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リーク
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アールイーディーカードも半期決算を迎え、関連事業課も慌ただしい日々に入った。子会社も軒並み、なんとか目標数値をクリアしており、むしろ、本体の方が大変とも言えた。
経営課で一人退職者が出たため、補充目的で異動してきた者がいる。
山本と同期の遠藤輝である。
中村と同じ慶応出身で、マーケティング部に所属していた。
同期の中では、一番の出世頭と噂されている。
朝礼での紹介が終わると、遠藤は山本のデスクにやってきた。
「これから、よろしくな」
「あぁ、こちらこそ…」
「随分ご活躍だったみたいだなぁ…聞いてるよ、ケーリンミシンを救ったこと」
「いやいや、おれなんて…」
「あのさ、オレは山本以上の働きをするから見てろよ…」
「なんでムキになってんだよ」
「男は出世が全てだからな…例え山本でも容赦はしないからな、じゃ」
言いたい事だけ話して、遠藤は自席に戻った。
(メンドーなのが来たなぁ…)
出世なんて考えてもいなかったが、いちいち戦線布告するものでもないだろう、と思いながら秘書室に上がった。
三浦が書類を抱えて歩いていた。
「あら…」東京運送の件でバタバタしていたが、三浦とはたまにデートを重ねていた。山本の心には三浦の存在が、日に日に大きくなっているのがわかる。
「ワリィ…社長のスケジュールなんだけどさ…」と言った時に突然脳天に響く声が聞こえた。
「経営企画室の山本さんですねぇ」
振り向くと見慣れない女性社員がいた。
「ダレ?」
三浦が紹介した。
「中野さんの補充で来た林田美帆さん」
「あぁ…」
「林田ですぅ。よろしくお願いしまぁーす…」年下のようだが、キャピキャピした感じは秘書室には合わない気がした。
「山本さんの話し、聞いてますよぉ~、すっごいですねぇ…」
「いや、そんなことないよ…」
「女子社員の間でも話題なんですよぉ~、知ってましたか?」
このわからないペースに三浦も苦笑いしている。
「三浦さん、社長のスケジュールなんだけどさ…」
咄嗟に話題を変えた。
「アッ、ごめんなさい。えーと…」
二人で確認した後、山本は下に降りていった。
林田が後ろ姿を見ながら呟いた。
「いいですよねぇ…山本さんて」
「エッ…なにが?」
「なんか、男らしいっていうかぁ~芯が太いっていうかぁ~カッコつけないところがステキだなぁ…」
三浦の内心は穏やかじゃなくなった。
(ダメ!彼はアタシのなんだから!)
そう言いたいが、正式に彼氏ではないから言えるわけもない。
複雑な心境に口を結んだ。
まだあれ以来、なんとなく接点を保ち続ける関係をはっきりさせたくなった。
明らかに林田のせいだ。
「山本さんて彼女いるんですかぁ?」
「…知らないけど、いるんじゃないの?」
ワザと諦めさせようとふっかけてみた。
「エーッ!…でも不思議はないか。じゃあ奪っちゃおうかなぁ」
このメゲないと言うか図太い性格を羨ましくも思う三浦だった。
(後で電話しよ…)
なんとなく不安を消したくなった。
「ハァッ?なにそれ…」
山本は三浦からの電話で、林田の思いを知らされた。
「山本クンの事好きみたい…」
「いやいや、勘弁して欲しいなぁ…」
「なんで?可愛いじゃない」
ワザと試す言い方をしてみた。女の意地悪な面が出てしまった。
「あの頭に突き刺さる声とかさ、悪いけどイライラするし、あの空気読まない感じとかタイプじゃないね…」
三浦はホッとした。
「そうなんだ…あのね…」
「わかってるよ、三浦の事はチャンと考えてるよ。心の中で三浦の存在も大きくなっている。もう少し…キミを心から好きとはっきり言えるまで待ってくれ」
山本の過去を知って想像は出来ないが、自分の事を真剣に考えてくれてる山本の気持ちが痛いほどわかる。
それだけでも満足だった。
「うん、待ってます…」
電話を切って三浦は、研修写真の山本にキスをした。
(おやすみなさい…)
美田園と片岡は、品川の定食屋で昼飯を共にしていた。
ここのところ、天野と山本の距離が更に親密になり、狭山のウケが良い事に声に出せない怒りが溜まっていた。
「アイツ、いい加減なんとかしないと」
片岡は特に憤慨している。
「ケーリンミシンの件もどうするんですか?次長!」
美田園は呑気にカツ定食をガツガツ食べている。
「片岡よ」それを水で流し込む。
「ケーリンミシンはこれからだよ」
「へっ?」
予想のつかない言葉に止まっている。
「まだ終わっとらんよ…クククッ」
独り笑いの美田園は、カツ定食を平らげるのに水を三杯も使った。
「どうしてですか?」
「んーっ…今回の件がマスコミにバレたらどうなると思う?」
味噌汁の後に水を飲む作法は、片岡ですら気味が悪く思えた。
「しかし…契約書もありますから、表向きは完璧な資金運用ですよ。どうせ口裏も合わせますから…」
「だよなぁ…でも内部リークならどうかな?」
「ハッ?そんな事があるわけない…ですよね?」
「そうとは限らんぞぉ…まぁ見てろや」
不敵な笑みの美田園は、食べ終わった後の口に爪楊枝を突っ込んでシーシーしながら最後の水を飲んだ。
片岡を先に帰らせた美田園は新宿に向かった。
待ち合わせしている喫茶店で、同い年ぐらいの男の前にどかっと座る。
「どーも…そろそろですかね?」
「あぁ…そうだな」
タバコを取り出し、大きく天井に向かって煙を吐く。
「持ちくたびれましたよ…ウチのコレもまだか、と催促ばかりでね」
「タイミングは今がベストだよ」
頼んだアイスコーヒーを、ストローを使わずゴクゴク飲む。
「これはいつもの…」
男は少し厚い封筒を差し出し、美田園は慣れた手つきで鞄に突っ込んだ。
「いつも悪いねぇ…」
「その変わり…ですよ」
「わかってる。明日にでも指示を出すから、オタクのコレにも伝えてくれ」
親指で表しながら、クククッと二人は静かな笑いで握手した。
ケーリンミシンの守山は久しぶりに、天野のもとを訪れていた。
糖尿気味の体だが精力的に動き、業績の向上に努めている。
「最近のライバル動向はどうですか?」
天野はコーヒーを勧めた。
「ハイ、それなんですが…」
珍しく歯切れが悪い。
「何か?」
「一番のライバルであるアイッシャーミシンが活発化してるんですよ」
「ほう…新製品でも?」
守山はコーヒーを飲みながら、ため息を吐いた。
アイッシャーミシンは、今ではミシン業界のトップを守っている。売上高もケーリンミシンの倍近くある。
いち早くミシンにコンピューターを導入して、トップの座をむしり取った。
「いえ、それが妙なんですがね。ウチが無くなるから買うなら、アイッシャーにしろ、とアチコチに触れ回っているらしくて…」
「ケーリンミシンが無くなる?」
「えぇ、ハッキリと聞いた訳では無いのですが、営業の連中も噂に踊らされてまして…」
「しかし、佐伯の件も乗り切りましたし、心配は無いでしょう?」
「そうなんですが。どうもうまくありません…」
天野も眉をひそめた。
「まさか、運転資金のカラクリが?」
「いや、それはあり得ません。社内でもごく一部しか知らないですし、そんな不利な噂をウチの連中が言うはずがない」
「そうですな…」
「もう少し様子見しますわ」
バーコード頭を軽く叩きながら、他の話に移った。
ケーリンミシン本社から、二つ離れた駅の公衆電話に一人の男がダイヤルボタンを押していた。
「もしもし…東京日報ですか?をお願いします…あっ、報道部ですか?ケーリンミシンが子会社のKFCから…」
男は伝えたい事だけ、サッサと話して受話器を切った。
そして、銀座で降りて見慣れたビルに戻って行った。
東京日報報道部の課長である鳥越は、密告電話ともとれる電話内容を考えていた。それが本当ならスクープだ。おまけに通産省も黙ってないだろう。
騒ぎが大きくなれば、業務停止や免許剥奪もあるかもしれない。
(局長に報告だ…)
鳥越は局長の狩野に相談した。
「ホントか?おい…」
「わかりません。電話も一方的に切られたので、信憑性も不確かです」
「ふむ…確か前払い式割賦会社の運転資金への流用は落ち着いたはずだろう?」
登録制の時代にはよくある話だったが、厳しい免許制度に変えてから、その手の話は消えていた。
「調べてみますか?」
「まずはヒアリングからだな…」
「では、ケーリンミシンとアールイーディーカードに連絡してみます」
「いや…ケーリンミシンだけにしろ」
「…といいますと?」
「予告なしでヒアリングしてみてくれ。何かボロが出るかもしれん」
「わかりました」
鳥越は、部下の山田と松田を呼んで打ち合わせを始めた。
「山本さん、ケーリンミシンの守山社長から電話です」
「はーい」
「もしもし、山本クン。大変な事が!」
声がかなり慌てている。
「社長、なんですか?」
「東京日報の取材が入った!」
「ハイ!?」
山本の胸に何かが崩れる音がした。
「まさか…KFCの件が?」
「あぁ!それだ。運転資金に使ったのでは?と言っている…」
「私も向かいます!」
守山がその勢いを止めた。
「それはマズイ。キミが来たら親会社も絡んでる事がバレてしまう…何とか納得してもらうから天野さんに伝えてくれ」
確かにその通りだ。今、山本が行けば目的を聞かれる。
「わかりました。また連絡下さい!」
山本は電話を切って上に上がった。
秘書室には林田がいた。
「社長と天野室長は?」
山本の迫力に林田はビビった。
「スケジュール調整で社長室に…」
それだけ聞いてノックもなしで飛び込んだ。そこに三浦もいた。
「マズイことになりました」
天野が振り向いて、山本に問いかける。
「どうしたんだ?」
「伸ちゃん、どうしたの?」
狭山もキョトンとしている。
「守山社長からで、例のKFCの件で東京日報の取材が来ていると…」
「なんだと?」天野が立ち上がった。
「何が起きたんだ?」
狭山は天野より冷静だった。
「わかりません。いきなり来たようです。守山社長も驚いてます」
「東京日報が嗅ぎつけたのか?」
「それもわかりません。私も行ってしまうと、バレる可能性があるので…」
「参ったなぁ…」
天野がやっとソファーに座った。
「でも、表向きは完璧なんだろう?だったらビクつく事は無いさ…堂々としていればいいだろう?たかがマスコミだよ」
確かに狭山の言う通りだが、山本の胸に不確かな騒めきが渦巻いていた。
「社長どうなんですか?」
鳥越は何かボロを出さないか、と少し強めの口調で守山を突いた。
「いえ、KFCもお客さんの金利相当分を捻出する必要があると考えまして、親会社に資金運用を持ちかけたんです。元本保証ですから、お客さんに迷惑はかけないでしょう」
「その通りなら問題はありませんよ。ですが、同時期にサエキ縫製への売掛が飛んで、不渡りを回避する為に手の込んだ事を仕組んだ、違いますか?」
鳥越は守山の態度に不信を感じていた。
「とんでもない。預かり金のルールは存じておりますから…」
「期間がこんなに短いのは?」
「エッ?」
「KFCの資金運用開始と、アールイーディーカードからの借入金の時期ですよ。同月内に出し入れしてますよ」
「それは、たまたまでして…決して言われるような事はしていませんよ」
「ホントですかぁ?社長…」
鳥越は内心で確信を強めた。
「サエキ縫製の売掛が飛んだのは事実です。確かに運転資金を必要としていました。ですから、アールイーディーカードからの借入金を実行したまでです」
「…わかりました」
鳥越と同行メンバーは、それを残して出て行った。
守山は大きなため息をついて、山本に電話した。
「どうでしたか?」
「一応、説明したんだが」
「納得してない…そうですね?」
「疑ってるな…特にKFCの資金運用と御社からの借入金が同時期なのが、一番の疑惑点だ…」
「…わかりました」
山本は電話を切って天野に報告した。
一通りの説明を受けた天野は、鼻息を漏らし、机を叩いた。
「明らかなリークだな…」
「はい、東京日報があまりに詳しく知っている…誰かが密告してますね」
「うん、知り過ぎていると言ってもいいだろう…なんでだ?」
「わかりません…私がいけないのでしょうか?」
落ち込む山本を天野は慰めた。
「いや、あの時点では伸ちゃんの方法しか救う手立てはなかった。むしろ、ウチとケーリンミシンの危機を回避するベストな手段だよ。キミに責任はない」
「ありがとうございます…これからどうなりますかね?」
天野もわからないと顔で示した。
自宅に戻るなり電話が鳴った。
「もしもし…」三浦の声が沈んでいる。
「おぅ、どーした?」
ワザと元気なフリをした。あまり心配はかけたくない。
だが三浦の声は、今日起きた事を確実に知っていた。
「どうして山本クンばかり…」
泣きそうな声だった。
「大丈夫だよ。まだ何も起きていない」
「ごめんなさい…アナタの声が聞きたいだけなのに…」
特別な言葉ではないがドキッとした。
気弱な三浦の心配する気持ちの中に、愛情の混ざった思いが伝わり山本の心を揺すった。
「心配ないよ」
「どうしてそんなに一生懸命になれるの?」
「理由なんて無いよ。自分の仕事だからな…」
仕事内容が分からなければ何とでも言えるが、相手は秘書ゆえ良くも悪くも筒抜けになる。
「すごく心配なの…」
「ありがとう…これぐらいでは潰れないさ。それより今週末のデートなんだけどお願いがあるんだ」
「うん…何でも言って」
「弁当作ってくれない?」
山本の突拍子もない言葉にキョトンとした。
「お弁当?いいけど…」
「よろしくね」
「どこ行くの?」
「それはお楽しみ…ね」
「うん…分かりました」
山本は三浦への気持ちを固めた。
今日の電話で心底から想ってくれる愛を感じた。
三浦の想いに応えたい、と固めた夜だった。
秋にさしかかる今頃が湿度も無く過ごしやすい。
山本と三浦は、葛西臨海公園で子供のようにはしゃいでた。
三浦は水色のロングワンピースのハイウェストを纏っていた。
襟元だけ白いワンポイントが可愛らしい。
前もそうだが、三浦は何を着ても似合うと思う。
約束通り、手作り弁当は朝六時から起きて作った。
大きめのバッグに二人分入っている。水筒も忘れていない。
昼になり、山本は持参したシートを広げて海の見える木陰に寝転がった。
三浦は笑いながら、女の子座りしている。
「はい、これ!」
手作り弁当に山本もテンションが上がった。
「おぉ~美味そうだなぁ」
三浦も初めて男に弁当を作り、気に入ってもらえるか不安だった。
中には、唐揚げや卵焼き、ブロッコリーの塩茹でなどが入っている。
「これ食べる?」と自家製のぬか漬けも出した。
「マジっすか?食べる!」
一口食べて、山本は頷きながら美味い!を連発した。
三浦は男性の食べる姿を初めて好きになった。
(こんなに美味しそうに食べてくれるんだ…)
実際、山本は美味そうに食べる。
味見してる三浦まで、美味しそうに感じてしまった。
「あっ、デザートいる?」
「えっ…あるの?」
どーぞ、とミカンをキレイに剥いたのがタッパーに並んでいる。
三浦の手作り弁当を平らげた山本は、三浦をジッと眺めた。
「どうしたの?」
「膝枕してくれない?」
「えっ…」ドキッとしたが内心は嬉しかった。
「うん…いいよ」
座っている三浦の太ももにゴロンと寝転がり、静かに話した。
「いつもありがとうな」
「…うん」
「いつもしんどくてもさ、麻実の声を聞くだけで癒された」
下の名前で呼ばれて、三浦は泣きそうになった。
「待たせてごめん…今だから、はっきり言える。こんなオレだけど付き合ってくれますか?」
泣くのを必死でこらえてハンカチで拭いた。
「はい、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
三浦は山本の頬を優しく手で押さえた。
「やっと私だけの伸一さんね」
「独り占めですか?」
「もちろん、誰にも渡しません…」
「ははっ…誰も狙いませんよ。オレなんてさ…」
「あらっ…お忘れですか?林田さんを」
「ありゃあ本気じゃないよ。麻実こそモテるからなぁ」
「じゃあ、しっかり捕まえて離さないで下さいね…フフッ」
「はい、離しません」
山本が起き上がり、三浦の顔に近づいた。
無言で鼻先までお互いに寄り添い、軽く、そして何度も唇を重ねた。
リップの甘い味が広がった。
唇が離れても、すぐ触れてしまう距離のまま三浦はお願いをした。
「ねぇ、これからは麻実って呼んでね…」
「麻実は?」
「…伸一さんでいい?」
「なんでそれなの?」
同期にさん付けされるのは照れがある。
「憧れてたの。尊敬出来る恋人に《さん付け》するの」
「そうなんだ。そりゃ光栄です」
「変かな?」
「いいえ、いいと思いますよ~」
「愛してます、伸一さん…」
「私も愛してますよ、麻実…」
海には幾つかの船が行き来していた。
初秋の日差しは柔らかく、山本と三浦を包んでいた。
その二人を偶然、一人の女が見ていた。
無表情だが目には明らかな嫉妬が揺らいでいた。
翌週ー
狭山は、中川一二美と月一のパワーランチを取っていた。
「狭山さぁ、なんか東京日報がウロウロしてるってホントか?」
「あぁ、大した事ありませんよ。ヒアリング程度のもんですから…」
「ふぅーん…」
中川の昼は、必ず肉を食べる事にしている。
貧しい幼少時代の反動らしい。
「まぁ、変な事にはするなよ」
中川の重い一言が狭山の心を締め付けた。この頃の中川は、海外進出を画策していた。シンガポールに海外一号店を作る為、頻繁に出かけている。今後は東南アジアに十店舗を展開する予定らしい。
狭山は社に戻ると、天野を呼び出した。
「親分は知っていたよ」
「東京日報の件ですか?」
「あぁ、何としても解決しろとさ」
「わかりました」
鳥越はKFCとアールイーディーカードのカラクリを紙に書きながら、頭を巡らせていた。
守山の態度から、おそらく資金運用が運転資金に使われたのは間違いない、と判断していた。
しかし、状況証拠も今一つ決め手に欠けてる中では、これ以上の追求はムリだろうとも思っていた。
視点を変えて、アールイーディーカードから攻めてみるのもアリだが、おそらくスキームを描いたのは彼らだろうし、守山以上にガードは固いと考え、狩野に相談してみることにした。
