2人の騎士と壁の花

room521

文字の大きさ
7 / 16

7.

しおりを挟む
 
 制裁という名のおとがめが終わり、2人は月明かりが暗く照らしている寒々しいテラスから離れ、室内のゾフィアのところに戻ろうとしていた。
 巨大な大理石の石柱が立ち並ぶ回廊を抜け、さきほど出たホールへの出入り口に再び入る。ヴォルフは会場の眩さに目を細め、アルフレートの焦燥しょうそうに駆られた背中を追う。
 前を歩くアルフレートはゾフィアをいつもの場所――壁際ではない立食テーブルの前に残して来てしまったことに気が気じゃないらしく、そわそわと落ち着かない。今にも人ごみをかき分け走りだしそうだった。

「上官!先に行きます」
「ダメだ阿呆。今日のお前はだいぶアレすぎるから俺の監視下に置く。ありがたく思え」
「えええ!?まだ俺の邪魔をするんですか」
「俺だってしたいわけではない」

 脱兎のごとく逃げ出そうとした部下の首根っこを、むんずと掴みニタリと笑ってやる。

「うっ」

 とうめいてアルフレートは青ざめ、やがて諦めたのか盛大に息を吐いた。

「上官がついてくるのは自分のせいなので諦めますが……ゾフィア嬢にちょっかいを出すのはやめてくださいよ。いいですね、約束しましたからね!」
「あれは俺の好みではない、わかって言ってるだろう」

 派手な装いをした豊満でセクシーな女性がヴォルフは好きだ。ゾフィアではだいぶ色気が足りないし、綺麗だとは認めるが、いかんせん地味だなと言外ににじませると、人を器用に避けながら小走りで歩いていたアルフレートはぐるんと勢いよく振り返って、

「そんなだから上官はまだ未婚なんですよ」

 と小馬鹿にしたように言ってくる。
 生意気な奴に制裁するべく、ちょうどいい位置で揺れている堅そうで可愛げのない尻をドカッと蹴り上げた。

「痛あっ!なにすんですか、この暴力騎士!職権乱用でまた独房に入れられますよ!……あっ、痛いって言ったらまた痛み止めを貰えるかもしれないな」

 後半部分はヴォルフには意味がわからなかった。
 ヴォルフは、来たときとは逆にうきうきと先を歩くアルフレートを見る。
 彼は気にも留めていないようだが、後ろをついて歩くヴォルフには、アルフレートの横を通り過ぎた淑女が次々と彼を振りかえって2度見しているのが気になって仕方がなかった。
 振り返る女性は、『あっ』と言いながら手を伸ばして、待ってほしそうなそぶりを見せる。
『……まぁ素敵』とか『アルフ……』とか呟いているが、当の本人には聞こえていないことがわかるようで、名残惜しげにその後姿を見つめている。
 潤んだ瞳といい上気した頬といい、どの令嬢も、どうみてもアルフレートに気があるようにしか見えない。そんな女性がごろごろ見受けられる様はヴォルフを正体不明の苛立ちに誘う。
 大体モテるというのにアルフレートは立ち止まりもしないのだ。まっすぐ急いで脇目も振らずにゾフィアの元へと向かっていく。

 ふと、疑問が浮かんだ。

「お前はどうしてそんなに、あれがいいんだ?何故あの女にこだわる」
「惚れた以外の理由が必要なんですか」
「いや、ただ、どこがそんなに気に入ったのかと」

 モテるんだがら他の女じゃいけないのかと本当は聞きたがったが、なんとなく言葉にはしなかった。
 塩対応と噂の令嬢に冷たくあしらわれ続けて2年。ただ単に顔が好みなだけなら、とっくに他へ行っているだろう。現にゾフィアの周りにアルフレートほどしつこく食い下がっている貴公子も居ない。なにかがあってゾフィアを好きになったからアルフレートはたぶん2年もの間、この報われない片思い地獄を我慢できたのだ。


