。ごめんなさい、変な事聞いてしまって…」
悪い子ではないだろう。
だが、何かが違う気がした。
答えは分かっていた。
まだ元妻が住んでいるからだ。
元妻と比較してしまう自分がイヤになる。
彼女とは3回ほど食事をして終わった。
会うほど距離が生まれるのだ。
染み込んだ水はすぐに乾いた。
どうしようもない。
かといって、近くに来た元妻に腹を立てた事もない。
マンション側の堤防を散歩した。週末の夜になるとランニングする人が結構多い。
ベンチに座ってタバコを付けた。
生温い風が心地よい。
またアパートの前を通った。
まだ寝るには早いと思い、近くのビデオ屋に足を運んだ。
新しいモノはよく分からない。
一昔前のコーナーに向かった。
思わず隠れた。
元妻がいる。
こんな近くで見て、何故かドキドキした。
(アホか、オレは…)
一呼吸して歩き始めた。
元妻が気付いた。
少し驚いて頭を下げた。ベランダの時と変わらない下げ方だ。
「ここに来てたんですか?」
「まぉ…なんかヒマでね」
「ここに越してから、良く借りに来るんです」
「…そうか」
無言になってしまう。
ホントは話したい事は山ほどある。
だが出てこない。
「じゃあ…」とまた頭を下げられた。
「あぁっ…」
結局、何も借りないまま出た。
また、アパートの前を通る。
電気が付いていた。
影が動く。
(どんな生活してるんだ?…男とか出来たのか?…新しい職場はどうなんだ?)
何も言えない。口に出来ない。
意地か?プライドか?
それとも…
そのままマンションに帰り無理矢理寝た。
それから元妻と接触する事は無かった。
相変わらず一礼はしていると思うが、タイミングが合わず見ていない。
更に2カ月後。
元夫の仕事に出張が入った。
札幌に取引相手との契約確認で訪れた。
仕事に問題はなく、夜はススキノで接待された。アチコチに風俗の看板が目立つ。
こんなところは何年も来ていない。
欲望が沸くこともなく、ホテルに戻った。
その時「あのー」と声をかけられた。
元妻がいた。
「えっ?何で?」
「ビックリしました。来てたんですね。私も展示会に来たんですけど、まさか…ですね」
「あぁっ…そうだね」
「1人ですか?」
「まぁ…キミは?」
「同僚の女子と…」
「そうか…」
ダメだ。言葉が出ない。かなりギクシャクしてた。
「じゃあ、気を付けて下さいね」
ここでも変わらず頭を下げる。
どうやら、神様は元妻との縁は切らないらしい。
だが、少しイヤな思いもあった。元妻の浮気は出張から始まっている。何となくだが、それを思い出し苦い感じがした。
そんな事もありながら、出張は終わり元どおりの生活が続いた。
もう、別れてから1年近くになるか?
離婚が遠いような近いような気がしてた。
会社の同僚が言う。
「そろそろ結婚したらどうだ?」
別れてから周りは勝手な事を言う。
ほとんどが夫の原因だとか。
理由は濁してたから、仕方ないかもだが。
だが、その気が起きない。
元妻のせいだ。まだいるのだ。
誠に厄介なものだ。サッサと忘れてしまえば次に行けるのだが…と。
元妻は別れてから、敬語で話すようになっていた。
週末。
風邪を引いた。かなり重い。
ダルさと寒気とが重なった。とても家事なんて出来ない。昨日はやっとの思いで家に着き、そのままソファーに倒れた。ベッドに行く余裕もない。
元妻は少し気になった。
いつもなら洗濯を干す時間である。だが、出てこない。出掛けたのか?とも思ったが、車もある。
いつもの一礼をして、本を読んだ。
昼を過ぎた。
ふと、気になった。
またベランダを見たが洗濯物はない。
(勘違いならそれでいい…)
元妻はアパートを出て、マンションに向かった。別れてから初めて踏み入れる。
一瞬、懐かしさが沸いた。
当たり前だが、エレベーターや階段もあの時のままだ。そこに新鮮な気持ちも感じた。
部屋のドアに着くと、ドキドキと鼓動が激しくなった。
(怒られてもいい…)そんな覚悟だった。
チャイムを鳴らした。インターフォンから返事がない。
また鳴らす。返事はない。
一呼吸してドアノブに手をかけた、回った。そして開いた。
「こんにちは…」何もない。
靴を脱ぐ。リビングへの廊下を歩き、そっとドアを開けた。
ソファーに横たわる元夫がいた。
「あのぉ…」返事がない。
焦った。(えっ!死んで?)
慌てて駆け寄り必死に声をかけた。
「起きて!起きてください!大丈夫ですか?」
汗だくの元夫を見て額に手を当てた。
(すごい熱!)
どのくらい横になってたか…元夫は目を覚ました。
頭がボォーッとしてる。
(ん?ここはどこだ?)