「黒いのか?」
「おそらく…ですが表向きは完全なシロですね」
「ならば、資金運用の具体的な証拠を探してみてはどうだ?」
「と、いいますと?」
「契約通りならアールイーディーカードは、資金運用をしているはずだ。その履歴を追ってみては?」
「なるほど…それで運用の証が出たらどうしますか?」
「まぁ、それならこの話は終わりだな」
「揺さぶってみますか…」
「やってくれ」
山本は東京日報が次に何をしてくるか、机で朝から考えていた。
(表向きは問題ない…もし、オレが東京日報なら具体的な運用を知りたくなる…となれば…ここに来る可能性は高い…)
KFCからの資金は、一旦アールイーディーカードに入り、そのままケーリンミシンへの融資に充てている。
津崎へ内線をかけた。
「もしもし山本ですが…」
「おぅ、聞いてるぞ。厄介だな…」
「その事でお時間ありませんか?」
「ちょうど会議終わりだ。空いてるぞ」
「伺います」
津崎はアールイーディー本体の財務部畑を歩いてきた。銀行相手でも、折衝で負けた事が無いぐらいのスキルがある。
審査が厳しい外資系のバンクオブキャピタルズから、十億の資金を引っ張った時は「キラーバンク」と言われた。
本人はあまり気に入っていない。
「どうした?」
「東京日報の気持ちになって考えてみました。次は何をしてくるか、と…」
「オレなら資金運用の履歴を見るがな」
「そうなんです。表向きは整っていますが、中身は資金を流してるだけですから、そこを追求されると…」
「オレが詰められそうだな」
津崎はこんな時でも態度を崩さない。
片岡なら慌てて何も出来ないだろう。
「手はありますか?」
「ふむ、これを見てくれ」
津崎は一枚の書類を出した。
かなりの数字が羅列してあるが、一目では何を表しているのかわからない。
「これは?」
「ウチの資金運用実績だ…」
「これで証明出来るんですか?」
「KFCから預かった日と同日に、為替取引で五億の運用をしているだろう。その中に入れてる、と説明するしかないな」
確かに同日に記録がある。
「まぁ、マスコミだから通産省のような追求は出来ないだろう。これを出すのは最後の手段だが、その前に説得するのがベストだろうな」
津崎の準備に一安心した山本は、天野に報告した。
「山本さん、二番に電話です。東京日報の鳥越さんとか…」
赤城の呼びかけに、二人は顔を見合わせた。
「もしもし…山本ですが」
「初めまして、東京日報の鳥越と申します」少し声のトーンが高い。
「どういったご用件ですか?」
「ケーリンミシンと前払い割賦会社のKFCの事についてお聞きしたい事がありましてね…お時間を貰えませんか?」
「わかりました…」
約束の日時を確認して電話を置いた。
「いよいよ来ました」
天野は一応、狭山に報告する事にした。
結論は動向を見ておけ、と簡単なコメントだけだった。
三階にある応接室で、鳥越はテープレコーダーを忍ばせ準備していた。
そこへ天野と山本が入ってきた。
「初めまして、東京日報の鳥越と申します」立ち上がり名刺交換の儀式からスタートした。
「お電話で話した通り、ケーリンミシンとKFCの資金の流れを調査しております。資金運用された御社にもお聞きしたい事がありましてね…」
スマートな話し方に天野は、軽い笑顔を見せてタバコに火をつけた。
「何か問題でも?」
「情報が入りましてね…ケーリンミシンの運転資金にKFCの顧客預り金が流用された…と」
「どこからの情報ですか?」
「ソースは明かせません。これが本当なら大変な事になりますよ」
まずは一発、鳥越がブローをかけた。
天野は余裕の態度でタバコを吸っている。慌てたり動揺は見せられない。
「何かの間違いでしょう?前払い割賦会社のルールは私も存じております。そんな事はありませんよ」
「…そうですか?ケーリンミシンがサエキ縫製の破産手続きで、売掛が飛びましたよね~ あれで資金繰りに苦しくなって禁断の手に踏み切った…違いますか?」
「ははは…確かに売掛は飛びましたがね…守山社長から連絡があって、融資をしましたよ。それ自体なんでもない事です。KFCの預り金とは関係ありません」
天野は鳥越に「どうぞ」とコーヒーを勧めた。
鳥越は一口啜って静かに口を開いた。
「それって証明出来ますか?」
タバコを灰皿でもみ消した天野は、山本に資料の催促を促した。
「これですが…」
テーブルにKFCとの資金運用契約と、ケーリンミシンとの融資契約の書類が置かれた。
「お渡しは出来ません。メモもお控えください。あくまでこの場の確認としてご覧ください」
内容をつぶさに確認しながら見ても、問題が見当たらなかった。
(やっぱりかぁ…)
なんとなく予想していたが、資料を見る限り落ち度は見当たらなかった。
「守山には会われたのですね?」
「はい、同じ答えでしたね~」
「では、これ以上、お話しすることはありませんが…」
津崎は笑顔で鳥越をやんわり牽制した。
それは鳥越も感じた。
「まぁ、他を当たってみますよ…」
残ったコーヒーを一気に飲み込み、一礼して部屋を出た。
鳥越は帰路の間も、奥底に流れる疑惑を払拭できないでいた。
長年の記者の感とも言うべきなのだが、守山も天野も合わせたような答えに感じて、次の一手をどうすべきか悩んだ。
今の状態では記事には出来ない。
表上はおかしなところが見当たらない。
(あの電話はまた来る?)唯一の情報源に頼ってみる事にした。
「シロか…」
狩野は特製弁当を食べながら、鳥越の報告を吟味していた。
「どちらも、おかしなところはないのですが…」
「電話はその後は?」
「ありません…呼びかけてみようか、と思っています」
「どうやって?」
「行方不明者の捜索欄の一部を使うんです。もしかしてら、リーク者が目にするかも知れません」
「なるほどな。まぁ、それほど経費もかからないしな…やってみろ」
鳥越は新聞に載せる文を書き上げた。
《鳥越さんが貴方を探しています。行方の真実をお願いします》
(これで気がつくかな…?)
その男は東京日報の記事を見ていた。
(予想通りだな…乗り切ったか…)
男は封筒を取り出して、郵便局に向かった。外は小雨がパラついていた。
「局長!来ました」
鳥越は届いた封筒を手に、ノックも無しに部屋に飛び込んだ。
デスクで老眼鏡をかけながら、書類に目を通していたところだった。
「来たのか?」
「はい、これです…」鳥越は一本のカセットテープを差し出した。
「なんだい、このテープは?」
「ケーリンミシンの守山社長とアールイーディーカードの社員がやり取りしている会話ですよ」
「なんだって!?」
狩野は思わぬ収穫に立ち上がった。
用意したカセットデッキにテープをセットした鳥越の顔は意気揚々としていた。
再生すると、会話の途中から録音したようである。守山の声が聞こえてきた。
「それしか方法が無いのか…」
続いて若い男の声が聞こえた。アールイーディーカードの山本だ。
「苦しいですが、それしか方法がありません。色々考えましたが…」
「…KFCの資金を…大丈夫なのかね?」
「今は月末の手形決済に間に合うよう、ウチの経営陣が手続きをしています。我々としても御社を潰すわけにはいきません!全力でサポートさせて貰います」
「…ありがとう、だがその後が…」
スピーカーからガチャガチャと雑音が入り、そこで録音が終わった。
かすかに足音が入っていたから、誰か近づいたので慌てて録音を止めたのだろう。
「どうですか?」
狩野は難しい顔をした。
「インパクトに欠けるなぁ…ハッキリと預り金を運転資金に使うようなセリフが入っていないしな…」
「しかし、記事には疑惑で載せる事は可能でしょう…」
「う~ん…これを守山にブツけたらどう出ると思う?」
「たぶん、守山もアールイーディーカードも局長と同じ事を言われると思います。ですが…」
鳥越の顔に失望感は無い。
「通産省が動くと思います」
狩野は冷めたコーヒーを啜りながら、鳥越のスキームを聞いた。
「続けたまえ…」
「通産省に大学の同期がいます。そいつにコレを聞かせて査察させるんです。そして、クロと判明したら…」
「ウチがスッパ抜くのか?」
「はい、ウチは判明した事実を書くだけですから名誉毀損で訴えられる事もありません」
「ふむ、どちらに転んでも傷みは無いわけだな?」
狩野は鳥越を見据えて指示を出した。
「よし、やってみろ!責任はオレが取ってやるからな」
親分肌の狩野は鳥越の肩を叩いた。
「はい!ありがとうございます」
霞ヶ関のビル街は、いつも黒とか紺のスーツがウヨウヨとしていて、鳥越は来る度に嫌気がさしていた。
記者だから、という訳でも無いがスーツの上着に慣れなくて入社式以来袖を通していない。
それでもラフなジャケットは、最低のマナーとして羽織っていた。
通産省ビルの近くにある喫茶店で、呼び出した高山俊介も多分に漏れず、紺のスーツにストライプのネクタイといういでたちだった。
「久しぶりだなぁ」
同じ慶応卒の高山とは、互いに情報交換を続いている。
東大卒の連中が出世する公務員の世界では、高山も冷や飯喰いの一人とも言えた。
「相変わらず、制服みたいなスーツはなんとかならんのか?」
鳥越の皮肉も笑って返す高山だった。
「お前みたいなお気楽とは違うんだよ」
「バカ言え…記者は夜討ち朝駆けが基本なんだよ。スーツなんて着てられるかよ」大抵、会うとこの会話から始まる。
「で、なんだよ?」
コーヒーを注文して、タバコに火をつけた。
「これ…どう思う?」
鳥越は纏めたファイルを差し出した。
初めは笑っていた高山も、徐々に眉をひそめた表情に変わった。
「おい…これホントか?」
「正直、決めてに欠けるんだが…」
ウォークマンを取り出して、高山にイヤホンを渡した。
黙って聞いている高山の顔は険しさに溢れた。
「こりゃ…エライコトだぞ!どこから手に入れたんだ?」
「それは秘密というコトで…問題はこのテープでケーリンミシンとアールイーディーカードを突つけるか?ってことだ」
高山はタバコの煙を天井に向かって勢いよく吐き出した。
「上とも相談しなきゃだが、疑いが出た以上、監査は必要になるだろうな…」
「もし、クロの場合は…」
鳥越はニヤッと笑った。
「わかってるよ。お前んとこだけに教えるんだろ?」
「よろしくな…」
「最近、東大卒の奴らが派閥効かせてウルセェから、これで鼻を明かしてやるさ」
鳥越はレモンティーを啜った。
「大変だねぇ…公務員も。派閥争いするぐらいなら、もう少し国民の声を聞いてほしいもんだな」
「バカ言うな!俺たちの苦労がどんなもんか知らないお前じゃないだろう。敵はそこいらにたくさんいるんだぞ~ 大蔵は態度デカいし、財務省や外務省なんて気位ばっか高くて使えないしな。時に外圧とも戦わなきゃならんし…」
高山はいつもの愚痴をこぼし始めた。
「前払い式割賦制度は、お前たちが唯一大蔵に対抗出来る試金石だったが、不正のオンパレードで評価下げたしな」
鳥越も皮肉で返した。
「痛いコト言うなよ…またコレで言われるかもな…だが、見過ごすわけにはいかんからな。俺の手柄にして上司に恩を売っておくさ…」
「進展があったら連絡くれよ」
鳥越は残りのレモンティーを飲み干した。高山もそれに続いた。
「わかった。明後日までには連絡する」
鳥越と別れて、高山は上司である課長の尾長に全て報告した。
名は課長でも、クレジットを統括する省庁ゆえ、その気になれば上場企業の社長を呼び出す事の出来るポジションだ。
五十を迎えた白髪の頭に、シワが顔のアチコチに存在する。もう上に行けても知れてるが、省を支えるプライドは色褪せていない。
「おいおい…こんな情報どうしたんだ?」
「知り合いのブン屋からです。テープもあります。どうしますか?」
尾長は腕組みを始めて無言になった。
「監査する動機にはなると思いますが」
「お前、ウチに来て何年になる?」
「はっ?十年ですが…」
尾長は大きく息を吸った。
「この前払い式割賦制度が始まった頃、預り金の扱いで、随分と大蔵からイヤミを言われたもんだ…預金管理出来るのか?とな。その後に会社の資金に回されたり、横領があったりして、かなり俺たちは辛辣な思いをさせられたんだ」
「…話には聞いてます」
「免許制にしてから、この手の話はパッタリと消えた。だが、ここに来て出るとはな…」
「課長!やりましょうよ。不正を正すしかないでしょう」
「上とも話してくる。どうせ、クロだとわかったら、そのブン屋に流すんだろう?」
尾長は高山を軽く見た。
「それが条件です…」
「わかった」
尾長は省内で検討すべく、相談するために部屋を出て行った。
翌日ー
高山は朝からデスクに根が生えたように座っていた。
尾長は早朝から事務次官と詰めている。
コーヒーサーバーに手をかけた時に、ドアが開いた。
尾長が歩きながら高山を呼んだ。
「やるぞ!」
「わかりました!」
「ターゲットはアールイーディーカードとケーリンミシンだ。一週間後に同時監査を行う!」
高山は尾長の号令の下に、チーム編成にかかろうとした。
山本は、付き合う事になった三浦と表参道を歩いていた。
先程から香水の匂いが山本の鼻を刺激していた。
「あのさ、香水つけてる?」
「えっ、うん…ちょっとだけ髪の毛につけてみたの…イヤ?」
「いい匂いがするから…身体じゃなく髪につけるんだ…」
「最近の流行りなのよ…」
長い髪が揺れる度に、三浦の女らしさを強調するように香水が漂う。
「それってどこの?」
「ランコム、知ってる?」
いくら、ブランドオンチの山本でも知ってるメーカーだ。
「ねぇ…腕組んでもいい?」
クビを傾げる仕草が可愛い。
「どうぞ」
左腕に三浦はピッタリと寄り添った。
「会社の人に見つかったらどうする?」
「構わんよ…オレは気にしないよ」
三浦はフフッと笑って、予約していたレストランに入った。
「乾杯」
ワイングラスの音が響く。
「今週ね…伸一さんの家に行ってもいいかな?」
「泊まる?」
「うん…」三浦は照れながら頷いた。
「部屋をキレイにしておかないと!」
山本は鼻を啜った。
「あら、散らかってるなら掃除するわ」
「いやいや!女性には見せられませんよ、ヤバイモノは隠しておかないと…」
「あーっ、そうなのね~ 伸一さんの部屋には何があるのかなぁ…」
「麻美は知らなくていいの」
二人の会話は弾んだ。三浦は山本との付き合いに今までに無い幸せを感じていた。不思議な安心感がある。
「ところで、ケーリンミシンの件は大丈夫なの?」
不意に三浦は気になっていた事を切り出した。
「ああっ、今のところはね。あの記者も音沙汰ないから諦めたと思うよ」
「社長がボソッと言ってたんだけど、あの鳥越って記者はシツコイらしわ。なんか知ってるみたい…」
「へぇ、社長がねぇ…」
やはり社長秘書ともなると、普段の品の良さが滲み出ていた。
淡いクリームのブラウスに、黄色のスカートが清楚な感じを演出している。
周りの男連中もチラチラ見ていた。
「麻美さ、ホントにオレでいいのか?」
「なんでそんな事聞くの?」
山本はこれだけの美人が、自分に惚れた理由が未だにわからずにいた。
確かに仕事振りは見ていても、もっとカッコいい二枚目がいるだろう、と内心では思う。
「大したいい男でも無いしさ…なんでかなぁ~って…」
「あら、私にはカッコいい男性よ。林田さんの言葉じゃないけど、芯があってカッコつけないところが伸一さんの魅力なの…あと頭の回転が凄くいいわ」
「他人からそんな風に見られてるんだ」
「案外、自分が一番わからないのかもね。私も前に付き合った男性は、外見はいいんだけど、中身がダメな人で…まだ見る目が無かったのね」
「意外だね…麻美はもっといい恋をしてると思ってたよ」
「フフッ、やっぱり外見じゃわからないわね!」
「そうですねぇ、お嬢様!」
楽しく食事を済ませた二人は、レストランを出て家路についた。
翌週ー
狭山の元に電話がかかってきた。
「なんだ?」
三浦は取り次ぎ相手を告げた。
「通産省の尾長様からです」
「つないでくれ」
切り替わると、久しぶりの声が飛んできた。
「ご無沙汰です。尾長ですが…」
「こちらこそ。お久しぶりですなぁ~ 今日はどうされました?」
「実はですね…」
天野は、美田園と片岡の三人でペーパーカンパニーの不良債権を吟味していた。
そこに下りてきた狭山が割り込んだ。
「ちょっと…」
時々、狭山は経営企画室に顔を出すから珍しくは無いが、顔色が明らかに良くなかった。
「ヤバいぞ。通産省の監査だ…」
「えっ!? 」
狭山の言葉に誰もが固まった。
「なんでですか?」
片岡が恐る恐る狭山に尋ねた。
「例のKFCの件だ…」
「通産省にバレたのですか?」
天野の顔に不安がよぎる。
「疑いがある、という事で調べたいとの事だ」
「なぜ通産省にまで…あっ、あの記者でしょうか?」
「可能性はある。だが拒否するわけにもいかんからな…了解した、と伝えた」
「いつですか?」
「明後日だ」
東京運送から戻った山本は、片岡に呼び出され事の経緯を聞かされた。
「通産省…ですか」
「あの件はお前と天野さんがメインで動いた案件だからな…お前が対応しろ」
冷たく話す態度に睨みつけたくなるが、そんな事をしても意味はない。返事もせずに社長室に向かった。
狭山と天野は、待ちかねたように山本を迎えた。
「伸ちゃん!聞いたか?」
「はい…通産省の監査ですね」
天野が腹の底から声を出した。
「こうなったのは伸ちゃんのせいではない!責任はオレが取ればいいから、気にするなよ」
「ありがとうございます。ですが、考えたのは私ですし、通産省の監査にも立合う必要がありますから…」
「それは頼むが、若手の社員に責任を取らせたら、オレのいる意味はない!確かに禁断の手段かもしれんが、整備はしてるんだ。正々堂々と当たればいい」
「はい…」
狭山が山本の顔色に気づいた。
「どうしたの?腑に落ちない顔つきだ」
「なんで通産省はここまで嗅ぎつけたのか…ずっと気になってます」
「それは例の記者だろう?」
「そうなんですが…守山社長の話では、アイッシャーミシンが、ケーリンミシンが無くなると言いふらしてるとか…なんでそんな事をするのか?タイミングとして繋がっている気がするんです」
