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不正の裏側
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ケーリンミシンの件も終わり、関連事業課や山本にも日常の時が戻っていた。
ケーリンミシンの守山も、佐伯を香港に駐在させ、海外の新規開拓に力を入れている。児玉は工場の件でバタバタしているようだった。
平日の昼過ぎー
美田園は、新宿駅から少し離れた小料理屋で一人の男と会食をしていた。
「しかし、山本がケーリンを救うとは予定外だったよ…」
「そうですな…まだ若いのにやりますなぁ。美田園さん大丈夫ですか?」
「フン、大丈夫だよ。アイツに分かる訳がない。それに万が一漏れてもオレには被害は及ばないようにしてあるさ」
サバ定食を口に放り込みながら、美田園は水で流した。美田園の食事マナーは、あまり良いとは言えない。
「さすがですなぁ、コレはいつもの…」
男は少し厚い封筒を出して、テーブルの下で渡した。
「いつも悪いね」中身を確認せず、そのまま鞄に無造作に突っ込んだ。
一時間程して二人は分かれた。
美田園はその足で、新宿の風俗街に向かった。馴染みにしているヘルス嬢に会うために。
同じ頃ー
山本は、関連会社と子会社の月次決算報告を纏めていた。
赤城と手分けしているが、特に異質な数字も無く、定型フォーマットに入力するだけの単純作業だ。
「伸ちゃん…」天野が手招きした。
「報告書はどうだ?」
「はい、特に変わった事も無いです。いつもの報告通りかと…」
「分かった。ところで今晩空いてる?」
「何か?」
「いや、社長がキミと飯が食いたいって言ってね。ケーリンの件も解決したし、まぁ慰労会みたいなもんだよ」
「はぁ…予定は大丈夫です」
「じゃあ7時に社長車のところで」
ケーリンの一件以来、狭山の山本への評価は高くなり、美田園と片岡はそれを苦々しく思っていた。
(これでまた言われるなぁ…)
狭山が近づけば、その分だけ片岡のイヤミが始まる。未だに嫌われる理由が分からない。
料亭《あおやぎ》は満室だった。
狭山・天野・山本が車を降りると、他にもお偉さんらしき車が停まっていた。
ここは、児玉を招いて以来である。
三人はいつもの座敷に通され、食事とアルコールを楽しんだ。
狭山が上機嫌で山本に酌をする。
「今回の働きは良かったな、伸ちゃん」
「恐縮です」
「将来が楽しみだなぁ…」
「そういえば、今度アールイーディーグループの整理をするとか…」
山本は小耳に挟んだ話を聞いてみた。
狭山は口を真一文字に結んだ。
「親分がな…多くなった子会社を整理してスリムにする、って言い出してな」
「理由は何ですか?」
「本体も銀行から突き上げを食らっていてなぁ、ずっと土地と建物の取得で借りまくったろ!?その価値も暴落して、担保割れしてるから、何とかしろって言われたらしいわ!」天野が追加した。
「グループをスリム化して、売れる物は売って、人員は削減してグループのキャッシュフローを効率化する狙いだ」
確かに有利子負債は、グループ総資産の四十パーセントを超えている。
「またリストラですね…」
「うむ。幸いウチは大丈夫だか、アールトラベルがやばいんだ」
「あそこは薄利ですよね」
天野が呟いた。山本も頷く。
「旅行に行かなくなって、売上が激減している。あそこはバス会社とタクシー会社、それに弁当屋も持ってるからな」
「なるほど…」
狭山が日本酒を一気に流し込んだ。最近はビールより、日本酒の方が好きらしい。天野もそれに付き合ってる。
「どうなるかなぁ…」
「まさか、ウチに来ないですよね?」
ボソッと山本が沸いた疑問をぶつけた。
天野はとんでもないという顔で首を横に振った。
「それは無いだろう。ウチもトラベルまで引き受けられないよ」
狭山は黙っている。山本が気づいた。
「社長…」天野も狭山を見てる。
「そうなんですか?社長…」
狭山は重い口を開いた。
「親分が、ウチで何とかならんか?と言っていたらしい。まだ正式ではないがな。君たちも知っての通り、親分は一度口にした事は実現させる性格だ。まぁ、ウチの現状も知っているから無理は言わないと思うがな…」
天野はため息をついた。中川一二美の性格は彼も知っているだけに、やるせない気持ちは隠せない。
「来ない事を祈るしかないですね…」
山本の慰労会は、暗い雲が漂う雰囲気で終わった。
自宅に戻った山本は、シャワーを浴びて一服していた。電話が鳴り、出ると三浦だった。
「こんばんわ」
「社長とのご飯どうだった?」三浦だからアールトラベルの事を話した。
「そうなの…なんか慰労会が暗くなったわね…」
山本は軽く笑った。三浦との電話まで暗くなる必要はない。
「デートしようよ」
「アッ…うん、その事で電話したの。いつがいいかなって…」
「なんなら今週末は?」
「うん、大丈夫よ。待ち合わせどうしたらいいかな?」
「キミん家行こうか?」
「来てくれるの?」
「行きますよぉ…」
時間を決めて、電話を切った。三浦はタンスを開けて、何を着ようかルンルン気分で迷っていた。
土曜日ー
夏前の今時期が一番過ごしやすい。
車は首都高速から、3号線に入り箱根方面に向かった。道路は割と空いていた。
東京の道路は、平日と休日では全く事情が異なる。上りと下りの混むパターンが逆になるので、それも込みで計算しなければならない。
東京人でも首都高速は乗り慣れない人がたくさんいる。
だが、山本は好きだった。夜景は他にはないほどキレイだし、走る場所によってビルの下になったり上を走ったり飽きない景色の変化が好きだった。
「運転上手なのね」
三浦は心地よい運転に安心していた。
「そうかなぁ?」
淡いピンクのワンピースに白の薄いカーディガンがよく映えた。それに合わせた白のヒールが上品な女を演出している。
「ハイ、これ」
三浦は缶コーヒーを開けて、カップホルダーに入れた。こんなちょっとした心遣いも嬉しいものだ。
「その服似合ってるよ」
三浦の顔がまんべんの笑みになる。
「ホント?嬉しいなぁ!」
「うん、なんか会社の制服と違うからドキドキしてるわ」
デートの約束した夜から必死になって選んでいた。妹まで駆り出して何度も品評させた為、文句言われたほどだ。
車は箱根に入り、イタリアンレストランで昼食をとった。
昼間だが、客の入りは半分程度だ。
「あのね…中野さんだけど…」
ドキッとした。身体を合わせた夜のことが鮮明に蘇ってくる。
「どうしたの?」
「すごく優しくなって、みんな驚いてたの…そしたら、結婚して辞めるって!」
「エッ!そうなの?」
あの日以来、中野とは何度か立ち話はしたが、そういう話は聞いてなかった。
「いつ辞めるの?」
「9月だって」
あと3ヶ月で中野がいなくなるのは寂しい気もしたが、祝う気持ちの方が大きいのも事実だった。
「相手は社内の人?」
「なんでも、田舎の農家をやってる人だって!」
「それも驚きだなぁ…秘書さんが農家の嫁になるとは」
「同級生らしいんだけど、休みに帰省して久しぶりに会ったのがキッカケみたいよ。猛烈にアプローチされたって…」
純粋な気持ちが、中野の心を動かしたのだろう。
二人は同じパスタを平らげ店を出た。
どこに行っても、三浦は美貌とスタイルで男達の視線をさらった。
特に流行りのレイヤーに、少しカールがかった髪は色気をさらに演出している。
途中の美術館にある中庭で、お茶をしている時に三浦は思い切って聞いてみた。
「山本クン…」
「ん?」
「付き合ってる人いないんだっけ…」
「いないよ」
「好きな人は?」
山本はもしや、と感づいた。
「いませんよ」
「アタシね…」下を向いたまま、何度も唾を飲み込んでいた。
「アタシ…山本クンのこと…ずっと気になってるの…」
(やっぱり…)こんな美人に告白されるのは、男冥利に尽きる。だが…
「…なんで?」
「最初は中村クンの事もあったんだけどね。ケーリンミシンの時にすごく頑張ってるのを見てたからかな…」
「そうかぁ…」
吸っていたタバコを消して、三浦の正面を向いて姿勢を正した。
「オレな…親を事故で無くしてて、あまりいい人生を歩んでないんだよ…そのせいで人を信じる気持ちが欠けてしまってるんだ」
「そうなの…?」
驚きの発言に俯いていた三浦は、山本を見据えた。
「うん、でもケーリンミシンの件で守山社長やアバカブの児玉常務が、損得無しに協力してくれて、人の関わりの強さを教えて貰った…」
「正直、三浦に想われて嬉しいんだ…けど、もう少し時間をくれ…」
微笑みに変わった三浦の顔は、優しく包まれるような光を放っていた。
「うん…待つわ。山本クンが信じてくれるまで…」
三浦から告白された日の晩ー
山本の自宅に一本の電話があった。
「もしもし、山本ですが」
「こんばんわ、中野ですが」
「あっ!」
思わず部屋中に響く声が出た。
「ふふっ…三浦さんから聞いたのね?」
「エェッ…でもどうして?」
「三浦さんがアナタの事を好きなくらいわかるわよ。昨日からルンルン気分で仕事してたから。デートでもしたの?」
「まぁ…中野さん、結婚するって…」
「あはっ!聞いたのね~そうなの…農家に嫁ぐ事にしたわ」
「いい人なんですか?」
「純朴な同級生でね…アタシじゃなきゃダメだって…こっちまで来て、アパートの前で土下座されちゃった!」
「あらまぁ…そりゃすごい…」
「やっぱり女は、愛されて結婚するのが幸せかなって…アナタの言う通りね」
「あの、三浦がオレを好きだってなんでわかったんですか?」
冷蔵庫からビールを取り出して、片手で開けた。
「アナタ、私の事を見抜いたクセに自分の事まるでわかってないのね~」
正直、ケーリンミシンの時は他の事は考える余裕も無かった。
「あの子ね、ずっとアナタの事を見ていたわ。アタシが室長を見ていたように。
あの子はいい子よ、前にご飯した事あるんだけど、勝手気ままな人とか、気の小さい暴力男と付き合っていたみたいだけど、随分傷つけられたって」
確かに中村の事で飲んだ時に「いい恋」をしていないとぼやいてたのを思い出した。美人が幸せとは限らない。
「そうでしたか…」
「アナタの過去を聞いて、私も驚いたけどね。あの子は信じても大丈夫よ。少し気が弱いけど、アナタの事は本気で想ってるのはわかる…」
「室長とは?」
「バッサリ切ったわ!女は割り切ると忘れられる生き物だから」
言葉に力が入っていた。それは本音だからだろう。
「良かったですね」
「アナタに抱いて貰って変わったのよ」
なんとなく照れてしまう。
中野は気を利かした。
「大丈夫よ。アナタとの夜の事は内緒にしてるから安心して!」
「あはは…助かります」
「最後のアドバイスだけど、あの子を頼むわよ…アナタを変えてくれる子よ」
「わかりました。ちなみに俺ん家の番号をなんで知ったんですか?」
「バカね。人事と秘書室だけは、社員のデータを見る事が出来るのよ。有事の際に備えてね…」
なるほど、とその気になれば家もわかってしまう事を改めて知った。
「中野さん、お幸せに…」
「ありがとう、アナタも幸せにね」
新しい中野の人生に、山本はビールを高く上げ一人で乾杯した。
翌週ー
「山本さん、東京運送の足立さんからお電話です」
アールイーディーカードの子会社で、一番大きい規模の東京運送は、年間百七十億円の売り上げがある。主に個人の引越しがメインだが、最近は企業との契約も増えつつある。
足立は経理課長で、実績報告のやりとりでよく話す相手だった。今年で四十歳を迎えたばかりだ。
「どうも、山本です」
「…山本さん、少しお話したいのですが時間ありませんか?」
いつも、明るく話す足立にしては神妙な口調だった。
「何かあったんですか?」
「電話ではちょっと…直接会って話したいのですが…」
ただならぬ雰囲気を察して、八時に池袋で会う事にした。
「誰にも言わないでほしい…」と最後に加えた足立の言葉に、何か起きた事は予感できた。
池袋駅東口で待ち合わせして、個室料理屋に案内された。
東京運送本社は巣鴨にある。
西武池袋線に乗り換える足立にとって、馴染みの店が幾つかあるようだった。
生ビールと料理を、数品を頼んで本題に入った。
「どうしたんですか?」
「これを見てください…」
渡された封筒には、決算書と経費明細が入っている。それも一昨年・昨年・今年の三部をクリップで止めてあった。
一昨年のは見ていないが、昨年と今年のは見覚えがある。特に変わった感じもしなかった。
「これが何か…?」
「一昨年から、おかしな人件費が増えているんです」
「おかしな?」一昨年の経理明細をよく見るがわからない。
昨年も今年もだ。
細かい数字までは覚えていないが、確かに何か違和感を感じた。
「どこが違うのですか?」
足立は運ばれたビールを半分ほど勢いで飲み干した。
「はい…これは御社に提出している明細とは違う明細なんです」
「エェッ!?どういうことですが?」
「実は…私も気づかなかったのですが…ウチでは最終の決算書は経理部長の門倉が毎月作っています。門倉は古参なもので、彼しか知らない取引もあるみたいで、私達が全て処理している訳では無いんです。最後に纏め終わったものが、私達に降りて来るんです」
「なるほど」
東京運送は先代社長の、川名 守が作った会社で、今の二代目は息子の裕太が継いでいる。株主はアールイーディーと川名家で半々で構成されている。
こういう会社は何かと手を使って、別名義でオーナーのフトコロに入る仕組みがあったりするが、よほど利益に困窮しない限り問題になる事はない。
「川名家に入るものですか?」
「私も最初はそう思ったのですが、どうも違うようなんです」
「この書類はどうして…」
山本は刺身を粗方始末した。
「門倉が重い風邪で休んでましてね…ハンコが必要だったので、机のカギを借りて開けたら、何故か共通キャビネットにあるはずの決算書ファイルがありました。でも、キャビネットにも同じものがあるんです」
「つまり…キャビネットにあるのが偽装で?」
「たぶん、これが本物だと思います」
山本はもう一度明細を見直した。特に給料明細はアイウエオ順に並んでいるが、おかしな点は見つけられない。
「小川俊太郎・柿崎誠・笹木隆介・高畠昇の名前がありますよね?」
「小川、柿崎…確かに。この人達は?」
「はい、今ではウチに実在しない名前なんです」
「エッ…!?」
足立は煮込みをつついていた。
「どういう事ですか?」
「わかりません…」
「川名社長はご存知なんですか?」
「いや、川名は経理に明るくありませんから、全て門倉に任せています。明細まではいちいちチェックしませんので、この決算書しか見ていないと思います」
「じゃあ、門倉さんが着服してると?」
「考えたくありませんが…」
「どのくらいになるんですか?」
「一人当たり毎月二十五万円で計百万円、三年間で三千六百万円です」
「しかし、過去の決算書を足立さんが何かで見る事もあるでしょう?」
「気づかなかった理由は他にもあります。私が経理部に来たのが一昨年なんですが、その時は得意先増加で人員を数名増やしたから、気にとめなかったんです」
山本はビールを空にして、お代わりを頼んだ。
「私もいけないのですが、百三十名もいる社員の給料明細を遡ってチェックは中々…まぁ、税務署とか来れば別なんですが…」
確かに、山本も過ぎた決算書を見直す事は滅多にない。
足立の言うことは無理もない。
「この連中を足立さんはご存知で?」
「はい、覚えはありますね」