リビングにいたはず。
「起きました?」
「わぁ!」
そりゃ驚く。
「なんでここにいるんだ?」
元妻は微笑みながら、元夫にタオルを出した。
「ごめんなさい、勝手に入ってしまって。
洗濯を干す時間になっても出てこないから、すごく気になったんです。出掛けてるかな、と思ったんですけど車もあるし…私の思い過ごしならそれでいいと思いながら、ドアが開いたから、慌てて来たらあなたがソファーで倒れてたから…」
「あー…そっか。いや、すまん」
「でも良かった…ホントに良かった…風邪で良かった」
元妻は泣きながら何度も「良かった」を連呼した。
「すごく心配したんです。なにかの事件とか事故じゃないかと思って…」
その時、元妻の手が触れた。
久しぶりの温もりだった。
「迷惑かけた…」
首を何回も横に振った。
「そんなこと…迷惑なんて思ってません」
幸いに熱は微熱ぐらいまで下がってた。
フラフラするが、起き上がりリビングに向かった。
「まだ寝てなきゃダメです」
「いや、ノドが乾いた…」
「持ってきます。台所入っていいですか?」
「ん?あぁっ…」
2人ともソファーに腰掛けた。
もう夜になっていた。
「昨日から風邪気で、フラフラしながら帰ったんだ。たぶん、玄関のカギもかけずにここで倒れたみたいだ…」
「食事は?」
「何にも食べてない…食欲もないんだ」
「少しでも食べないと…お粥なら食べられそうですか?」
「まぁ、なんとか…」
「じゃあ台所お借りしますね」
元妻は作り始めた。途中「ちょっと部屋に戻りますね」と出て行き、ほどなく戻ってきた。30分ぐらいで出来上がった。
「はい、お待たせしました」
お盆には、お粥とザーサイのラー油付が乗っていた。
「あっ…これ…」
「ホントは消化にはあまり良くないけど、少しピリ辛があった方がいいと思って。よく噛んでください」
久しぶりのザーサイが嬉しかった。
お粥は好きではないが、これなら食べられた。
「うん、うまい!」
「ホントに?嬉しいです」
「まだ作ってたのか?」
目を瞑りながら頷いた。
「あなたの1番のお気に入りだったから…」
元妻は「あっ!」と立ち上がり薬箱を持ってきた。
「食べたら飲んで、また寝てください」
元夫は微笑んだ。
「覚えてるんだな…薬箱の場所なんて」
元妻も「あっ」と口を覆った。
「ごめんなさい…」
「いや…謝る事じゃないよ。見ての通り何も変わってないんだ…」
「ううっ」と嗚咽が漏れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
思い出したのだろう。あの別れの日を。
「でも、今日は助かったよ。ありがとう」
その言葉にまた泣いた。
「そんな…」
ふと気づいた。体が汗でベトベトしてる。
「少し落ち着いたからシャワーしているよ。今日はありがとう、もういいよ」
「あの…」
「ん?」
「出来れば、あなたが寝るまでそばにいさせてもらえませんか?」
「寝るまで?」
「はい、ちょっと心配ですし…寝たら黙って帰りますから。お願いします」
迷った。気持ちは嬉しいが妻ではない。
「いや、大丈夫だよ。そこまでしなくていいから」
「…わかりました。でも体を労わって下さいね」
少し寂しそうな顔をしながら元妻は帰っていった。
次の日。
風邪はよっかり良くなった。薬が効いたのだろう。
出来なかった洗濯物をベランダに運ぶと、いつものように元妻が見ていた。
頭を下げると、元妻も下げた。
だが、今日は微笑みながら手を振った。
胸元での小さな振りだが、なんとなく距離が縮まった気がした。
午後3時を過ぎて買い物に出かけた。
元夫は、昨日のお礼にケーキを二つ買った。
元妻はショートケーキ一辺倒だった。
アパートの中に初めて入った。
表札はない。女の一人暮らしを警戒してるのだろうか?