 アルフレートは真面目に聞いてくるヴォルフに意外なものを感じながらも、真剣さには真心をとばかりに生真面目に答えを返すことにした。
 ゾフィアの元へ向かう足の速度も緩めず、振り返りさえしないが、戦地で移動しながらの会話に慣れている騎士らには問題なく聞き取れるだけの音量で、静かに言葉を紡ぐ。

「3年前、舞踏会でゾフィア嬢に痛み止めをもらったことがあるんです」
「――は?」
「そのとき、俺は幼馴染とダンスを踊っていて、足をヒールで踏まれてしまって……。踊り終えた後に幼馴染は手当てをしようと心配してくれましたが、俺は大の男が痛がるのはかっこ悪いなと思ってやせ我慢して、なんでもないと言い張った。後で自分1人でこっそり痛めた箇所の手当てをしようと、そう思ったんです」

 アルフレートは遠くに思いを馳せる。


――それは3年前の冬、いやに寒かった日の舞踏会での出来事。

「その日は遠征から帰ってきた翌日で、俺の足首には未だ完治していない捻挫があった。騎士団では下っ端のころから口をすっぱくして『怪我を他人に悟らせるな』と教えるじゃあないですか。なので当然そのことも幼馴染には内緒だったし、遠征中ですら騎士仲間の誰にも言っていませんでした。でもあのときは足首と足の親指を怪我して、さすがに参ってしまって」

 古傷となっていた戦場帰りの足首に、つい今しがた負った指先の負傷。2カ所に増えてしまった足の怪我。
 表面こそ必死になんでもない風を装った。
 しかしズキズキと傷は痛むし、そのせいで眩暈めまいもしていて長く持たないのは明らかだった。脂汗を垂らしながら壁際を絶望的な気分で見たのを覚えている。ホールからはいくらも距離がないのに、アルフレートにとってその距離は途方もなく長く遠いものに見えて、どうするべきかと思い悩んだ、そのとき。

「気付いたら目の前にゾフィア嬢の白い手があった。なにかを呑まされて呆然としていると、彼女は幼馴染を『あちらで素敵な方がお呼びしていましたわ』と言って追い払ってくれた。――たぶん恥をかかせないようにしてくれたんだ」

 あのときのことは鮮明に覚えている。アルフレートにとっては、それほど大切な記憶だった。
 ホールには熱気がこもり、皆のテンションは最高潮だった。オーケストラの大音響が鳴り止んでいたのに、人々はなかなかホールを離れたがらなくて、それで余計に体調不良がバレるんじゃないかと焦って……。
 シャンデリアの光が半分ほど落とされていたから、ああ次は暗くして怪しい雰囲気のなかで踊る――たぶんワルッツァだ――だから恋人同士が落ち着きなく次の曲を待っているんだな、このまま動けなければ俺はこの人ともう1曲踊らねばならなくなってしまうなと、痛みのために遠い思考で薄ぼんやりと考えた。
 その後になってやっと、『あ、さっきの口に入れられたものはなんだったんだろう』と、急に心配になった。
 不思議と、それだけ考えてからじゃないとゾフィアが危険人物かもしれない、毒を盛られたのかもしれないとは思い至らなかった。

「続いて『即効性だからそろそろ効いてくると思うのですけども……。飲ませたのは痛み止めの薬です。念のため、私の肩に手を。大丈夫です、他人には貴方が私に寄り添っているようにしか見えないですわ』と言って、ホールから壁際まで、誰にも怪我を悟らせることなく連れて行ってくれた。お礼と、未婚の女性に必要以上に触れた非礼を詫びると、はにかみながら笑うんです。……そしてもう1粒、胸元から痛み止めを出してきた」