天野がふと守山との話を思い出した。
「そう言えば…確かに」
狭山が二人に命じた。
「その件は後だ!今は通産省に全力を尽くしてくれ!」
「はい」
監査当日ー
高山は数人を引き連れて、天野の元にやって来た。
応接室で天野と山本は、丁重に出迎えた。
「既にお電話で話していますが、ケーリンミシンの運転資金にKFCの預かり金が使われた、という情報が入りました。我々としても、それが事実なら大問題と考えています。一応調べさせてもらいますから、そのつもりで…」
高山の言葉には天野が返した。
「もちろん、そんな事実はありません。必要な資料はここにありますから、どうぞ納得のいくまで調べて下さい」
「もし、事実が発覚した場合はケーリンミシンは半年の営業停止、KFCは免許剥奪、御社は二ヵ月の営業停止処分となります。よろしいですね?」
高山は、かなりの高圧的な口調で天野を見据えた。他の連中も睨みを効かしている。まるで憲兵隊のような雰囲気だ。
「どうぞ…」
「では順に資料を出して下さい」
「はい。では…」
山本はわかりやすく資料を提示し、補足説明を加えた。
一連の流れと説明を受けた高山は、いよいよヒアリングを始めた。
一方、ケーリンミシンの社長室にも通産省の連中がドカドカと上り込んだ。
守山が一人で対応しているが、明らかに慣れない雰囲気に呑まれていた。
「守山社長!資料を出して下さい」
高山より二つ下の坂口が、厳しい口調で威圧した。
「…はい。こちらです」
ファイルを手にした坂口は、追加で守山に伝えた。
「社長はこれから一切の電話に出ないようにお願いします。緊急の場合は、ここで電話を受けて下さい」
明らかに山本達とのやりとりを分断する意図だった。
「山本さん、内容はわかりました。ですが気になる点がありますね」
高山はジッと見つめた。
「何でしょうか?」
「なぜ同時期なんですかね?今までKFCは投資運用はしていなかった…なのにこの時期に始めたのですか?」
「今までは利息分をケーリンミシンの値引きで負担する形でしたが、今後の事も見据えて、KFCでも金利分を稼ぐことでケーリンミシンの負担を軽くするのが狙いですが…」
「でもケーリンミシンの融資時期と一致しますかねぇ?」
「それはたまたまです。サエキ縫製の売掛が飛ぶなんて予想出来ませんでしたから、仕方のない事ですよ」
「確かに御社の財務部の資料からも、運用に回されているようですが…」
天野が少しだけ眉をひそめた。
「これ以上の資料はありませんし、山本の言う通りタイミングが重なっただけですよ」
「では、これを聞いてもらいましょうか。その上でご説明願いたい」
高山は用意していたカセットデッキを取り出して、テーブルの上に静かに置いた。天野も山本も訳がわからなかった。
「いきますよ」再生ボタンを押すと会話が聞こえてきた。
守山と山本の声だ。
「…KFCの資金を…大丈夫なのかね?」
「今は月末の手形決済に間に合うよう、ウチの経営陣が手続きをしています。我々としても御社を潰すわけにはいきません!全力でサポートさせて貰います」
「…ありがとう、だがその後が…」
そこで停止した。
山本は目を開いたままだ。天野は微動だにしなかった。
高山はワザと転用を前提に話した。
「これは完全に預かり金を運転資金に転用する会話ですよね。もし、ケーリンミシンの運転資金だけが問題なら、KFCは出てこないはずですよね?説明して下さいよ、天野室長!」
山本は震えた。態度に出してはマズイのだが、止まらなかった。まさか録音テープまで用意しているとは想定外だ。
「それは証拠になりませんよ」
天野が落ち着きはらった言葉で返した。
「はっ?どうしてですが?」
「先ほどからお話ししているように、ケーリンミシンへの融資と、KFCの資金運用が同時期だったため、会話が混じっていますが、あくまで守山社長は預かり金の運用を心配しているに過ぎません。そちらは期間にも余裕がありました。しかし、ケーリンミシンの融資は急務でしたから、そのような会話になっただけでしょう?」
高山も負けていなかった。
「元本保証の契約なら心配する必要がないでしょう!この会話は禁じ手を心配しているから出たものじゃないですか?」
「確かに元本保証ですから、心配する事はないかも知れませんが、何分にも初めての事ですからね。もし、解約とかで一気に資金が口座から無くなる可能性も否定は出来ませんから」
明らかに天野の言葉に高山は押された。
正しいのは高山なのだが、黒を白と平然と言ってのける天野のオーラに支配されていた。
山本も身体の震えが落ち着いてきた。
「そんな大量の解約なんてありえないてましょう?」
天野はコーヒーを飲んで、静かに口を開いた。
「こんな事を話すのは申し訳ありませんが、高山さんは通産省の運転資金の心配をした事がありますか?」
「はい?何をおっしゃってるんですか」
「無いですよね…貴方達の給料も机を買う金も全て税金ですからね。でも、我々民間企業は違うんですよ。明日資金が回らなくなる事は、現実にあるんですよ。最悪の景気の中では、売掛が飛んだり、銀行が融資を引き上げたり、そんな話がゴロゴロあります。明日にでも潰れることは珍しくない話です。経営者って、資金が余るぐらいでやっと、安心するんですよ。社長は毎日、お金の心配をする生き物なんです」
高山は天野の言葉に黙り出した。
「確率論から言えば、高山さんの言われる通りです。一気に大量の解約なんて無いでしょう…でも、最近ケーリンミシンのライバル会社が活発化していましてね。ケーリンミシンの得意先にも、営業に力を入れてます。そんな中で安心なんて言葉は出ないもんですよ」
「しかし…この会話は、明らかに」
その時、山本が口を挟んだ。
「高山さん。天野の言う通り、会話が混ざりましたが、いっときでも預かり金がKFCの口座から離れるのは誰でも不安になるものです」
「では、なぜKFCへの返金がこんなに早いのですか?」
「それは運用に目処がついたからですよ」財務の津崎の助言で、預かり金に一パーセントの百万円を加えて返している。
「投資に期限なんてありません。利益が出たらストップする、あまり欲をかくと損しますからね」
高山は封じ込められた。確かに抜け道がある会話なのだ。完全とは言えない。
ホントは高山の想像通りだ。だが、書類も時期も会話も確定に欠けている。表向きは全てシロなのだ。
テープで動揺させて、一気に攻める考えは天野に粉砕された。
(高山さん…引き上げましょう。これ以上はムリです)若手のホープである横山が耳打ちしてきた。
(チッ!)内心で舌打ちをした高山だったが横山の言う通りこれ以上の追求は無駄と判断して引き上げる事にした。
守山もなんとか監査をくぐり抜けた。
事前に天野と打ち合わせした事を叩き込んだおかげであった。
高山は一つミスをおかした。テープは守山に聞かせれば、明らかになったのだ。
守山もテープの存在は知らなかったので天野のような切り返しは出来なかった。
狭山に報告した後、天野は山本を呼び出した。
「危なかったな…」
「すいませんでした。テープで動揺してしまいました」
「うん、どんな状況でも態度に出たら負けだ。それを学んだな…」
天野がいなければ、高山の思うツボにハマっていた…それを実感した。
「あのテープで分かった事があるな?」
「はい、リークはケーリンミシン内部の人間ですね」
「守山さんを呼んでくれ」
同時刻ー
ケーリンミシンで一人の男が、デスクに退職願を出したままいなくなった。
「そうですか…やはり御社の社員でしたか…」
天野は残念そうな口調で確認した。
守山は落ち込みながら、大きなため息を吐いた。
「おそらく、営業部の笠原がリーク元だと思います…」
山本も無言になった。
「なぜ彼はわざわざ不利になる事をしたのでしょうか?」
「私にもわかりません…」
出されたコーヒーも温くなっていた。
「どんな経歴なんですか?」
「あぁ…これが履歴書ですよ」
カバンから履歴書をテーブルに置いた。
三十二歳の好青年の顔だ。
前職は中野布地株式会社とある。
「この会社はどんな会社なんですか?」
「いやぁ…正直言って西東京にある小さな規模の会社です。取引も無いので詳細はわかりませんけど、布地に関してよく知ってるから、営業に活かせるだろうと踏んで採用しました」
「なるほど…」
やっと山本が口を開いた。
「これで終わりですかね?」
「新たな証拠でも出てこない限り、もう無いだろうなぁ」
天野が落ち着きはらった態度で返した。
「じゃあ、これからは気持ちも新しくスタートですね」
天野は守山を励まして返した。
高山と鳥越は不発に終わった監査に言葉を失っていた。
「ダメかぁ…」
鳥越はタバコを三本も灰にしていた。
「すまん…追求しきれなかった。あのテープもかわされたよ」
「やっぱりインパクトに欠けたよな…」
「天野のかわし方が上手くてな…ベテランなりの態度に気圧されてしまった」
「まぁ、仕方ないか…元々飛び込んできたような話だったからなぁ」
高山と鳥越は、この件に見切りをつけて喫茶店で別れた。
土曜日ー
三浦は約束通りに山本の部屋を訪れた。
外とは違い、部屋で会うのは緊張感がある。三浦は水色のブラウスに、白のミニスカート姿で清楚さを演出していた。
「大変だったね…身体は大丈夫?」
次々に起こる問題が山本に降りかかり、本気で心配していた。
「いやぁ…流石に今回はビビったよ。天野さんがフォローしてくれたから助かったけどさ、いなかったら白状していただろうなぁ」
「室長に感謝しなきゃだね」
「あぁ…まだまだ勉強ですね」
「ふふっ…ところで部屋は片付けたのかしら?」
三浦は改めて部屋を見回した。
「頑張りましたよ~ 秘書様ですから粗相をしたら社長に告げ口されますからねぇ!」
「そのようですねぇ…ふふふっ」
「あっ…今日って何時に家に帰るの?」
「…うん、あのね…」
三浦は恥ずかしそうに山本を見つめた。
「泊まったら迷惑?」
「えっ…いや、いいけど大丈夫なの?」
「お母さんには言ってきたから…」
「だから、バッグが大きめなのね…」
「へへっ…バレた?」
夜に山本は三浦の手作り飯を堪能した。
弁当の時もそうだが、三浦は料理も好きなようで、作るときのエプロン姿も可愛いらしく感じた。
シャワーを交互に浴びて、持参したパジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。
腕枕に頭を預け、山本を見上げた。
スッピンの顔もあまり変わらない。
「やっと伸一さんに近づけたかな?」
「そうかもな…麻美」
二人は合わせたようにキスを重ねた。
最初は唇に触れてから、お互いの唇を軽く噛むように感触を確かめた。柔らかく少し厚めの下唇がたまらない。山本は三浦の唇をガッツリと吸いながら、舌を中に入れた。
「ん…んん…ん」
軽く出る喘ぎが欲情をそそった。
山本の舌が三浦の口内を走り回った。
何もかもが柔らかく、男にない感触が肉棒を熱くした。
「ん…んふ…んんん…」
山本の唇は、三浦の首すじに移動し舌を這わせると可愛い喘ぎが聞こえた。
「や…はぁぁっ…あん」
三浦の腕は山本の頭を掴んでいる。
パジャマのボタンを外し、中に手を浸入させると弾力のある柔らかい乳房が待っていた。
少し荒めに揉むと三浦の身体がしなった。
「はあっ!あん…あっ…ん」
ボタンを下まで外し、上着を開き白い肌を露わにした。
社内で一番人気の女性が裸で目の前に横たわっている。
その姿は神々しくさえあった。
乳房に吸い付き、乳首を転がした。
「あぁ…あっあっ…あっ!はあっ…」
たぶんCカップと思うが、手の収まりにちょうど良い左の乳房を揉み乳首をコリコリと弄んだ。
「や!あっあっ…ん…はあっ…ああっ!」
感度も良い。
「麻美…乳首が固くなってる…」
「はあっ!いや…言わないで…ああっ」
今度は左右の乳首を指でつまんで、耳の中に舌を入れた。
「はぁぁっ!だめぇ!ああっ…ああっ!伸一さん!それ…ああっ!だめぇ…」
薄い茶色の乳首は愛撫に反応している。
乳首への攻撃を続けながら、ヘソから下腹部に舌を這わせる。その度に三浦の身体はしなった。
「はあっ…ん…ああっ!す…ごい…」
パジャマの下を脱がした。
淡い黄色のパンティが、とても可愛いかった。
「可愛い下着だなぁ…」
「はあっ…恥ずかしい…ああっ」
キスをしながら、パンティの中に指を滑りこませた。
三浦はビクッとしていた。
恥毛が少なくスッと、三浦の陰部に突入出来た。
「んん!ん…んぅ…んんん!」
キスで喘ぎが邪魔されるが、それが感度を高めた。山本の指が陰部に触れるだけで、身体に快感が襲う。
もう溢れるくらいの愛液が漏れていた。
「麻美…洪水だぞ…パンティも濡れてる」
「いやぁ…ああっ…ああっ…あうっ!」
クリを見つけるために指で、愛液だらけの小陰唇沿い這わせて、固いクリを触ると何度もビクッとした。だが、山本に身体を押さえられて自由が効かない。
「はあっ!あっあっ…それ!あっあっ…伸一さぁん…あうっ!あっ…あん」
クリは山本の指に遊ばれた。転がされ、弾かれ、それを繰り返すだけで三浦の全身は快感に支配された。
「いやぁ!あっあっあっ…だめぇ!いく…だめぇ!あっあっあっあっ…いくいくー…いっちゃうぅぅ…」
呆気ないほどに果てた三浦は、ハァハァと息をしながら脱力していた。
「もういったんだ…」
「ハァハァ…こんな…はじめて…」
(あんまり、いいセックスしてないのかな?)そんな事を感じた山本は、三浦を喜ばせるセックスに没頭した。
足を広げて股間を眺めた。
三浦の一番恥ずかしい陰部が現れた。
ここの恥毛も少ない。
迷わず顔を埋めクンニを始めた。
クチャクチャと音を立てると、三浦の反応はさらに増した。
「あぁぁぁっ!し…伸一さぁん…恥ずか…しい!あっあっあっあっ…あん!」
それでも止める事なく、三浦のクリを舌先で舐めた。驚いたのは、ほとんど愛液特有の匂いが無かったことだ。
「いやぁ!いやぁ…はぁっ…あぁぁぁっ…すごい!あん…ああっ…ん」
三浦の手が山本の髪の毛をグチャグチャにした。
舐めながら中に指を入れてみた。その反応もすぐに出た。
「ああっ!あん!あっ…くる!きちゃう!はぁっ…ああっ!あっあっあん」
中も液で満たされており、山本の愛撫を歓迎しているようだった。
指でGスポットを刺激する。
「ああっ!だめぇ!それだめぇ!ああっ…伸一さぁん!はぁっ…ああっ!」
止めるはずもない攻撃に三浦の身体は素直に反応していた。
「ああっ!出ちゃう…ああっ…出ちゃう!おねがい!だめぇ…出ちゃう!」
ピュッピュッと潮が山本の口内に出た。
それを迷わずそのまま飲んだ。
「ああっ…あ…あ…」果てと違う感覚に三浦は初めてらしく戸惑っていた。
「ばかぁ…漏らしちゃった…」
「ははっ…大丈夫だよ…オシッコじゃないから」
「えっ…違うの?でも…」
「いわゆる潮が出たの。知ってる?」
三浦は知らないと首を振った。
説明すると、三浦の顔が真っ赤になった。どうやら初めての経験らしい。
「じゃあ、罰としてこうだ!」
山本は三浦の身体を四つん這いにさせた。
「ええっ?だって伸一さんが…」
「黙っていなさい…」
猫のしなりのようなラインが、たまらなく欲情を駆り立てる。
「お尻の穴まで見えてるよ…」
「いやぁ!いじわる…」
そこに吸い付き、恒例のように舌を這わせると三浦の声が出てくる。
「ああっ…だめぇ!あん!あっあっあっ…そんなぁ…あっあっ!きたないわ」
「大丈夫だよ…麻美に汚いとこは無いから…」
アナルを刺激しながら、指で膣内をグリグリとかきまわす。もう三浦の身体は山本のいいなりだった。
「いやぁ!あっあっ…だめぇ!はぁぁっ…だめぇ」
何度もグリグリとまわし、親指でクリを触る。今の三浦はアナルとクリと膣内の三ヶ所を同時に攻められていた。
「ああっ!あんあん…あぁぁぁっ!」
身体がビクビクする。
「いく!いくいく…いっちゃうぅぅ…」
過度にならず、一定のリズムを続けると三浦の果てはすぐにやってきた。
「いく…あっ…」
身体がバタッとベッドに倒れる。
横たわった三浦の身体はなんと色っぽいことか。これを自分だけが見ることの出来る特権に酔いしれた。
ハァハァと息を繰り返す三浦は、軽く山本を睨んだ。
「もう…すごいイジワルなのね…伸一さんて…卑怯だわ」
「じゃあ、今度は麻美の番だよ」
麻美の前に、仁王立ちした山本の肉棒が
反り返りながら汁を滲ませていた。
麻美はその前に女の子座りをしながら、山本の肉棒を触った。
グッと山本を見上げると口を開いた。
「慣れてないから、うまくできないの…ごめんなさい」
「オレのこと愛してるか?」三浦は無言で頷いた。
「なら、その気持ちが大事なんだよ…一生懸命な気持ちがあれば、オレも感じるから…やり方は教えるよ」
コクンと頷き、三浦は舌先で肉棒の先を舐めた。汁が三浦の舌先について糸を引いている。何度も舐めて、それから口に咥えた。
ゆっくりと顔を前後に動かす。確かにテクは無いが、愛が伝わるフェラだった。
「歯を当てないで、唇で包むようにしてごらん…あと、唾液を貯めるんだ…こぼれてもいいから…」
山本に言われた通りにした。
ジュルジュルと音が聞こえてきた。
三浦は気持ちを込めて、肉棒を咥え続けた。勝手に自分だけ果ててしまい、三浦の事を考えない男達に比べて、愛のあるセックスを感じたから少しでも気持ち良くなってほしいとの思いからだ。
「んん…んふっ…ん」
頭を撫でると、三浦は目を開けて山本を見上げた。
(気持ちいい?…)そんな目だった。
「ん…ん…はぁっ…」
三浦の唾液と汁を纏った肉棒は、さらに固さを増して欲しがっていた。
「じゃあ、ご褒美だ…」
枕の下にあるゴムを取り出して、サッと装着し三浦の足を開いた。
「いくよ…」
「…うん」
三浦も待てなかった。
ググッと山本の腰が三浦の身体に密着する。奥まで入ったところで止めた。
「はぁぁぁっ!あうっ…はぁっ…ん…あぁっ…す…ごい!だめ…おく…あぁっ」
止めてるだけだが、三浦の身体に初めて感じた快感に眉を寄せた。
「あぁっ!伸一さぁん…それ、だめ…あっあっあん…」
ゆっくりと腰を動かした。
奥で止めて、また動かす。この動きに合わせて快感が三浦を襲った。
「はぁぁぁっ!あっ…なに?はじめて!