チャイムを鳴らした。
「…はい」
「オレだが…」
ガチャンと切ってすぐにドタドタドタと走る音がした。
勢いよく開く玄関。
パァッと明るい顔が出てきた。
「どうしたんですか?」
「いや、昨日のお礼にと…その、ケーキを…安物だけど」
「そんな…すごく嬉しいです!」
「二つあるから食べてくれ」と帰ろうとすると止められた。
「あの…上がりませんか?もし、良かったら2人で食べたいです…」
恋愛のときのような、彼女の部屋に初めて入るようなドキドキが沸く。
しかし、相反して殺風景な部屋だった。
カーテンは女子らしいが、コタツテーブルとタンスに食器棚。あとはシェルフラックに小さい花と写真が飾ってあるだけである。
テレビも見当たらない。
「ずいぶんシンプルだな、テレビも無いのか?」
「あるけど、あんまり見ないから…」
台所でケーキとコーヒーを煎れて持ってきた。
「テレビなんてどこにあるんだ?」
「これです」
差し出したのはポータブルDVDプレーヤーだ。テレビも見れるタイプだった。
「あぁ…」
聞くと、平日でも休みでも時間のあるときは<読書><映画>を見ていると言った。
「読書?」
「はい、仕事も辞めて空いた時間で本を読み始めたんです。結構面白くて…」
初めて自分の世界を持った気がして、楽しく過ごしているらしい。
読み込むと3日で読破することもあるとか。
「それって内容理解出来るの?」と聞いたら苦笑していた。
「コーヒーはブラックですよね」
ふと、写真を見た。
それは夫婦で旅行に行った時の写真だった。
元妻は慌てて背中に隠した。
「あの…これは、その…」
「いや、いいよ。別に怒らないから。そこまで心の狭い男じゃないよ」
「…ありがとうございます」
元妻の言った事が少しずつ理解できた。
最初は作戦かと思われたが、考えてみれば元妻からのアクションは何一つない。
風邪の時も心配する気持ちから出たものだろう。
「仕事は何しているんだ?」
「今は歯科医院に卸す会社の営業をしています」
「…そうか。うまくやっていけてるのか?」
「はい、みんないい方なのでなんとかやっていけてます」
聞けば、御用聞きに近いものらしく営業といっても、夜中まで仕事もないし、ほぼ定時であがれるらしい。
もう一つ、ここに来て気づいたのは薄化粧はしていた。
女の一人暮らしでも、みすぼらしい姿は見せたくない、と言っていた。
妻のときなら考えられない暮らしぶりだ。
まず地味すぎた。
「それにしても暮らしぶりは変わったな」
「はい、あなたと別れてから色々考えました。本当に大事なものを失って、何を見て何を大事にしていたんだろうと…。そして自分を見つめなおすために断捨離したんです」
「…しすぎだろ?」と言ったら、「やっばりそうですか」とまた苦笑した。
「でも、とても穏やかな気持ちになって、あなたへの謝罪に真摯に向き合う事が出来たんです」
確かにそうかもしれない。
ここに越してきたのは驚いたが、たかが一礼するにしても欠かすことなく続けている。
そう簡単な事でもない。
「…そうか」
「あっ、ごめんなさい。こんな話聞きたくないですよね」
今度は元夫が苦笑した。
元妻は本当に心から反省してた。
気づけば3時間も長居していた。
アパートを出て部屋に戻った。
「もし、良かったらまた来てください。ほかの男性は一切入れませんけど、あなたなら何時でもいいので」
その言葉が心に残った。
子供はいない。
計画的ではないが、妻の仕事を理解し夫はずっと見守ってきた。だから今は必要が無かった。
当時、美人でスタイルの良い妻を娶ったときは「七不思議」と揶揄された。
今もデートをすると、時々不釣り合いな二人を見る者がいる。
だが、妻はどこか不満だった。単なる刺激を欲した。それは無い物ねだりの人間の欲でもある。
妻は夫を好きではあったが、どこかで(わかるわけがない)と舐めていた。
だが、浮気も開始から半年でバレた。
頭の回転が良い妻も、夫の深く静かな疑惑の目に気付かなかった。
まさか「寝言」から足がつくとは予想すらしなかった。携帯の証拠も消していた。
週一の仕事中の2時間の逢瀬を嗅ぎつけられた。
妻が仕事から戻った時、夫はすでに帰宅しスーツのままソファーに座っていた。
テーブルには分厚い封筒がある。
初めて見る夫の形相。
悲しみと怒り、そして絶望が混じったような「鬼」だった。
静かに夫は口を開いた。
「俺の言いたいことは分かるな?」
妻は怯えた。いや、恐怖したというほうが正しい。
「は…はい」
もう全てがバレたと理解した。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
それしか言葉が浮かばなかった。
「どうして…?」
妻は分からなかった。なぜバレたのだろう?
「不思議か?どうして分かったのか?」
かすかに頷いた。
「寝言だ」
「えっ?」
「何度も口にしたマサヒコという名前だ」
妻はそれだけで観念した。
まさか寝言が決め手になるなんて。そこまではコントロール出来ない。
確かに行為中は何度も口にした。頂点に上るときには必ず言っていた。
妻はガクガクと震えた。
「…残念だ」
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
「きっかけはなんだ?」
妻は中々口を開かなかった。
ドン!と夫がテーブルを叩き、妻は重く話し出した。
「仕事で、どうしても難しい新規先で…チームで動いてて、彼が決め手で取引して貰えることになって…それで嬉しくて…飲んで記憶無くして、気づいたら2人で寝ていて…」