わからない状況に、二人はため息を漏らした。
「どうしたらいいかと…」
「今のところ、確固たる証拠がありませんから、門倉さんを追求しても意味が無いと思います。門倉さんが着服している証拠を揃えないと…」
「キレイ事を言うつもりはありませんが、何かと会社の利益が欲しい時にこんな金額が個人のフトコロに入るのは許せなくて…」
足立の言う通りで、その分は現存する社員に還元させるべきだ。
「これらは全て銀行振込ですよね?」
「はい、銀行はバラバラですが…」
「まずは、門倉さんの行動を明らかにしましょう。給料振込後に引き出すでしょうから、その事実を掴まなければ…」
「あの…この事を御社の上層部に言いますか?」
足立は不安顔で尋ねた。
「いや証拠が無い以上、意味が無いと思います。今の段階で騒いだら、足立さんが不利な事になるかも知れません。まずは少しでも確証を探しましょう」
足立も無言で頷いた。
池袋を後にして、山手線に乗り込むと相変わらずのラッシュに身体を押された。
山本は電車の中で、着服の事を考えていた。門倉の着服が一昨年から始まったのには、何か理由があるはずだ。四年前には無かったのだから、一昨年に何か経理操作をしなければならない訳を突き止める必要を感じていた。
自宅には夜十一時過ぎに着いた。
翌日ー
三浦から内線が入った。
「山本クン、天野さんが社長室に来て欲しいって」
「了解です」
「あっ、それから今晩電話出来る?」
小声だが、明るい三浦にはいつも癒される気がした。
「九時過ぎには部屋にいると思うよ」
「じゃあ、夜電話してもいい?」
「待ってるよ…」
三浦との電話を切って社長室に上がった。秘書室の前で三浦がウィンクした。
三浦のウィンクは、男の心を揺さぶるものがある。
軽く頷いて、社長室のドアをノックした。
「失礼します。山本です」
中には狭山と天野、そして取締役経理部長の高木がソファーにいた。
「伸ちゃん…まぁ、座ってくれ」
基本[さん]付け運動の筈だが、社長には関係ないらしい。
「何かありましたか?」
「高木クン」狭山が催促した。
「実はな、今度から子会社の監査をする事になったんだ」
「監査…ですか?」
「うん、ウチも含めたグループ会社に対して、銀行から資金の流れが不透明だと言われているのは知ってるな」
高木はコーヒーを一口飲んで、渋い顔をした。
「はい…」
「それで、せめて子会社の経理が真っ当だ、という事を担保する必要が出てきたんだ…」
「実体子会社を…ですから」
「まぁ、ペーパーカンパニーの方は事情もあるから手はつけないが、実体の方はウチでも把握しておいた方がいい、という判断になってなぁ」
天野が代わりに答えた。
「なるほど…わかりました」
「で、伸ちゃんには子会社とウチの経理部連中の間を取り持って欲しいんだ。キミは確か簿記資格を待っていたよな」
高木が天野を見ながら、了承を無言でお願いしている。天野の軽く頷いた。
「はい…」
「経理に明るいキミだから、ウチの連中とも話は早いだろう。一つよろしく頼むよ」とソファーで高木が頭を下げた。
「わかりました。それはいつからですか?」
「来月からだ…」
天野が被せるように答えた。
山本は迷っていた。足立から相談を受けた翌日に子会社の監査が決まり、相談を天野に打ち明けるべきか。
自席に戻った山本はメモ紙に、色々な事を殴り書きしながら、頭の整理を始めた。ケーリンミシンの時は、狭山や天野の支援があったから自由に動けた。
しかし、東京運送の件は隠密行動しか出来ない。内勤業務がメインの仕事では、外出も頻繁にはやりにくい。
「ちょっと電話してくる」
赤城に伝言して、外の公衆電話から足立に連絡し、監査の件を伝えた。
「エッ…?何か発覚したのですか?」
電話からでも、足立の不安が伝わってくる。タイミングが良過ぎだ。
「いや、偶然です。決定事項ですから、来週にでも全社に通達が発信されるでしょう…」
「どうしたら…?」
「ウチの天野に話してみようかと思うのですが…」
「大丈夫ですか?大事になりませんか?」そう思うのは当然だ。
「もし、このまま何も話さないと、発覚した時に足立さんの立場はかなりマズイ事になるかも知れません。それより先に怪しい点を話しておけば、指摘者としてみんなが認識します」
しばらく黙っていた。
「足立さん?」
「わかりました…お任せします」
「では、天野に報告してきます。後でご連絡します」
そう言って電話を切った。
電話ボックスを出ると、太陽の日差しが強くなってるのが感じる。
いよいよ夏本番の予感がした。
「なんだと!?それは本当なのか?」
山本は天野を引き連れて、経営企画室のフロアーにある会議室で、足立からの相談を話した。
「先ほど話すべきだったのかも知れませんが、なにぶん確証がないので迷っていました」
「それが事実なら大変な事になるぞ」
「はい、もしかしたら監査で明るみになるかも知れません」
「このタイミングで…かぁ…」
「どうしましょうか?」
「ふむ…仕方ない。まだ確証が無いなら経理部には黙っていよう。もし明るみに出なければ、オレとキミで調べる事にするしかないな」
「明るみに出たら?」
「その時は東京運送もそうだが、俺たちにも管理責任が問われるだろうな…」
「室長…では、私はなるべく経理部の監査を、その点から遠ざけるようにしてみます」
「イヤな役回りをさせるな…」
「いえ、私も足立さんの相談が無ければわかりませんでした。責任はありますから。人事ではありません」
「片岡と美田園には黙っていよう」
「その方がいいですかね?」
天野は軽く笑った。山本に対する二人の態度を察知しているようだった。
「その方が動きやすいだろう?アイツらには、俺からごまかしておくよ」
天野の配慮に感謝して、二人は会議室を出た。
子会社監査の実施は、天野から片岡と美田園に伝わった。二人とも面倒くさそうな顔をしたが、業務命令としてやむなく首を縦に振った。
二人は隣り合わせの自席で密かに話していた。
「また山本ですか…」
「気にするな!子会社の監査なんて面倒な仕事はアイツにやらせておけばいいんだよ。ケーリンミシンで調子に乗ってるが、今に慌てるさ…」
「それなんですが、次長は何をお考えなんですか?」
美田園は不敵な笑みを浮かべた。
「ははは…物事にはタイミングがあるんだよ。まぁ見てろよ」
片岡では美田園の考えがわかるはずも無く、ただ従うしか無い。
管理職としての能力のない片岡は、部下を潰す事で今の地位を保っていた。経営企画室は、社内でもエリート部隊のトップに位置する。ハードな仕事だが、出世するには一番の近道とも言えた。美田園の力で引っ張られた片岡の仕事振りは良くない。影ではコバンザメと叩かれている。知らないのは本人だけだった。
美田園も使いやすいから、というだけの理由で片岡を部下にした。
山本は監査の調整で経理部に出向いた。
経営企画室の連中は、エリート意識からか他部署に出向くより呼び出す事の方が多い。そんな中で山本は、ほとんど出向くのだが、「天下の経企さん」とイヤミを言われる。今ではそんな言葉に対する免疫も強くなった。
経理部次長の宗岡篤の隣で椅子を借りて、監査の打ち合わせをしていた。
「天下の経企さんが来るとはね…」宗岡は下っ端の山本に開口一番にかました。
「そんなこと言わないで下さいよ」
「お宅の連中は、人に振ってばかりで命令するだけだからね~」
宗岡は天野と同期だが、出世は天野がリードしている。それも面白くなかった。
「今回は経理部とウチとの連携ですから、私が橋渡し役をさせて貰います。監査に必要な書類とか資料は用意させますから遠慮なく言って下さい」
「それは言わせて貰うさ…ウチはペーパーカンパニーのペラペラな経理と違うからねぇ…容赦無くやるよ」
事あるごとに出てくるイヤミに、いちいち腹を立てるわけにもいかず横に流すしかない。
「よろしくお願いします。どなたが担当されるのですか?」
「そうだなぁ…オイ、上野!」
山本と同期の上野大知が、何故か盛んな顔で近づいてきた。
「オゥ!山本、よろしくな」
経理部に似つかわしくない、スマートな顔立ちと高身長な姿に部内の女性社員が目で追いかけてる。
「久しぶり…よろしく」
「変なところ見つけたら、ガッツリ指摘してやるからなぁ~」
普段、目立たない経理部の連中は決算とか社内監査とか、自分の範疇に入るイベントの時には態度が大きくなる傾向がある。特に半期と年度決算時期は、何かと指摘が飛んでくる。年二回だけのイベントを皮肉って《盆暮の経理》と陰口を叩かれていた。
「どこから始めるんだ?」
「一番規模がデカい東京運送だろ」
大体想像はついていた。
「わかったよ…じゃあ、スケジュールが出来たら連絡くれ」
山本は自席に戻り、天野をチラッと見てから外出の準備を始めた。
「オイ、どこ行くんだ?」
片岡が横にやってきた。ポケットに手を入れたままの姿は、スーツ以外の姿ならチンピラのようにも感じる。
「室長に頼まれまして…」
「エッ!? なんだそれ?」
片岡が天野を見たら、「そうなんだ、頼み事をね…」と一言告げた。
「そうでしたか…」とトーンダウンした声で山本を睨んだ。
山本は構わず、鞄を抱えて後にした。
いかつい片岡の表情は無視した方が、突っ込まれなくてよかったからだ。
外に出ると日差しが肌を刺激する。
夏がそこまで来ているのがわかる。
(暑くなるなぁ…)
巣鴨で降りて、駅前ビルの中に東京運送本社がある。長い事、改装もされていないビルの壁は黒ずんでいる。
三階の扉を開けると、手前に営業部があり経理部は、一番奥の社長室の横に陣取っている。
門倉が新聞を読んでいた。
「どうも…お久しぶりです」
「あぁ…監査だって?面倒だねぇ」
いかにも止めてくれと言わんばかりの態度で新聞を畳んだ。
「ハイ、そういう事になりました。よろしくお願いします」
「まぁ…見られて困るモノは無いから、いいんだけどさぁ…」
(ホントか?)
自信のある言葉にはバレない余裕の姿勢が現れている。
「わかってますよ。何も無ければ、すぐ終わると思いますから…」
「何も無ければって、何も無いよ。あるわけないだろう!」
何か言えば突っかかる門倉の態度に疑惑の思いが広がった。
そんな門倉の横を過ぎて、足立のデスクに向かった。
「どうも足立さん」
「あぁ…山本さん、顔を見るのは久しぶりですねぇ」
とりあえず、演技をして二人は会議室に入った。門倉がすぐそこにいる。
「…どうですか?」
「いや、門倉も堂々としたもんです。バレない自信があるんでしょうね…」
「足立さんが気がついている事に、門倉さんは何か言ってきましたか?」
足立は椅子を引いて山本と並びで座った。冷房が効いている。
「いえ、門倉は私が気づいた事は知りません。ファイルは戻してコピーを取りましたから…あの天野さんは?」
やはり気になっていたようだ。
「はい、一応話しました。なんとか経理部の目を向かせないように指令を受けています」
「なるほど…信じてくれたのですか?」
「いや、まだ確証がありませんから様子見といったところです。もし経理部が見つけたら、天野も私も管理責任を問われるでしょう。なので、確証を掴むまで騒ぎ立てず、監査を切り抜けてから調査に入ります」
「わかりました、私も監査に耐えられるように資料を作りました。なんとかごまかせるといいのですが…」
「監査に来るのが、私の同期で少し調子に乗ったプライドの高いヤツです。私が相手しますから、足立さんは他の連中をお願いします」
山本は上野の顔を思い出しながらお願いした。足立も口を結んで頷いていた。
「で…人件費の説明はどうするのですか?」山本は一番の不安材料を聞いた。
「はい、あの四人は明細に記載されているので削除は出来ません。なので、今年退社予定の三人がいますので、これを人件費の削除としてクローズアップして説明する予定です」
「なるほど。ですが相手は経理部です。要は正しく処理されているか、見合った経費になっているか、をポイントにしてきます。特に人件費よりも接待費とか一般経費、金利支払い辺りを見てくる筈です。その件は聞かれない限り、話さないで下さい」
「…確かにそうですね」
「人件費は総額で増えた理由だけを聞いてきます。減ってる分にはあまり注視しませんので…」
「はい、アドバイス助かります!」
公認会計士の事前監査で、毎年対応している山本は、経理部もそれを真似てやってくる事を想定していた。
翌週ー
経理部は朝から、東京運送の監査の為に宗岡と上野、そして数名の社員が出向いていた。
東京運送側は門倉と足立、女性社員が対応している。
山ほど積まれた書類を整理して、一昨年からの決算書チェックが行われた。
山本は午前中の取締役会で子会社の業績報告を済ませて、東京運送に向かう為に用意をしていると、天野が階段から降りてきて手招きした。
「これからか?」
「はい、経理部の連中は朝から行ってます。今頃は決算書のチェックでしょう」
「わかった、くれぐれも目をつけられないようにな…」
「はい、では…」
外に飛び出し、ダッシュで駅に向かった。日中ではあるが人が割と少ない。
気温も上がり、歩くだけで汗ばむ陽気では外に出たくないのも理由だろう。汗の出る身体は電車に乗り、吹きつける冷房の風に落ち着いた。
東京運送の会議室は、パラパラと書類の捲る音がこだましていた。
「この雑費の明細は?」
若僧の上野は親会社という立場で、年上の足立に敬意すら払わない。威圧的な態度で「出せ!」と言わんばかりの口調だった。
足立はオトナの対応をしているが、山本とはえらい違いを感じていた。
「この広告費というのはなに?」
他の社員も似たような態度だ。宗岡がそうだから誰も遠慮が無い。
ドアが開いた。
「すいません、遅れました」
山本が入ると上野は、タメ口で偉そうな言葉で話してきた。
「おう!今来たか…いやぁ、全部手書きだから、探すの一苦労だわ!」
山本は同僚とはいえ、上野の態度に内心で業を煮やした。
「コンピューターが全て良いとは限らんよ、手書きだって立派な決算書だ」
軽く返して、足立に目配せした。
足立の反応から、まだ人件費にメスが入っていない事を察知した。
「さて、人件費だなぁ」
上野が資料を探すと、足立がファイルを目の前に出した。
「こちらです」
「気が効くね、さてさて…」
捲りながら指が動いてる。
山本と足立は祈りながら、上野の顔色を探っていた。
「ん?あれ?」
上野はあるページで指を止めた。
「このページの小計が前年より増えてる気がするけど、何かあった?」
足立が用意していた答えを告げた。
「その年は、新規取引先が増えた為に人員を七名増やしています。上野さんのページで増えたのは、その人達の分です」
「ほぉ…にしては売上の伸びが少ない気もしますが…まっ、いいかな」
山本もホッとした。やはり、コイツらは売上と経費の対比はあまり気にしない。
ここさえクリア出来れば問題はないだろう、と読み通りの展開だった。
だが、今度は宗岡が売上との対比を指摘してきた。
「増やした割には売上が伸びてないな」
足立が立ち上がり説明した。
「その年は、新規取引先からの受注が想定よりも少なかった事が原因でした。
しかし、今では順調な売上を出していますのでご安心を…」
こういう曖昧な説明が意外と通じたりする。足立の準備も中々のものだ。
これが、税務署連中ならもっと突っ込みを入れてるところだ。
「なるほど…じゃいいか…」
案の定、宗岡も別の資料をあたった。
完全に子会社を舐めきった姿勢が甘さを生んだ。
(よし!)