あん…あぁっ…あっあっあっ」
そこから動きを小刻みにリズム良く動かした。
「あぁっ!あっあっあっあっあっ…だめ…伸一さぁん!お、おかしくなる」
三浦は手の甲を口に当てて、快感と闘っていた。
「ほら、麻美!いいのか?」
「は、はい…あぁっ!すごい!はぁっ」
山本はワザと肉棒を、入り口側で動きを止めた。三浦はわからず(?)目を開けて山本を見た。
その瞬間に一気に奥まで突き上げた。
「はぁぁぁっ!あぁっ!だめぇ…ひ、卑怯よ…あぁっ…あぁっ」
「麻美…オレを見るんだ」
山本の命令に従うように、三浦は必死に目を開けてジッと見た。しかし、ガンガンと襲う快感に目を閉じそうになる。
「ほら、いいのか?」
口を一文字に結んで、ひたすら頷く。
「抜く?」
今度は左右に振った。
「じゃあ、おねだりしてごらん…」
(なんて、イジワルなんだろう)三浦はそんな思いを抱えつつ、山本のイジワルに従った。
「伸一さん…も、もっとしてぇ!」
パンパンパンと打ち付ける音が響く。
三浦は身体を仰け反りながら、山本の腕を掴んで快感を受け止めた。喜ばせてくれるセックスが、こんなにも気持ち良い事を初めて知った三浦は一層の愛を深めた。キスをせがむと山本の舌が三浦の口内で暴れた。
「んん…んふ…あぁっ…ん!ん!」
「今度はね…」
山本は三浦の身体を、四つん這いにしてバックから入れた。
「あぁっ!あっあっあっ…はぁっ!」
三浦のお尻を掴んで腰を強めに打つ。
「はぁぁぁっ!し、伸一さぁん!あぁっ…いじわるぅ…あぁっ!あっあっ」
両腕を引き寄せて、自由を奪うと三浦の声が大きくなった。
「あぁっ!あんあん…はぁっ…おく!奥まで…くっ…あぁっ!あっあっあっ…」
これからの山本は容赦無く攻めた。
パァンパァンパァン、とお尻に当たる山本の腰つきに絶頂を迎えた。
「あぁっ…いく!いく!いく!だめぇ!
あぁっ…あぁっ!いっちゃうぅぅ…」
細い二本の腕に支えられた身体から力が抜けると、ガクッとうな垂れた。
正常位に戻して、弾力があり、締め付けの強い膣内にまた突入させた。
「あぁっ…だめ…おかしくなる…ねぇ…伸一さぁん…」
「それでいいんだ…麻美…」
「いいの?…アタシ初めて…こんなの」
「ははっ…愛してるよ、麻美…」
三浦は涙を流した。愛する人とのセックスが、こんなにも嬉しいものと感じた。
山本の頭を引き寄せて、力いっぱい抱きしめた。
耳を噛んで囁いた。
「もう、絶対離さないわ…誰にも渡さない…私だけの伸一さん…」
男として、女にこんな言葉を言わせるのは冥利につきる。
「俺もだ…いくぞ!」
細く頼りない身体を、折れるぐらい抱きしめて、何度も腰を動かした。
「あぁっ!あっあっ…私だけ!あぁっ…愛してるわ!あぁっ!いく…いく…いっちゃうわ…いっちゃうぅぅ!」
「おおぅっ…いくぞ、麻美!胸に出すぞぉ」山本は肉棒を抜いて、三浦の胸の谷間に白濁液を飛ばした。
熱い液をかけられた麻美は、感じてくれた証を喜んだ。
「あぁっ…すごい…いっぱい…」
事実、山本も驚く量が放たれた。
(出過ぎだろ…)
三浦は指先で精子を触った。濃くて粘り気のある液に男を感じた。
身体は快感の余韻に支配されている。
山本は汗だくで三浦の横に倒れた。
「はぁっ…気持ち良かったよ」
ティッシュで精子を拭き取り、三浦は山本に寄り添った。
「こんなの初めて…ありがとう…」
翌週ー
美田園は新宿の喫茶店で、男と対面していた。
「美田園さん、困りますよ…通産省監査を潜り抜けたそうじゃないですか?」
オムライスをがっつく美田園は、恒例のごとく水で流し込んだ。
「オレも予想外なんだよ…天野が抑え込むとはなぁ」
男は構わずタバコを吸いだした。
「ウチのコレもヤキモキしてるんですよ、貴方に袖の下も渡してますからね。なんとかしてもらわないと…」
「わかってるよ…」
そうは言ったものの、美田園に次の案が浮かばなかった。
「次からは成功報酬ということで…」
そう言って、男はタバコをもみ消してサッサと出て行ってしまった。
美田園は残った伝票を見ながら舌打ちを繰り返した。
笠原勉が何故テープに録音したのか、その意図を探るため山本は西東京にある中野布地を訪ねた。
吉祥寺駅で降りて、そこからバスで二十分ぐらいの所に建物があった。
事務所を覗くと、二人のオバちゃんがそろばんを弾いていた。
「あのー…」
「あら、いらっしゃいませ…」
「お聞きしたいことがありまして…」
女の制服には手越と書いてあった。
「何ですか?」
手越は突然の来客に、怪訝な顔をした。
「こちらに笠原勉さんという方が勤めていた、と聞きまして」
「笠原?貴方はどちらさん?」
「あっ、失礼しました。私、アールイーディーカードの山本と言います」
「ふうん…よく知らないけど…ちょっとメグちゃん!社長いる?」
もう一人の事務員に問いかけた。
「工場にいましたよ…」
「社長に聞いてくださいな。アタシはわかんないから…」
裏に回って、工場を覗くと一人の男が腕組みをしながら怒鳴っていた。
「そこ!違うだろ!もっと丁寧に扱えって言ってんだよ」
「あの、すいません…」
山本の言葉に反応した無精ヒゲの男は、振り返りながらタバコを灰皿に投げた。
「なんだ!? ダレだあんた…」
「アールイーディーカードの山本と言います。こちらに勤めていた笠原勉さんの事でお伺いしました…」
途端に中野の顔が引きつった。
「アールイーディーカード?何の用だ」
山本は中野の表情から、何かを知っている事を悟った。
「笠原勉さんですよ。こちらで勤務されていた筈ですが…」
胸ポケットから、タバコを取り出して火をつけた。
「いきなりやめちゃった奴の事なんて、どうなったかなんて知らないな」
「…そうですか。笠原さんがケーリンミシンに転職されたのはご存知ですね?」
「はっ?知らねーよ…」
「本当ですか?」
「こっちは忙しいんだ!つまんねー話なら帰ってくれ」
中野に一蹴された山本は、そこを後にして法務省の八王子支所で、中野布地の登記簿を取ることにした。
今日のところは様子見だったから、中野が話すとは思ってなかったが、あの動揺は収穫とも言えた。
取締役に三人の名前が並んでいた。
(中野浩一…中野久美子…ん?相武綾子…誰だろう?)
山本は登記簿のコピーを取ってから、ケーリンミシンに向かった。
「そうか…何か知っていたか…」
珍しく守山自らコーヒーを運んで来た。
「あの…相武綾子って方知ってますか?」突然の名前に守山は考え出した。
「相武…相武…誰だっけなぁ。聞いたような名前だなぁ」
「中野布地の登記簿に取締役として、記載されていた名前なんです。登録されたのは四年前のようですが…」
「相武ねぇ…あっ!」
守山はデスクの引き出しをゴソゴソとあさり、ひと束の新聞を手に取った。
「確か…」と新聞を開き丁寧に捲り始めた。山本は不思議な顔で見ていた。
「あった!これだよ…山本くん」
バサッと開いたページには、アイッシャーミシンの取締役欄に、相武綾子の名前が書かれていた。
「アイッシャーの…役員ですか」
「あぁ…アイッシャーミシンの社長が谷山郷太郎で、この相武綾子は愛人と揶揄されている女だ!」
「愛人?そんな人が取締役ですか?」
守山はコーヒーを飲み一息ついた。
「谷山は亡くした女房がいてな…私も葬儀に出たことがある。その時に噂になったのが、愛人の相武綾子だ」
「じゃあ、奥さんの死後に?」
「確か亡くなったのが五年前だったから、その後に取締役にしたんだ!あそこは谷山一人の株主だからな…簡単に出来るってわけだよ」
山本は頭でピースを繋いだ。
「…なるほど。サエキ縫製の件を知って中野布地に圧力をかけて、笠原を送り込んで来た…たぶん、潰れると踏んだアイッシャーミシンはあちこちに触れ回った…ということ?」
「いや、それはムリがあるぞ。サエキ縫製の件は突然起きた事だ。しかも、時期的に売掛が飛んでから、月末の決済まで一カ月もなかった…それをアイッシャーミシンが嗅ぎつけるのは不可能だろう?笠原だって予想で転職した訳ではないはずだ…」
確かにその通りだ。あまりに期間が短すぎた。山本の思考はそこから、更に深く潜った。
「だが、録音は確かにされた…つまり、御社の危機を事前に察知出来た、としたら内通者がいる…」
「笠原がウチに入ったのが…えーと、サエキ縫製が飛んだ一週間後だ…やっぱり知っていたのか?」
「たぶん…かなりの早技ですが、そう考えると録音の辻褄が合います」
「だが、ウチの連中がリークしたとは思えん…笠原以外誰も辞めていないしな」
山本は考え直した。だが何度考えても推論の結末は一つしか浮かばない。
「御社とは限りません…」
「えっ、どういう意味だ?」
「リークはウチの人間かも知れません」
守山は山本の言葉に、口を開けたまま驚いた。
「…アールイーディーカードが?」
「だとしたら、狙いはケーリンミシンではなく…」
「なんだね?」
「謀反…かも」
「なんだって!?」
山本は守山に向き直った。
「社長…もし、アイッシャーミシンが御社の技術を手に入れた、としたらどうなりますか?」
「そりゃあ…この業界では間違いなく揺るぎないトップになるだろう…それだけでなく、海外に出る事も可能だ」
「アイッシャーミシンでは、御社の技術は真似できない?」
「無理だな…あの技術は門外不出だ、それに特許もあるから向こう十年は手を出せない」
「なるほど…社長、天野と三人で話したいのですが」
「ン?構わんが…」
「電話をお借りします」
山本は緊急で天野に電話し、夜の七時に料亭【あおやぎ】で会うことにした。
夜になると、蒸した風が身体にまとわりついた。
あおやぎは、珍しくヒマらしく当日の予約でも席が取れた。
天野と守山、そして山本の三人が顔を揃えた。天野には内密をお願いしてある。
三人とも日本酒で乾杯した後、本題に入った。
「で、話というのは?」
山本は正座して、パズルを整理して話し始めた。
「これから話す事は、推論で証拠はありません。しかしおそらく間違いのない事実と思います。今後、その推論に沿って行動したいと考えています」
天野は腕組みしながら頷いた。守山も黙って聞いている。
「まず、サエキ縫製の倒産でケーリンミシンは危機に陥りました。それを辞めた笠原勉が録音していた…これが事実ですが、彼がそれをする目的もメリットもわかりませんでした…ですが、推論の背景を当てはめるとパズルが完成します」
天野は日本酒を飲みながら、ジックリと聞いていた。
「推論とは、アイッシャーミシンによるケーリンミシンの乗っ取りです」
天野は動きを止めて山本を凝視した。
「それで?」
「ケーリンミシンの技術を何としても欲しかったアイッシャーミシンは、ある内通者によって危機にある事を知ります。そこでスパイとして笠原勉を転職させ、KFCの預かり金を運転資金に流用する証拠として録音します」
「内通者?」
天野は眉を寄せた。
「その前に、なぜアイッシャーミシンの社員ではなく、中野布地の社員を使ったのか?それは中野布地の取締役に、相武綾子という谷山郷太郎の愛人が就任していた…万が一にもバレないように、自社の社員ではなく取引先の社員を使ったのではないか、ということです」
守山も黙って聞いている。
「だが、あまりにタイミングが良すぎるだろう?」
「はい、だから内通者がいるんです。それはケーリンミシンではなく、ウチの人間と思われます…」
天野は山本の言葉に仰天した。
「ウチの?なぜだ?目的がわからんよ」
山本は水を一口飲んで、言葉を溜めた。
「…正確にはわかりませんが、もし通産省の追求で明るみになったとして、一番得する人物です…」
「得する…俺と伸ちゃんは責任を取るとなると…」
天野の頭に一人だけ浮かんだ。
「…美田園か?」
山本は黙って頷いた。
「これは二つの目的が絡んでいます。一つはアイッシャーミシンがケーリンミシンの技術を手に入れて、世界のトップに君臨すること、もう一つは室長を追い払い出世する事です」
「まさか…美田園が?」
「ケーリンミシン以降、美田園さんは関わりを持とうしませんでした。最初は分からなかったのですが、もし推論通りなら納得のできる行動です」
「んー、でも室長のポジション狙いで、わざわざそんな危ない橋を渡るか?」
天野は腑に落ちない顔つきだった。
「経営企画室室長のポジションは、社長に次ぐ立場ですから、もしかしたらトップの座を狙ってるのかもしれません」
「だが、美田園とアイッシャーミシンを繋ぐ証拠が無いだろう…」
「そこなんです。まだ糸口が掴めないので、今後どうすべき、なのか…」
「事だけに我々で動くしかないな…」
「一つ、カマをかけてみますか?」
それまで黙っていた守山が口を開いた。
「というのは?」
天野が守山に酌を出した。
「来週にミシンメーカーが集う懇親会があるんです。今回の差し金が谷山なのか、それとも相武なのか探ってみますか?何かわかるかも知れません…」
「…なるほど。いいかも…」
「だが、伸ちゃん…美田園は曲がりなりにも経営企画室を歩いて来た男だ。一筋縄ではいかないし…それにな…」
天野は咳払いを一つして、山本を見つめた。
「上司を追い詰める事になるぞ…」
山本も覚悟していたように、静かに語り出した。
「それは覚悟してます。確かに私の提案した方法は禁断の一手でした。だから、バレた時の責任回避として、美田園さんは避けていると思ってました。でも、ケーリンミシンの社員の生活を犠牲にしてでも欲を優先することは見逃せません」
目には一途な思いが込められていた。
それが分かっているからこそ、守山も口を挟まなかった。
「そうか…分かった!この件は三人で動く事にする。守山さん、お願い出来ますか?内部の話で申し訳ありませんが…」
天野に頭を下げられた守山は恐縮した。
「いやいや!頭を上げてください、私もアイッシャーのやり方に不満がありましたから、これを機会にギャフンと言わせてみせますよ」
経営課で一人退職者が出たため、補充目的で異動してきた者がいる。
山本と同期の遠藤輝である。
中村と同じ慶応出身で、マーケティング部に所属していた。
同期の中では、一番の出世頭と噂されている。
朝礼での紹介が終わると、遠藤は山本のデスクにやってきた。
「これから、よろしくな」
「あぁ、こちらこそ…」
「随分ご活躍だったみたいだなぁ…聞いてるよ、ケーリンミシンを救ったこと」
「いやいや、おれなんて…」
「あのさ、オレは山本以上の働きをするから見てろよ…」
「なんでムキになってんだよ」
「男は出世が全てだからな…例え山本でも容赦はしないからな、じゃ」
言いたい事だけ話して、遠藤は自席に戻った。
(メンドーなのが来たなぁ…)
出世なんて考えてもいなかったが、いちいち戦線布告するものでもないだろう、と思いながら秘書室に上がった。
三浦が書類を抱えて歩いていた。
「あら…」東京運送の件でバタバタしていたが、三浦とはたまにデートを重ねていた。山本の心には三浦の存在が、日に日に大きくなっているのがわかる。
「ワリィ…社長のスケジュールなんだけどさ…」と言った時に突然脳天に響く声が聞こえた。
「経営企画室の山本さんですねぇ」
振り向くと見慣れない女性社員がいた。
「ダレ?」
三浦が紹介した。
「中野さんの補充で来た林田美帆さん」
「あぁ…」
「林田ですぅ。よろしくお願いしまぁーす…」年下のようだが、キャピキャピした感じは秘書室には合わない気がした。
「山本さんの話し、聞いてますよぉ~、すっごいですねぇ…」
「いや、そんなことないよ…」
「女子社員の間でも話題なんですよぉ~、知ってましたか?」
このわからないペースに三浦も苦笑いしている。
「三浦さん、社長のスケジュールなんだけどさ…」
咄嗟に話題を変えた。
「アッ、ごめんなさい。えーと…」
二人で確認した後、山本は下に降りていった。
林田が後ろ姿を見ながら呟いた。
「いいですよねぇ…山本さんて」
「エッ…なにが?」
「なんか、男らしいっていうかぁ~芯が太いっていうかぁ~カッコつけないところがステキだなぁ…」
三浦の内心は穏やかじゃなくなった。
(ダメ!彼はアタシのなんだから!)