「それで?」
「自分でも驚いて…彼が刺激は必要だよ、って…その言葉が何故か響いて…それから…」
「つまり、スパイス欲しさって事か…」
夫は2枚の紙を出した。
離婚届と誓約書だった。
「ごめんなさい!もうしません…」
だが夫には届かなかった。
「それにサインしてくれ」
誓約書には次のことが書いてあった。
・財産分与は半々
・慰謝料200万
・相手の男との接触禁止
妻は生まれて初めて土下座した。何度も詫びた。あまりに遅いが、幸せな家庭が崩れる音がした。
どのくらい泣いただろう。
だが夫は何も言わなかった。ただ妻を見つめていた。
それを見た妻は、もう取り戻せない自分の行動を悔いながら覚悟を決めた。
「…わかりました。本当にごめんなさい」
2枚の紙にサインをした。
「それから相手に連絡をしてくれ。明日にでも話がしたいと…」
「えっ?」
「同じ営業グループの先輩だろう? ウチダ マサヒコは」
そこまで知られている。もう言い逃れは出来ない。
「向こうも家庭があるから、彼の奥さんからも慰謝料を請求されるだろう」
その通りだった。
ダブル不倫の最悪の末路だ。
妻は電話を掛けた。一度かけ直して出た。
「もしもし…明日、夫が話があると。私の家に来てください」
そう言って電話を切った。
妻はまだ震えている。
「お前の実家には連絡した。こちらには来なくていいと言ってある。後は自分の口から説明してくれ」
もう親バレもしていた。
「昨日は何の日か覚えているか?」
こんな時に思考能力なんてなかった。
「結婚記念日だ…そんな日にマサヒコとホテルに行くとはな…」
忘れていた。昨日は難攻不落の取引先を開拓して浮かれていた。
彼とは、その喜びでホテルに行ってしまった。
どれだけ夫に酷いことをしたのだろう。もう、私には何も言えない…妻はそう感じた。
「申し訳ありません。私のした事に言い訳もしません。本当にごめんなさい、その誓約書にサインはしましたが財産分与はいりません。
貰える資格はありません…」
本当の気持ちだった。
夫はしばし考え、それに従った。
「今日はここで寝ていいが、明日には出て行ってくれ」
「…はい」
この部屋で初めて過ごす最悪の日だった。
冷たく無機質な空間に潰れそうだった。また涙が出た。
寝室に入っても夫は横にいない。それがどれだけ寂しいことか。
夫はリビングで強くない酒を煽っていた。
そして、トイレで吐いていた。
見なくても音で分かる。
トイレから戻った後、音がしなくなった。
妻はそっと覗くとソファーで横になっていた。
タオルケットをかけて風邪をひかないようにするぐらいしか出来ない。
「余計なことはしないでくれ」
その一言が突き刺さった。
妻は自分の馬鹿さ加減を後悔した。何も不満など無かったのだ。単に刺激が欲しかっただけだ。
マサヒコに電話した時、彼は完全に狼狽えていた。「なんで?」「怒ってる?」とか引いてしまうほどだ。
仕事では優秀でも関係ないのだと知った。
お互いに眠れないまま朝が来た。
今、この日に同じ思いの人がどれだけいるのだろう。
その日は会社に風邪と言って休みを取った。
そして10時になって彼が来た。
玄関で怯えていた彼の顔を初めて見た。
「この度は申し訳ありません」
「中に入ってください」
夫は事務的に案内した。
「君は席を外してくれ」
妻は寝室に消えた。
「本当にすいません」土下座して頭を床に擦り付ける。
「頭を上げてください。こちらを見てください」
夫が1枚の紙を出す。
これもまた誓約書だ。
・慰謝料200万円
・妻との接触禁止(接触した場合は1回につき10万円)
・会社退職
「いや…これは」
「仕方ないですよね。社会的制裁は必要です」
「慰謝料はなんとかして払います。ですがウチも2人目の出産が控えてまして…なんとかご内密に」
「無理ですね。自主退社しない場合は会社に報告します」
「本当に勘弁してください!」
哀願しても夫の気は変わらない。
「わかりました。では、会社に報告します」
「それだけは!お願いします」
土下座したまま何度もお願いする彼。だが、夫は努めて冷静に言い放った。
「あなたには覚悟が足りない。人の妻に手を出して、都合よく収められると思わないでください」
その一言で彼は絶望と落胆を露わにして出て行った。
その一部始終を聞いていた妻は完全に彼に冷めていた。
「こんなもんだ…」
夫は呟いた。
妻は寝室から出てきた。
「聞いていたろう?男なんて足元すくったらみんなこの程度のものだ…」
もう泣く力もないのに涙が出た。
何を見ていたのだろう…何が欲しかったのだろう…
まさに火遊びで失った代償は大き過ぎた。
妻は出ていく用意を始めた。夫に貰ったものも入れた。
寝室のウェディング写真が幻のように見えた。
鞄とバックに詰めて、夫の前で正座した。
「本当にごめんなさい。私はあなたに甘えてました。何も見ていませんでした、そして生活の全てを壊してしまいました。その償いはしていきます。一生、あなたに謝罪を続けていきます」
そして土下座して唇を噛みしめた。
玄関から出るとき、夫は一言漏らした。
「なぜなんだ…」そして泣いた。
妻も泣いた。こんなにも夫を苦しめていた罪と後悔に。
「こんなこと言える立場ではありませんが、どうか繋がりだけは切らないでください。
お願いします。
もし、あなたが望むならどんな事でもします。絶対に嫌とは言いません。ですから、どうか繋がりだけは…お願いします、お願いします」