山本が用意したアンサーも役に立った。
売上の伸びなど、ヤツラにはあまり関係がない心理を読んでの答えだった。
後は、明後日までの監査で人件費さえ指摘されなければくぐり抜ける。
その日は細かい経費計上の指摘が幾つかあったが、大した事では無かった。
宗岡らが帰った後、足立のデスクから天野に報告した。
門倉は経理部が帰ると同時にサッサと帰ってしまった。
足立と山本は、近くの居酒屋で腹を満たすことにした。
「いやぁ、助かりました…山本さんのアンサーが役に立った!」
ビールを一気に空にした足立はお代わりを頼んだ。
「すいません、横柄な態度ばかりで頭にきましたよね…」
「エッ…まぁ、親会社だから仕方ないですよね。でも、あの上野って若いヤツは天狗ですね」
「申し訳ありません…同期なんですが、私もあまり好きではなくて」
「ははは…山本さんのせいではありませんよ。まぁ、エリートなんでしょうね」
枝豆をプチプチと噛みながら、殻を皿に投げ捨てた。
「でも、山本さんも珍しいですねぇ。あまり親会社の横柄なところが無い」
「そんな事はあまり考えてませんね…足立さんの方が年齢的にも先輩ですから」
「そういうチャンとしてるとこ…いいですよ。将来必ず役に立ちます」
年上に言われて照れを隠せなかった。
「なんとか今日は乗り切りましたね」
「また、言われますかね?」
山本もやっとビールを追加した。
「可能性はありますが、アイツらは計上処理に問題が無ければ、それ以上は言ってこないはずです。心配なのが門倉さんですよ」
「あぁ…ですね」
門倉の太々しい態度は、経理部でなくても良く思われないだろう。
経理部の質問にも「さぁ?」とか「どうでしたかね?」ばかりで何も答えない。全て足立がフォローしていた。
舐めていたのだろう。
「あんな態度!」
全くその通りである。
足立は山本の少し暗い顔に気づいた。
「どうしましたか?」
「いや、上野の横にいた若いヤツなんですが…」
「あぁ…確か藤田さんでしたね。あの人が何か?」
「気のせいかも知れないのですが、少し目つきが鋭い感じがしましてね」
「そうですか?」
山本は監査中に、何度か藤田のチェックする顔を見た。宗岡や上野の舐めた態度が無い分集中している気配があった。
二日目ー
昨年の決算書を朝から調べている宗岡達の横で、門倉・足立がスタンバイしている。山本は視点を藤田に定めた。
上野よりキレる雰囲気がある。
一時間ぐらいして、藤田が手を挙げた。
「あの、人件費ですが…」
「はい、なんでしょう?」
「中でも小山・柿崎・笹木・高畠の四人ですが…」
山本も足立もドキッとした。
いきなり問題の四人が出てくるなんて完全な想定外だ。足立は微かに狼狽した。
「その四人がなにか?」
山本が代わって応対した。
「男性社員で彼らだけが、ベースアップしていないのですが、何か理由があるんですか?」
見落としていた。さすがに賃金アップまでは思考がなかった。
山本は藤田の鋭さを痛感した。
足立は資料を調べるフリをしている。山本は咄嗟に考え足立に振った。
「そういえば、勤務態度の悪い社員がいるって言ってましたよね。その四人でしたっけ?」
山本は目配せで催促した。足立は狼狽しながらも何とか察した。
「あっ…そうそう!そうなんですよ、その四人はお客さんの荷物を潰しちゃってね。何度言っても直らないから…」
藤田はメガネを上げながらコーヒーを飲んだ。
「そうなんですか、でも荷物って保険かかってますよね?」
「あっ…はい、保険はかかってた、かな…」咄嗟に山本が続けた。
「単に金銭の問題ではない。信用問題なんだ!補償はあくまで弁償でしかない。
藤田クンは毎回荷物を潰される会社を使うのか?」
「まぁ、そうですよね…わかりました」
山本も心臓が飛び出るかと思うぐらい鼓動が激しかった。
咄嗟に足立のウソが功を奏した。
終わるまで山本と足立は、対象を藤田にだけシフトしていた。
三日目も幾つか疑問の経費が調べられたが大した事にはならなかった。
人件費は藤田の指摘を乗り越えた為、宗岡や上野からの指摘は出てこない。
そして、とうとう三日目の夕方に監査は終了した。
二日目は三日目に備えて、山本と足立は資料の再チェックをしていた。
慰労会は全て終えてから、ということにしていた。
「いやぁ~さすがに焦りましたね…」
足立がビールを流し込む。山本も飲み込んだビールが腸に染みわたった。
「まさかベアを突くとは…」藤田に感心した。経理部の主力になる予感がした。
「足立さんの荷物潰した発言が功を奏しましたね」
「私こそ、まさか山本さんが信用問題を持ち出すとはねぇ」
「まぁ、営業してましたからね。経理部はそんな経験無いですから…」
二人ともビールがいつもより美味く感じ、はやくも四杯目のジョッキが空になっている。
「まずは、監査を乗り切った!これからは…」
足立に気合いが入っていた。
「はい、いよいよ門倉の調査ですよ」
「なんか、燃えてきた!うわぁ!」
武者震いが足立を襲った。
「足立さん、あんまり気を張るとフライングしますよ~」
その日、山本は終電を逃した。
またビジネスホテルに飛び込んだ。
二週間後ー
実体子会社の監査を無事に乗り切った山本は、天野と会議室で打ち合わせに時間を費やしていた。
着服をどう証明し、門倉を追い込むか知恵を絞っていた。本来なら、片岡や美田園がやるべきだが、二人を外しているので天野が協力するしかない。しかも、場合によっては管理責任を問われる為、真剣になっていた。
「その四人の給料はバラバラの銀行なんだな?」
「はい、根津信用金庫・駿河台銀行・江東銀行・葛西信用金庫ですね」
「全て引き出して、どこかの口座に入れてるんだろうな…」
「門倉の通帳があるはずです。給料とは別の口座がどこかに…」
調べる方法はないものか、と天野は口が強くなった。
山本は昔使ったことのある手段を思いついていた。
「室長、門倉のデスクを探してみます」
「だが、カギがかかってるんだろう?」
「それは何とかなります」
「どうするんだ?」
「ガムですよ…型取りするんです」
「オイオイ、なんか悪い事してたのか?大丈夫なのか?」
「いや、悪い事はしてませんよ。スペアキーを作る金が勿体なくて、友達と作ったことがあるんです。知恵ですよ。それにしても…」
「通帳を見つけても、四人との口座の接点が無ければ意味は無いな」
「そうなんです…どうしたものか」
「まさか、引き出した時の明細書なんて捨ててるだろうしなぁ」
「何か接点を探さないと…」
ふと天野が思い付いて疑問を発した。
「その四人だが…」
「はっ…!?」
「いや、会社にはいないが過去にはいたのだろう?」
山本も言いたい事に気づいた。
「そうか…表向きは実在しているから、四人の個人情報は用意してるかもしれない。という事は…」
「履歴書とかあるんじゃないのか?」
「過去に働いていたとか…ありえますね。幽霊社員だから実在しないと思い込んでました…」
「早速あたってくれないか?」
山本は足立に連絡を取った。
天野の意見を伝えると「履歴書を探してみます」と返した。
翌日に、足立から履歴書を見つけた報告が入った。
毎年引越しシーズンだけ短期アルバイトを募集するが、四人は一昨年に来た事がわかった。
「よく捨ててなかったですね。あの四人が一昨年のアルバイトで来たのは、どうしてわかったんですか?」
「ウチのような会社は体力勝負ですから、一年を通してアルバイトの入れ替わりがそれなりにありましてね。また募集をかける時に経験者を先にあたってみるんですよ。そのために履歴書より先にアルバイトは名前と住所、電話番号だけをまとめた別の一覧表があって、そっちを見た方が直ぐに分かるんです」
これで、四人は実在する人物で、東京運送に関わっていた事が判明した。
足立からリストのコピーを貰い、それぞれの住所に向かうことにした。
最初は小川俊太郎のアパートに向かった。葛飾の三十年は経っていそうな、葛飾荘というアパートの二階に登った。
肝心の二〇二号室の表札が今川になっていた。
呼び鈴を押すが反応が無い。
(変わってたか…)
一昨年では引越ししていても不思議はなかった。出鼻を挫かれた思いで帰ろうとした時に、中から声がした。
「はぁーい…」
「すいません…こちらに小川さんが住んでいたと聞いて来たのですが…」
ドアが開き、中から寝起きの姿で若い男が顔を不機嫌に覗かせた。
「誰、あんた?」
「私は山本と言いますが、小川さんて方をご存知ないですか?」
寝癖の頭をボリボリかきながら、山本をジロジロ見回した。
「小川?知らない…」
「あの、こちらにはいつから?」
「半年前だけど…アッ…小川ってヤツか知らないけど前の人は事故で死んだって聞いてるけど」
思いがけない言葉に、頭を叩かれたような気がした。
「事故…」
「なんでもトラックに跳ねられたとか…若い男って聞いた気がするなぁ」
「ありがとうございました…」
山本はその足で図書館に向かった。
もし本当なら新聞に載っているかも知れない。事実を確認したかった。
図書館で二年前からの新聞を束ねて、順を追って調べた。
三面記事だけ見れば時間短縮ができるが、それでも中々見つからなかった。
(あっ…)
探していた記事が見つかった。
夜中に小川のアパート近くの道路で、居眠り運転のトラックに轢かれた記事を見つけた。
そこに小川俊太郎(二十五)とある。
即死で運転手も即逮捕と書かれている。
(ダメか…)
とりあえず新聞のコピーを取って図書館を後にした。
(次は柿崎だな…)
山本は上野駅で降りて、アメ横を素通りしてから脇の小道を歩いた。
今度は立派な一軒家が待ち構えていた。
表札は【柿崎】とある。
少し期待した。
呼び鈴を押すと、品の良さそうな女性の声がした。母親だろうか。
「はい」
「私、山本と申します。こちらに誠さんはご在宅でしょうか?」
「どういった関係の方ですか?」
「以前に誠さんが、東京運送で働いていた事がありまして、その時の事で伺ったのですが…」
「何かしたんでしょうか?」
「いえ、別に悪い事とかで伺ったのではありません。就職の事でお聞きしたいだけです」
ガチャと門の開く音がした。
玄関から白髪頭の、五十代らしき婦人が出て来た。
「初めまして、山本と申します」
婦人は山本の一礼にならってお辞儀した。ただ顔は暗い印象だった。
「あの、誠さんは?」
「実は行方がわからないんです」
また予想外の言葉に詰まった。
「…わからない?」
「はい、一年前に出かけると行ったっきり、帰ってこないんです…」
「あの、警察には?」
「届けは出してますが…未だにわかりません…あの、息子に就職とは?」
「あっ…あの、一昨年に東京運送という会社でアルバイトをなさっていたようなんです。今度、東京運送で経験者の社員優遇採用がありまして、当時の仕事とか会社について感想と就職のお話しをしたかったのですが」
山本は思わず適当なセリフでごまかした。真実を言えば、母親は完全に誤解すると感じての事だった。
「そうでしたか…誠は何も言わない子でしたから、私も何も知らないんです」
「差し出がましいのですが、家出の原因も分からずですか?」
「はい…お恥ずかしい話ですが…」
今にも泣きそうな顔にウソがない事は理解した。
「ダメなら構いませんが、誠さんの部屋を見せて頂けますか?」
ダメ元で言ってみた。母親はエッ?と山本を見たが、しばらく考えて手を中に向けて「どうぞ」と言った。
「よろしいのですか?」
「どうぞ…」
玄関の正面にある階段を昇り、二階の角部屋に案内された。
立派な大理石のフロアーに、洋風の装飾が施されている。
父親がそれなりの地位と稼ぎがある事が容易にわかる。
部屋は八畳ぐらいの広さで、物足りないぐらいこざっぱりした部屋だった。
「あのー、随分キレイな部屋ですね」
「はい…整理整頓は子供の頃からチャンとしていましたので…」
机の隣に写真が飾ってある。
(アレ?)
よく見ると真ん中に、見覚えのある顔が確認出来た。
(門倉…)
これはどういう事だろう?
東京運送で何かの時に撮ったものか?
それにしても、そんな写真をわざわざ飾るだろうか?そんな疑問を思いながら、母親に聞いてみた。
「この写真は?」
「あっ…詳しくは知らないのですが、誠はその写真を大事にしていたようです。何でも楽しかった、と言ってました」
「楽しかった?」
アルバイト先で、写真を大事にするほど楽しい事はあるのだろうか?
「あの誠さんは?」
写真を出して確認した。
「これです」
門倉の右横で肩を組んで笑っている。線が細く母親似の美青年だ。
「机の中を拝見しても?」
母親は涙目で頷いた。
引き出しの中もキレイに整頓されていたが、中に一通の開封された封筒が目に入った。
差出人の名前は無い。
便箋を取り出した。
《全てを振り切るのも勇気だ。私は待つ》
それだけ書かれていた。
かなりのくせ字だが、男性が書いたものだろう。
(どういう意味だ?)
消印を確認すると、昨年の七月だった。場所は新宿郵便局の文字が見えた。
(これは失踪に関係あるのかな?)
「この封筒と写真をお預かりしてもいいでしょうか?」
母親は少し考えて小刻みに頷いた。
他には手掛かりになるようなものは見つからなかった。
母親に連れられて、リビングでお茶をご馳走になった。
「あの、お父様は?」
「身内の恥を晒すようですが、あの人は仕事だけが生き甲斐で、息子が居なくなっても放っておけ!の一言だけで…」
「そうでしたか…」
「警察も行方不明の捜査なんて何もしてくれません…私もどうしたら良いか分からず、一年が過ぎました」
「なるほど…」
三十畳はあるだろうダイニングも、高そうなお酒やグラス、テーブルはガラス造りだ。かなりの金持ちだが、母親の言葉通り冷たい空間が肌に感じた。
「誠さんはお金は持って出ましたか?」
「エッ?」
「いや、家出してもお金は必要です。いくら何でも着の身着のままでは…」
「たぶん、貯金はしていましたから。それでやりくりしてると思います」
口には出来なかったが、すでにこの世を去っている可能性も否定できない。
「見ず知らずの方でも、誠の関係する人なら何か気づいてくれるかも、と思い部屋をお見せしましたが、何か役に立ちますか?」
健気な母親の心情だ。息子の安否を心配する毎日で、風貌もやつれ気味なのは当然とも言える。
「私も誠さんの所在を突き止めたいので、何か分かれば必ず連絡します」
その言葉で母親が泣いた。
今は藁にでもすがる思いだろう。
電話番号をメモして柿崎邸を出た。
三人目の笹木隆介は、東京運送から歩いて十五分のアパートが住所になっている。足立もここで合流した。
一〇三号室の表札に《笹木》の文字があった。
呼び鈴は電池切れのせいか鳴らない。
「すいません、笹木さん!」 コンコンとドアを叩くが反応は無い。
通常の仕事なら居なくて当たり前なのだが、それにしても古いアパートだ。
もう一度叩くがやはり反応は無い。
電気メーターは動いてるから、おそらくここに住んでいると思われた。
「いませんね」
足立が残念そうに言う。
「でも、おそらく表札と電気メーターで笹木本人がいますね。小川と柿崎が空振りでしたから、まだマシですよ」
「ふむ…」
「夜にまた来ましょう」
二人は先に、最後の四人目である高畠昇の住所である神田に向かった。
古本街で有名な場所だが、山本は興味が無いので、あまり訪れたことはない。
高畠は親と同居らしく、一軒家の呼び鈴を鳴らすと本人が出てきた。
「あれっ?足立さん」
明るく陽気な性格なのか、足立を見ると笑って出迎えてくれた。
「久しぶりだね、元気かい?」
「いやぁ…変わらず売れない本ばかり書いてますよ」
高畠は小説家を目指していた。金欠になるとアルバイトで稼ぐ日々を送っていた。足立は、門倉の事は話さずかいつまんで口座の事を聞いてみた。
「エッ!?口座ですか?」
「うん、キミに振り込んでいた口座はどうしたのかな?と思って…」
「そちらで処分してくれたんじゃ?」
二人は意味がわからなかった。
「どういうことかな?」
「門倉さんがアルバイトを始める時に会社で口座を作るから、印鑑を貸してくれって。辞めたら口座の解約はやるからって言ってたなぁ…」
「門倉さんが?」
「キミだけかい?」
「いや、確か何人かいましたよ」
「この人かい?」
足立は三人の履歴書を見せた。
高畠はうーん、と考えていたが柿崎を指差して話した。
「この人はいた…」
「なんで覚えてるの?」
山本が聞いた。
「なんか、コイツ体力無いくせに門倉さんに目をかけてもらってて…みんな不公平だって皆んなでボヤいてたんす」
「…不公平かぁ」
「あとは、ちょっと覚えてませんね」
「わかった。ありがとう…」
写真といい、門倉と柿崎には何か結びつきがあった事は考えつく。
あとは留守だった笹木をアパートで張り込む事にした。
戻った時は夕方になっていた。まだ夏前だが、蒸し暑く汗が背中を流れている。
一時間ほど経つと、一人の若者がアパートに近づき、そのまま笹木の部屋の前でカギを取り出していた。
「笹木さんですね?」
「エッ?」振り返った笹木は二人の顔を見て、しかめた目つきになった。
「どなた?」
「覚えてないかな?東京運送の足立だけど、ほら一昨年のアルバイトで…」
「あぁ、そういえば…」
「お聞きしたいのですが…」
山本は高畠の話を持ち出し、笹木に確認したら、同じ意見が帰ってきた。
口座は会社で作るから、と言われキャッシュカードだか渡されたらしい。通帳は振込に使うから会社で保管する、という事だった。
「バイトの期間だけだったから、カードは捨てましたよ。通帳は知らない…」
山本と足立は、帰りがけの居酒屋に入って状況をまとめた。
「なるほどね。本人達の口座を作って、通帳さえ持っていれば振込も預け入れも自由ですね」
「しかもATMで出来るから、窓口に行かなくても出来てしまう…」
「後は門倉のフトコロにどうやって辿り着けるか?ですね」
足立はノドが乾いていたらしく、ゴクゴクとビールを始末している。
「門倉をつけますか?」
「はい、給料振込後に必ず動き出すはずです」
「通帳は鞄にあると思いますが、彼らの通帳から引き出して、自分の口座に入れる瞬間を押さえますか?」
「いや、それでは銀行内で大騒ぎになります。下手すれば私達が強盗扱いされてしまいます」
「どうしましょう…」
「あのですね…」
山本は足立に耳打ちした。足立も明るい顔で頷いた。
東京運送は毎月二十四日に給料の支払いが実施される。
足立は朝から門倉の動きを張っていた。
しかし、その日も次の日も外出せず机にドッシリ座っていた。
(…?)足立も不思議に感じたが、確かに引き出しはいつでも出来るから、焦る必要はどこにもない、と思い直して一週間ほど動向を見ていたが、何もそれらしい動きは無かった。
「どういうことでしょうか?」
自宅近くの公衆電話の中は暑く息が詰まりそうだった。
「毎月していないのかな?」
山本もアテが外れて落ち込み気味だ。
「私も自宅帰りまで張り込みは出来ないので、そのタイミングでしているかも知れませんが…」
「心理として、門倉がいつまでもあの四人の口座に入れたままにはしておかないと思います。キャッシュカードは彼らの手にあるのですから、万が一引き出されたらマズイでしょう」
「確かにそうですね…」
足立は汗だくになってきた。ドアを足で開けながら話している。
「どうしましょうか?」
「少し考えてみます」
と電話を切ったものの、どうすべきか思いつかなかった。
銀行の支店は都内だけでもかなりの数だし、それを全て張り込むのは不可能だ。結局、何も思いつかないで帰宅した。
家に戻ったタイミングで電話が鳴った。三浦からだ。
「もしもーし…」
「ちょうど帰ってきたとこだよ」
「なんかお疲れ?」
「いや、悩んでいるとこ…」
山本は三浦には全てを話していた。
「そうなの…手がないわね」
「あぁ…そういえば今度のデートは行きたいとこある?」
「そうね…横浜なんてどうかな?」
「中華街かぁ…いいかも」
「ふふっ、決まりね」
三浦とのデートは二回目だが、連絡はそれなりに取っていた。
「そういえば、この間の服は可愛かったなぁ…」
「ありがとう!色々選んだけど、結局買っちゃったの…」
「へぇ…そんなわざわざ買わなくても」
「でも、そんなに高くないのよ。会社帰りの駅ビルで買ったから…」
「あぁ、そうなんだ」
「じゃあ、明日また電話するね」
「ほーい…」と電話を切った。
(わざわざ駅ビルまで行って…)
フッと頭に閃いた。
(自宅…駅ビル…会社帰り…)バラバラのパズルを組み立ててみた。
(もしかしたら…)
翌日ー
朝から山本は、東京運送本社の側にある公衆電話から足立に連絡した。
足立も時間があり、すぐに出てきた。
「お待たせしました、何ですか?」
「門倉の行動を予測する方法を考えてみたんです」
「エッ?」
山本は思いを明かさず、足立をとある場所に連れて行った。
「図書館…ですか?」
「はい、ここで調べます」
釈然としない足立をよそに、山本は中に入り地図を引っ張り出した
「何するんですか?」
「人の動線を調べるんですよ」
「動線?」
「はい、私達は日常の通勤や通学の動線は毎日ほぼ同じなんですよ」
「そういえば…私も同じルートで行き来してますね」
「門倉も通勤ルートは同じはずです。彼の自宅はどこかご存知ですか?」
「確か目黒と言ってました」
「ならば、山手線だと巣鴨まで一本でこれますね」
「でも、都営三田線でも行けますよ」
「そこでコレの登場です」
山本はポケットから、銀行のパンフレットを取り出した。
「それは…」
「あの四つの信金と銀行の支店で、全てが揃う駅があるはずです。それは多分通勤ルート上にある…」
「なるほど!ウチの会社も半年定期券推奨してますから、その区間内なら乗り降りも自由だ」
「その通りです。おそらく各銀行の支店が揃ってるのは、大きな駅のはずです。
付け合わせましょう」
二人は各銀行のパンフレットから、ルート上にある支店をチェックした。
「新宿だ…」
更に詳細の地図で住所から、位置を割り出した。これは簡単にわかった。
「新宿駅西口か…」
「高層ビル街ですからね…間違いないでしょう」
二人は一筋の希望にかけた。
翌月の給料日に、足立は門倉の後を追って帰宅ルート歩いた。途中で山本も合流したが、ワザと離れて他人のフリをした。万が一、足立が気づかれた時の予備策のためだ。
門倉は全く気づかず新宿駅で降りた。
(やっぱりここか…)
足立に気合いが入った。
だが西口には向かわず、反対の東口に足を運んだ。
(アラッ…違う?)