そう言いたいが、正式に彼氏ではないから言えるわけもない。
複雑な心境に口を結んだ。
まだあれ以来、なんとなく接点を保ち続ける関係をはっきりさせたくなった。
明らかに林田のせいだ。
「山本さんて彼女いるんですかぁ?」
「…知らないけど、いるんじゃないの?」
ワザと諦めさせようとふっかけてみた。
「エーッ!…でも不思議はないか。じゃあ奪っちゃおうかなぁ」
このメゲないと言うか図太い性格を羨ましくも思う三浦だった。
(後で電話しよ…)
なんとなく不安を消したくなった。
「ハァッ?なにそれ…」
山本は三浦からの電話で、林田の思いを知らされた。
「山本クンの事好きみたい…」
「いやいや、勘弁して欲しいなぁ…」
「なんで?可愛いじゃない」
ワザと試す言い方をしてみた。女の意地悪な面が出てしまった。
「あの頭に突き刺さる声とかさ、悪いけどイライラするし、あの空気読まない感じとかタイプじゃないね…」
三浦はホッとした。
「そうなんだ…あのね…」
「わかってるよ、三浦の事はチャンと考えてるよ。心の中で三浦の存在も大きくなっている。もう少し…キミを心から好きとはっきり言えるまで待ってくれ」
山本の過去を知って想像は出来ないが、自分の事を真剣に考えてくれてる山本の気持ちが痛いほどわかる。
それだけでも満足だった。
「うん、待ってます…」
電話を切って三浦は、研修写真の山本にキスをした。
(おやすみなさい…)
美田園と片岡は、品川の定食屋で昼飯を共にしていた。
ここのところ、天野と山本の距離が更に親密になり、狭山のウケが良い事に声に出せない怒りが溜まっていた。
「アイツ、いい加減なんとかしないと」
片岡は特に憤慨している。
「ケーリンミシンの件もどうするんですか?次長!」
美田園は呑気にカツ定食をガツガツ食べている。
「片岡よ」それを水で流し込む。
「ケーリンミシンはこれからだよ」
「へっ?」
予想のつかない言葉に止まっている。
「まだ終わっとらんよ…クククッ」
独り笑いの美田園は、カツ定食を平らげるのに水を三杯も使った。
「どうしてですか?」
「んーっ…今回の件がマスコミにバレたらどうなると思う?」
味噌汁の後に水を飲む作法は、片岡ですら気味が悪く思えた。
「しかし…契約書もありますから、表向きは完璧な資金運用ですよ。どうせ口裏も合わせますから…」
「だよなぁ…でも内部リークならどうかな?」
「ハッ?そんな事があるわけない…ですよね?」
「そうとは限らんぞぉ…まぁ見てろや」
不敵な笑みの美田園は、食べ終わった後の口に爪楊枝を突っ込んでシーシーしながら最後の水を飲んだ。
片岡を先に帰らせた美田園は新宿に向かった。
待ち合わせしている喫茶店で、同い年ぐらいの男の前にどかっと座る。
「どーも…そろそろですかね?」
「あぁ…そうだな」
タバコを取り出し、大きく天井に向かって煙を吐く。
「持ちくたびれましたよ…ウチのコレもまだか、と催促ばかりでね」
「タイミングは今がベストだよ」
頼んだアイスコーヒーを、ストローを使わずゴクゴク飲む。
「これはいつもの…」
男は少し厚い封筒を差し出し、美田園は慣れた手つきで鞄に突っ込んだ。
「いつも悪いねぇ…」
「その変わり…ですよ」
「わかってる。明日にでも指示を出すから、オタクのコレにも伝えてくれ」
親指で表しながら、クククッと二人は静かな笑いで握手した。
ケーリンミシンの守山は久しぶりに、天野のもとを訪れていた。
糖尿気味の体だが精力的に動き、業績の向上に努めている。
「最近のライバル動向はどうですか?」
天野はコーヒーを勧めた。
「ハイ、それなんですが…」
珍しく歯切れが悪い。
「何か?」
「一番のライバルであるアイッシャーミシンが活発化してるんですよ」
「ほう…新製品でも?」
守山はコーヒーを飲みながら、ため息を吐いた。
アイッシャーミシンは、今ではミシン業界のトップを守っている。売上高もケーリンミシンの倍近くある。
いち早くミシンにコンピューターを導入して、トップの座をむしり取った。
「いえ、それが妙なんですがね。ウチが無くなるから買うなら、アイッシャーにしろ、とアチコチに触れ回っているらしくて…」
「ケーリンミシンが無くなる?」
「えぇ、ハッキリと聞いた訳では無いのですが、営業の連中も噂に踊らされてまして…」
「しかし、佐伯の件も乗り切りましたし、心配は無いでしょう?」
「そうなんですが。どうもうまくありません…」
天野も眉をひそめた。
「まさか、運転資金のカラクリが?」
「いや、それはあり得ません。社内でもごく一部しか知らないですし、そんな不利な噂をウチの連中が言うはずがない」
「そうですな…」
「もう少し様子見しますわ」
バーコード頭を軽く叩きながら、他の話に移った。
ケーリンミシン本社から、二つ離れた駅の公衆電話に一人の男がダイヤルボタンを押していた。
「もしもし…東京日報ですか?をお願いします…あっ、報道部ですか?ケーリンミシンが子会社のKFCから…」
男は伝えたい事だけ、サッサと話して受話器を切った。
そして、銀座で降りて見慣れたビルに戻って行った。
東京日報報道部の課長である鳥越は、密告電話ともとれる電話内容を考えていた。それが本当ならスクープだ。おまけに通産省も黙ってないだろう。
騒ぎが大きくなれば、業務停止や免許剥奪もあるかもしれない。
(局長に報告だ…)
鳥越は局長の狩野に相談した。
「ホントか?おい…」
「わかりません。電話も一方的に切られたので、信憑性も不確かです」
「ふむ…確か前払い式割賦会社の運転資金への流用は落ち着いたはずだろう?」
登録制の時代にはよくある話だったが、厳しい免許制度に変えてから、その手の話は消えていた。
「調べてみますか?」
「まずはヒアリングからだな…」
「では、ケーリンミシンとアールイーディーカードに連絡してみます」
「いや…ケーリンミシンだけにしろ」
「…といいますと?」
「予告なしでヒアリングしてみてくれ。何かボロが出るかもしれん」
「わかりました」
鳥越は、部下の山田と松田を呼んで打ち合わせを始めた。
「山本さん、ケーリンミシンの守山社長から電話です」
「はーい」
「もしもし、山本クン。大変な事が!」
声がかなり慌てている。
「社長、なんですか?」
「東京日報の取材が入った!」
「ハイ!?」
山本の胸に何かが崩れる音がした。
「まさか…KFCの件が?」
「あぁ!それだ。運転資金に使ったのでは?と言っている…」
「私も向かいます!」
守山がその勢いを止めた。
「それはマズイ。キミが来たら親会社も絡んでる事がバレてしまう…何とか納得してもらうから天野さんに伝えてくれ」
確かにその通りだ。今、山本が行けば目的を聞かれる。
「わかりました。また連絡下さい!」
山本は電話を切って上に上がった。
秘書室には林田がいた。
「社長と天野室長は?」
山本の迫力に林田はビビった。
「スケジュール調整で社長室に…」
それだけ聞いてノックもなしで飛び込んだ。そこに三浦もいた。
「マズイことになりました」
天野が振り向いて、山本に問いかける。
「どうしたんだ?」
「伸ちゃん、どうしたの?」
狭山もキョトンとしている。
「守山社長からで、例のKFCの件で東京日報の取材が来ていると…」
「なんだと?」天野が立ち上がった。
「何が起きたんだ?」
狭山は天野より冷静だった。
「わかりません。いきなり来たようです。守山社長も驚いてます」
「東京日報が嗅ぎつけたのか?」
「それもわかりません。私も行ってしまうと、バレる可能性があるので…」
「参ったなぁ…」
天野がやっとソファーに座った。
「でも、表向きは完璧なんだろう?だったらビクつく事は無いさ…堂々としていればいいだろう?たかがマスコミだよ」
確かに狭山の言う通りだが、山本の胸に不確かな騒めきが渦巻いていた。
「社長どうなんですか?」
鳥越は何かボロを出さないか、と少し強めの口調で守山を突いた。
「いえ、KFCもお客さんの金利相当分を捻出する必要があると考えまして、親会社に資金運用を持ちかけたんです。元本保証ですから、お客さんに迷惑はかけないでしょう」
「その通りなら問題はありませんよ。ですが、同時期にサエキ縫製への売掛が飛んで、不渡りを回避する為に手の込んだ事を仕組んだ、違いますか?」
鳥越は守山の態度に不信を感じていた。
「とんでもない。預かり金のルールは存じておりますから…」
「期間がこんなに短いのは?」
「エッ?」
「KFCの資金運用開始と、アールイーディーカードからの借入金の時期ですよ。同月内に出し入れしてますよ」
「それは、たまたまでして…決して言われるような事はしていませんよ」
「ホントですかぁ?社長…」
鳥越は内心で確信を強めた。
「サエキ縫製の売掛が飛んだのは事実です。確かに運転資金を必要としていました。ですから、アールイーディーカードからの借入金を実行したまでです」
「…わかりました」
鳥越と同行メンバーは、それを残して出て行った。
守山は大きなため息をついて、山本に電話した。
「どうでしたか?」
「一応、説明したんだが」
「納得してない…そうですね?」
「疑ってるな…特にKFCの資金運用と御社からの借入金が同時期なのが、一番の疑惑点だ…」
「…わかりました」
山本は電話を切って天野に報告した。
一通りの説明を受けた天野は、鼻息を漏らし、机を叩いた。
「明らかなリークだな…」
「はい、東京日報があまりに詳しく知っている…誰かが密告してますね」
「うん、知り過ぎていると言ってもいいだろう…なんでだ?」
「わかりません…私がいけないのでしょうか?」
落ち込む山本を天野は慰めた。
「いや、あの時点では伸ちゃんの方法しか救う手立てはなかった。むしろ、ウチとケーリンミシンの危機を回避するベストな手段だよ。キミに責任はない」
「ありがとうございます…これからどうなりますかね?」
天野もわからないと顔で示した。
自宅に戻るなり電話が鳴った。
「もしもし…」三浦の声が沈んでいる。
「おぅ、どーした?」
ワザと元気なフリをした。あまり心配はかけたくない。
だが三浦の声は、今日起きた事を確実に知っていた。
「どうして山本クンばかり…」
泣きそうな声だった。
「大丈夫だよ。まだ何も起きていない」
「ごめんなさい…アナタの声が聞きたいだけなのに…」
特別な言葉ではないがドキッとした。
気弱な三浦の心配する気持ちの中に、愛情の混ざった思いが伝わり山本の心を揺すった。
「心配ないよ」
「どうしてそんなに一生懸命になれるの?」
「理由なんて無いよ。自分の仕事だからな…」
仕事内容が分からなければ何とでも言えるが、相手は秘書ゆえ良くも悪くも筒抜けになる。
「すごく心配なの…」
「ありがとう…これぐらいでは潰れないさ。それより今週末のデートなんだけどお願いがあるんだ」
「うん…何でも言って」
「弁当作ってくれない?」
山本の突拍子もない言葉にキョトンとした。
「お弁当?いいけど…」
「よろしくね」
「どこ行くの?」
「それはお楽しみ…ね」
「うん…分かりました」
山本は三浦への気持ちを固めた。
今日の電話で心底から想ってくれる愛を感じた。
三浦の想いに応えたい、と固めた夜だった。
秋にさしかかる今頃が湿度も無く過ごしやすい。
山本と三浦は、葛西臨海公園で子供のようにはしゃいでた。
三浦は水色のロングワンピースのハイウェストを纏っていた。
襟元だけ白いワンポイントが可愛らしい。
前もそうだが、三浦は何を着ても似合うと思う。
約束通り、手作り弁当は朝六時から起きて作った。
大きめのバッグに二人分入っている。水筒も忘れていない。
昼になり、山本は持参したシートを広げて海の見える木陰に寝転がった。
三浦は笑いながら、女の子座りしている。
「はい、これ!」
手作り弁当に山本もテンションが上がった。
「おぉ~美味そうだなぁ」
三浦も初めて男に弁当を作り、気に入ってもらえるか不安だった。
中には、唐揚げや卵焼き、ブロッコリーの塩茹でなどが入っている。
「これ食べる?」と自家製のぬか漬けも出した。
「マジっすか?食べる!」
一口食べて、山本は頷きながら美味い!を連発した。
三浦は男性の食べる姿を初めて好きになった。
(こんなに美味しそうに食べてくれるんだ…)
実際、山本は美味そうに食べる。
味見してる三浦まで、美味しそうに感じてしまった。
「あっ、デザートいる?」
「えっ…あるの?」
どーぞ、とミカンをキレイに剥いたのがタッパーに並んでいる。
三浦の手作り弁当を平らげた山本は、三浦をジッと眺めた。
「どうしたの?」
「膝枕してくれない?」
「えっ…」ドキッとしたが内心は嬉しかった。
「うん…いいよ」
座っている三浦の太ももにゴロンと寝転がり、静かに話した。
「いつもありがとうな」
「…うん」
「いつもしんどくてもさ、麻実の声を聞くだけで癒された」
下の名前で呼ばれて、三浦は泣きそうになった。
「待たせてごめん…今だから、はっきり言える。こんなオレだけど付き合ってくれますか?」
泣くのを必死でこらえてハンカチで拭いた。
「はい、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
三浦は山本の頬を優しく手で押さえた。
「やっと私だけの伸一さんね」
「独り占めですか?」
「もちろん、誰にも渡しません…」
「ははっ…誰も狙いませんよ。オレなんてさ…」
「あらっ…お忘れですか?林田さんを」
「ありゃあ本気じゃないよ。麻実こそモテるからなぁ」
「じゃあ、しっかり捕まえて離さないで下さいね…フフッ」
「はい、離しません」
山本が起き上がり、三浦の顔に近づいた。
無言で鼻先までお互いに寄り添い、軽く、そして何度も唇を重ねた。
リップの甘い味が広がった。
唇が離れても、すぐ触れてしまう距離のまま三浦はお願いをした。
「ねぇ、これからは麻実って呼んでね…」
「麻実は?」
「…伸一さんでいい?」
「なんでそれなの?」
同期にさん付けされるのは照れがある。
「憧れてたの。尊敬出来る恋人に《さん付け》するの」
「そうなんだ。そりゃ光栄です」
「変かな?」
「いいえ、いいと思いますよ~」
「愛してます、伸一さん…」
「私も愛してますよ、麻実…」
海には幾つかの船が行き来していた。
初秋の日差しは柔らかく、山本と三浦を包んでいた。
その二人を偶然、一人の女が見ていた。
無表情だが目には明らかな嫉妬が揺らいでいた。
翌週ー
狭山は、中川一二美と月一のパワーランチを取っていた。
「狭山さぁ、なんか東京日報がウロウロしてるってホントか?」
「あぁ、大した事ありませんよ。ヒアリング程度のもんですから…」
「ふぅーん…」
中川の昼は、必ず肉を食べる事にしている。
貧しい幼少時代の反動らしい。
「まぁ、変な事にはするなよ」
中川の重い一言が狭山の心を締め付けた。この頃の中川は、海外進出を画策していた。シンガポールに海外一号店を作る為、頻繁に出かけている。今後は東南アジアに十店舗を展開する予定らしい。
狭山は社に戻ると、天野を呼び出した。
「親分は知っていたよ」
「東京日報の件ですか?」
「あぁ、何としても解決しろとさ」
「わかりました」
鳥越はKFCとアールイーディーカードのカラクリを紙に書きながら、頭を巡らせていた。
守山の態度から、おそらく資金運用が運転資金に使われたのは間違いない、と判断していた。
しかし、状況証拠も今一つ決め手に欠けてる中では、これ以上の追求はムリだろうとも思っていた。
視点を変えて、アールイーディーカードから攻めてみるのもアリだが、おそらくスキームを描いたのは彼らだろうし、守山以上にガードは固いと考え、狩野に相談してみることにした。
「黒いのか?」
「おそらく…ですが表向きは完全なシロですね」
「ならば、資金運用の具体的な証拠を探してみてはどうだ?」
「と、いいますと?」
「契約通りならアールイーディーカードは、資金運用をしているはずだ。その履歴を追ってみては?」
「なるほど…それで運用の証が出たらどうしますか?」
「まぁ、それならこの話は終わりだな」
「揺さぶってみますか…」
「やってくれ」
山本は東京日報が次に何をしてくるか、机で朝から考えていた。
(表向きは問題ない…もし、オレが東京日報なら具体的な運用を知りたくなる…となれば…ここに来る可能性は高い…)
KFCからの資金は、一旦アールイーディーカードに入り、そのままケーリンミシンへの融資に充てている。
津崎へ内線をかけた。
「もしもし山本ですが…」
「おぅ、聞いてるぞ。厄介だな…」
「その事でお時間ありませんか?」
「ちょうど会議終わりだ。空いてるぞ」
「伺います」
津崎はアールイーディー本体の財務部畑を歩いてきた。銀行相手でも、折衝で負けた事が無いぐらいのスキルがある。
審査が厳しい外資系のバンクオブキャピタルズから、十億の資金を引っ張った時は「キラーバンク」と言われた。
本人はあまり気に入っていない。
「どうした?」
「東京日報の気持ちになって考えてみました。次は何をしてくるか、と…」
「オレなら資金運用の履歴を見るがな」
「そうなんです。表向きは整っていますが、中身は資金を流してるだけですから、そこを追求されると…」
「オレが詰められそうだな」
津崎はこんな時でも態度を崩さない。
片岡なら慌てて何も出来ないだろう。
「手はありますか?」
「ふむ、これを見てくれ」