妻に言える精一杯の本心だった。
妻がうなだれて去る姿は痛々しかった。
それだけに夫は悔しくて苦しくて仕方無かった。
その夜。妻の実家から「すべて聞いた。本当に申し訳ない」と連絡があった。
「…いえ、お義父さんのせいではありません。私にも落ち度があります」
「私たちとしても出来るだけの償いはします。許してほしいとは言えないが、娘も縁だけは切らないでほしいと願っている…それだけは私からもお願いしたい」
夫は黙った。
「本当にすまない」
夫はマサヒコの自宅に連絡した。彼の妻が出た。
弁護士から連絡がいっていたようで、名前を言うとすぐに謝罪された。
「本当に夫が申し訳ありません」
「いえ、奥様も被害者ですよ。これからどうされるのですか?」
「離婚して子供とともに暮らしていこうと思います…」
「そうですか。では、証拠書類が必要なら言ってください。コピーをお渡しします」
「すいません、お世話になります。あの…」
「はい?」
「離婚されるのですか?」
「そうなりますね。離婚届にはサインもしました。しかし…しんどいですね」
「…はい、そうですね」
「お腹にお子さんがいらっしやると聞きました。無事に生まれることを祈っています」
「はい、ありがとうございます」
後日、妻の親から連絡が来た。
妻もマサヒコも退職が決まったと。言うまでもなく自ら辞表を提出したようだ。夫はその方が良かった。
妻のことも明るみになってしまう、本心はしたくなかった。
これで夫は自らを納得させるだけの行動は完了した。
これからは悩む日々が続く。
まだ妻を愛していた。
浮気を除けば不満はなかった。
コンタクトが合わず、メガネ女子で仕事に打ち込んでいた。しかし家事も分担してこなしていた。
靴と服にはこだわりがあった。化粧も仕事とプライベートで使い分けていた。
髪型も気を使い、美容院に行った後は必ず「じゃーん!どう?綺麗になった?」とお披露目もした。
「いやぁ…ドキッとするよ」
「えへへっ…」
そんな仕草も可愛かった。
料理は母親に仕込まれていたから上手だった。
特にザーサイのラー油付けは旨かった。下戸でも、それが出てきたときは酒を飲んだ。
「隠し味があるのよ」
「どんな隠し味?」
「それは秘密よ。隠し味なんですからね」
そんな会話も楽しかった。全てが無くなってしまった。
全てが虚無感で覆われた。
夫はまだ残っている妻の服や靴、日用品を整理して宅急便で妻の実家に送った。
妻…いや元妻からメールが届いた。
<荷物送って頂き、ありがとうございます。ホントは靴も服も不足してて困っていました。助かりました>
返信はしなかった。
これで完全に自分だけの部屋になった。家具類はあるが、スカスカな感じが漂っていた。
三か月後。
夫は博識な部下と飲みに出た。離婚以来である。
「知ってましたか?鳥ってほとんどが浮気してるって…」
「いや、知らない」
「よく言う<おしどり夫婦>のおしどりってかなりの浮気者ですよ」
「そーなのか?」
「そーですよ。つばめなんて浮気鳥の代表とか言ってたなぁ」
「つばめねぇ…」
「まぁ、小難しく言うと<浮気>って概念は人間だけらしくて、動物のほとんどは子供の育成とか優秀な子を産むためにオスもメスもとっかえひっかえらしいですよ」
「人間もそんなふうに考えられたら楽なもんだな…」
「でもね。どっかの学者?かなぁ…面白いこと言ってたけど愛情は深くない方が上手くいくって、これ真実のように思うんですよ」
「そうかな」
「だって愛情が深くなると、それだけ許せないことが増えるでしょ? ある程度の寛容があった方が許せるし、可愛いなぁって思うことも出来ますよ」
部下の言葉は正論だった。
「今の付き合ってる彼女がね、適当な距離感がいいって言うんですよ。その方が長続きするって」
考えさせられた。
帰り道。たまには一駅分歩く気になって駅を降りた。
酔いは大したことは無い。下戸だからコップ一杯分だけだ。
元妻が居なくなって、心の中では憎しみと愛情が日々動くのを計りかねていた。
もう別れて関係なくなった筈なのに、いつも心の中に元妻がいた。
マンションの前についた。ここは賃貸だがロケーションがとても良かった。4階の部屋からは川が流れ、堤防はランニングやサイクリングロードもある。裏にはドラックストアやコンビニもある。
快適な環境だ。それだけに引っ越すのも惜しい気がしていた。
元妻はどうしているだろうか?
まだ実家だろうか?
5年の結婚生活がわずか2週間足らずで終わってしまった。それだけに3か月経った今では、遠い日のようにも感じた。
夜空を見上げても妻の顔が浮かぶ。わかっている、まだ元妻を愛してるということを。
それから2か月が過ぎた。
元妻から一度だけメールがきた。至ってシンプルなもので
〈仕事が決まりましたのでご報告します>というものだった。
特に返事も期待していないのは分かる。
返事はしなかった。と、いうよりどう返せばいいのか悩んだ、というのが正解である。
ある週の土曜日に大量の洗濯をした。シーツもいい加減汗臭く、風呂場のマットも取り替えなきゃならない。
洗濯機がガンガンと回る。
3回に分けて干す量になった。
ベランダに出て慣れない手つきで、シーツを干すのも一苦労なもの。
一息付いて、ベランダでタバコを付けた。
天気はいい。
ふと向かいのアパートを目をやる。
(えっ?まさか…)
二階建てアパートの窓からこちらを見る女がいる。
間違いなく元妻だ。
慌てた。
(何でここにいる?)