またもや空振りか?単に飲みに来たか、それとも寄るところがあるのか?足立と目配せしながら後を追う。
東口を出るとアルタ前は、相変わらず、ごった煮ぐらいの人が歩いてる。
どうみても銀行に行く雰囲気では無かった。人混みをかき分け、門倉を見失わないように存在を確認しながらついて行くと歌舞伎町に入った。
人の波に切れ間が出来て視界が開け時、門倉に近づく人影があった。
(ん?あれは…)
どこかで見た顔だ。
そこで足立が側に来た。
「誰ですか?」
「あれは…柿崎誠ですよ」
「エッ?あっ…そうだ…なんで?」
「二人は繋がっていたのか…」
山本は考えた。一つの推論が浮かんだ。
「そうか…銀行には柿崎が行ってるんだ!」
「なぜですかね?」
「用心かも知れません。門倉が行けば、万が一バレても銀行に行ってないからシラを切れる…その為の柿崎なんですよ」
「そこまで…」
足立は開いた口が塞がらなかった。
門倉と柿崎は並んで歩いたが、よく見ると柿崎が袖をつまんでいる。
どうも不自然な感じだ。
まるで恋人同士のようだ。
(まさか…)
二人はそのままラブホテルに入った。
「エッ!」唖然とした。
足立も鞄を落とすぐらい呆然とした。
「ホモ…?」それしかない。
「でも門倉は結婚してますよ!」
「どっちもイケるタイプなんでしょう」
「うわ~、気持ち悪い…」足立の顔が歪んでいる。まさか上司がホモなんて考えもしないことだ。この頃はゲイというよりよりも、男性同性愛者をホモと呼ぶ方が多かった。
「あの便箋はそういう事だったのか!」
「あぁ…全てを振り切るとか?」
「あれは、柿崎を家出させる為のキッカケなんですよ。実家に居ては何かと不便だから、一人暮らしをさせて自由を選ばせたんですよ!」
「じゃあ…あの四人の給料は柿崎を自立させる為の資金ですか?」
「というよりも、二人の資金かも知れません。百万円ですからね。一人暮らしにしては額が大きい…」
「あの野郎…そんな事のために会社の金を横領してたのか!」
「でも、これで攻め所が出来ました」
「柿崎ですね…」
「はい、門倉は惚けても、柿崎は門倉が追い込まれるのは耐えられないはずですから、証拠も手に入るでしょう」
「どうしますか?」
「時間が大丈夫なら、このまま張り込みませんか?」
「もちろん!やりましょう」
足立の鼻息も荒い。
それから近くのカフェで、二人が出てくるのを待った。明日も仕事だから泊まりは無いだろうとの読みだった。
二時間ぐらいして、二人は笑顔で出てきた。今度は腕組みをしている。
「来た!」足立が会計を済ませ、山本は二人の後をつけた。
また新宿駅に戻り柿崎は原宿で降りた。今度は割と近い距離で、柿崎の自宅を突き止めた。
原宿通りを抜けると、割とキレイなアパートが現れた。
玄関に入るのを確認して、柿崎と対面することにした。
呼び鈴を鳴らすと、すぐに柿崎の声がした。門倉と勘違いしたのだろう。明るい声が二人を見たとたんに沈んだ。
「…あの、誰ですか?」
「東京運送の足立と言います」
「私は山本と言います」
面倒なので社名は伏せた。
「あ…あの…何か?」
完全に気づいた様子だ。
「ここに来たワケは分かるよね」
「いや…あの…わかりません」
目を合わせない態度が物語っている。
「東京運送の給料四人分だよ、合計で三千六百万だ。これは警察に行くしかなくなるよ」
「エッ!いや…その…」
「中に入れてくれないかな…」
柿崎もマズイと思ったらしいが、足立が強引に入った。
キレイな部屋は、実家の部屋を思い出させる。書棚には門倉とのツーショット写真が何枚もある。
「ここに来たのは、キミに真実を話してもらう為だ」
「門倉は犯罪を犯している。なぜそうなったか経緯を話してくれ」
「…ぼくは何も知らない」
山本が柿崎の襟首を掴んだ。
「そうか、知らないんだな。じゃあ鞄の中身を拝見しようじゃないか」
サッと鞄を先に取り、口を開けて中身を落とした。
ノートや文具、そして通帳がバラバラと床に散らばった。四冊ある。
「このままでは門倉は逮捕されるぞ」
足立は脅し口調で、柿崎を座らせた。さすがに中年の凄みが出ている。
柿崎は黙ったまま頭を垂れている。
「逮捕…そんな?」
「当たり前だ。だが真実を話してくれたら、多少の温情はあるかもしれない。どうすんだ!?」
「…」
柿崎はかなり迷っていた。門倉がしている事は分かっている。だが、愛する彼を手放したくはない。唯一の理解者だったからだ。
「もし、全てを話してくれたら警察沙汰にはしない、と約束しよう」
山本が肩を叩いた。
柿崎は山本を見て決意した。
重かった口が開く。
「…ぼくはずっと男性が好きでした。小学生から見ていたのは担任の先生だったんです。最初はカッコイイという憧れと思っていたんですが、中学も高校も女子には興味がなくて、男の子ばかり好きになってました」
「…それで?」
足立が柿崎の横に座った。山本も続く。
「高校生の時に、野球部のキャプテンを好きなって告白したんです。そしたら、それが広まって次の日からイジメが始まりました。キモいホモと呼ばれ、石を投げられた事もよくありました。囲まれて裸にさせられた事もあります…」
「大変な思いだったんだね…」
足立も同情心で頷いた。
「大学を中退して、仕事も何をしていいのか、分からない時に東京運送のアルバイトで門倉さんに出会ったんです」
「どうして門倉と?」
「あなた達にはわからないと思いますが、同性愛者同士ってわかるんですよ」
「わかる?」
山本初めて触れる話に少し混乱した。
「えぇ、同性愛者って見ただけで分かってしまうんです」
「でも、門倉は家庭もあるよ…」
「両刀でもわかります。彼は私の事をすぐに見抜きました」
「それで?」
「私は人生の先が見えない、いわば漂う雲でした。門倉さんはそこに光を当ててくれました。家庭は捨てられないけど、ぼくを大事にすると言ってくれたんです。それが嬉しくて…」
「そこまでは美談だが、何故カネを?」
「最初はぼくも知りませんでした。でも大金が毎月手に入るから、それを生活に当てて貯金しろ、って。通帳を見て何となく普通のお金じゃない事は感じていました。それで、一緒に入った人達の口座を使ってぼくの口座に入れてたんです」
「キミの口座だったのか…」
山本は床に落ちた通帳を拾って中身を確認した。
確かに三人はすぐに引き出されてるが、柿崎の通帳には三千三百万円が残っていた。柿崎は涙ぐんでいる。
「今はどんな気持ちだ?」
足立が躊躇いもなく聞いた。
「あなた達にバレて良かったと思っています。正直、窮屈でした。そんなにお金はあっても…門倉さんが悪い事をしたお金で生きていても、何も得られない気がして…」
「でも、門倉を失いたくない?」
「はい、あのお金がぼくと門倉さんを繋ぐ糸のような気がして…拒否すると門倉さんもいなくなると思ったんです」
足立が柿崎の前にしゃがんだ。
「柿崎クン、オレには同性愛の気持ちは分からないが、好きな人への想いだけは理解出来る。本来なら恋愛に後ろめたい事はいらないんだよ。あれば、その分だけ苦しくなるだけだ。キミの判断は正しいと思う。門倉と続けたいなら、正面からぶつかって行くしかない…それを避けてたら、キミは一生逃げる事しか選べなくなるよ…」
その言葉が山本の胸にも染みた。
「…そうですね。すいませんでした。お金はお返しします」
二人は門倉と解決するまで会わない、という柿崎の言葉を信じて通帳全てを持ち巣鴨に戻った。
「少し足りないですが…」
「残りは門倉から返してもらいます」
足立は少し晴れ晴れした顔で歩いた。
明日、門倉にとって辛い日となる。
朝から小雨がパラつく通りで、雨宿りしている猫を見ながら東京運送の本社に向かった山本は、門倉との対峙に気持ちを新たにしていた。
応接室では足立が待っていて、門倉も呼んであることを言われた。
資料を取り出していると、面倒くさそうな顔で門倉が入ってきた。柿崎は約束通り何も伝えていないことがわかる。
「何だよ、朝からさぁ…」
自分でコーヒーを入れて、タバコを取り出す。これから始まる事を予想するのは無理というものだ。
足立が切り出した。
「門倉さん、アンタ大変な事をしたね」
タメ口の足立に門倉は眉をひそめた。
「誰に言ってるんだ?足立…」
「会社の金を横領して、愛人の柿崎に貢いでるアンタにだ!」
一瞬で門倉の顔が青ざめた。
「な…なんの」
言葉が続かない門倉を他所に、足立は淡々と話した。
「アルバイトの口座を利用して、三年間で合計三千六百万円ものお金を私的に使った…こりゃ懲戒免職モンだね」
「バカな!そんな…証拠はどこにある?私は知らんよ!」
声が荒くなり、二人を睨んだ。
山本は通帳を出して、柿崎との会話を話し始めた。最初は睨んだ目が、だんだんと悲しい目に変わってゆく。
全てを話し終わった時には、完全にうな垂れていた。
「柿崎はアンタのしている事を、苦々しく思っていた…悪い事をしたお金で幸せにはなれないと分かっていたんだよ」
足立は通帳を見せながら、机をトントン叩いている。
「門倉さん、同性愛は悪い事ではない。私たちには何の興味もない。責める事もしない。彼はこのお金にはほとんど手をつけなかった。三百万少ないのは、あなたが色々使ったみたいですね…」
下を向いたまま返事もない。
「知ってましたか?彼は同性愛者が集まるバーで働いてるのを…」
「エッ!?」
「ご存知なかったようですね。あなたが彼に宛てた手紙がありましたよね?」
山本は預かった手紙を机に出した。
「なんで…なんで?」
次から次に出てくる秘め事を暴かれ、門倉は狼狽し始めた。
「これはアナタの字ですね。あの中にあった、勇気という言葉が彼を変えたようです。世間に認められないままでは、生きていけない。自分から切り開いて行かないとダメだ、と。その事であなたに感謝していましたよ」
「うおぉぉぉ…」大の大人が恥も外聞もなく泣き出した。
山本も足立も黙ってみていた。
「オレは…オレはなんで…」
「門倉さん、社長に正直に話しましょう。なんとか懲戒免職は避けてもらうよう話しますよ…」
門倉は足立の暖かい言葉に何度も頭を下げ続けた。
三日後ー
足立がアールイーディーカードの本社にやってきた。
天野と山本と三人で、応接室でその後の報告を受けた。
「そうですか…降格で済みましたか」
「はい、社長もほとんどの金が戻ってきた事で許したみたいです」
「足りない分は?」
「まぁ、それも残れた理由なんですけどね…残金は給料とボーナスから天引きする事で補填します。辞められたら、それも返せないでしょう」
山本も頷いた。
天野が突然、祝辞を述べた。
「それはそうと今度部長になられたそうで、おめでとうございます」
足立は照れていた。
「いや、今回は山本さんに随分助けられました。私の昇進は山本さんのおかげですよ」
「私は何もしてませんよ」
「足立さん、コイツしつこいでしょう?」
天野が珍しく冗談を言った。
「はい、まぁ諦めを知らないですよね。山本さんがいる間は不正はしないようにしますよ」
三人の笑いが響く。
そこに三浦がコーヒーを持ってやってきた。チラッと山本を見た。
「いやぁ、不況になって冷たい話題ばかりですけど、嘆いていても始まらないですよね…そうだ!今度、東京運送もいよいよコンビニの配送に乗り出すことになりました!」
「そりゃすごい!いい話しですね」
山本も初めて聞いた。
「まだ試験的に数店舗だけですが、今後は二十四時間体制でシェアを取りたいと思います」
「これで、関連事業もいい報告が出来るなぁ、伸ちゃん!」
「はい…」
足立は報告を終え巣鴨に戻った。天野からは「ご苦労さん」と一言を貰い、また通常業務に戻った。
ケーリンミシンの守山も、佐伯を香港に駐在させ、海外の新規開拓に力を入れている。児玉は工場の件でバタバタしているようだった。
平日の昼過ぎー
美田園は、新宿駅から少し離れた小料理屋で一人の男と会食をしていた。
「しかし、山本がケーリンを救うとは予定外だったよ…」
「そうですな…まだ若いのにやりますなぁ。美田園さん大丈夫ですか?」
「フン、大丈夫だよ。アイツに分かる訳がない。それに万が一漏れてもオレには被害は及ばないようにしてあるさ」
サバ定食を口に放り込みながら、美田園は水で流した。美田園の食事マナーは、あまり良いとは言えない。
「さすがですなぁ、コレはいつもの…」
男は少し厚い封筒を出して、テーブルの下で渡した。
「いつも悪いね」中身を確認せず、そのまま鞄に無造作に突っ込んだ。
一時間程して二人は分かれた。
美田園はその足で、新宿の風俗街に向かった。馴染みにしているヘルス嬢に会うために。
同じ頃ー
山本は、関連会社と子会社の月次決算報告を纏めていた。
赤城と手分けしているが、特に異質な数字も無く、定型フォーマットに入力するだけの単純作業だ。
「伸ちゃん…」天野が手招きした。
「報告書はどうだ?」
「はい、特に変わった事も無いです。いつもの報告通りかと…」
「分かった。ところで今晩空いてる?」
「何か?」
「いや、社長がキミと飯が食いたいって言ってね。ケーリンの件も解決したし、まぁ慰労会みたいなもんだよ」
「はぁ…予定は大丈夫です」
「じゃあ7時に社長車のところで」
ケーリンの一件以来、狭山の山本への評価は高くなり、美田園と片岡はそれを苦々しく思っていた。
(これでまた言われるなぁ…)
狭山が近づけば、その分だけ片岡のイヤミが始まる。未だに嫌われる理由が分からない。
料亭《あおやぎ》は満室だった。
狭山・天野・山本が車を降りると、他にもお偉さんらしき車が停まっていた。
ここは、児玉を招いて以来である。
三人はいつもの座敷に通され、食事とアルコールを楽しんだ。
狭山が上機嫌で山本に酌をする。
「今回の働きは良かったな、伸ちゃん」
「恐縮です」
「将来が楽しみだなぁ…」
「そういえば、今度アールイーディーグループの整理をするとか…」
山本は小耳に挟んだ話を聞いてみた。
狭山は口を真一文字に結んだ。
「親分がな…多くなった子会社を整理してスリムにする、って言い出してな」
「理由は何ですか?」