津崎は一枚の書類を出した。
かなりの数字が羅列してあるが、一目では何を表しているのかわからない。
「これは?」
「ウチの資金運用実績だ…」
「これで証明出来るんですか?」
「KFCから預かった日と同日に、為替取引で五億の運用をしているだろう。その中に入れてる、と説明するしかないな」
確かに同日に記録がある。
「まぁ、マスコミだから通産省のような追求は出来ないだろう。これを出すのは最後の手段だが、その前に説得するのがベストだろうな」
津崎の準備に一安心した山本は、天野に報告した。
「山本さん、二番に電話です。東京日報の鳥越さんとか…」
赤城の呼びかけに、二人は顔を見合わせた。
「もしもし…山本ですが」
「初めまして、東京日報の鳥越と申します」少し声のトーンが高い。
「どういったご用件ですか?」
「ケーリンミシンと前払い割賦会社のKFCの事についてお聞きしたい事がありましてね…お時間を貰えませんか?」
「わかりました…」
約束の日時を確認して電話を置いた。
「いよいよ来ました」
天野は一応、狭山に報告する事にした。
結論は動向を見ておけ、と簡単なコメントだけだった。
三階にある応接室で、鳥越はテープレコーダーを忍ばせ準備していた。
そこへ天野と山本が入ってきた。
「初めまして、東京日報の鳥越と申します」立ち上がり名刺交換の儀式からスタートした。
「お電話で話した通り、ケーリンミシンとKFCの資金の流れを調査しております。資金運用された御社にもお聞きしたい事がありましてね…」
スマートな話し方に天野は、軽い笑顔を見せてタバコに火をつけた。
「何か問題でも?」
「情報が入りましてね…ケーリンミシンの運転資金にKFCの顧客預り金が流用された…と」
「どこからの情報ですか?」
「ソースは明かせません。これが本当なら大変な事になりますよ」
まずは一発、鳥越がブローをかけた。
天野は余裕の態度でタバコを吸っている。慌てたり動揺は見せられない。
「何かの間違いでしょう?前払い割賦会社のルールは私も存じております。そんな事はありませんよ」
「…そうですか?ケーリンミシンがサエキ縫製の破産手続きで、売掛が飛びましたよね~ あれで資金繰りに苦しくなって禁断の手に踏み切った…違いますか?」
「ははは…確かに売掛は飛びましたがね…守山社長から連絡があって、融資をしましたよ。それ自体なんでもない事です。KFCの預り金とは関係ありません」
天野は鳥越に「どうぞ」とコーヒーを勧めた。
鳥越は一口啜って静かに口を開いた。
「それって証明出来ますか?」
タバコを灰皿でもみ消した天野は、山本に資料の催促を促した。
「これですが…」
テーブルにKFCとの資金運用契約と、ケーリンミシンとの融資契約の書類が置かれた。
「お渡しは出来ません。メモもお控えください。あくまでこの場の確認としてご覧ください」
内容をつぶさに確認しながら見ても、問題が見当たらなかった。
(やっぱりかぁ…)
なんとなく予想していたが、資料を見る限り落ち度は見当たらなかった。
「守山には会われたのですね?」
「はい、同じ答えでしたね~」
「では、これ以上、お話しすることはありませんが…」
津崎は笑顔で鳥越をやんわり牽制した。
それは鳥越も感じた。
「まぁ、他を当たってみますよ…」
残ったコーヒーを一気に飲み込み、一礼して部屋を出た。
鳥越は帰路の間も、奥底に流れる疑惑を払拭できないでいた。
長年の記者の感とも言うべきなのだが、守山も天野も合わせたような答えに感じて、次の一手をどうすべきか悩んだ。
今の状態では記事には出来ない。
表上はおかしなところが見当たらない。
(あの電話はまた来る?)唯一の情報源に頼ってみる事にした。
「シロか…」
狩野は特製弁当を食べながら、鳥越の報告を吟味していた。
「どちらも、おかしなところはないのですが…」
「電話はその後は?」
「ありません…呼びかけてみようか、と思っています」
「どうやって?」
「行方不明者の捜索欄の一部を使うんです。もしかしてら、リーク者が目にするかも知れません」
「なるほどな。まぁ、それほど経費もかからないしな…やってみろ」
鳥越は新聞に載せる文を書き上げた。
《鳥越さんが貴方を探しています。行方の真実をお願いします》
(これで気がつくかな…?)
その男は東京日報の記事を見ていた。
(予想通りだな…乗り切ったか…)
男は封筒を取り出して、郵便局に向かった。外は小雨がパラついていた。
「局長!来ました」
鳥越は届いた封筒を手に、ノックも無しに部屋に飛び込んだ。
デスクで老眼鏡をかけながら、書類に目を通していたところだった。
「来たのか?」
「はい、これです…」鳥越は一本のカセットテープを差し出した。
「なんだい、このテープは?」
「ケーリンミシンの守山社長とアールイーディーカードの社員がやり取りしている会話ですよ」
「なんだって!?」
狩野は思わぬ収穫に立ち上がった。
用意したカセットデッキにテープをセットした鳥越の顔は意気揚々としていた。
再生すると、会話の途中から録音したようである。守山の声が聞こえてきた。
「それしか方法が無いのか…」
続いて若い男の声が聞こえた。アールイーディーカードの山本だ。
「苦しいですが、それしか方法がありません。色々考えましたが…」
「…KFCの資金を…大丈夫なのかね?」
「今は月末の手形決済に間に合うよう、ウチの経営陣が手続きをしています。我々としても御社を潰すわけにはいきません!全力でサポートさせて貰います」
「…ありがとう、だがその後が…」
スピーカーからガチャガチャと雑音が入り、そこで録音が終わった。
かすかに足音が入っていたから、誰か近づいたので慌てて録音を止めたのだろう。
「どうですか?」
狩野は難しい顔をした。
「インパクトに欠けるなぁ…ハッキリと預り金を運転資金に使うようなセリフが入っていないしな…」
「しかし、記事には疑惑で載せる事は可能でしょう…」
「う~ん…これを守山にブツけたらどう出ると思う?」
「たぶん、守山もアールイーディーカードも局長と同じ事を言われると思います。ですが…」
鳥越の顔に失望感は無い。
「通産省が動くと思います」
狩野は冷めたコーヒーを啜りながら、鳥越のスキームを聞いた。
「続けたまえ…」
「通産省に大学の同期がいます。そいつにコレを聞かせて査察させるんです。そして、クロと判明したら…」
「ウチがスッパ抜くのか?」
「はい、ウチは判明した事実を書くだけですから名誉毀損で訴えられる事もありません」
「ふむ、どちらに転んでも傷みは無いわけだな?」
狩野は鳥越を見据えて指示を出した。
「よし、やってみろ!責任はオレが取ってやるからな」
親分肌の狩野は鳥越の肩を叩いた。
「はい!ありがとうございます」
霞ヶ関のビル街は、いつも黒とか紺のスーツがウヨウヨとしていて、鳥越は来る度に嫌気がさしていた。
記者だから、という訳でも無いがスーツの上着に慣れなくて入社式以来袖を通していない。
それでもラフなジャケットは、最低のマナーとして羽織っていた。
通産省ビルの近くにある喫茶店で、呼び出した高山俊介も多分に漏れず、紺のスーツにストライプのネクタイといういでたちだった。
「久しぶりだなぁ」
同じ慶応卒の高山とは、互いに情報交換を続いている。
東大卒の連中が出世する公務員の世界では、高山も冷や飯喰いの一人とも言えた。
「相変わらず、制服みたいなスーツはなんとかならんのか?」
鳥越の皮肉も笑って返す高山だった。
「お前みたいなお気楽とは違うんだよ」
「バカ言え…記者は夜討ち朝駆けが基本なんだよ。スーツなんて着てられるかよ」大抵、会うとこの会話から始まる。
「で、なんだよ?」
コーヒーを注文して、タバコに火をつけた。
「これ…どう思う?」
鳥越は纏めたファイルを差し出した。
初めは笑っていた高山も、徐々に眉をひそめた表情に変わった。
「おい…これホントか?」
「正直、決めてに欠けるんだが…」
ウォークマンを取り出して、高山にイヤホンを渡した。
黙って聞いている高山の顔は険しさに溢れた。
「こりゃ…エライコトだぞ!どこから手に入れたんだ?」
「それは秘密というコトで…問題はこのテープでケーリンミシンとアールイーディーカードを突つけるか?ってことだ」
高山はタバコの煙を天井に向かって勢いよく吐き出した。
「上とも相談しなきゃだが、疑いが出た以上、監査は必要になるだろうな…」
「もし、クロの場合は…」
鳥越はニヤッと笑った。
「わかってるよ。お前んとこだけに教えるんだろ?」
「よろしくな…」
「最近、東大卒の奴らが派閥効かせてウルセェから、これで鼻を明かしてやるさ」
鳥越はレモンティーを啜った。
「大変だねぇ…公務員も。派閥争いするぐらいなら、もう少し国民の声を聞いてほしいもんだな」
「バカ言うな!俺たちの苦労がどんなもんか知らないお前じゃないだろう。敵はそこいらにたくさんいるんだぞ~ 大蔵は態度デカいし、財務省や外務省なんて気位ばっか高くて使えないしな。時に外圧とも戦わなきゃならんし…」
高山はいつもの愚痴をこぼし始めた。
「前払い式割賦制度は、お前たちが唯一大蔵に対抗出来る試金石だったが、不正のオンパレードで評価下げたしな」
鳥越も皮肉で返した。
「痛いコト言うなよ…またコレで言われるかもな…だが、見過ごすわけにはいかんからな。俺の手柄にして上司に恩を売っておくさ…」
「進展があったら連絡くれよ」
鳥越は残りのレモンティーを飲み干した。高山もそれに続いた。
「わかった。明後日までには連絡する」
鳥越と別れて、高山は上司である課長の尾長に全て報告した。
名は課長でも、クレジットを統括する省庁ゆえ、その気になれば上場企業の社長を呼び出す事の出来るポジションだ。
五十を迎えた白髪の頭に、シワが顔のアチコチに存在する。もう上に行けても知れてるが、省を支えるプライドは色褪せていない。
「おいおい…こんな情報どうしたんだ?」
「知り合いのブン屋からです。テープもあります。どうしますか?」
尾長は腕組みを始めて無言になった。
「監査する動機にはなると思いますが」
「お前、ウチに来て何年になる?」
「はっ?十年ですが…」
尾長は大きく息を吸った。
「この前払い式割賦制度が始まった頃、預り金の扱いで、随分と大蔵からイヤミを言われたもんだ…預金管理出来るのか?とな。その後に会社の資金に回されたり、横領があったりして、かなり俺たちは辛辣な思いをさせられたんだ」
「…話には聞いてます」
「免許制にしてから、この手の話はパッタリと消えた。だが、ここに来て出るとはな…」
「課長!やりましょうよ。不正を正すしかないでしょう」
「上とも話してくる。どうせ、クロだとわかったら、そのブン屋に流すんだろう?」
尾長は高山を軽く見た。
「それが条件です…」
「わかった」
尾長は省内で検討すべく、相談するために部屋を出て行った。
翌日ー
高山は朝からデスクに根が生えたように座っていた。
尾長は早朝から事務次官と詰めている。
コーヒーサーバーに手をかけた時に、ドアが開いた。
尾長が歩きながら高山を呼んだ。
「やるぞ!」
「わかりました!」
「ターゲットはアールイーディーカードとケーリンミシンだ。一週間後に同時監査を行う!」
高山は尾長の号令の下に、チーム編成にかかろうとした。
山本は、付き合う事になった三浦と表参道を歩いていた。
先程から香水の匂いが山本の鼻を刺激していた。
「あのさ、香水つけてる?」
「えっ、うん…ちょっとだけ髪の毛につけてみたの…イヤ?」
「いい匂いがするから…身体じゃなく髪につけるんだ…」
「最近の流行りなのよ…」
長い髪が揺れる度に、三浦の女らしさを強調するように香水が漂う。
「それってどこの?」
「ランコム、知ってる?」
いくら、ブランドオンチの山本でも知ってるメーカーだ。
「ねぇ…腕組んでもいい?」
クビを傾げる仕草が可愛い。
「どうぞ」
左腕に三浦はピッタリと寄り添った。
「会社の人に見つかったらどうする?」
「構わんよ…オレは気にしないよ」
三浦はフフッと笑って、予約していたレストランに入った。
「乾杯」
ワイングラスの音が響く。
「今週ね…伸一さんの家に行ってもいいかな?」
「泊まる?」
「うん…」三浦は照れながら頷いた。
「部屋をキレイにしておかないと!」
山本は鼻を啜った。
「あら、散らかってるなら掃除するわ」
「いやいや!女性には見せられませんよ、ヤバイモノは隠しておかないと…」
「あーっ、そうなのね~ 伸一さんの部屋には何があるのかなぁ…」
「麻美は知らなくていいの」
二人の会話は弾んだ。三浦は山本との付き合いに今までに無い幸せを感じていた。不思議な安心感がある。
「ところで、ケーリンミシンの件は大丈夫なの?」
不意に三浦は気になっていた事を切り出した。
「ああっ、今のところはね。あの記者も音沙汰ないから諦めたと思うよ」
「社長がボソッと言ってたんだけど、あの鳥越って記者はシツコイらしわ。なんか知ってるみたい…」
「へぇ、社長がねぇ…」
やはり社長秘書ともなると、普段の品の良さが滲み出ていた。
淡いクリームのブラウスに、黄色のスカートが清楚な感じを演出している。
周りの男連中もチラチラ見ていた。
「麻美さ、ホントにオレでいいのか?」
「なんでそんな事聞くの?」
山本はこれだけの美人が、自分に惚れた理由が未だにわからずにいた。
確かに仕事振りは見ていても、もっとカッコいい二枚目がいるだろう、と内心では思う。
「大したいい男でも無いしさ…なんでかなぁ~って…」
「あら、私にはカッコいい男性よ。林田さんの言葉じゃないけど、芯があってカッコつけないところが伸一さんの魅力なの…あと頭の回転が凄くいいわ」
「他人からそんな風に見られてるんだ」
「案外、自分が一番わからないのかもね。私も前に付き合った男性は、外見はいいんだけど、中身がダメな人で…まだ見る目が無かったのね」
「意外だね…麻美はもっといい恋をしてると思ってたよ」
「フフッ、やっぱり外見じゃわからないわね!」
「そうですねぇ、お嬢様!」
楽しく食事を済ませた二人は、レストランを出て家路についた。
翌週ー
狭山の元に電話がかかってきた。
「なんだ?」
三浦は取り次ぎ相手を告げた。
「通産省の尾長様からです」
「つないでくれ」
切り替わると、久しぶりの声が飛んできた。
「ご無沙汰です。尾長ですが…」
「こちらこそ。お久しぶりですなぁ~ 今日はどうされました?」
「実はですね…」
天野は、美田園と片岡の三人でペーパーカンパニーの不良債権を吟味していた。
そこに下りてきた狭山が割り込んだ。
「ちょっと…」
時々、狭山は経営企画室に顔を出すから珍しくは無いが、顔色が明らかに良くなかった。
「ヤバいぞ。通産省の監査だ…」
「えっ!? 」
狭山の言葉に誰もが固まった。
「なんでですか?」
片岡が恐る恐る狭山に尋ねた。
「例のKFCの件だ…」
「通産省にバレたのですか?」
天野の顔に不安がよぎる。
「疑いがある、という事で調べたいとの事だ」
「なぜ通産省にまで…あっ、あの記者でしょうか?」
「可能性はある。だが拒否するわけにもいかんからな…了解した、と伝えた」
「いつですか?」
「明後日だ」
東京運送から戻った山本は、片岡に呼び出され事の経緯を聞かされた。
「通産省…ですか」
「あの件はお前と天野さんがメインで動いた案件だからな…お前が対応しろ」
冷たく話す態度に睨みつけたくなるが、そんな事をしても意味はない。返事もせずに社長室に向かった。
狭山と天野は、待ちかねたように山本を迎えた。
「伸ちゃん!聞いたか?」
「はい…通産省の監査ですね」
天野が腹の底から声を出した。
「こうなったのは伸ちゃんのせいではない!責任はオレが取ればいいから、気にするなよ」
「ありがとうございます。ですが、考えたのは私ですし、通産省の監査にも立合う必要がありますから…」
「それは頼むが、若手の社員に責任を取らせたら、オレのいる意味はない!確かに禁断の手段かもしれんが、整備はしてるんだ。正々堂々と当たればいい」
「はい…」
狭山が山本の顔色に気づいた。
「どうしたの?腑に落ちない顔つきだ」
「なんで通産省はここまで嗅ぎつけたのか…ずっと気になってます」
「それは例の記者だろう?」
「そうなんですが…守山社長の話では、アイッシャーミシンが、ケーリンミシンが無くなると言いふらしてるとか…なんでそんな事をするのか?タイミングとして繋がっている気がするんです」
天野がふと守山との話を思い出した。
「そう言えば…確かに」
狭山が二人に命じた。
「その件は後だ!今は通産省に全力を尽くしてくれ!」
「はい」
監査当日ー
高山は数人を引き連れて、天野の元にやって来た。
応接室で天野と山本は、丁重に出迎えた。
「既にお電話で話していますが、ケーリンミシンの運転資金にKFCの預かり金が使われた、という情報が入りました。我々としても、それが事実なら大問題と考えています。一応調べさせてもらいますから、そのつもりで…」
高山の言葉には天野が返した。
「もちろん、そんな事実はありません。必要な資料はここにありますから、どうぞ納得のいくまで調べて下さい」
「もし、事実が発覚した場合はケーリンミシンは半年の営業停止、KFCは免許剥奪、御社は二ヵ月の営業停止処分となります。よろしいですね?」