元妻は頭を下げた。少し微笑んでる。
たまらず電話した。
元妻は手をあった携帯に出た。
「何でそこにいるんだ?」
「驚かしてごめんなさい。理由は2つあるんです。1つは新しい職場が近くで通勤に便利なんです。あともう1つは、ここならあなたへの謝罪を行動にできるかな、と思って…」
「ちょっと待て!オレは別に」
「分かってます。あなたと別れてからずっと謝罪は続けてます。だから、どうして欲しいなんてありません。ただ、ここからあなたのに向かって謝罪をしたいんです。何もしません。ストーカーでもありません。気持ち悪がらないで下さい、あなたに近寄る事もしませんから」
元妻は電話で頭を下げた。
「…分かった」
久しぶりに見た元妻は、少しやつれたように見えた。たぶん、視界から失せろ!来るな!と言えればいいのだろうが、元夫は言えずにいた。
その日から生活は少し変わった。
週末の洗濯とタバコを吸う時だけ、ベランダに出る。どうしても元妻の窓に目が行く。
たぶん、あの言葉は本音なのだろう。
それに通勤に必要ともなれば、口出す事は出来ない。
こっちが引っ越すか?
イヤ、環境もいいし慣れてるのを手放すのも後を引く。
それから見ていて、元妻の行動が少し分かってきた。
朝と夜に元夫の部屋に向かって一礼しているようだ。何度かベランダから見かけた。
それから週末は、昼も窓から見ていた。たまたま買い物帰りに歩いてアパートの下を通ると、部屋を見つめていた。その時は元夫に気付いて一礼をした。
通勤も遅く出るらしく会う事はない。
たぶん、帰りは夜7時頃のようだ。
いつも言葉は交わさない。
真面目な顔で頭を下げてるだけ。
服装は地味になってるようだ。
メガネは変わらずだ。
(これは作戦なのか?)と疑った時もある。
だが、それから更に3カ月しても元妻の行動は変わらなかった。
だが、そんな元夫にアプローチしてきた女性がいた。取引先の受付嬢だ。
たぶん、年は元妻と同じくらいか?
左手の指輪が無くなってる事に気付いて、食事を誘われた。
何やら乾いた土に、水が染み込むような気分になった。
「離婚されたんですね…」
「まぁ…不甲斐ないですが」
「人には事情がありますから…私は気にしてません」
どうやら、大人の事情は理解できるようだ。
「結婚は?」
これが辛い。
まだ信用できるほど回復していないからだ。
「まだそこまでは…」
「ですよね。ごめんなさい、変な事聞いてしまって…」
悪い子ではないだろう。
だが、何かが違う気がした。
答えは分かっていた。
まだ元妻が住んでいるからだ。
元妻と比較してしまう自分がイヤになる。
彼女とは3回ほど食事をして終わった。
会うほど距離が生まれるのだ。
染み込んだ水はすぐに乾いた。
どうしようもない。
かといって、近くに来た元妻に腹を立てた事もない。
マンション側の堤防を散歩した。週末の夜になるとランニングする人が結構多い。
ベンチに座ってタバコを付けた。
生温い風が心地よい。
またアパートの前を通った。
まだ寝るには早いと思い、近くのビデオ屋に足を運んだ。
新しいモノはよく分からない。
一昔前のコーナーに向かった。
思わず隠れた。
元妻がいる。
こんな近くで見て、何故かドキドキした。
(アホか、オレは…)
一呼吸して歩き始めた。
元妻が気付いた。
少し驚いて頭を下げた。ベランダの時と変わらない下げ方だ。
「ここに来てたんですか?」
「まぉ…なんかヒマでね」
「ここに越してから、良く借りに来るんです」
「…そうか」
無言になってしまう。
ホントは話したい事は山ほどある。
だが出てこない。
「じゃあ…」とまた頭を下げられた。
「あぁっ…」
結局、何も借りないまま出た。
また、アパートの前を通る。
電気が付いていた。
影が動く。
(どんな生活してるんだ?…男とか出来たのか?…新しい職場はどうなんだ?)
何も言えない。口に出来ない。
意地か?プライドか?
それとも…
そのままマンションに帰り無理矢理寝た。
それから元妻と接触する事は無かった。
相変わらず一礼はしていると思うが、タイミングが合わず見ていない。
更に2カ月後。
元夫の仕事に出張が入った。
札幌に取引相手との契約確認で訪れた。
仕事に問題はなく、夜はススキノで接待された。アチコチに風俗の看板が目立つ。
こんなところは何年も来ていない。
欲望が沸くこともなく、ホテルに戻った。
その時「あのー」と声をかけられた。
元妻がいた。
「えっ?何で?」
「ビックリしました。来てたんですね。私も展示会に来たんですけど、まさか…ですね」
「あぁっ…そうだね」
「1人ですか?」
「まぁ…キミは?」
「同僚の女子と…」
「そうか…」
ダメだ。言葉が出ない。かなりギクシャクしてた。
「じゃあ、気を付けて下さいね」
ここでも変わらず頭を下げる。
どうやら、神様は元妻との縁は切らないらしい。
だが、少しイヤな思いもあった。元妻の浮気は出張から始まっている。何となくだが、それを思い出し苦い感じがした。
そんな事もありながら、出張は終わり元どおりの生活が続いた。
もう、別れてから1年近くになるか?