「本体も銀行から突き上げを食らっていてなぁ、ずっと土地と建物の取得で借りまくったろ!?その価値も暴落して、担保割れしてるから、何とかしろって言われたらしいわ!」天野が追加した。
「グループをスリム化して、売れる物は売って、人員は削減してグループのキャッシュフローを効率化する狙いだ」
確かに有利子負債は、グループ総資産の四十パーセントを超えている。
「またリストラですね…」
「うむ。幸いウチは大丈夫だか、アールトラベルがやばいんだ」
「あそこは薄利ですよね」
天野が呟いた。山本も頷く。
「旅行に行かなくなって、売上が激減している。あそこはバス会社とタクシー会社、それに弁当屋も持ってるからな」
「なるほど…」
狭山が日本酒を一気に流し込んだ。最近はビールより、日本酒の方が好きらしい。天野もそれに付き合ってる。
「どうなるかなぁ…」
「まさか、ウチに来ないですよね?」
ボソッと山本が沸いた疑問をぶつけた。
天野はとんでもないという顔で首を横に振った。
「それは無いだろう。ウチもトラベルまで引き受けられないよ」
狭山は黙っている。山本が気づいた。
「社長…」天野も狭山を見てる。
「そうなんですか?社長…」
狭山は重い口を開いた。
「親分が、ウチで何とかならんか?と言っていたらしい。まだ正式ではないがな。君たちも知っての通り、親分は一度口にした事は実現させる性格だ。まぁ、ウチの現状も知っているから無理は言わないと思うがな…」
天野はため息をついた。中川一二美の性格は彼も知っているだけに、やるせない気持ちは隠せない。
「来ない事を祈るしかないですね…」
山本の慰労会は、暗い雲が漂う雰囲気で終わった。
自宅に戻った山本は、シャワーを浴びて一服していた。電話が鳴り、出ると三浦だった。
「こんばんわ」
「社長とのご飯どうだった?」三浦だからアールトラベルの事を話した。
「そうなの…なんか慰労会が暗くなったわね…」
山本は軽く笑った。三浦との電話まで暗くなる必要はない。
「デートしようよ」
「アッ…うん、その事で電話したの。いつがいいかなって…」
「なんなら今週末は?」
「うん、大丈夫よ。待ち合わせどうしたらいいかな?」
「キミん家行こうか?」
「来てくれるの?」
「行きますよぉ…」
時間を決めて、電話を切った。三浦はタンスを開けて、何を着ようかルンルン気分で迷っていた。
土曜日ー
夏前の今時期が一番過ごしやすい。
車は首都高速から、3号線に入り箱根方面に向かった。道路は割と空いていた。
東京の道路は、平日と休日では全く事情が異なる。上りと下りの混むパターンが逆になるので、それも込みで計算しなければならない。
東京人でも首都高速は乗り慣れない人がたくさんいる。
だが、山本は好きだった。夜景は他にはないほどキレイだし、走る場所によってビルの下になったり上を走ったり飽きない景色の変化が好きだった。
「運転上手なのね」
三浦は心地よい運転に安心していた。
「そうかなぁ?」
淡いピンクのワンピースに白の薄いカーディガンがよく映えた。それに合わせた白のヒールが上品な女を演出している。
「ハイ、これ」
三浦は缶コーヒーを開けて、カップホルダーに入れた。こんなちょっとした心遣いも嬉しいものだ。
「その服似合ってるよ」
三浦の顔がまんべんの笑みになる。
「ホント?嬉しいなぁ!」
「うん、なんか会社の制服と違うからドキドキしてるわ」
デートの約束した夜から必死になって選んでいた。妹まで駆り出して何度も品評させた為、文句言われたほどだ。
車は箱根に入り、イタリアンレストランで昼食をとった。
昼間だが、客の入りは半分程度だ。
「あのね…中野さんだけど…」
ドキッとした。身体を合わせた夜のことが鮮明に蘇ってくる。
「どうしたの?」
「すごく優しくなって、みんな驚いてたの…そしたら、結婚して辞めるって!」
「エッ!そうなの?」
あの日以来、中野とは何度か立ち話はしたが、そういう話は聞いてなかった。
「いつ辞めるの?」
「9月だって」
あと3ヶ月で中野がいなくなるのは寂しい気もしたが、祝う気持ちの方が大きいのも事実だった。
「相手は社内の人?」
「なんでも、田舎の農家をやってる人だって!」
「それも驚きだなぁ…秘書さんが農家の嫁になるとは」
「同級生らしいんだけど、休みに帰省して久しぶりに会ったのがキッカケみたいよ。猛烈にアプローチされたって…」
純粋な気持ちが、中野の心を動かしたのだろう。
二人は同じパスタを平らげ店を出た。
どこに行っても、三浦は美貌とスタイルで男達の視線をさらった。
特に流行りのレイヤーに、少しカールがかった髪は色気をさらに演出している。
途中の美術館にある中庭で、お茶をしている時に三浦は思い切って聞いてみた。
「山本クン…」
「ん?」
「付き合ってる人いないんだっけ…」
「いないよ」
「好きな人は?」
山本はもしや、と感づいた。
「いませんよ」
「アタシね…」下を向いたまま、何度も唾を飲み込んでいた。
「アタシ…山本クンのこと…ずっと気になってるの…」
(やっぱり…)こんな美人に告白されるのは、男冥利に尽きる。だが…
「…なんで?」
「最初は中村クンの事もあったんだけどね。ケーリンミシンの時にすごく頑張ってるのを見てたからかな…」
「そうかぁ…」
吸っていたタバコを消して、三浦の正面を向いて姿勢を正した。
「オレな…親を事故で無くしてて、あまりいい人生を歩んでないんだよ…そのせいで人を信じる気持ちが欠けてしまってるんだ」
「そうなの…?」
驚きの発言に俯いていた三浦は、山本を見据えた。
「うん、でもケーリンミシンの件で守山社長やアバカブの児玉常務が、損得無しに協力してくれて、人の関わりの強さを教えて貰った…」
「正直、三浦に想われて嬉しいんだ…けど、もう少し時間をくれ…」
微笑みに変わった三浦の顔は、優しく包まれるような光を放っていた。
「うん…待つわ。山本クンが信じてくれるまで…」
三浦から告白された日の晩ー
山本の自宅に一本の電話があった。
「もしもし、山本ですが」
「こんばんわ、中野ですが」
「あっ!」
思わず部屋中に響く声が出た。
「ふふっ…三浦さんから聞いたのね?」
「エェッ…でもどうして?」
「三浦さんがアナタの事を好きなくらいわかるわよ。昨日からルンルン気分で仕事してたから。デートでもしたの?」
「まぁ…中野さん、結婚するって…」
「あはっ!聞いたのね~そうなの…農家に嫁ぐ事にしたわ」
「いい人なんですか?」
「純朴な同級生でね…アタシじゃなきゃダメだって…こっちまで来て、アパートの前で土下座されちゃった!」
「あらまぁ…そりゃすごい…」
「やっぱり女は、愛されて結婚するのが幸せかなって…アナタの言う通りね」
「あの、三浦がオレを好きだってなんでわかったんですか?」
冷蔵庫からビールを取り出して、片手で開けた。
「アナタ、私の事を見抜いたクセに自分の事まるでわかってないのね~」
正直、ケーリンミシンの時は他の事は考える余裕も無かった。
「あの子ね、ずっとアナタの事を見ていたわ。アタシが室長を見ていたように。
あの子はいい子よ、前にご飯した事あるんだけど、勝手気ままな人とか、気の小さい暴力男と付き合っていたみたいだけど、随分傷つけられたって」
確かに中村の事で飲んだ時に「いい恋」をしていないとぼやいてたのを思い出した。美人が幸せとは限らない。
「そうでしたか…」
「アナタの過去を聞いて、私も驚いたけどね。あの子は信じても大丈夫よ。少し気が弱いけど、アナタの事は本気で想ってるのはわかる…」
「室長とは?」
「バッサリ切ったわ!女は割り切ると忘れられる生き物だから」
言葉に力が入っていた。それは本音だからだろう。
「良かったですね」
「アナタに抱いて貰って変わったのよ」
なんとなく照れてしまう。
中野は気を利かした。
「大丈夫よ。アナタとの夜の事は内緒にしてるから安心して!」
「あはは…助かります」
「最後のアドバイスだけど、あの子を頼むわよ…アナタを変えてくれる子よ」
「わかりました。ちなみに俺ん家の番号をなんで知ったんですか?」
「バカね。人事と秘書室だけは、社員のデータを見る事が出来るのよ。有事の際に備えてね…」
なるほど、とその気になれば家もわかってしまう事を改めて知った。
「中野さん、お幸せに…」
「ありがとう、アナタも幸せにね」
新しい中野の人生に、山本はビールを高く上げ一人で乾杯した。
翌週ー
「山本さん、東京運送の足立さんからお電話です」
アールイーディーカードの子会社で、一番大きい規模の東京運送は、年間百七十億円の売り上げがある。主に個人の引越しがメインだが、最近は企業との契約も増えつつある。
足立は経理課長で、実績報告のやりとりでよく話す相手だった。今年で四十歳を迎えたばかりだ。
「どうも、山本です」
「…山本さん、少しお話したいのですが時間ありませんか?」
いつも、明るく話す足立にしては神妙な口調だった。
「何かあったんですか?」
「電話ではちょっと…直接会って話したいのですが…」
ただならぬ雰囲気を察して、八時に池袋で会う事にした。
「誰にも言わないでほしい…」と最後に加えた足立の言葉に、何か起きた事は予感できた。
池袋駅東口で待ち合わせして、個室料理屋に案内された。
東京運送本社は巣鴨にある。
西武池袋線に乗り換える足立にとって、馴染みの店が幾つかあるようだった。
生ビールと料理を、数品を頼んで本題に入った。
「どうしたんですか?」
「これを見てください…」
渡された封筒には、決算書と経費明細が入っている。それも一昨年・昨年・今年の三部をクリップで止めてあった。
一昨年のは見ていないが、昨年と今年のは見覚えがある。特に変わった感じもしなかった。
「これが何か…?」
「一昨年から、おかしな人件費が増えているんです」
「おかしな?」一昨年の経理明細をよく見るがわからない。
昨年も今年もだ。
細かい数字までは覚えていないが、確かに何か違和感を感じた。
「どこが違うのですか?」
足立は運ばれたビールを半分ほど勢いで飲み干した。
「はい…これは御社に提出している明細とは違う明細なんです」
「エェッ!?どういうことですが?」
「実は…私も気づかなかったのですが…ウチでは最終の決算書は経理部長の門倉が毎月作っています。門倉は古参なもので、彼しか知らない取引もあるみたいで、私達が全て処理している訳では無いんです。最後に纏め終わったものが、私達に降りて来るんです」
「なるほど」
東京運送は先代社長の、川名 守が作った会社で、今の二代目は息子の裕太が継いでいる。株主はアールイーディーと川名家で半々で構成されている。
こういう会社は何かと手を使って、別名義でオーナーのフトコロに入る仕組みがあったりするが、よほど利益に困窮しない限り問題になる事はない。
「川名家に入るものですか?」
「私も最初はそう思ったのですが、どうも違うようなんです」
「この書類はどうして…」
山本は刺身を粗方始末した。
「門倉が重い風邪で休んでましてね…ハンコが必要だったので、机のカギを借りて開けたら、何故か共通キャビネットにあるはずの決算書ファイルがありました。でも、キャビネットにも同じものがあるんです」
「つまり…キャビネットにあるのが偽装で?」
「たぶん、これが本物だと思います」
山本はもう一度明細を見直した。特に給料明細はアイウエオ順に並んでいるが、おかしな点は見つけられない。
「小川俊太郎・柿崎誠・笹木隆介・高畠昇の名前がありますよね?」
「小川、柿崎…確かに。この人達は?」
「はい、今ではウチに実在しない名前なんです」
「エッ…!?」
足立は煮込みをつついていた。
「どういう事ですか?」
「わかりません…」
「川名社長はご存知なんですか?」
「いや、川名は経理に明るくありませんから、全て門倉に任せています。明細まではいちいちチェックしませんので、この決算書しか見ていないと思います」
「じゃあ、門倉さんが着服してると?」
「考えたくありませんが…」
「どのくらいになるんですか?」
「一人当たり毎月二十五万円で計百万円、三年間で三千六百万円です」
「しかし、過去の決算書を足立さんが何かで見る事もあるでしょう?」
「気づかなかった理由は他にもあります。私が経理部に来たのが一昨年なんですが、その時は得意先増加で人員を数名増やしたから、気にとめなかったんです」
山本はビールを空にして、お代わりを頼んだ。
「私もいけないのですが、百三十名もいる社員の給料明細を遡ってチェックは中々…まぁ、税務署とか来れば別なんですが…」
確かに、山本も過ぎた決算書を見直す事は滅多にない。
足立の言うことは無理もない。
「この連中を足立さんはご存知で?」
「はい、覚えはありますね」
わからない状況に、二人はため息を漏らした。
「どうしたらいいかと…」
「今のところ、確固たる証拠がありませんから、門倉さんを追求しても意味が無いと思います。門倉さんが着服している証拠を揃えないと…」
「キレイ事を言うつもりはありませんが、何かと会社の利益が欲しい時にこんな金額が個人のフトコロに入るのは許せなくて…」
足立の言う通りで、その分は現存する社員に還元させるべきだ。
「これらは全て銀行振込ですよね?」
「はい、銀行はバラバラですが…」
「まずは、門倉さんの行動を明らかにしましょう。給料振込後に引き出すでしょうから、その事実を掴まなければ…」
「あの…この事を御社の上層部に言いますか?」
足立は不安顔で尋ねた。
「いや証拠が無い以上、意味が無いと思います。今の段階で騒いだら、足立さんが不利な事になるかも知れません。まずは少しでも確証を探しましょう」
足立も無言で頷いた。
池袋を後にして、山手線に乗り込むと相変わらずのラッシュに身体を押された。
山本は電車の中で、着服の事を考えていた。門倉の着服が一昨年から始まったのには、何か理由があるはずだ。四年前には無かったのだから、一昨年に何か経理操作をしなければならない訳を突き止める必要を感じていた。
自宅には夜十一時過ぎに着いた。
翌日ー
三浦から内線が入った。
「山本クン、天野さんが社長室に来て欲しいって」