高山は、かなりの高圧的な口調で天野を見据えた。他の連中も睨みを効かしている。まるで憲兵隊のような雰囲気だ。
「どうぞ…」
「では順に資料を出して下さい」
「はい。では…」
山本はわかりやすく資料を提示し、補足説明を加えた。
一連の流れと説明を受けた高山は、いよいよヒアリングを始めた。
一方、ケーリンミシンの社長室にも通産省の連中がドカドカと上り込んだ。
守山が一人で対応しているが、明らかに慣れない雰囲気に呑まれていた。
「守山社長!資料を出して下さい」
高山より二つ下の坂口が、厳しい口調で威圧した。
「…はい。こちらです」
ファイルを手にした坂口は、追加で守山に伝えた。
「社長はこれから一切の電話に出ないようにお願いします。緊急の場合は、ここで電話を受けて下さい」
明らかに山本達とのやりとりを分断する意図だった。
「山本さん、内容はわかりました。ですが気になる点がありますね」
高山はジッと見つめた。
「何でしょうか?」
「なぜ同時期なんですかね?今までKFCは投資運用はしていなかった…なのにこの時期に始めたのですか?」
「今までは利息分をケーリンミシンの値引きで負担する形でしたが、今後の事も見据えて、KFCでも金利分を稼ぐことでケーリンミシンの負担を軽くするのが狙いですが…」
「でもケーリンミシンの融資時期と一致しますかねぇ?」
「それはたまたまです。サエキ縫製の売掛が飛ぶなんて予想出来ませんでしたから、仕方のない事ですよ」
「確かに御社の財務部の資料からも、運用に回されているようですが…」
天野が少しだけ眉をひそめた。
「これ以上の資料はありませんし、山本の言う通りタイミングが重なっただけですよ」
「では、これを聞いてもらいましょうか。その上でご説明願いたい」
高山は用意していたカセットデッキを取り出して、テーブルの上に静かに置いた。天野も山本も訳がわからなかった。
「いきますよ」再生ボタンを押すと会話が聞こえてきた。
守山と山本の声だ。
「…KFCの資金を…大丈夫なのかね?」
「今は月末の手形決済に間に合うよう、ウチの経営陣が手続きをしています。我々としても御社を潰すわけにはいきません!全力でサポートさせて貰います」
「…ありがとう、だがその後が…」
そこで停止した。
山本は目を開いたままだ。天野は微動だにしなかった。
高山はワザと転用を前提に話した。
「これは完全に預かり金を運転資金に転用する会話ですよね。もし、ケーリンミシンの運転資金だけが問題なら、KFCは出てこないはずですよね?説明して下さいよ、天野室長!」
山本は震えた。態度に出してはマズイのだが、止まらなかった。まさか録音テープまで用意しているとは想定外だ。
「それは証拠になりませんよ」
天野が落ち着きはらった言葉で返した。
「はっ?どうしてですが?」
「先ほどからお話ししているように、ケーリンミシンへの融資と、KFCの資金運用が同時期だったため、会話が混じっていますが、あくまで守山社長は預かり金の運用を心配しているに過ぎません。そちらは期間にも余裕がありました。しかし、ケーリンミシンの融資は急務でしたから、そのような会話になっただけでしょう?」
高山も負けていなかった。
「元本保証の契約なら心配する必要がないでしょう!この会話は禁じ手を心配しているから出たものじゃないですか?」
「確かに元本保証ですから、心配する事はないかも知れませんが、何分にも初めての事ですからね。もし、解約とかで一気に資金が口座から無くなる可能性も否定は出来ませんから」
明らかに天野の言葉に高山は押された。
正しいのは高山なのだが、黒を白と平然と言ってのける天野のオーラに支配されていた。
山本も身体の震えが落ち着いてきた。
「そんな大量の解約なんてありえないてましょう?」
天野はコーヒーを飲んで、静かに口を開いた。
「こんな事を話すのは申し訳ありませんが、高山さんは通産省の運転資金の心配をした事がありますか?」
「はい?何をおっしゃってるんですか」
「無いですよね…貴方達の給料も机を買う金も全て税金ですからね。でも、我々民間企業は違うんですよ。明日資金が回らなくなる事は、現実にあるんですよ。最悪の景気の中では、売掛が飛んだり、銀行が融資を引き上げたり、そんな話がゴロゴロあります。明日にでも潰れることは珍しくない話です。経営者って、資金が余るぐらいでやっと、安心するんですよ。社長は毎日、お金の心配をする生き物なんです」
高山は天野の言葉に黙り出した。
「確率論から言えば、高山さんの言われる通りです。一気に大量の解約なんて無いでしょう…でも、最近ケーリンミシンのライバル会社が活発化していましてね。ケーリンミシンの得意先にも、営業に力を入れてます。そんな中で安心なんて言葉は出ないもんですよ」
「しかし…この会話は、明らかに」
その時、山本が口を挟んだ。
「高山さん。天野の言う通り、会話が混ざりましたが、いっときでも預かり金がKFCの口座から離れるのは誰でも不安になるものです」
「では、なぜKFCへの返金がこんなに早いのですか?」
「それは運用に目処がついたからですよ」財務の津崎の助言で、預かり金に一パーセントの百万円を加えて返している。
「投資に期限なんてありません。利益が出たらストップする、あまり欲をかくと損しますからね」
高山は封じ込められた。確かに抜け道がある会話なのだ。完全とは言えない。
ホントは高山の想像通りだ。だが、書類も時期も会話も確定に欠けている。表向きは全てシロなのだ。
テープで動揺させて、一気に攻める考えは天野に粉砕された。
(高山さん…引き上げましょう。これ以上はムリです)若手のホープである横山が耳打ちしてきた。
(チッ!)内心で舌打ちをした高山だったが横山の言う通りこれ以上の追求は無駄と判断して引き上げる事にした。
守山もなんとか監査をくぐり抜けた。
事前に天野と打ち合わせした事を叩き込んだおかげであった。
高山は一つミスをおかした。テープは守山に聞かせれば、明らかになったのだ。
守山もテープの存在は知らなかったので天野のような切り返しは出来なかった。
狭山に報告した後、天野は山本を呼び出した。
「危なかったな…」
「すいませんでした。テープで動揺してしまいました」
「うん、どんな状況でも態度に出たら負けだ。それを学んだな…」
天野がいなければ、高山の思うツボにハマっていた…それを実感した。
「あのテープで分かった事があるな?」
「はい、リークはケーリンミシン内部の人間ですね」
「守山さんを呼んでくれ」
同時刻ー
ケーリンミシンで一人の男が、デスクに退職願を出したままいなくなった。
「そうですか…やはり御社の社員でしたか…」
天野は残念そうな口調で確認した。
守山は落ち込みながら、大きなため息を吐いた。
「おそらく、営業部の笠原がリーク元だと思います…」
山本も無言になった。
「なぜ彼はわざわざ不利になる事をしたのでしょうか?」
「私にもわかりません…」
出されたコーヒーも温くなっていた。
「どんな経歴なんですか?」
「あぁ…これが履歴書ですよ」
カバンから履歴書をテーブルに置いた。
三十二歳の好青年の顔だ。
前職は中野布地株式会社とある。
「この会社はどんな会社なんですか?」
「いやぁ…正直言って西東京にある小さな規模の会社です。取引も無いので詳細はわかりませんけど、布地に関してよく知ってるから、営業に活かせるだろうと踏んで採用しました」
「なるほど…」
やっと山本が口を開いた。
「これで終わりですかね?」
「新たな証拠でも出てこない限り、もう無いだろうなぁ」
天野が落ち着きはらった態度で返した。
「じゃあ、これからは気持ちも新しくスタートですね」
天野は守山を励まして返した。
高山と鳥越は不発に終わった監査に言葉を失っていた。
「ダメかぁ…」
鳥越はタバコを三本も灰にしていた。
「すまん…追求しきれなかった。あのテープもかわされたよ」
「やっぱりインパクトに欠けたよな…」
「天野のかわし方が上手くてな…ベテランなりの態度に気圧されてしまった」
「まぁ、仕方ないか…元々飛び込んできたような話だったからなぁ」
高山と鳥越は、この件に見切りをつけて喫茶店で別れた。
土曜日ー
三浦は約束通りに山本の部屋を訪れた。
外とは違い、部屋で会うのは緊張感がある。三浦は水色のブラウスに、白のミニスカート姿で清楚さを演出していた。
「大変だったね…身体は大丈夫?」
次々に起こる問題が山本に降りかかり、本気で心配していた。
「いやぁ…流石に今回はビビったよ。天野さんがフォローしてくれたから助かったけどさ、いなかったら白状していただろうなぁ」
「室長に感謝しなきゃだね」
「あぁ…まだまだ勉強ですね」
「ふふっ…ところで部屋は片付けたのかしら?」
三浦は改めて部屋を見回した。
「頑張りましたよ~ 秘書様ですから粗相をしたら社長に告げ口されますからねぇ!」
「そのようですねぇ…ふふふっ」
「あっ…今日って何時に家に帰るの?」
「…うん、あのね…」
三浦は恥ずかしそうに山本を見つめた。
「泊まったら迷惑?」
「えっ…いや、いいけど大丈夫なの?」
「お母さんには言ってきたから…」
「だから、バッグが大きめなのね…」
「へへっ…バレた?」
夜に山本は三浦の手作り飯を堪能した。
弁当の時もそうだが、三浦は料理も好きなようで、作るときのエプロン姿も可愛いらしく感じた。
シャワーを交互に浴びて、持参したパジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。
腕枕に頭を預け、山本を見上げた。
スッピンの顔もあまり変わらない。
「やっと伸一さんに近づけたかな?」
「そうかもな…麻美」
二人は合わせたようにキスを重ねた。
最初は唇に触れてから、お互いの唇を軽く噛むように感触を確かめた。柔らかく少し厚めの下唇がたまらない。山本は三浦の唇をガッツリと吸いながら、舌を中に入れた。
「ん…んん…ん」
軽く出る喘ぎが欲情をそそった。
山本の舌が三浦の口内を走り回った。
何もかもが柔らかく、男にない感触が肉棒を熱くした。
「ん…んふ…んんん…」
山本の唇は、三浦の首すじに移動し舌を這わせると可愛い喘ぎが聞こえた。
「や…はぁぁっ…あん」
三浦の腕は山本の頭を掴んでいる。
パジャマのボタンを外し、中に手を浸入させると弾力のある柔らかい乳房が待っていた。
少し荒めに揉むと三浦の身体がしなった。
「はあっ!あん…あっ…ん」
ボタンを下まで外し、上着を開き白い肌を露わにした。
社内で一番人気の女性が裸で目の前に横たわっている。
その姿は神々しくさえあった。
乳房に吸い付き、乳首を転がした。
「あぁ…あっあっ…あっ!はあっ…」
たぶんCカップと思うが、手の収まりにちょうど良い左の乳房を揉み乳首をコリコリと弄んだ。
「や!あっあっ…ん…はあっ…ああっ!」
感度も良い。
「麻美…乳首が固くなってる…」
「はあっ!いや…言わないで…ああっ」
今度は左右の乳首を指でつまんで、耳の中に舌を入れた。
「はぁぁっ!だめぇ!ああっ…ああっ!伸一さん!それ…ああっ!だめぇ…」
薄い茶色の乳首は愛撫に反応している。
乳首への攻撃を続けながら、ヘソから下腹部に舌を這わせる。その度に三浦の身体はしなった。
「はあっ…ん…ああっ!す…ごい…」
パジャマの下を脱がした。
淡い黄色のパンティが、とても可愛いかった。
「可愛い下着だなぁ…」
「はあっ…恥ずかしい…ああっ」
キスをしながら、パンティの中に指を滑りこませた。
三浦はビクッとしていた。
恥毛が少なくスッと、三浦の陰部に突入出来た。
「んん!ん…んぅ…んんん!」
キスで喘ぎが邪魔されるが、それが感度を高めた。山本の指が陰部に触れるだけで、身体に快感が襲う。
もう溢れるくらいの愛液が漏れていた。
「麻美…洪水だぞ…パンティも濡れてる」
「いやぁ…ああっ…ああっ…あうっ!」
クリを見つけるために指で、愛液だらけの小陰唇沿い這わせて、固いクリを触ると何度もビクッとした。だが、山本に身体を押さえられて自由が効かない。
「はあっ!あっあっ…それ!あっあっ…伸一さぁん…あうっ!あっ…あん」
クリは山本の指に遊ばれた。転がされ、弾かれ、それを繰り返すだけで三浦の全身は快感に支配された。
「いやぁ!あっあっあっ…だめぇ!いく…だめぇ!あっあっあっあっ…いくいくー…いっちゃうぅぅ…」
呆気ないほどに果てた三浦は、ハァハァと息をしながら脱力していた。
「もういったんだ…」
「ハァハァ…こんな…はじめて…」
(あんまり、いいセックスしてないのかな?)そんな事を感じた山本は、三浦を喜ばせるセックスに没頭した。
足を広げて股間を眺めた。
三浦の一番恥ずかしい陰部が現れた。
ここの恥毛も少ない。
迷わず顔を埋めクンニを始めた。
クチャクチャと音を立てると、三浦の反応はさらに増した。
「あぁぁぁっ!し…伸一さぁん…恥ずか…しい!あっあっあっあっ…あん!」
それでも止める事なく、三浦のクリを舌先で舐めた。驚いたのは、ほとんど愛液特有の匂いが無かったことだ。
「いやぁ!いやぁ…はぁっ…あぁぁぁっ…すごい!あん…ああっ…ん」
三浦の手が山本の髪の毛をグチャグチャにした。
舐めながら中に指を入れてみた。その反応もすぐに出た。
「ああっ!あん!あっ…くる!きちゃう!はぁっ…ああっ!あっあっあん」
中も液で満たされており、山本の愛撫を歓迎しているようだった。
指でGスポットを刺激する。
「ああっ!だめぇ!それだめぇ!ああっ…伸一さぁん!はぁっ…ああっ!」
止めるはずもない攻撃に三浦の身体は素直に反応していた。
「ああっ!出ちゃう…ああっ…出ちゃう!おねがい!だめぇ…出ちゃう!」
ピュッピュッと潮が山本の口内に出た。
それを迷わずそのまま飲んだ。
「ああっ…あ…あ…」果てと違う感覚に三浦は初めてらしく戸惑っていた。
「ばかぁ…漏らしちゃった…」
「ははっ…大丈夫だよ…オシッコじゃないから」
「えっ…違うの?でも…」
「いわゆる潮が出たの。知ってる?」
三浦は知らないと首を振った。
説明すると、三浦の顔が真っ赤になった。どうやら初めての経験らしい。
「じゃあ、罰としてこうだ!」
山本は三浦の身体を四つん這いにさせた。
「ええっ?だって伸一さんが…」
「黙っていなさい…」
猫のしなりのようなラインが、たまらなく欲情を駆り立てる。
「お尻の穴まで見えてるよ…」
「いやぁ!いじわる…」
そこに吸い付き、恒例のように舌を這わせると三浦の声が出てくる。
「ああっ…だめぇ!あん!あっあっあっ…そんなぁ…あっあっ!きたないわ」
「大丈夫だよ…麻美に汚いとこは無いから…」
アナルを刺激しながら、指で膣内をグリグリとかきまわす。もう三浦の身体は山本のいいなりだった。
「いやぁ!あっあっ…だめぇ!はぁぁっ…だめぇ」
何度もグリグリとまわし、親指でクリを触る。今の三浦はアナルとクリと膣内の三ヶ所を同時に攻められていた。
「ああっ!あんあん…あぁぁぁっ!」
身体がビクビクする。
「いく!いくいく…いっちゃうぅぅ…」
過度にならず、一定のリズムを続けると三浦の果てはすぐにやってきた。
「いく…あっ…」
身体がバタッとベッドに倒れる。
横たわった三浦の身体はなんと色っぽいことか。これを自分だけが見ることの出来る特権に酔いしれた。
ハァハァと息を繰り返す三浦は、軽く山本を睨んだ。
「もう…すごいイジワルなのね…伸一さんて…卑怯だわ」
「じゃあ、今度は麻美の番だよ」
麻美の前に、仁王立ちした山本の肉棒が
反り返りながら汁を滲ませていた。
麻美はその前に女の子座りをしながら、山本の肉棒を触った。
グッと山本を見上げると口を開いた。
「慣れてないから、うまくできないの…ごめんなさい」
「オレのこと愛してるか?」三浦は無言で頷いた。
「なら、その気持ちが大事なんだよ…一生懸命な気持ちがあれば、オレも感じるから…やり方は教えるよ」
コクンと頷き、三浦は舌先で肉棒の先を舐めた。汁が三浦の舌先について糸を引いている。何度も舐めて、それから口に咥えた。
ゆっくりと顔を前後に動かす。確かにテクは無いが、愛が伝わるフェラだった。
「歯を当てないで、唇で包むようにしてごらん…あと、唾液を貯めるんだ…こぼれてもいいから…」
山本に言われた通りにした。
ジュルジュルと音が聞こえてきた。
三浦は気持ちを込めて、肉棒を咥え続けた。勝手に自分だけ果ててしまい、三浦の事を考えない男達に比べて、愛のあるセックスを感じたから少しでも気持ち良くなってほしいとの思いからだ。
「んん…んふっ…ん」
頭を撫でると、三浦は目を開けて山本を見上げた。
(気持ちいい?…)そんな目だった。
「ん…ん…はぁっ…」
三浦の唾液と汁を纏った肉棒は、さらに固さを増して欲しがっていた。
「じゃあ、ご褒美だ…」
枕の下にあるゴムを取り出して、サッと装着し三浦の足を開いた。
「いくよ…」
「…うん」
三浦も待てなかった。
ググッと山本の腰が三浦の身体に密着する。奥まで入ったところで止めた。
「はぁぁぁっ!あうっ…はぁっ…ん…あぁっ…す…ごい!だめ…おく…あぁっ」
止めてるだけだが、三浦の身体に初めて感じた快感に眉を寄せた。
「あぁっ!伸一さぁん…それ、だめ…あっあっあん…」
ゆっくりと腰を動かした。
奥で止めて、また動かす。この動きに合わせて快感が三浦を襲った。
「はぁぁぁっ!あっ…なに?はじめて!
