2人の騎士と壁の花

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 一方いっぽう、立食テーブルではゾフィアが難しい顔をしてノンアルコールワインの入っていたワイングラスを回していた。
 目の前には片手で食べられるフィンガーフードが美味しそうにこちらを向いて微笑んでいるが、手は付けない。このグラスにしてもそうだ。ゾフィアははなからアルフレートが持ってきたワインを飲む気がなかった。
 食べ物を食べたり飲み物を飲んだりするより、壁際でダンスを見ていたい。食べてしまうと大事な場面で花摘みに行きたくなったりするから極力避けていた。
 ……なので、この中になにかが入っていたとしても、きっと体内に取り込むことはなかっただろうと思うのだ。
 なんとなく先ほどの自分がなにをされそうになっていたのか、薄ぼんやりではあるが理解できていた。
 正直に言えば、盛られそうになるのも初めてではない。
 5年の歳月は伊達じゃないのだ。彼女は1人で、今までずっと男の魔の手から自分の身を守ってきていたのだから、よく考えればわかりそうなことだったのである。

 そっとワイングラスを立食テーブルの上に置けば、フッと我知らず溜め息がこぼれた。
 落ちこむ気分を奮い立たせようとフルフルとゆるく首を振って、ちょうど後ろを通り過ぎようとする給仕の少年を呼び止めると、その疑惑の残るワイングラスを下げてくれと頼んだ。
 喧噪が耳に遠い。このテーブルにも人はたくさん居るはずなのに、うまく意識することができなかった。
 ゾフィアの後方では、
『おい誘え』とか『細いなぁ』とか『麗しの壁の花ちゃんがなんでここに』とか『俺、断られそうだけど声かけるわ』とか、騎士の男達がそわそわしているのも、まるで認識できない。

 あの人は私の身体が目当てだったのね……。
 おそらくは、媚薬を盛って私をベッドへと連れ込もうとしたのだろう。あの金髪の王子様っぽい容姿のアルフレートは、実は私の王子様ではなかったらしい。
 1年も前から声をかけてくれていた。でも純愛から熱心に誘っていらしたわけではなかったんだわ。
 そう考えると複雑な気分だった。
 ――いつの間にか私、ちょっとほだされていたみたい。今後は気を付けないと。
 あの熱烈な誘い文句も、ずっと傍らに居たいと言ってもらったことも一夜の甘い夢。明日になれば幻と消える。

 結論付けてしまえば、もうここには用がなかった。さっさといつもの壁際まで帰ろうと後ろを振り返り、そこでゾフィアはギョッとした。
 4人の若くて体格のいい騎士達が自分を取り囲んでいたからだ。手はなぜか揉み手で、顔にはいやらしい笑みを浮かべている。

「こんばんは、ヴァルトハウゼン伯爵家のゾフィアさん」
「壁際に居るのに飽きたんだろ?なにを食べる?取るよ」
「おいこらレディにはワインが先だろ、ねっ」
「いやいやここはやはりスイーツだ、一緒に食べよう、なっ!」

 馴れ馴れしい口調で一気にまくしたてられ、ゾフィアの顔から音を立てんばかりの勢いで血の気が引いてゆく。バッと周辺に視線を走らせたが、逃げようにも逃げ場がない。前には料理の並んだテーブル、後ろには4人も屈強そうな男。
 いつもの壁なら背後なんて取られないのに!
 ゾフィアがわずかに身を固くして警戒を示したのがいけなかったのか、4人はそのぶん上半身を出して距離を詰めてくる。
 逃がすまいとしたのか、正面の2人は肩を組み、両隣の2人はテーブルに手をついて、彼女の退路を完全に断ってしまった。
 4人は一様に『もう逃げられないなぁ』と勝ち誇った顔をしている。

 ……と、とにかくどうにかしなければ!