「了解です」
「あっ、それから今晩電話出来る?」
小声だが、明るい三浦にはいつも癒される気がした。
「九時過ぎには部屋にいると思うよ」
「じゃあ、夜電話してもいい?」
「待ってるよ…」
三浦との電話を切って社長室に上がった。秘書室の前で三浦がウィンクした。
三浦のウィンクは、男の心を揺さぶるものがある。
軽く頷いて、社長室のドアをノックした。
「失礼します。山本です」
中には狭山と天野、そして取締役経理部長の高木がソファーにいた。
「伸ちゃん…まぁ、座ってくれ」
基本[さん]付け運動の筈だが、社長には関係ないらしい。
「何かありましたか?」
「高木クン」狭山が催促した。
「実はな、今度から子会社の監査をする事になったんだ」
「監査…ですか?」
「うん、ウチも含めたグループ会社に対して、銀行から資金の流れが不透明だと言われているのは知ってるな」
高木はコーヒーを一口飲んで、渋い顔をした。
「はい…」
「それで、せめて子会社の経理が真っ当だ、という事を担保する必要が出てきたんだ…」
「実体子会社を…ですから」
「まぁ、ペーパーカンパニーの方は事情もあるから手はつけないが、実体の方はウチでも把握しておいた方がいい、という判断になってなぁ」
天野が代わりに答えた。
「なるほど…わかりました」
「で、伸ちゃんには子会社とウチの経理部連中の間を取り持って欲しいんだ。キミは確か簿記資格を待っていたよな」
高木が天野を見ながら、了承を無言でお願いしている。天野の軽く頷いた。
「はい…」
「経理に明るいキミだから、ウチの連中とも話は早いだろう。一つよろしく頼むよ」とソファーで高木が頭を下げた。
「わかりました。それはいつからですか?」
「来月からだ…」
天野が被せるように答えた。
山本は迷っていた。足立から相談を受けた翌日に子会社の監査が決まり、相談を天野に打ち明けるべきか。
自席に戻った山本はメモ紙に、色々な事を殴り書きしながら、頭の整理を始めた。ケーリンミシンの時は、狭山や天野の支援があったから自由に動けた。
しかし、東京運送の件は隠密行動しか出来ない。内勤業務がメインの仕事では、外出も頻繁にはやりにくい。
「ちょっと電話してくる」
赤城に伝言して、外の公衆電話から足立に連絡し、監査の件を伝えた。
「エッ…?何か発覚したのですか?」
電話からでも、足立の不安が伝わってくる。タイミングが良過ぎだ。
「いや、偶然です。決定事項ですから、来週にでも全社に通達が発信されるでしょう…」
「どうしたら…?」
「ウチの天野に話してみようかと思うのですが…」
「大丈夫ですか?大事になりませんか?」そう思うのは当然だ。
「もし、このまま何も話さないと、発覚した時に足立さんの立場はかなりマズイ事になるかも知れません。それより先に怪しい点を話しておけば、指摘者としてみんなが認識します」
しばらく黙っていた。
「足立さん?」
「わかりました…お任せします」
「では、天野に報告してきます。後でご連絡します」
そう言って電話を切った。
電話ボックスを出ると、太陽の日差しが強くなってるのが感じる。
いよいよ夏本番の予感がした。
「なんだと!?それは本当なのか?」
山本は天野を引き連れて、経営企画室のフロアーにある会議室で、足立からの相談を話した。
「先ほど話すべきだったのかも知れませんが、なにぶん確証がないので迷っていました」
「それが事実なら大変な事になるぞ」
「はい、もしかしたら監査で明るみになるかも知れません」
「このタイミングで…かぁ…」
「どうしましょうか?」
「ふむ…仕方ない。まだ確証が無いなら経理部には黙っていよう。もし明るみに出なければ、オレとキミで調べる事にするしかないな」
「明るみに出たら?」
「その時は東京運送もそうだが、俺たちにも管理責任が問われるだろうな…」
「室長…では、私はなるべく経理部の監査を、その点から遠ざけるようにしてみます」
「イヤな役回りをさせるな…」
「いえ、私も足立さんの相談が無ければわかりませんでした。責任はありますから。人事ではありません」
「片岡と美田園には黙っていよう」
「その方がいいですかね?」
天野は軽く笑った。山本に対する二人の態度を察知しているようだった。
「その方が動きやすいだろう?アイツらには、俺からごまかしておくよ」
天野の配慮に感謝して、二人は会議室を出た。
子会社監査の実施は、天野から片岡と美田園に伝わった。二人とも面倒くさそうな顔をしたが、業務命令としてやむなく首を縦に振った。
二人は隣り合わせの自席で密かに話していた。
「また山本ですか…」
「気にするな!子会社の監査なんて面倒な仕事はアイツにやらせておけばいいんだよ。ケーリンミシンで調子に乗ってるが、今に慌てるさ…」
「それなんですが、次長は何をお考えなんですか?」
美田園は不敵な笑みを浮かべた。
「ははは…物事にはタイミングがあるんだよ。まぁ見てろよ」
片岡では美田園の考えがわかるはずも無く、ただ従うしか無い。
管理職としての能力のない片岡は、部下を潰す事で今の地位を保っていた。経営企画室は、社内でもエリート部隊のトップに位置する。ハードな仕事だが、出世するには一番の近道とも言えた。美田園の力で引っ張られた片岡の仕事振りは良くない。影ではコバンザメと叩かれている。知らないのは本人だけだった。
美田園も使いやすいから、というだけの理由で片岡を部下にした。
山本は監査の調整で経理部に出向いた。
経営企画室の連中は、エリート意識からか他部署に出向くより呼び出す事の方が多い。そんな中で山本は、ほとんど出向くのだが、「天下の経企さん」とイヤミを言われる。今ではそんな言葉に対する免疫も強くなった。
経理部次長の宗岡篤の隣で椅子を借りて、監査の打ち合わせをしていた。
「天下の経企さんが来るとはね…」宗岡は下っ端の山本に開口一番にかました。
「そんなこと言わないで下さいよ」
「お宅の連中は、人に振ってばかりで命令するだけだからね~」
宗岡は天野と同期だが、出世は天野がリードしている。それも面白くなかった。
「今回は経理部とウチとの連携ですから、私が橋渡し役をさせて貰います。監査に必要な書類とか資料は用意させますから遠慮なく言って下さい」
「それは言わせて貰うさ…ウチはペーパーカンパニーのペラペラな経理と違うからねぇ…容赦無くやるよ」
事あるごとに出てくるイヤミに、いちいち腹を立てるわけにもいかず横に流すしかない。
「よろしくお願いします。どなたが担当されるのですか?」
「そうだなぁ…オイ、上野!」
山本と同期の上野大知が、何故か盛んな顔で近づいてきた。
「オゥ!山本、よろしくな」
経理部に似つかわしくない、スマートな顔立ちと高身長な姿に部内の女性社員が目で追いかけてる。
「久しぶり…よろしく」
「変なところ見つけたら、ガッツリ指摘してやるからなぁ~」
普段、目立たない経理部の連中は決算とか社内監査とか、自分の範疇に入るイベントの時には態度が大きくなる傾向がある。特に半期と年度決算時期は、何かと指摘が飛んでくる。年二回だけのイベントを皮肉って《盆暮の経理》と陰口を叩かれていた。
「どこから始めるんだ?」
「一番規模がデカい東京運送だろ」
大体想像はついていた。
「わかったよ…じゃあ、スケジュールが出来たら連絡くれ」
山本は自席に戻り、天野をチラッと見てから外出の準備を始めた。
「オイ、どこ行くんだ?」
片岡が横にやってきた。ポケットに手を入れたままの姿は、スーツ以外の姿ならチンピラのようにも感じる。
「室長に頼まれまして…」
「エッ!? なんだそれ?」
片岡が天野を見たら、「そうなんだ、頼み事をね…」と一言告げた。
「そうでしたか…」とトーンダウンした声で山本を睨んだ。
山本は構わず、鞄を抱えて後にした。
いかつい片岡の表情は無視した方が、突っ込まれなくてよかったからだ。
外に出ると日差しが肌を刺激する。
夏がそこまで来ているのがわかる。
(暑くなるなぁ…)
巣鴨で降りて、駅前ビルの中に東京運送本社がある。長い事、改装もされていないビルの壁は黒ずんでいる。
三階の扉を開けると、手前に営業部があり経理部は、一番奥の社長室の横に陣取っている。
門倉が新聞を読んでいた。
「どうも…お久しぶりです」
「あぁ…監査だって?面倒だねぇ」
いかにも止めてくれと言わんばかりの態度で新聞を畳んだ。
「ハイ、そういう事になりました。よろしくお願いします」
「まぁ…見られて困るモノは無いから、いいんだけどさぁ…」
(ホントか?)
自信のある言葉にはバレない余裕の姿勢が現れている。
「わかってますよ。何も無ければ、すぐ終わると思いますから…」
「何も無ければって、何も無いよ。あるわけないだろう!」
何か言えば突っかかる門倉の態度に疑惑の思いが広がった。
そんな門倉の横を過ぎて、足立のデスクに向かった。
「どうも足立さん」
「あぁ…山本さん、顔を見るのは久しぶりですねぇ」
とりあえず、演技をして二人は会議室に入った。門倉がすぐそこにいる。
「…どうですか?」
「いや、門倉も堂々としたもんです。バレない自信があるんでしょうね…」
「足立さんが気がついている事に、門倉さんは何か言ってきましたか?」
足立は椅子を引いて山本と並びで座った。冷房が効いている。
「いえ、門倉は私が気づいた事は知りません。ファイルは戻してコピーを取りましたから…あの天野さんは?」
やはり気になっていたようだ。
「はい、一応話しました。なんとか経理部の目を向かせないように指令を受けています」
「なるほど…信じてくれたのですか?」
「いや、まだ確証がありませんから様子見といったところです。もし経理部が見つけたら、天野も私も管理責任を問われるでしょう。なので、確証を掴むまで騒ぎ立てず、監査を切り抜けてから調査に入ります」
「わかりました、私も監査に耐えられるように資料を作りました。なんとかごまかせるといいのですが…」
「監査に来るのが、私の同期で少し調子に乗ったプライドの高いヤツです。私が相手しますから、足立さんは他の連中をお願いします」
山本は上野の顔を思い出しながらお願いした。足立も口を結んで頷いていた。
「で…人件費の説明はどうするのですか?」山本は一番の不安材料を聞いた。
「はい、あの四人は明細に記載されているので削除は出来ません。なので、今年退社予定の三人がいますので、これを人件費の削除としてクローズアップして説明する予定です」
「なるほど。ですが相手は経理部です。要は正しく処理されているか、見合った経費になっているか、をポイントにしてきます。特に人件費よりも接待費とか一般経費、金利支払い辺りを見てくる筈です。その件は聞かれない限り、話さないで下さい」
「…確かにそうですね」
「人件費は総額で増えた理由だけを聞いてきます。減ってる分にはあまり注視しませんので…」
「はい、アドバイス助かります!」
公認会計士の事前監査で、毎年対応している山本は、経理部もそれを真似てやってくる事を想定していた。
翌週ー
経理部は朝から、東京運送の監査の為に宗岡と上野、そして数名の社員が出向いていた。
東京運送側は門倉と足立、女性社員が対応している。
山ほど積まれた書類を整理して、一昨年からの決算書チェックが行われた。
山本は午前中の取締役会で子会社の業績報告を済ませて、東京運送に向かう為に用意をしていると、天野が階段から降りてきて手招きした。
「これからか?」
「はい、経理部の連中は朝から行ってます。今頃は決算書のチェックでしょう」
「わかった、くれぐれも目をつけられないようにな…」
「はい、では…」
外に飛び出し、ダッシュで駅に向かった。日中ではあるが人が割と少ない。
気温も上がり、歩くだけで汗ばむ陽気では外に出たくないのも理由だろう。汗の出る身体は電車に乗り、吹きつける冷房の風に落ち着いた。
東京運送の会議室は、パラパラと書類の捲る音がこだましていた。
「この雑費の明細は?」
若僧の上野は親会社という立場で、年上の足立に敬意すら払わない。威圧的な態度で「出せ!」と言わんばかりの口調だった。
足立はオトナの対応をしているが、山本とはえらい違いを感じていた。
「この広告費というのはなに?」
他の社員も似たような態度だ。宗岡がそうだから誰も遠慮が無い。
ドアが開いた。
「すいません、遅れました」
山本が入ると上野は、タメ口で偉そうな言葉で話してきた。
「おう!今来たか…いやぁ、全部手書きだから、探すの一苦労だわ!」
山本は同僚とはいえ、上野の態度に内心で業を煮やした。
「コンピューターが全て良いとは限らんよ、手書きだって立派な決算書だ」
軽く返して、足立に目配せした。
足立の反応から、まだ人件費にメスが入っていない事を察知した。
「さて、人件費だなぁ」
上野が資料を探すと、足立がファイルを目の前に出した。
「こちらです」
「気が効くね、さてさて…」
捲りながら指が動いてる。
山本と足立は祈りながら、上野の顔色を探っていた。
「ん?あれ?」
上野はあるページで指を止めた。
「このページの小計が前年より増えてる気がするけど、何かあった?」
足立が用意していた答えを告げた。
「その年は、新規取引先が増えた為に人員を七名増やしています。上野さんのページで増えたのは、その人達の分です」
「ほぉ…にしては売上の伸びが少ない気もしますが…まっ、いいかな」
山本もホッとした。やはり、コイツらは売上と経費の対比はあまり気にしない。
ここさえクリア出来れば問題はないだろう、と読み通りの展開だった。
だが、今度は宗岡が売上との対比を指摘してきた。
「増やした割には売上が伸びてないな」
足立が立ち上がり説明した。
「その年は、新規取引先からの受注が想定よりも少なかった事が原因でした。
しかし、今では順調な売上を出していますのでご安心を…」
こういう曖昧な説明が意外と通じたりする。足立の準備も中々のものだ。
これが、税務署連中ならもっと突っ込みを入れてるところだ。
「なるほど…じゃいいか…」
案の定、宗岡も別の資料をあたった。
完全に子会社を舐めきった姿勢が甘さを生んだ。
(よし!)