あん…あぁっ…あっあっあっ」
そこから動きを小刻みにリズム良く動かした。
「あぁっ!あっあっあっあっあっ…だめ…伸一さぁん!お、おかしくなる」
三浦は手の甲を口に当てて、快感と闘っていた。
「ほら、麻美!いいのか?」
「は、はい…あぁっ!すごい!はぁっ」
山本はワザと肉棒を、入り口側で動きを止めた。三浦はわからず(?)目を開けて山本を見た。
その瞬間に一気に奥まで突き上げた。
「はぁぁぁっ!あぁっ!だめぇ…ひ、卑怯よ…あぁっ…あぁっ」
「麻美…オレを見るんだ」
山本の命令に従うように、三浦は必死に目を開けてジッと見た。しかし、ガンガンと襲う快感に目を閉じそうになる。
「ほら、いいのか?」
口を一文字に結んで、ひたすら頷く。
「抜く?」
今度は左右に振った。
「じゃあ、おねだりしてごらん…」
(なんて、イジワルなんだろう)三浦はそんな思いを抱えつつ、山本のイジワルに従った。
「伸一さん…も、もっとしてぇ!」
パンパンパンと打ち付ける音が響く。
三浦は身体を仰け反りながら、山本の腕を掴んで快感を受け止めた。喜ばせてくれるセックスが、こんなにも気持ち良い事を初めて知った三浦は一層の愛を深めた。キスをせがむと山本の舌が三浦の口内で暴れた。
「んん…んふ…あぁっ…ん!ん!」
「今度はね…」
山本は三浦の身体を、四つん這いにしてバックから入れた。
「あぁっ!あっあっあっ…はぁっ!」
三浦のお尻を掴んで腰を強めに打つ。
「はぁぁぁっ!し、伸一さぁん!あぁっ…いじわるぅ…あぁっ!あっあっ」
両腕を引き寄せて、自由を奪うと三浦の声が大きくなった。
「あぁっ!あんあん…はぁっ…おく!奥まで…くっ…あぁっ!あっあっあっ…」
これからの山本は容赦無く攻めた。
パァンパァンパァン、とお尻に当たる山本の腰つきに絶頂を迎えた。
「あぁっ…いく!いく!いく!だめぇ!
あぁっ…あぁっ!いっちゃうぅぅ…」
細い二本の腕に支えられた身体から力が抜けると、ガクッとうな垂れた。
正常位に戻して、弾力があり、締め付けの強い膣内にまた突入させた。
「あぁっ…だめ…おかしくなる…ねぇ…伸一さぁん…」
「それでいいんだ…麻美…」
「いいの?…アタシ初めて…こんなの」
「ははっ…愛してるよ、麻美…」
三浦は涙を流した。愛する人とのセックスが、こんなにも嬉しいものと感じた。
山本の頭を引き寄せて、力いっぱい抱きしめた。
耳を噛んで囁いた。
「もう、絶対離さないわ…誰にも渡さない…私だけの伸一さん…」
男として、女にこんな言葉を言わせるのは冥利につきる。
「俺もだ…いくぞ!」
細く頼りない身体を、折れるぐらい抱きしめて、何度も腰を動かした。
「あぁっ!あっあっ…私だけ!あぁっ…愛してるわ!あぁっ!いく…いく…いっちゃうわ…いっちゃうぅぅ!」
「おおぅっ…いくぞ、麻美!胸に出すぞぉ」山本は肉棒を抜いて、三浦の胸の谷間に白濁液を飛ばした。
熱い液をかけられた麻美は、感じてくれた証を喜んだ。
「あぁっ…すごい…いっぱい…」
事実、山本も驚く量が放たれた。
(出過ぎだろ…)
三浦は指先で精子を触った。濃くて粘り気のある液に男を感じた。
身体は快感の余韻に支配されている。
山本は汗だくで三浦の横に倒れた。
「はぁっ…気持ち良かったよ」
ティッシュで精子を拭き取り、三浦は山本に寄り添った。
「こんなの初めて…ありがとう…」
翌週ー
美田園は新宿の喫茶店で、男と対面していた。
「美田園さん、困りますよ…通産省監査を潜り抜けたそうじゃないですか?」
オムライスをがっつく美田園は、恒例のごとく水で流し込んだ。
「オレも予想外なんだよ…天野が抑え込むとはなぁ」
男は構わずタバコを吸いだした。
「ウチのコレもヤキモキしてるんですよ、貴方に袖の下も渡してますからね。なんとかしてもらわないと…」
「わかってるよ…」
そうは言ったものの、美田園に次の案が浮かばなかった。
「次からは成功報酬ということで…」
そう言って、男はタバコをもみ消してサッサと出て行ってしまった。
美田園は残った伝票を見ながら舌打ちを繰り返した。
笠原勉が何故テープに録音したのか、その意図を探るため山本は西東京にある中野布地を訪ねた。
吉祥寺駅で降りて、そこからバスで二十分ぐらいの所に建物があった。
事務所を覗くと、二人のオバちゃんがそろばんを弾いていた。
「あのー…」
「あら、いらっしゃいませ…」
「お聞きしたいことがありまして…」
女の制服には手越と書いてあった。
「何ですか?」
手越は突然の来客に、怪訝な顔をした。
「こちらに笠原勉さんという方が勤めていた、と聞きまして」
「笠原?貴方はどちらさん?」
「あっ、失礼しました。私、アールイーディーカードの山本と言います」
「ふうん…よく知らないけど…ちょっとメグちゃん!社長いる?」
もう一人の事務員に問いかけた。
「工場にいましたよ…」
「社長に聞いてくださいな。アタシはわかんないから…」
裏に回って、工場を覗くと一人の男が腕組みをしながら怒鳴っていた。
「そこ!違うだろ!もっと丁寧に扱えって言ってんだよ」
「あの、すいません…」
山本の言葉に反応した無精ヒゲの男は、振り返りながらタバコを灰皿に投げた。
「なんだ!? ダレだあんた…」
「アールイーディーカードの山本と言います。こちらに勤めていた笠原勉さんの事でお伺いしました…」
途端に中野の顔が引きつった。
「アールイーディーカード?何の用だ」
山本は中野の表情から、何かを知っている事を悟った。
「笠原勉さんですよ。こちらで勤務されていた筈ですが…」
胸ポケットから、タバコを取り出して火をつけた。
「いきなりやめちゃった奴の事なんて、どうなったかなんて知らないな」
「…そうですか。笠原さんがケーリンミシンに転職されたのはご存知ですね?」
「はっ?知らねーよ…」
「本当ですか?」
「こっちは忙しいんだ!つまんねー話なら帰ってくれ」
中野に一蹴された山本は、そこを後にして法務省の八王子支所で、中野布地の登記簿を取ることにした。
今日のところは様子見だったから、中野が話すとは思ってなかったが、あの動揺は収穫とも言えた。
取締役に三人の名前が並んでいた。
(中野浩一…中野久美子…ん?相武綾子…誰だろう?)
山本は登記簿のコピーを取ってから、ケーリンミシンに向かった。
「そうか…何か知っていたか…」
珍しく守山自らコーヒーを運んで来た。
「あの…相武綾子って方知ってますか?」突然の名前に守山は考え出した。
「相武…相武…誰だっけなぁ。聞いたような名前だなぁ」
「中野布地の登記簿に取締役として、記載されていた名前なんです。登録されたのは四年前のようですが…」
「相武ねぇ…あっ!」
守山はデスクの引き出しをゴソゴソとあさり、ひと束の新聞を手に取った。
「確か…」と新聞を開き丁寧に捲り始めた。山本は不思議な顔で見ていた。
「あった!これだよ…山本くん」
バサッと開いたページには、アイッシャーミシンの取締役欄に、相武綾子の名前が書かれていた。
「アイッシャーの…役員ですか」
「あぁ…アイッシャーミシンの社長が谷山郷太郎で、この相武綾子は愛人と揶揄されている女だ!」
「愛人?そんな人が取締役ですか?」
守山はコーヒーを飲み一息ついた。
「谷山は亡くした女房がいてな…私も葬儀に出たことがある。その時に噂になったのが、愛人の相武綾子だ」
「じゃあ、奥さんの死後に?」
「確か亡くなったのが五年前だったから、その後に取締役にしたんだ!あそこは谷山一人の株主だからな…簡単に出来るってわけだよ」
山本は頭でピースを繋いだ。
「…なるほど。サエキ縫製の件を知って中野布地に圧力をかけて、笠原を送り込んで来た…たぶん、潰れると踏んだアイッシャーミシンはあちこちに触れ回った…ということ?」
「いや、それはムリがあるぞ。サエキ縫製の件は突然起きた事だ。しかも、時期的に売掛が飛んでから、月末の決済まで一カ月もなかった…それをアイッシャーミシンが嗅ぎつけるのは不可能だろう?笠原だって予想で転職した訳ではないはずだ…」
確かにその通りだ。あまりに期間が短すぎた。山本の思考はそこから、更に深く潜った。
「だが、録音は確かにされた…つまり、御社の危機を事前に察知出来た、としたら内通者がいる…」
「笠原がウチに入ったのが…えーと、サエキ縫製が飛んだ一週間後だ…やっぱり知っていたのか?」
「たぶん…かなりの早技ですが、そう考えると録音の辻褄が合います」
「だが、ウチの連中がリークしたとは思えん…笠原以外誰も辞めていないしな」
山本は考え直した。だが何度考えても推論の結末は一つしか浮かばない。
「御社とは限りません…」
「えっ、どういう意味だ?」
「リークはウチの人間かも知れません」
守山は山本の言葉に、口を開けたまま驚いた。
「…アールイーディーカードが?」
「だとしたら、狙いはケーリンミシンではなく…」
「なんだね?」
「謀反…かも」
「なんだって!?」
山本は守山に向き直った。
「社長…もし、アイッシャーミシンが御社の技術を手に入れた、としたらどうなりますか?」
「そりゃあ…この業界では間違いなく揺るぎないトップになるだろう…それだけでなく、海外に出る事も可能だ」
「アイッシャーミシンでは、御社の技術は真似できない?」
「無理だな…あの技術は門外不出だ、それに特許もあるから向こう十年は手を出せない」
「なるほど…社長、天野と三人で話したいのですが」
「ン?構わんが…」
「電話をお借りします」
山本は緊急で天野に電話し、夜の七時に料亭【あおやぎ】で会うことにした。
夜になると、蒸した風が身体にまとわりついた。
あおやぎは、珍しくヒマらしく当日の予約でも席が取れた。
天野と守山、そして山本の三人が顔を揃えた。天野には内密をお願いしてある。
三人とも日本酒で乾杯した後、本題に入った。
「で、話というのは?」
山本は正座して、パズルを整理して話し始めた。
「これから話す事は、推論で証拠はありません。しかしおそらく間違いのない事実と思います。今後、その推論に沿って行動したいと考えています」
天野は腕組みしながら頷いた。守山も黙って聞いている。
「まず、サエキ縫製の倒産でケーリンミシンは危機に陥りました。それを辞めた笠原勉が録音していた…これが事実ですが、彼がそれをする目的もメリットもわかりませんでした…ですが、推論の背景を当てはめるとパズルが完成します」
天野は日本酒を飲みながら、ジックリと聞いていた。
「推論とは、アイッシャーミシンによるケーリンミシンの乗っ取りです」
天野は動きを止めて山本を凝視した。
「それで?」
「ケーリンミシンの技術を何としても欲しかったアイッシャーミシンは、ある内通者によって危機にある事を知ります。そこでスパイとして笠原勉を転職させ、KFCの預かり金を運転資金に流用する証拠として録音します」
「内通者?」
天野は眉を寄せた。
「その前に、なぜアイッシャーミシンの社員ではなく、中野布地の社員を使ったのか?それは中野布地の取締役に、相武綾子という谷山郷太郎の愛人が就任していた…万が一にもバレないように、自社の社員ではなく取引先の社員を使ったのではないか、ということです」
守山も黙って聞いている。
「だが、あまりにタイミングが良すぎるだろう?」
「はい、だから内通者がいるんです。それはケーリンミシンではなく、ウチの人間と思われます…」
天野は山本の言葉に仰天した。
「ウチの?なぜだ?目的がわからんよ」
山本は水を一口飲んで、言葉を溜めた。
「…正確にはわかりませんが、もし通産省の追求で明るみになったとして、一番得する人物です…」
「得する…俺と伸ちゃんは責任を取るとなると…」
天野の頭に一人だけ浮かんだ。
「…美田園か?」
山本は黙って頷いた。
「これは二つの目的が絡んでいます。一つはアイッシャーミシンがケーリンミシンの技術を手に入れて、世界のトップに君臨すること、もう一つは室長を追い払い出世する事です」
「まさか…美田園が?」
「ケーリンミシン以降、美田園さんは関わりを持とうしませんでした。最初は分からなかったのですが、もし推論通りなら納得のできる行動です」
「んー、でも室長のポジション狙いで、わざわざそんな危ない橋を渡るか?」
天野は腑に落ちない顔つきだった。
「経営企画室室長のポジションは、社長に次ぐ立場ですから、もしかしたらトップの座を狙ってるのかもしれません」
「だが、美田園とアイッシャーミシンを繋ぐ証拠が無いだろう…」
「そこなんです。まだ糸口が掴めないので、今後どうすべき、なのか…」
「事だけに我々で動くしかないな…」
「一つ、カマをかけてみますか?」
それまで黙っていた守山が口を開いた。
「というのは?」
天野が守山に酌を出した。
「来週にミシンメーカーが集う懇親会があるんです。今回の差し金が谷山なのか、それとも相武なのか探ってみますか?何かわかるかも知れません…」
「…なるほど。いいかも…」
「だが、伸ちゃん…美田園は曲がりなりにも経営企画室を歩いて来た男だ。一筋縄ではいかないし…それにな…」
天野は咳払いを一つして、山本を見つめた。
「上司を追い詰める事になるぞ…」
山本も覚悟していたように、静かに語り出した。
「それは覚悟してます。確かに私の提案した方法は禁断の一手でした。だから、バレた時の責任回避として、美田園さんは避けていると思ってました。でも、ケーリンミシンの社員の生活を犠牲にしてでも欲を優先することは見逃せません」
目には一途な思いが込められていた。
それが分かっているからこそ、守山も口を挟まなかった。
「そうか…分かった!この件は三人で動く事にする。守山さん、お願い出来ますか?内部の話で申し訳ありませんが…」
天野に頭を下げられた守山は恐縮した。
「いやいや!頭を上げてください、私もアイッシャーのやり方に不満がありましたから、これを機会にギャフンと言わせてみせますよ」
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