離婚が遠いような近いような気がしてた。
会社の同僚が言う。
「そろそろ結婚したらどうだ?」
別れてから周りは勝手な事を言う。
ほとんどが夫の原因だとか。
理由は濁してたから、仕方ないかもだが。
だが、その気が起きない。
元妻のせいだ。まだいるのだ。
誠に厄介なものだ。サッサと忘れてしまえば次に行けるのだが…と。
元妻は別れてから、敬語で話すようになっていた。
週末。
風邪を引いた。かなり重い。
ダルさと寒気とが重なった。とても家事なんて出来ない。昨日はやっとの思いで家に着き、そのままソファーに倒れた。ベッドに行く余裕もない。
元妻は少し気になった。
いつもなら洗濯を干す時間である。だが、出てこない。出掛けたのか?とも思ったが、車もある。
いつもの一礼をして、本を読んだ。
昼を過ぎた。
ふと、気になった。
またベランダを見たが洗濯物はない。
(勘違いならそれでいい…)
元妻はアパートを出て、マンションに向かった。別れてから初めて踏み入れる。
一瞬、懐かしさが沸いた。
当たり前だが、エレベーターや階段もあの時のままだ。そこに新鮮な気持ちも感じた。
部屋のドアに着くと、ドキドキと鼓動が激しくなった。
(怒られてもいい…)そんな覚悟だった。
チャイムを鳴らした。インターフォンから返事がない。
また鳴らす。返事はない。
一呼吸してドアノブに手をかけた、回った。そして開いた。
「こんにちは…」何もない。
靴を脱ぐ。リビングへの廊下を歩き、そっとドアを開けた。
ソファーに横たわる元夫がいた。
「あのぉ…」返事がない。
焦った。(えっ!死んで?)
慌てて駆け寄り必死に声をかけた。
「起きて!起きてください!大丈夫ですか?」
汗だくの元夫を見て額に手を当てた。
(すごい熱!)
どのくらい横になってたか…元夫は目を覚ました。
頭がボォーッとしてる。
(ん?ここはどこだ?)
リビングにいたはず。
「起きました?」
「わぁ!」
そりゃ驚く。
「なんでここにいるんだ?」
元妻は微笑みながら、元夫にタオルを出した。
「ごめんなさい、勝手に入ってしまって。
洗濯を干す時間になっても出てこないから、すごく気になったんです。出掛けてるかな、と思ったんですけど車もあるし…私の思い過ごしならそれでいいと思いながら、ドアが開いたから、慌てて来たらあなたがソファーで倒れてたから…」
「あー…そっか。いや、すまん」
「でも良かった…ホントに良かった…風邪で良かった」
元妻は泣きながら何度も「良かった」を連呼した。
「すごく心配したんです。なにかの事件とか事故じゃないかと思って…」
その時、元妻の手が触れた。
久しぶりの温もりだった。
「迷惑かけた…」
首を何回も横に振った。
「そんなこと…迷惑なんて思ってません」
幸いに熱は微熱ぐらいまで下がってた。
フラフラするが、起き上がりリビングに向かった。
「まだ寝てなきゃダメです」
「いや、ノドが乾いた…」
「持ってきます。台所入っていいですか?」
「ん?あぁっ…」
2人ともソファーに腰掛けた。
もう夜になっていた。
「昨日から風邪気で、フラフラしながら帰ったんだ。たぶん、玄関のカギもかけずにここで倒れたみたいだ…」
「食事は?」
「何にも食べてない…食欲もないんだ」
「少しでも食べないと…お粥なら食べられそうですか?」
「まぁ、なんとか…」
「じゃあ台所お借りしますね」
元妻は作り始めた。途中「ちょっと部屋に戻りますね」と出て行き、ほどなく戻ってきた。30分ぐらいで出来上がった。
「はい、お待たせしました」
お盆には、お粥とザーサイのラー油付が乗っていた。
「あっ…これ…」
「ホントは消化にはあまり良くないけど、少しピリ辛があった方がいいと思って。よく噛んでください」
久しぶりのザーサイが嬉しかった。
お粥は好きではないが、これなら食べられた。
「うん、うまい!」
「ホントに?嬉しいです」
「まだ作ってたのか?」
目を瞑りながら頷いた。
「あなたの1番のお気に入りだったから…」
元妻は「あっ!」と立ち上がり薬箱を持ってきた。
「食べたら飲んで、また寝てください」
元夫は微笑んだ。
「覚えてるんだな…薬箱の場所なんて」
元妻も「あっ」と口を覆った。
「ごめんなさい…」
「いや…謝る事じゃないよ。見ての通り何も変わってないんだ…」
「ううっ」と嗚咽が漏れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
思い出したのだろう。あの別れの日を。
「でも、今日は助かったよ。ありがとう」
その言葉にまた泣いた。
「そんな…」
ふと気づいた。体が汗でベトベトしてる。
「少し落ち着いたからシャワーしているよ。今日はありがとう、もういいよ」