山本が用意したアンサーも役に立った。
売上の伸びなど、ヤツラにはあまり関係がない心理を読んでの答えだった。
後は、明後日までの監査で人件費さえ指摘されなければくぐり抜ける。
その日は細かい経費計上の指摘が幾つかあったが、大した事では無かった。
宗岡らが帰った後、足立のデスクから天野に報告した。
門倉は経理部が帰ると同時にサッサと帰ってしまった。
足立と山本は、近くの居酒屋で腹を満たすことにした。
「いやぁ、助かりました…山本さんのアンサーが役に立った!」
ビールを一気に空にした足立はお代わりを頼んだ。
「すいません、横柄な態度ばかりで頭にきましたよね…」
「エッ…まぁ、親会社だから仕方ないですよね。でも、あの上野って若いヤツは天狗ですね」
「申し訳ありません…同期なんですが、私もあまり好きではなくて」
「ははは…山本さんのせいではありませんよ。まぁ、エリートなんでしょうね」
枝豆をプチプチと噛みながら、殻を皿に投げ捨てた。
「でも、山本さんも珍しいですねぇ。あまり親会社の横柄なところが無い」
「そんな事はあまり考えてませんね…足立さんの方が年齢的にも先輩ですから」
「そういうチャンとしてるとこ…いいですよ。将来必ず役に立ちます」
年上に言われて照れを隠せなかった。
「なんとか今日は乗り切りましたね」
「また、言われますかね?」
山本もやっとビールを追加した。
「可能性はありますが、アイツらは計上処理に問題が無ければ、それ以上は言ってこないはずです。心配なのが門倉さんですよ」
「あぁ…ですね」
門倉の太々しい態度は、経理部でなくても良く思われないだろう。
経理部の質問にも「さぁ?」とか「どうでしたかね?」ばかりで何も答えない。全て足立がフォローしていた。
舐めていたのだろう。
「あんな態度!」
全くその通りである。
足立は山本の少し暗い顔に気づいた。
「どうしましたか?」
「いや、上野の横にいた若いヤツなんですが…」
「あぁ…確か藤田さんでしたね。あの人が何か?」
「気のせいかも知れないのですが、少し目つきが鋭い感じがしましてね」
「そうですか?」
山本は監査中に、何度か藤田のチェックする顔を見た。宗岡や上野の舐めた態度が無い分集中している気配があった。
二日目ー
昨年の決算書を朝から調べている宗岡達の横で、門倉・足立がスタンバイしている。山本は視点を藤田に定めた。
上野よりキレる雰囲気がある。
一時間ぐらいして、藤田が手を挙げた。
「あの、人件費ですが…」
「はい、なんでしょう?」
「中でも小山・柿崎・笹木・高畠の四人ですが…」
山本も足立もドキッとした。
いきなり問題の四人が出てくるなんて完全な想定外だ。足立は微かに狼狽した。
「その四人がなにか?」
山本が代わって応対した。
「男性社員で彼らだけが、ベースアップしていないのですが、何か理由があるんですか?」
見落としていた。さすがに賃金アップまでは思考がなかった。
山本は藤田の鋭さを痛感した。
足立は資料を調べるフリをしている。山本は咄嗟に考え足立に振った。
「そういえば、勤務態度の悪い社員がいるって言ってましたよね。その四人でしたっけ?」
山本は目配せで催促した。足立は狼狽しながらも何とか察した。
「あっ…そうそう!そうなんですよ、その四人はお客さんの荷物を潰しちゃってね。何度言っても直らないから…」
藤田はメガネを上げながらコーヒーを飲んだ。
「そうなんですか、でも荷物って保険かかってますよね?」
「あっ…はい、保険はかかってた、かな…」咄嗟に山本が続けた。
「単に金銭の問題ではない。信用問題なんだ!補償はあくまで弁償でしかない。
藤田クンは毎回荷物を潰される会社を使うのか?」
「まぁ、そうですよね…わかりました」
山本も心臓が飛び出るかと思うぐらい鼓動が激しかった。
咄嗟に足立のウソが功を奏した。
終わるまで山本と足立は、対象を藤田にだけシフトしていた。
三日目も幾つか疑問の経費が調べられたが大した事にはならなかった。
人件費は藤田の指摘を乗り越えた為、宗岡や上野からの指摘は出てこない。
そして、とうとう三日目の夕方に監査は終了した。
二日目は三日目に備えて、山本と足立は資料の再チェックをしていた。
慰労会は全て終えてから、ということにしていた。
「いやぁ~さすがに焦りましたね…」
足立がビールを流し込む。山本も飲み込んだビールが腸に染みわたった。
「まさかベアを突くとは…」藤田に感心した。経理部の主力になる予感がした。
「足立さんの荷物潰した発言が功を奏しましたね」
「私こそ、まさか山本さんが信用問題を持ち出すとはねぇ」
「まぁ、営業してましたからね。経理部はそんな経験無いですから…」
二人ともビールがいつもより美味く感じ、はやくも四杯目のジョッキが空になっている。
「まずは、監査を乗り切った!これからは…」
足立に気合いが入っていた。
「はい、いよいよ門倉の調査ですよ」
「なんか、燃えてきた!うわぁ!」
武者震いが足立を襲った。
「足立さん、あんまり気を張るとフライングしますよ~」
その日、山本は終電を逃した。
またビジネスホテルに飛び込んだ。
二週間後ー
実体子会社の監査を無事に乗り切った山本は、天野と会議室で打ち合わせに時間を費やしていた。
着服をどう証明し、門倉を追い込むか知恵を絞っていた。本来なら、片岡や美田園がやるべきだが、二人を外しているので天野が協力するしかない。しかも、場合によっては管理責任を問われる為、真剣になっていた。
「その四人の給料はバラバラの銀行なんだな?」
「はい、根津信用金庫・駿河台銀行・江東銀行・葛西信用金庫ですね」
「全て引き出して、どこかの口座に入れてるんだろうな…」
「門倉の通帳があるはずです。給料とは別の口座がどこかに…」
調べる方法はないものか、と天野は口が強くなった。
山本は昔使ったことのある手段を思いついていた。
「室長、門倉のデスクを探してみます」
「だが、カギがかかってるんだろう?」
「それは何とかなります」
「どうするんだ?」
「ガムですよ…型取りするんです」
「オイオイ、なんか悪い事してたのか?大丈夫なのか?」
「いや、悪い事はしてませんよ。スペアキーを作る金が勿体なくて、友達と作ったことがあるんです。知恵ですよ。それにしても…」
「通帳を見つけても、四人との口座の接点が無ければ意味は無いな」
「そうなんです…どうしたものか」
「まさか、引き出した時の明細書なんて捨ててるだろうしなぁ」
「何か接点を探さないと…」
ふと天野が思い付いて疑問を発した。
「その四人だが…」
「はっ…!?」
「いや、会社にはいないが過去にはいたのだろう?」
山本も言いたい事に気づいた。
「そうか…表向きは実在しているから、四人の個人情報は用意してるかもしれない。という事は…」
「履歴書とかあるんじゃないのか?」
「過去に働いていたとか…ありえますね。幽霊社員だから実在しないと思い込んでました…」
「早速あたってくれないか?」
山本は足立に連絡を取った。
天野の意見を伝えると「履歴書を探してみます」と返した。
翌日に、足立から履歴書を見つけた報告が入った。
毎年引越しシーズンだけ短期アルバイトを募集するが、四人は一昨年に来た事がわかった。
「よく捨ててなかったですね。あの四人が一昨年のアルバイトで来たのは、どうしてわかったんですか?」
「ウチのような会社は体力勝負ですから、一年を通してアルバイトの入れ替わりがそれなりにありましてね。また募集をかける時に経験者を先にあたってみるんですよ。そのために履歴書より先にアルバイトは名前と住所、電話番号だけをまとめた別の一覧表があって、そっちを見た方が直ぐに分かるんです」
これで、四人は実在する人物で、東京運送に関わっていた事が判明した。
足立からリストのコピーを貰い、それぞれの住所に向かうことにした。
最初は小川俊太郎のアパートに向かった。葛飾の三十年は経っていそうな、葛飾荘というアパートの二階に登った。
肝心の二〇二号室の表札が今川になっていた。
呼び鈴を押すが反応が無い。
(変わってたか…)
一昨年では引越ししていても不思議はなかった。出鼻を挫かれた思いで帰ろうとした時に、中から声がした。
「はぁーい…」
「すいません…こちらに小川さんが住んでいたと聞いて来たのですが…」
ドアが開き、中から寝起きの姿で若い男が顔を不機嫌に覗かせた。
「誰、あんた?」
「私は山本と言いますが、小川さんて方をご存知ないですか?」
寝癖の頭をボリボリかきながら、山本をジロジロ見回した。
「小川?知らない…」
「あの、こちらにはいつから?」
「半年前だけど…アッ…小川ってヤツか知らないけど前の人は事故で死んだって聞いてるけど」
思いがけない言葉に、頭を叩かれたような気がした。
「事故…」
「なんでもトラックに跳ねられたとか…若い男って聞いた気がするなぁ」
「ありがとうございました…」
山本はその足で図書館に向かった。
もし本当なら新聞に載っているかも知れない。事実を確認したかった。
図書館で二年前からの新聞を束ねて、順を追って調べた。
三面記事だけ見れば時間短縮ができるが、それでも中々見つからなかった。
(あっ…)
探していた記事が見つかった。
夜中に小川のアパート近くの道路で、居眠り運転のトラックに轢かれた記事を見つけた。
そこに小川俊太郎(二十五)とある。
即死で運転手も即逮捕と書かれている。
(ダメか…)
とりあえず新聞のコピーを取って図書館を後にした。
(次は柿崎だな…)
山本は上野駅で降りて、アメ横を素通りしてから脇の小道を歩いた。
今度は立派な一軒家が待ち構えていた。
表札は【柿崎】とある。
少し期待した。
呼び鈴を押すと、品の良さそうな女性の声がした。母親だろうか。
「はい」
「私、山本と申します。こちらに誠さんはご在宅でしょうか?」
「どういった関係の方ですか?」
「以前に誠さんが、東京運送で働いていた事がありまして、その時の事で伺ったのですが…」
「何かしたんでしょうか?」
「いえ、別に悪い事とかで伺ったのではありません。就職の事でお聞きしたいだけです」
ガチャと門の開く音がした。
玄関から白髪頭の、五十代らしき婦人が出て来た。
「初めまして、山本と申します」
婦人は山本の一礼にならってお辞儀した。ただ顔は暗い印象だった。
「あの、誠さんは?」
「実は行方がわからないんです」
また予想外の言葉に詰まった。
「…わからない?」
「はい、一年前に出かけると行ったっきり、帰ってこないんです…」
「あの、警察には?」
「届けは出してますが…未だにわかりません…あの、息子に就職とは?」
「あっ…あの、一昨年に東京運送という会社でアルバイトをなさっていたようなんです。今度、東京運送で経験者の社員優遇採用がありまして、当時の仕事とか会社について感想と就職のお話しをしたかったのですが」
山本は思わず適当なセリフでごまかした。真実を言えば、母親は完全に誤解すると感じての事だった。
「そうでしたか…誠は何も言わない子でしたから、私も何も知らないんです」
「差し出がましいのですが、家出の原因も分からずですか?」
「はい…お恥ずかしい話ですが…」
今にも泣きそうな顔にウソがない事は理解した。
「ダメなら構いませんが、誠さんの部屋を見せて頂けますか?」
ダメ元で言ってみた。母親はエッ?と山本を見たが、しばらく考えて手を中に向けて「どうぞ」と言った。
「よろしいのですか?」
「どうぞ…」
玄関の正面にある階段を昇り、二階の角部屋に案内された。
立派な大理石のフロアーに、洋風の装飾が施されている。
父親がそれなりの地位と稼ぎがある事が容易にわかる。
部屋は八畳ぐらいの広さで、物足りないぐらいこざっぱりした部屋だった。
「あのー、随分キレイな部屋ですね」
「はい…整理整頓は子供の頃からチャンとしていましたので…」
机の隣に写真が飾ってある。
(アレ?)
よく見ると真ん中に、見覚えのある顔が確認出来た。
(門倉…)
これはどういう事だろう?
東京運送で何かの時に撮ったものか?
それにしても、そんな写真をわざわざ飾るだろうか?そんな疑問を思いながら、母親に聞いてみた。
「この写真は?」
「あっ…詳しくは知らないのですが、誠はその写真を大事にしていたようです。何でも楽しかった、と言ってました」
「楽しかった?」
アルバイト先で、写真を大事にするほど楽しい事はあるのだろうか?
「あの誠さんは?」
写真を出して確認した。
「これです」
門倉の右横で肩を組んで笑っている。線が細く母親似の美青年だ。
「机の中を拝見しても?」
母親は涙目で頷いた。
引き出しの中もキレイに整頓されていたが、中に一通の開封された封筒が目に入った。
差出人の名前は無い。
便箋を取り出した。
《全てを振り切るのも勇気だ。私は待つ》
それだけ書かれていた。
かなりのくせ字だが、男性が書いたものだろう。
(どういう意味だ?)
消印を確認すると、昨年の七月だった。場所は新宿郵便局の文字が見えた。
(これは失踪に関係あるのかな?)
「この封筒と写真をお預かりしてもいいでしょうか?」
母親は少し考えて小刻みに頷いた。
他には手掛かりになるようなものは見つからなかった。
母親に連れられて、リビングでお茶をご馳走になった。
「あの、お父様は?」
「身内の恥を晒すようですが、あの人は仕事だけが生き甲斐で、息子が居なくなっても放っておけ!の一言だけで…」
「そうでしたか…」
「警察も行方不明の捜査なんて何もしてくれません…私もどうしたら良いか分からず、一年が過ぎました」
「なるほど…」
三十畳はあるだろうダイニングも、高そうなお酒やグラス、テーブルはガラス造りだ。かなりの金持ちだが、母親の言葉通り冷たい空間が肌に感じた。
「誠さんはお金は持って出ましたか?」
「エッ?」
「いや、家出してもお金は必要です。いくら何でも着の身着のままでは…」
「たぶん、貯金はしていましたから。それでやりくりしてると思います」
口には出来なかったが、すでにこの世を去っている可能性も否定できない。
「見ず知らずの方でも、誠の関係する人なら何か気づいてくれるかも、と思い部屋をお見せしましたが、何か役に立ちますか?」
健気な母親の心情だ。息子の安否を心配する毎日で、風貌もやつれ気味なのは当然とも言える。
「私も誠さんの所在を突き止めたいので、何か分かれば必ず連絡します」
その言葉で母親が泣いた。
今は藁にでもすがる思いだろう。
電話番号をメモして柿崎邸を出た。
三人目の笹木隆介は、東京運送から歩いて十五分のアパートが住所になっている。足立もここで合流した。
一〇三号室の表札に《笹木》の文字があった。
呼び鈴は電池切れのせいか鳴らない。
「すいません、笹木さん!」 コンコンとドアを叩くが反応は無い。
通常の仕事なら居なくて当たり前なのだが、それにしても古いアパートだ。
もう一度叩くがやはり反応は無い。
電気メーターは動いてるから、おそらくここに住んでいると思われた。
「いませんね」
足立が残念そうに言う。
「でも、おそらく表札と電気メーターで笹木本人がいますね。小川と柿崎が空振りでしたから、まだマシですよ」
「ふむ…」
「夜にまた来ましょう」
二人は先に、最後の四人目である高畠昇の住所である神田に向かった。
古本街で有名な場所だが、山本は興味が無いので、あまり訪れたことはない。
高畠は親と同居らしく、一軒家の呼び鈴を鳴らすと本人が出てきた。
「あれっ?足立さん」
明るく陽気な性格なのか、足立を見ると笑って出迎えてくれた。
「久しぶりだね、元気かい?」
「いやぁ…変わらず売れない本ばかり書いてますよ」
高畠は小説家を目指していた。金欠になるとアルバイトで稼ぐ日々を送っていた。足立は、門倉の事は話さずかいつまんで口座の事を聞いてみた。
「エッ!?口座ですか?」
「うん、キミに振り込んでいた口座はどうしたのかな?と思って…」
「そちらで処分してくれたんじゃ?」
二人は意味がわからなかった。
「どういうことかな?」
「門倉さんがアルバイトを始める時に会社で口座を作るから、印鑑を貸してくれって。辞めたら口座の解約はやるからって言ってたなぁ…」
「門倉さんが?」
「キミだけかい?」
「いや、確か何人かいましたよ」
「この人かい?」
足立は三人の履歴書を見せた。
高畠はうーん、と考えていたが柿崎を指差して話した。
「この人はいた…」
「なんで覚えてるの?」
山本が聞いた。
「なんか、コイツ体力無いくせに門倉さんに目をかけてもらってて…みんな不公平だって皆んなでボヤいてたんす」
「…不公平かぁ」
「あとは、ちょっと覚えてませんね」
「わかった。ありがとう…」
写真といい、門倉と柿崎には何か結びつきがあった事は考えつく。
あとは留守だった笹木をアパートで張り込む事にした。
戻った時は夕方になっていた。まだ夏前だが、蒸し暑く汗が背中を流れている。
一時間ほど経つと、一人の若者がアパートに近づき、そのまま笹木の部屋の前でカギを取り出していた。
「笹木さんですね?」
「エッ?」振り返った笹木は二人の顔を見て、しかめた目つきになった。
「どなた?」
「覚えてないかな?東京運送の足立だけど、ほら一昨年のアルバイトで…」
「あぁ、そういえば…」
「お聞きしたいのですが…」
山本は高畠の話を持ち出し、笹木に確認したら、同じ意見が帰ってきた。
口座は会社で作るから、と言われキャッシュカードだか渡されたらしい。通帳は振込に使うから会社で保管する、という事だった。
「バイトの期間だけだったから、カードは捨てましたよ。通帳は知らない…」
山本と足立は、帰りがけの居酒屋に入って状況をまとめた。
「なるほどね。本人達の口座を作って、通帳さえ持っていれば振込も預け入れも自由ですね」
「しかもATMで出来るから、窓口に行かなくても出来てしまう…」
「後は門倉のフトコロにどうやって辿り着けるか?ですね」
足立はノドが乾いていたらしく、ゴクゴクとビールを始末している。
「門倉をつけますか?」
「はい、給料振込後に必ず動き出すはずです」
「通帳は鞄にあると思いますが、彼らの通帳から引き出して、自分の口座に入れる瞬間を押さえますか?」
「いや、それでは銀行内で大騒ぎになります。下手すれば私達が強盗扱いされてしまいます」
「どうしましょう…」
「あのですね…」
山本は足立に耳打ちした。足立も明るい顔で頷いた。
東京運送は毎月二十四日に給料の支払いが実施される。
足立は朝から門倉の動きを張っていた。
しかし、その日も次の日も外出せず机にドッシリ座っていた。
(…?)足立も不思議に感じたが、確かに引き出しはいつでも出来るから、焦る必要はどこにもない、と思い直して一週間ほど動向を見ていたが、何もそれらしい動きは無かった。
「どういうことでしょうか?」
自宅近くの公衆電話の中は暑く息が詰まりそうだった。
「毎月していないのかな?」
山本もアテが外れて落ち込み気味だ。
「私も自宅帰りまで張り込みは出来ないので、そのタイミングでしているかも知れませんが…」
「心理として、門倉がいつまでもあの四人の口座に入れたままにはしておかないと思います。キャッシュカードは彼らの手にあるのですから、万が一引き出されたらマズイでしょう」
「確かにそうですね…」
足立は汗だくになってきた。ドアを足で開けながら話している。
「どうしましょうか?」
「少し考えてみます」
と電話を切ったものの、どうすべきか思いつかなかった。
銀行の支店は都内だけでもかなりの数だし、それを全て張り込むのは不可能だ。結局、何も思いつかないで帰宅した。
家に戻ったタイミングで電話が鳴った。三浦からだ。
「もしもーし…」
「ちょうど帰ってきたとこだよ」
「なんかお疲れ?」
「いや、悩んでいるとこ…」
山本は三浦には全てを話していた。
「そうなの…手がないわね」
「あぁ…そういえば今度のデートは行きたいとこある?」
「そうね…横浜なんてどうかな?」
「中華街かぁ…いいかも」
「ふふっ、決まりね」
三浦とのデートは二回目だが、連絡はそれなりに取っていた。
「そういえば、この間の服は可愛かったなぁ…」
「ありがとう!色々選んだけど、結局買っちゃったの…」
「へぇ…そんなわざわざ買わなくても」
「でも、そんなに高くないのよ。会社帰りの駅ビルで買ったから…」
「あぁ、そうなんだ」
「じゃあ、明日また電話するね」
「ほーい…」と電話を切った。
(わざわざ駅ビルまで行って…)
フッと頭に閃いた。
(自宅…駅ビル…会社帰り…)バラバラのパズルを組み立ててみた。
(もしかしたら…)
翌日ー
朝から山本は、東京運送本社の側にある公衆電話から足立に連絡した。
足立も時間があり、すぐに出てきた。
「お待たせしました、何ですか?」
「門倉の行動を予測する方法を考えてみたんです」
「エッ?」
山本は思いを明かさず、足立をとある場所に連れて行った。
「図書館…ですか?」
「はい、ここで調べます」
釈然としない足立をよそに、山本は中に入り地図を引っ張り出した
「何するんですか?」
「人の動線を調べるんですよ」
「動線?」
「はい、私達は日常の通勤や通学の動線は毎日ほぼ同じなんですよ」
「そういえば…私も同じルートで行き来してますね」
「門倉も通勤ルートは同じはずです。彼の自宅はどこかご存知ですか?」
「確か目黒と言ってました」
「ならば、山手線だと巣鴨まで一本でこれますね」
「でも、都営三田線でも行けますよ」
「そこでコレの登場です」
山本はポケットから、銀行のパンフレットを取り出した。
「それは…」
「あの四つの信金と銀行の支店で、全てが揃う駅があるはずです。それは多分通勤ルート上にある…」
「なるほど!ウチの会社も半年定期券推奨してますから、その区間内なら乗り降りも自由だ」
「その通りです。おそらく各銀行の支店が揃ってるのは、大きな駅のはずです。
付け合わせましょう」
二人は各銀行のパンフレットから、ルート上にある支店をチェックした。
「新宿だ…」
更に詳細の地図で住所から、位置を割り出した。これは簡単にわかった。
「新宿駅西口か…」
「高層ビル街ですからね…間違いないでしょう」
二人は一筋の希望にかけた。
翌月の給料日に、足立は門倉の後を追って帰宅ルート歩いた。途中で山本も合流したが、ワザと離れて他人のフリをした。万が一、足立が気づかれた時の予備策のためだ。
門倉は全く気づかず新宿駅で降りた。
(やっぱりここか…)
足立に気合いが入った。
だが西口には向かわず、反対の東口に足を運んだ。
(アラッ…違う?)
