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しおりを挟む制裁という名のお咎めが終わり、2人は月明かりが暗く照らしている寒々しいテラスから離れ、室内のゾフィアのところに戻ろうとしていた。
巨大な大理石の石柱が立ち並ぶ回廊を抜け、さきほど出たホールへの出入り口に再び入る。ヴォルフは会場の眩さに目を細め、アルフレートの焦燥に駆られた背中を追う。
前を歩くアルフレートはゾフィアをいつもの場所――壁際ではない立食テーブルの前に残して来てしまったことに気が気じゃないらしく、そわそわと落ち着かない。今にも人ごみをかき分け走りだしそうだった。
「上官!先に行きます」
「ダメだ阿呆。今日のお前はだいぶアレすぎるから俺の監視下に置く。ありがたく思え」
「えええ!?まだ俺の邪魔をするんですか」
「俺だってしたいわけではない」
脱兎のごとく逃げ出そうとした部下の首根っこを、むんずと掴みニタリと笑ってやる。
「うっ」
と呻いてアルフレートは青ざめ、やがて諦めたのか盛大に息を吐いた。
「上官がついてくるのは自分のせいなので諦めますが……ゾフィア嬢にちょっかいを出すのはやめてくださいよ。いいですね、約束しましたからね!」
「あれは俺の好みではない、わかって言ってるだろう」
派手な装いをした豊満でセクシーな女性がヴォルフは好きだ。ゾフィアではだいぶ色気が足りないし、綺麗だとは認めるが、いかんせん地味だなと言外に滲ませると、人を器用に避けながら小走りで歩いていたアルフレートはぐるんと勢いよく振り返って、
「そんなだから上官はまだ未婚なんですよ」
と小馬鹿にしたように言ってくる。
生意気な奴に制裁するべく、ちょうどいい位置で揺れている堅そうで可愛げのない尻をドカッと蹴り上げた。
「痛あっ!なにすんですか、この暴力騎士!職権乱用でまた独房に入れられますよ!……あっ、痛いって言ったらまた痛み止めを貰えるかもしれないな」
後半部分はヴォルフには意味がわからなかった。
ヴォルフは、来たときとは逆にうきうきと先を歩くアルフレートを見る。
彼は気にも留めていないようだが、後ろをついて歩くヴォルフには、アルフレートの横を通り過ぎた淑女が次々と彼を振りかえって2度見しているのが気になって仕方がなかった。
振り返る女性は、『あっ』と言いながら手を伸ばして、待ってほしそうなそぶりを見せる。
『……まぁ素敵』とか『アルフ……』とか呟いているが、当の本人には聞こえていないことがわかるようで、名残惜しげにその後姿を見つめている。
潤んだ瞳といい上気した頬といい、どの令嬢も、どうみてもアルフレートに気があるようにしか見えない。そんな女性がごろごろ見受けられる様はヴォルフを正体不明の苛立ちに誘う。
大体モテるというのにアルフレートは立ち止まりもしないのだ。まっすぐ急いで脇目も振らずにゾフィアの元へと向かっていく。
ふと、疑問が浮かんだ。
「お前はどうしてそんなに、あれがいいんだ?何故あの女にこだわる」
「惚れた以外の理由が必要なんですか」
「いや、ただ、どこがそんなに気に入ったのかと」
モテるんだがら他の女じゃいけないのかと本当は聞きたがったが、なんとなく言葉にはしなかった。
塩対応と噂の令嬢に冷たくあしらわれ続けて2年。ただ単に顔が好みなだけなら、とっくに他へ行っているだろう。現にゾフィアの周りにアルフレートほどしつこく食い下がっている貴公子も居ない。なにかがあってゾフィアを好きになったからアルフレートはたぶん2年もの間、この報われない片思い地獄を我慢できたのだ。
アルフレートは真面目に聞いてくるヴォルフに意外なものを感じながらも、真剣さには真心をとばかりに生真面目に答えを返すことにした。
ゾフィアの元へ向かう足の速度も緩めず、振り返りさえしないが、戦地で移動しながらの会話に慣れている騎士らには問題なく聞き取れるだけの音量で、静かに言葉を紡ぐ。
「3年前、舞踏会でゾフィア嬢に痛み止めをもらったことがあるんです」
「――は?」
「そのとき、俺は幼馴染とダンスを踊っていて、足をヒールで踏まれてしまって……。踊り終えた後に幼馴染は手当てをしようと心配してくれましたが、俺は大の男が痛がるのはかっこ悪いなと思ってやせ我慢して、なんでもないと言い張った。後で自分1人でこっそり痛めた箇所の手当てをしようと、そう思ったんです」
アルフレートは遠くに思いを馳せる。
――それは3年前の冬、いやに寒かった日の舞踏会での出来事。
「その日は遠征から帰ってきた翌日で、俺の足首には未だ完治していない捻挫があった。騎士団では下っ端のころから口をすっぱくして『怪我を他人に悟らせるな』と教えるじゃあないですか。なので当然そのことも幼馴染には内緒だったし、遠征中ですら騎士仲間の誰にも言っていませんでした。でもあのときは足首と足の親指を怪我して、さすがに参ってしまって」
古傷となっていた戦場帰りの足首に、つい今しがた負った指先の負傷。2カ所に増えてしまった足の怪我。
表面こそ必死になんでもない風を装った。
しかしズキズキと傷は痛むし、そのせいで眩暈もしていて長く持たないのは明らかだった。脂汗を垂らしながら壁際を絶望的な気分で見たのを覚えている。ホールからはいくらも距離がないのに、アルフレートにとってその距離は途方もなく長く遠いものに見えて、どうするべきかと思い悩んだ、そのとき。