――あのときのアルフレートの衝撃は、きっと誰にもわかるまい。

 騎士団の誰も気がつかなかった足首の怪我を、すぐ近くで踊っていた幼馴染ですら見抜けなかった不調を、あのときの彼女は知っていた。
 それも壁際から眺めていただけでホールからはけっこう離れているのに、ホールでは何組も別のカップル達が踊っていたのに、いったい自分の足の不調にどうやって気がついたんだ!?
 痛む箇所が複数なら、痛み止めが1個では心もとない。だから彼女は2個目を出してきた。アルフレートの足が複数個所、怪我を負っているとわかっていたからこその2個目だった。

「どうしてわかったのかと聞いても彼女は答えてくれませんでした。そして去り際に『痛みが引いたら、また踊れます』と言って離れていった。俺はそれを聞いてしばらくは呆然としていたんですが――我慢できずにき出した」
「ん?意味が……」
「彼女は変わっているんですよ」

「――ああ、なるほどな。そういう事か」

 ヴォルフも1テンポ遅れて、その真意を理解する。
『また踊れます』は『痛み止めを大量にあげたんだから、踊れ』という意味だ。
 それはつまり、あのとき踊ったダンスホール内で彼はひときわ輝いていたということに他ならない。
 たぶんゾフィアはずっとアルフレートを見つめすぎていたせいで、その足のわずかな違和感に気が付いたんだろう。足を踏まれた場面も見ていたに違いない。だから痛み止めを持って激励に来たのだ。

 ――ずっと俺に注目して、あの熱烈な目でうっとりとしながらゾフィア嬢が自分を、とろけそうな視線で見ていただなんて!

 あの頃はゾフィアをよく知らなかったので、てっきり救出に来てくれたのかと思ったが、そうではないのだ。貴方の踊る姿は素晴らしいものだったから、もっと見たい、もっともっと舞踏会が終わるまで貴方に舞い続けてほしいと言い、足の怪我を理由にいまにも屋敷に帰ってしまいそうなアルフレートを鼓舞するためにゾフィアはわざわざ壁際からホール中央にまで来たのである。

 思い出しただけでも胸が熱くなる。あのとき、彼は確かに彼女に恋をした。

 窮地きゅうちを救いにきた女神は、もっと自分に戦えと言う。もっともっと頑張れと。
 自分がずっと後ろでその姿を見守っていてあげるから、倒れたら骨は拾ってあげるから安心して行って来いと、自分にはそう言われたように聞こえた。
 現に、足の痛みは胸の痛みにまぎれて消えてしまっていたし、照れて大幅に血流が増えてしまい、居ても経ってもいられなくなって、アルフレートはその後がむしゃらに踊り狂った。それはもう天にも昇る気持ちで!

 ――まるで戦乙女(ヴァルキリー)のような、俺の特別な人。


「心配されるよりも応援されたい、か」

 ヴォルフにも、泣きながら戦地に送り出す母親や兄弟達に、こんな風に悲しげに泣かれるのは嫌だなと思いながら背中を見送られた経験ならある。男なら誰だって、大泣きされて土壇場で引き留められるよりも『勝って帰ってこい』と言われて笑いながら戦場へ送りだしてほしいと本心ではそう思っている。
 騎士だから、なおさらそう思うのか。
 ヴォルフは溜め息をついた。

「――思ったよりも良い女じゃないか」

 ヴォルフにとって最大限の賛辞にアルフレートはぴくっと反応すると、直後、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「人の体験談で疑似恋愛しないでくださいね、譲らないからな」
「おい、敬語がとれてる。やり直し」
「譲らないからなッ!」
「……本っ当に重症だ……」

 ヴォルフは再びアルフレートの尻を、今度こそ思いっきり蹴り上げた。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』

みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」 皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。 (これは"愛することのない"の亜種?) 前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。 エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。 それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。 速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──? シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。 どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの? ※小説家になろう様でも掲載しています ※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました ※毎朝7時に更新していく予定です→2月15日からはランダム更新となります。ご了承ください

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

処理中です...