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しおりを挟む「――ヴォルフ様、踊りましょう。どうか私を狂わせてください」
それを聞いた4人の騎士はうおぉと号泣し、アルフレートは床に崩れ落ちるように膝をついた。
周囲でことの成り行きをずっと見ていた野次馬たちから、わっと歓声と拍手が上がる。賭けごとの伝票代わりに使っていたらしい数字の書かれた紙製のコースターがいっせいに上空に投げ出され、絢爛豪華なシャンデリアにぶち当たるとパラパラと宙を舞って落ちた。
2人は拍手の沸きおこる立食テーブルを後にし、手に手を取りあってホール中央を目指す。
ああドキドキする!
ゾフィアは高揚する気分を押さえられず、自分がふわっと宙に浮いてしまうんではないかと心配した。
憧れの人が、まさかヴォルフ様だったなんて。しかもその御方に今、手を取られてダンスホールへと向かっている。信じられない!
ホールは曲が終わったばかりで、これから5分程度の休憩に入るところだった。夜も更けて、体力自慢の若者達もそろそろホールから離脱する頃合いだ。休憩や水分補給で多くの人が立ち去ってしまい、人もまばらにしか立っていないホール中央部分にヴォルフとゾフィアは陣取った。
そこは国王や王妃のすわる王座の袂で、一番目立つ場所になる。
「――どうして俺を選んだ?」
ヴォルフは不思議そうな顔をしていた。自分が選ばれるとは思っていなかったらしい。ゾフィアはくすっと笑った。
「4年前のあの瞬間から、私は踊らなくなりました」
「4年前だと?――ああ、お前、俺が踊るところを見ていたのか」
「ええ」
4年前のあの日、ヴォルフが激しく踊るのをホウキのような体型をした少女は食い入るように眺めて、そして決意した。あの人と踊る。絶対に、あの人と踊るんだと。
今はきっと無理だけども、体力とキレを身につけて、色気がもっと出たらば、きっと。
「貴方に見合うような大人の女性になったら、頼みこんで1曲踊ってもらおうと、ずっとそう思っていたんです」
それまでは他の誰とも踊らない。踊りたくない。忘れたくなかった。あの感動を自分のなかで少しでも鮮明に維持するためには、他の誰かで上書きする機会をなくさなければ。
漠然と、ただそう思った。
そしてそれを忠実に4年間、実行し続けた。全てはこの日のこの瞬間のために。
「ヴォルフ様に相手をしていただけて、本当に嬉しいのです……」
「――っ!」
ヴォルフは返事に困って頭をかく。
ゾフィアは頬をうっすらピンク色に染め両手を胸の前で組み、うっとりと潤んだ目で見つめてくる。桜色の唇が誘うようにわずかに開けられているのを見てしまい、そのあまりの眩さに目を細めた。
――この女、自分で言ってる意味がわかってるんだろうかとヴォルフは訝しむ。
「私、私……。ヴォルフ様のことをずっと探しておりました」
「あ、ああ」
彼の手を取り、それを両手で包み込むように胸に抱く。大切なものを扱うときのような繊細な動きで、丁寧に淑女の礼をとった。呆けたような顔をしてじっと直視してくるヴォルフが目の前に居ることが、とても特別なことで嬉しいことなのだと潤んだ目で訴える。
銀色の前髪に隠れていた紫水晶のようなきらきらとした瞳に見据えられたヴォルフは、その吸い込まれそうな瞳に自分が今、絡め取られそうになっていることに愕然とした。
と、同時に甘い疼きがゾクリと全身を駆け巡っていく。
「……お前、実はとんでもない女だな……」
普段は色気などありませんというような高潔な顔をしてとり澄ましているくせに、2人だけになった途端こんなに色香をほとばしらせるなんて、まるで話が違うではないか。まんまと騙されたと歯噛みする。
まったく腑に落ちないが、少なくともアルフレートがこれにやられたのだけは間違いなさそうだ。
ゾフィアはそんな悔しそうな様子のヴォルフを、きょとんと見返した。
盛大に1つため息をつくと、かかとをカツンと鳴らしあわせ背筋をまっすぐに伸ばした。続いて丁寧な仕草で腰を折る。
それは淑女に対するダンスの正式な誘いの礼だった。
「お相手願おう、ゾフィア」
「ええ」
ゾフィアはこれ以上の幸福はないとでも言うかのような大輪の笑顔で、その誘いを受けた。
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