「気付いたら目の前にゾフィア嬢の白い手があった。なにかを呑まされて呆然としていると、彼女は幼馴染を『あちらで素敵な方がお呼びしていましたわ』と言って追い払ってくれた。――たぶん恥をかかせないようにしてくれたんだ」
あのときのことは鮮明に覚えている。アルフレートにとっては、それほど大切な記憶だった。
ホールには熱気がこもり、皆のテンションは最高潮だった。オーケストラの大音響が鳴り止んでいたのに、人々はなかなかホールを離れたがらなくて、それで余計に体調不良がバレるんじゃないかと焦って……。
シャンデリアの光が半分ほど落とされていたから、ああ次は暗くして怪しい雰囲気のなかで踊る――たぶんワルッツァだ――だから恋人同士が落ち着きなく次の曲を待っているんだな、このまま動けなければ俺はこの人ともう1曲踊らねばならなくなってしまうなと、痛みのために遠い思考で薄ぼんやりと考えた。
その後になってやっと、『あ、さっきの口に入れられたものはなんだったんだろう』と、急に心配になった。
不思議と、それだけ考えてからじゃないとゾフィアが危険人物かもしれない、毒を盛られたのかもしれないとは思い至らなかった。
「続いて『即効性だからそろそろ効いてくると思うのですけども……。飲ませたのは痛み止めの薬です。念のため、私の肩に手を。大丈夫です、他人には貴方が私に寄り添っているようにしか見えないですわ』と言って、ホールから壁際まで、誰にも怪我を悟らせることなく連れて行ってくれた。お礼と、未婚の女性に必要以上に触れた非礼を詫びると、はにかみながら笑うんです。……そしてもう1粒、胸元から痛み止めを出してきた」
――あのときのアルフレートの衝撃は、きっと誰にもわかるまい。
騎士団の誰も気がつかなかった足首の怪我を、すぐ近くで踊っていた幼馴染ですら見抜けなかった不調を、あのときの彼女は知っていた。
それも壁際から眺めていただけでホールからはけっこう離れているのに、ホールでは何組も別のカップル達が踊っていたのに、いったい自分の足の不調にどうやって気がついたんだ!?
痛む箇所が複数なら、痛み止めが1個では心もとない。だから彼女は2個目を出してきた。アルフレートの足が複数個所、怪我を負っているとわかっていたからこその2個目だった。
「どうしてわかったのかと聞いても彼女は答えてくれませんでした。そして去り際に『痛みが引いたら、また踊れます』と言って離れていった。俺はそれを聞いてしばらくは呆然としていたんですが――我慢できずに噴き出した」
「ん?意味が……」
「彼女は変わっているんですよ」
「――ああ、なるほどな。そういう事か」
ヴォルフも1テンポ遅れて、その真意を理解する。
『また踊れます』は『痛み止めを大量にあげたんだから、踊れ』という意味だ。
それはつまり、あのとき踊ったダンスホール内で彼はひときわ輝いていたということに他ならない。
たぶんゾフィアはずっとアルフレートを見つめすぎていたせいで、その足のわずかな違和感に気が付いたんだろう。足を踏まれた場面も見ていたに違いない。だから痛み止めを持って激励に来たのだ。
――ずっと俺に注目して、あの熱烈な目でうっとりとしながらゾフィア嬢が自分を、とろけそうな視線で見ていただなんて!
あの頃はゾフィアをよく知らなかったので、てっきり救出に来てくれたのかと思ったが、そうではないのだ。貴方の踊る姿は素晴らしいものだったから、もっと見たい、もっともっと舞踏会が終わるまで貴方に舞い続けてほしいと言い、足の怪我を理由にいまにも屋敷に帰ってしまいそうなアルフレートを鼓舞するためにゾフィアはわざわざ壁際からホール中央にまで来たのである。
思い出しただけでも胸が熱くなる。あのとき、彼は確かに彼女に恋をした。
窮地を救いにきた女神は、もっと自分に戦えと言う。もっともっと頑張れと。
自分がずっと後ろでその姿を見守っていてあげるから、倒れたら骨は拾ってあげるから安心して行って来いと、自分にはそう言われたように聞こえた。
現に、足の痛みは胸の痛みにまぎれて消えてしまっていたし、照れて大幅に血流が増えてしまい、居ても経ってもいられなくなって、アルフレートはその後がむしゃらに踊り狂った。それはもう天にも昇る気持ちで!
――まるで戦乙女(ヴァルキリー)のような、俺の特別な人。
「心配されるよりも応援されたい、か」
ヴォルフにも、泣きながら戦地に送り出す母親や兄弟達に、こんな風に悲しげに泣かれるのは嫌だなと思いながら背中を見送られた経験ならある。男なら誰だって、大泣きされて土壇場で引き留められるよりも『勝って帰ってこい』と言われて笑いながら戦場へ送りだしてほしいと本心ではそう思っている。
騎士だから、なおさらそう思うのか。
ヴォルフは溜め息をついた。
「――思ったよりも良い女じゃないか」
ヴォルフにとって最大限の賛辞にアルフレートはぴくっと反応すると、直後、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「人の体験談で疑似恋愛しないでくださいね、譲らないからな」
「おい、敬語がとれてる。やり直し」
「譲らないからなッ!」
「……本っ当に重症だ……」
ヴォルフは再びアルフレートの尻を、今度こそ思いっきり蹴り上げた。
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