またもや空振りか?単に飲みに来たか、それとも寄るところがあるのか?足立と目配せしながら後を追う。
東口を出るとアルタ前は、相変わらず、ごった煮ぐらいの人が歩いてる。
どうみても銀行に行く雰囲気では無かった。人混みをかき分け、門倉を見失わないように存在を確認しながらついて行くと歌舞伎町に入った。
人の波に切れ間が出来て視界が開け時、門倉に近づく人影があった。
(ん?あれは…)
どこかで見た顔だ。
そこで足立が側に来た。
「誰ですか?」
「あれは…柿崎誠ですよ」
「エッ?あっ…そうだ…なんで?」
「二人は繋がっていたのか…」
山本は考えた。一つの推論が浮かんだ。
「そうか…銀行には柿崎が行ってるんだ!」
「なぜですかね?」
「用心かも知れません。門倉が行けば、万が一バレても銀行に行ってないからシラを切れる…その為の柿崎なんですよ」
「そこまで…」
足立は開いた口が塞がらなかった。
門倉と柿崎は並んで歩いたが、よく見ると柿崎が袖をつまんでいる。
どうも不自然な感じだ。
まるで恋人同士のようだ。
(まさか…)
二人はそのままラブホテルに入った。
「エッ!」唖然とした。
足立も鞄を落とすぐらい呆然とした。
「ホモ…?」それしかない。
「でも門倉は結婚してますよ!」
「どっちもイケるタイプなんでしょう」
「うわ~、気持ち悪い…」足立の顔が歪んでいる。まさか上司がホモなんて考えもしないことだ。この頃はゲイというよりよりも、男性同性愛者をホモと呼ぶ方が多かった。
「あの便箋はそういう事だったのか!」
「あぁ…全てを振り切るとか?」
「あれは、柿崎を家出させる為のキッカケなんですよ。実家に居ては何かと不便だから、一人暮らしをさせて自由を選ばせたんですよ!」
「じゃあ…あの四人の給料は柿崎を自立させる為の資金ですか?」
「というよりも、二人の資金かも知れません。百万円ですからね。一人暮らしにしては額が大きい…」
「あの野郎…そんな事のために会社の金を横領してたのか!」
「でも、これで攻め所が出来ました」
「柿崎ですね…」
「はい、門倉は惚けても、柿崎は門倉が追い込まれるのは耐えられないはずですから、証拠も手に入るでしょう」
「どうしますか?」
「時間が大丈夫なら、このまま張り込みませんか?」
「もちろん!やりましょう」
足立の鼻息も荒い。
それから近くのカフェで、二人が出てくるのを待った。明日も仕事だから泊まりは無いだろうとの読みだった。
二時間ぐらいして、二人は笑顔で出てきた。今度は腕組みをしている。
「来た!」足立が会計を済ませ、山本は二人の後をつけた。
また新宿駅に戻り柿崎は原宿で降りた。今度は割と近い距離で、柿崎の自宅を突き止めた。
原宿通りを抜けると、割とキレイなアパートが現れた。
玄関に入るのを確認して、柿崎と対面することにした。
呼び鈴を鳴らすと、すぐに柿崎の声がした。門倉と勘違いしたのだろう。明るい声が二人を見たとたんに沈んだ。
「…あの、誰ですか?」
「東京運送の足立と言います」
「私は山本と言います」
面倒なので社名は伏せた。
「あ…あの…何か?」
完全に気づいた様子だ。
「ここに来たワケは分かるよね」
「いや…あの…わかりません」
目を合わせない態度が物語っている。
「東京運送の給料四人分だよ、合計で三千六百万だ。これは警察に行くしかなくなるよ」
「エッ!いや…その…」
「中に入れてくれないかな…」
柿崎もマズイと思ったらしいが、足立が強引に入った。
キレイな部屋は、実家の部屋を思い出させる。書棚には門倉とのツーショット写真が何枚もある。
「ここに来たのは、キミに真実を話してもらう為だ」
「門倉は犯罪を犯している。なぜそうなったか経緯を話してくれ」
「…ぼくは何も知らない」
山本が柿崎の襟首を掴んだ。
「そうか、知らないんだな。じゃあ鞄の中身を拝見しようじゃないか」
サッと鞄を先に取り、口を開けて中身を落とした。
ノートや文具、そして通帳がバラバラと床に散らばった。四冊ある。
「このままでは門倉は逮捕されるぞ」
足立は脅し口調で、柿崎を座らせた。さすがに中年の凄みが出ている。
柿崎は黙ったまま頭を垂れている。
「逮捕…そんな?」
「当たり前だ。だが真実を話してくれたら、多少の温情はあるかもしれない。どうすんだ!?」
「…」
柿崎はかなり迷っていた。門倉がしている事は分かっている。だが、愛する彼を手放したくはない。唯一の理解者だったからだ。
「もし、全てを話してくれたら警察沙汰にはしない、と約束しよう」
山本が肩を叩いた。
柿崎は山本を見て決意した。
重かった口が開く。
「…ぼくはずっと男性が好きでした。小学生から見ていたのは担任の先生だったんです。最初はカッコイイという憧れと思っていたんですが、中学も高校も女子には興味がなくて、男の子ばかり好きになってました」
「…それで?」
足立が柿崎の横に座った。山本も続く。
「高校生の時に、野球部のキャプテンを好きなって告白したんです。そしたら、それが広まって次の日からイジメが始まりました。キモいホモと呼ばれ、石を投げられた事もよくありました。囲まれて裸にさせられた事もあります…」
「大変な思いだったんだね…」
足立も同情心で頷いた。
「大学を中退して、仕事も何をしていいのか、分からない時に東京運送のアルバイトで門倉さんに出会ったんです」
「どうして門倉と?」
「あなた達にはわからないと思いますが、同性愛者同士ってわかるんですよ」
「わかる?」
山本初めて触れる話に少し混乱した。
「えぇ、同性愛者って見ただけで分かってしまうんです」
「でも、門倉は家庭もあるよ…」
「両刀でもわかります。彼は私の事をすぐに見抜きました」
「それで?」
「私は人生の先が見えない、いわば漂う雲でした。門倉さんはそこに光を当ててくれました。家庭は捨てられないけど、ぼくを大事にすると言ってくれたんです。それが嬉しくて…」
「そこまでは美談だが、何故カネを?」
「最初はぼくも知りませんでした。でも大金が毎月手に入るから、それを生活に当てて貯金しろ、って。通帳を見て何となく普通のお金じゃない事は感じていました。それで、一緒に入った人達の口座を使ってぼくの口座に入れてたんです」
「キミの口座だったのか…」
山本は床に落ちた通帳を拾って中身を確認した。
確かに三人はすぐに引き出されてるが、柿崎の通帳には三千三百万円が残っていた。柿崎は涙ぐんでいる。
「今はどんな気持ちだ?」
足立が躊躇いもなく聞いた。
「あなた達にバレて良かったと思っています。正直、窮屈でした。そんなにお金はあっても…門倉さんが悪い事をしたお金で生きていても、何も得られない気がして…」
「でも、門倉を失いたくない?」
「はい、あのお金がぼくと門倉さんを繋ぐ糸のような気がして…拒否すると門倉さんもいなくなると思ったんです」
足立が柿崎の前にしゃがんだ。
「柿崎クン、オレには同性愛の気持ちは分からないが、好きな人への想いだけは理解出来る。本来なら恋愛に後ろめたい事はいらないんだよ。あれば、その分だけ苦しくなるだけだ。キミの判断は正しいと思う。門倉と続けたいなら、正面からぶつかって行くしかない…それを避けてたら、キミは一生逃げる事しか選べなくなるよ…」
その言葉が山本の胸にも染みた。
「…そうですね。すいませんでした。お金はお返しします」
二人は門倉と解決するまで会わない、という柿崎の言葉を信じて通帳全てを持ち巣鴨に戻った。
「少し足りないですが…」
「残りは門倉から返してもらいます」
足立は少し晴れ晴れした顔で歩いた。
明日、門倉にとって辛い日となる。
朝から小雨がパラつく通りで、雨宿りしている猫を見ながら東京運送の本社に向かった山本は、門倉との対峙に気持ちを新たにしていた。
応接室では足立が待っていて、門倉も呼んであることを言われた。
資料を取り出していると、面倒くさそうな顔で門倉が入ってきた。柿崎は約束通り何も伝えていないことがわかる。
「何だよ、朝からさぁ…」
自分でコーヒーを入れて、タバコを取り出す。これから始まる事を予想するのは無理というものだ。
足立が切り出した。
「門倉さん、アンタ大変な事をしたね」
タメ口の足立に門倉は眉をひそめた。
「誰に言ってるんだ?足立…」
「会社の金を横領して、愛人の柿崎に貢いでるアンタにだ!」
一瞬で門倉の顔が青ざめた。
「な…なんの」
言葉が続かない門倉を他所に、足立は淡々と話した。
「アルバイトの口座を利用して、三年間で合計三千六百万円ものお金を私的に使った…こりゃ懲戒免職モンだね」
「バカな!そんな…証拠はどこにある?私は知らんよ!」
声が荒くなり、二人を睨んだ。
山本は通帳を出して、柿崎との会話を話し始めた。最初は睨んだ目が、だんだんと悲しい目に変わってゆく。
全てを話し終わった時には、完全にうな垂れていた。
「柿崎はアンタのしている事を、苦々しく思っていた…悪い事をしたお金で幸せにはなれないと分かっていたんだよ」
足立は通帳を見せながら、机をトントン叩いている。
「門倉さん、同性愛は悪い事ではない。私たちには何の興味もない。責める事もしない。彼はこのお金にはほとんど手をつけなかった。三百万少ないのは、あなたが色々使ったみたいですね…」
下を向いたまま返事もない。
「知ってましたか?彼は同性愛者が集まるバーで働いてるのを…」
「エッ!?」
「ご存知なかったようですね。あなたが彼に宛てた手紙がありましたよね?」
山本は預かった手紙を机に出した。
「なんで…なんで?」
次から次に出てくる秘め事を暴かれ、門倉は狼狽し始めた。
「これはアナタの字ですね。あの中にあった、勇気という言葉が彼を変えたようです。世間に認められないままでは、生きていけない。自分から切り開いて行かないとダメだ、と。その事であなたに感謝していましたよ」
「うおぉぉぉ…」大の大人が恥も外聞もなく泣き出した。
山本も足立も黙ってみていた。
「オレは…オレはなんで…」
「門倉さん、社長に正直に話しましょう。なんとか懲戒免職は避けてもらうよう話しますよ…」
門倉は足立の暖かい言葉に何度も頭を下げ続けた。
三日後ー
足立がアールイーディーカードの本社にやってきた。
天野と山本と三人で、応接室でその後の報告を受けた。
「そうですか…降格で済みましたか」
「はい、社長もほとんどの金が戻ってきた事で許したみたいです」
「足りない分は?」
「まぁ、それも残れた理由なんですけどね…残金は給料とボーナスから天引きする事で補填します。辞められたら、それも返せないでしょう」
山本も頷いた。
天野が突然、祝辞を述べた。
「それはそうと今度部長になられたそうで、おめでとうございます」
足立は照れていた。
「いや、今回は山本さんに随分助けられました。私の昇進は山本さんのおかげですよ」
「私は何もしてませんよ」
「足立さん、コイツしつこいでしょう?」
天野が珍しく冗談を言った。
「はい、まぁ諦めを知らないですよね。山本さんがいる間は不正はしないようにしますよ」
三人の笑いが響く。
そこに三浦がコーヒーを持ってやってきた。チラッと山本を見た。
「いやぁ、不況になって冷たい話題ばかりですけど、嘆いていても始まらないですよね…そうだ!今度、東京運送もいよいよコンビニの配送に乗り出すことになりました!」
「そりゃすごい!いい話しですね」
山本も初めて聞いた。
「まだ試験的に数店舗だけですが、今後は二十四時間体制でシェアを取りたいと思います」
「これで、関連事業もいい報告が出来るなぁ、伸ちゃん!」
「はい…」
足立は報告を終え巣鴨に戻った。天野からは「ご苦労さん」と一言を貰い、また通常業務に戻った。
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