「あの…」
「ん?」
「出来れば、あなたが寝るまでそばにいさせてもらえませんか?」
「寝るまで?」
「はい、ちょっと心配ですし…寝たら黙って帰りますから。お願いします」
迷った。気持ちは嬉しいが妻ではない。
「いや、大丈夫だよ。そこまでしなくていいから」
「…わかりました。でも体を労わって下さいね」
少し寂しそうな顔をしながら元妻は帰っていった。
次の日。
風邪はよっかり良くなった。薬が効いたのだろう。
出来なかった洗濯物をベランダに運ぶと、いつものように元妻が見ていた。
頭を下げると、元妻も下げた。
だが、今日は微笑みながら手を振った。
胸元での小さな振りだが、なんとなく距離が縮まった気がした。
午後3時を過ぎて買い物に出かけた。
元夫は、昨日のお礼にケーキを二つ買った。
元妻はショートケーキ一辺倒だった。
アパートの中に初めて入った。
表札はない。女の一人暮らしを警戒してるのだろうか?
チャイムを鳴らした。
「…はい」
「オレだが…」
ガチャンと切ってすぐにドタドタドタと走る音がした。
勢いよく開く玄関。
パァッと明るい顔が出てきた。
「どうしたんですか?」
「いや、昨日のお礼にと…その、ケーキを…安物だけど」
「そんな…すごく嬉しいです!」
「二つあるから食べてくれ」と帰ろうとすると止められた。
「あの…上がりませんか?もし、良かったら2人で食べたいです…」
恋愛のときのような、彼女の部屋に初めて入るようなドキドキが沸く。
しかし、相反して殺風景な部屋だった。
カーテンは女子らしいが、コタツテーブルとタンスに食器棚。あとはシェルフラックに小さい花と写真が飾ってあるだけである。
テレビも見当たらない。
「ずいぶんシンプルだな、テレビも無いのか?」
「あるけど、あんまり見ないから…」
台所でケーキとコーヒーを煎れて持ってきた。
「テレビなんてどこにあるんだ?」
「これです」
差し出したのはポータブルDVDプレーヤーだ。テレビも見れるタイプだった。
「あぁ…」
聞くと、平日でも休みでも時間のあるときは<読書><映画>を見ていると言った。
「読書?」
「はい、仕事も辞めて空いた時間で本を読み始めたんです。結構面白くて…」
初めて自分の世界を持った気がして、楽しく過ごしているらしい。
読み込むと3日で読破することもあるとか。
「それって内容理解出来るの?」と聞いたら苦笑していた。
「コーヒーはブラックですよね」
ふと、写真を見た。
それは夫婦で旅行に行った時の写真だった。
元妻は慌てて背中に隠した。
「あの…これは、その…」
「いや、いいよ。別に怒らないから。そこまで心の狭い男じゃないよ」
「…ありがとうございます」
元妻の言った事が少しずつ理解できた。
最初は作戦かと思われたが、考えてみれば元妻からのアクションは何一つない。
風邪の時も心配する気持ちから出たものだろう。
「仕事は何しているんだ?」
「今は歯科医院に卸す会社の営業をしています」
「…そうか。うまくやっていけてるのか?」
「はい、みんないい方なのでなんとかやっていけてます」
聞けば、御用聞きに近いものらしく営業といっても、夜中まで仕事もないし、ほぼ定時であがれるらしい。
もう一つ、ここに来て気づいたのは薄化粧はしていた。
女の一人暮らしでも、みすぼらしい姿は見せたくない、と言っていた。
妻のときなら考えられない暮らしぶりだ。
まず地味すぎた。
「それにしても暮らしぶりは変わったな」
「はい、あなたと別れてから色々考えました。本当に大事なものを失って、何を見て何を大事にしていたんだろうと…。そして自分を見つめなおすために断捨離したんです」
「…しすぎだろ?」と言ったら、「やっばりそうですか」とまた苦笑した。
「でも、とても穏やかな気持ちになって、あなたへの謝罪に真摯に向き合う事が出来たんです」
確かにそうかもしれない。
ここに越してきたのは驚いたが、たかが一礼するにしても欠かすことなく続けている。
そう簡単な事でもない。
「…そうか」
「あっ、ごめんなさい。こんな話聞きたくないですよね」
今度は元夫が苦笑した。
元妻は本当に心から反省してた。
気づけば3時間も長居していた。
アパートを出て部屋に戻った。
「もし、良かったらまた来てください。ほかの男性は一切入れませんけど、あなたなら何時でもいいので」
その言葉が心に残った。
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2021/05/29 公開
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