 焦る。焦るが、いい打開策が見つからない。ゾフィアは頭を抱えたくなった。
 困りきって4人の顔を順番に見れば、なにを勘違いしたのか4人はそれぞれ違う料理が乗った小皿を手に取り、

「「「どうぞ」」」

と頭を下げながら差し出してくる。
 骨付き肉、キッシュ、ワイン、それにタルトが、彼女の目の前、目と鼻の先ほどにも顔に近い位置に並んだ。どれも目に鮮やかで、とても美味しそうである。
 4人の下げられた頭のつむじを眺めて、良い香りのする料理を見て、そして目が点になった。

 え、なんなのこれ?
 ……これは、つまり……

 もしかして最初に料理を受けとった、その相手が今夜の私のエスコート役になると、もしかするとそういう趣向だろうか。
 いまいち確信が持てなかったが……待っても誰も顔を上げず、声も上げないし、それどころか微動だにもしない。4人に頭を下げられた状態のまま、ゾフィアは冷や汗をかき始める。
 もしかして、もしかしなくても、やっぱりこれはそういう趣向であるらしい。
 思わず額に手を当てた――頭が痛い。

 4人が腰を折ったことによって、ゾフィアの前は広く視界が開けていた。あわてて見れば、周囲の人達は興味津々といった風の顔をして事の成り行きを見守っている。
『モテますなぁ』などと言い冷やかしていく紳士、口元を手で押さえて笑いを抑え込む淑女、誰も彼もが面白がって見ているだけで、ここから助けてくれそうな人はいない。
 えっ、まさかこれは……誰かの料理を受け取らないと、この包囲網から抜けられない?

 冗談ではない!絶対に嫌だ、と思った。
 ああ、こんなことになるのなら最初からあの2人についていけばよかったんだわ。
 目尻に涙が浮かんだ。


「こらあ、そこおお!!離れろおおお!!」

 その時だった。
 大音声で物騒な声が響きわたり、4人とゾフィアは弾かれたようにそちらへと顔を向けた。誰だと認識する前に、4人が低くうめくと背中を押さえてうずくまる。
 見れば、両手を付きだすような恰好をしたアルフレートが、人の波をかき分けながらこちらへと小走りで向かってきていた。ゾフィアは意図せずホッと息を吐く。

「なにしやがる!」
「痛いだろうが!」
「こんなところで指弾なんか使うな!」
「おお痛ェ」

 4人は口々に文句を言うとアルフレートに食ってかかろうとした。指弾とは指で鉛玉を打ち出す技で、弓ほどの長距離は望めないが中~近距離で役立つ武闘術だ。アルフレートの得意技の一つであり、隠し技でもあるそれを見知っている人間は少ない。もともと危険な仕事専用の技を、このときのアルフレートは躊躇することなく4人の背中めがけて撃ちだしていた。
 鉛玉は目で認識する前に標的の背中の肉にめり込む。
 4人が体制を立て直せないでいるうちに、アルフレートは有無を言わさぬ勢いで4人とゾフィアの間に自分の身体をねじ込んだ。細身の彼にはそれが容易く出来たが、4人にはそうは見えなかったらしく、突如目の前に沸いて出たような部外者に驚愕の眼差しを向ける。

「ゾフィア嬢の近くに寄るな!俺の連れだ」

 目をパチパチと瞬いた4人は、その段階になって初めて、邪魔をしにきた相手が騎士団で同期のアルフレートだと認識した。
 途端に4人は威圧するように態度を変える。
 いくら同期のよしみでも女を取られそうなのは我慢がならない。しかも、相手は女顔で王子様な見た目のモテ男であるアルフレートだ。この女を逃しても、他にも女が簡単に捕まえられるに違いない。
 その考えは同期達を嫉妬と苛立ちへと駆り立てた。

「知るかよ、いま取りこみ中だ。振られたんならさっさと帰れ」
「そうだそうだ、帰れ」
「振られてない、だまれ!」
 
 
「……だまるのは、お前ら全員だ。独房に入れられたくなければ今すぐ手に持っている料理を平らげろ」
 
 
 
 
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