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しおりを挟む「次はギガステップか。お前と俺の再デビューにふさわしいな」
ギガステップといえば一番難しいダンスとして有名だ。
ダンスホールは一瞬にして湧きあがった。曲が始まったのだ。底抜けに明るい演目に楽しげな視線が行き交う。
緊張の1歩を、震えそうになる足をせいいっぱい伸ばして踏みだした。くるりと勢いつけて回ると、すかさずヴォルフの硬く太い腕が腰をホールドする。その驚くべき安定感にゾフィアは感嘆の嬌声を上げそうになった。たった1度のターンでも相手のヴォルフがすばらしい体幹とバランス感覚を備えているのが伺えたからだ。
これなら思いきり踊れそうだ!
ゾフィアは嬉しくてたまらなかった。
しかしそれでも、4年ぶりにろくに知らない相手と踊ると思うと自然と手が縮こまってしまう。彼女はそれを一生懸命、気力を振りしぼって前へ伸ばす。
懸命に踊ろうとするゾフィアの耳元に、低いささやきが聞こえたのは最初の山場の直前だ。
「いいか、よく聞け。お前はほかの令嬢達よりも手足がぐんと長い。だから人と同じステップでは、わずかに出足が遅れるんだ。わかるか」
「ええ、知っています」
「今からそれを修正してやる。俺の言うとおりに踊れよ、いいか。『他人に合わせるな、この俺にも合わせんでいい。お前がやることはこの場にいる誰よりも早く、高く』だ!――行くぞ!」
「はいっ!」
話し終えた時点でもうすでに最初の山場がきた。
3連ターンに、己の限界に挑戦するかのような凄まじい勢いで背をしならせ回転のための反動をつける。ヴォルフのリードもお構いなしだ。なり振りかまってなどいられない。なんとしても憧れの人の期待に応えなければ。
「――はは、良いぞ」
ぎゅるんと1回転、その時点でヴォルフはそこに重心をかけて回転速度を上げる。続いて2回転3回転と腰を落としながらさらに激しく加速する。
「速いっ!」
人ごみの最前列にいるアルフレートは目を見張る。尋常ではない速度に、なんて無茶をするんだとヴォルフに対して射殺さんばかりの視線を送る。眼力で人が殺せるならと焼き切れそうな思考で呪詛を唱える。
「おい、あんなん続けたらゾフィア嬢が吹っ飛んじまうだろ」
心配そうな声を上げたのは、先ほど振られた騎士のうちの1人だ。あれではまるで砲丸投げだ。あの速度で万が一、足を縺れさせでもしたら細身で軽いゾフィアなどは間違いなく遠心力ではるか後方へと飛ばされ、大怪我を負ってしまう。
「そんなことになったら殺してやる……!」
ぶるぶると震えるほどに強い力で握りこんだ拳からポタッと血がしたたり落ちた。爪が掌の肉を裂き、それでもなお食いこみ続ける。
――悔しい。俺はどうしてあの人の隣にいられない!
タンタンタンとゾフィアの足元が軽快にリズムを刻む。刻む足元は小幅なのに、移動速度は度肝を抜かれるほどすごいものである。あっという間にダンスホールの中央から右端へと飛ぶような速度で通りすぎていくのを、いったい何人の観客が見送ったのか。相当数の貴族の頭という頭がいっせいに右端へと向いたのを、もう1人の騎士は呆然とした面持ちで眺める。
「……おい、あれ……」
「……なんだ、あれは……」
にわかに会場がざわめきだしていく。
他の人より素早く、もっともっと高く。軽快に!
ゾフィアは心のなかで一生懸命リズムを唱えるのに夢中だった。少しでも気を抜けば、ヴォルフの気迫と体力に押され、自分が霞んでしまう。社交ダンスはあくまで女性が主役、喰われてなるものかと必死に追いすがる。
その様を見てヴォルフが苦笑したのを彼女は見逃さなかった。
「ま、負けません、から……!」
「馬鹿だろ、お前。なにを勘違いしていやがる。――もっと楽しめ。もっと笑え、観客にお前が1番だと知らしめろ」
1番、気高く美しく。この場での最高の美女になれ。
途端にゾフィアの顔がボッと赤くなった。
そうだ、忘れていた。もっと優雅に、もっと綺麗にだ。指摘されるまで貴婦人としての最低条件ですら、あまりの動きの激しさに抜け落ちてしまっていた。
ヴォルフの猛々しさについていけば良い踊りになるだろうと思っていたが、男性と女性ではそもそも踊りの見せ方が違う。
「――貴方に百万の感謝を」
ゾフィアの足取りが目にみえて軽くなった。
と同時に、不思議な現象が2人のまわりに沸きおこる。
攻撃的だった踊りが一変し、いっきに艶を増した。ひとつひとつの動きに腰を入れ、足を深くからめては熱烈に見つめあう。キスするのではないかと思うほど顔を近づけ微笑みあうかと思えば、途端にパっと離れてほかの貴公子達に笑顔を振りまいていく。
それは会場中の熱い吐息を誘うほど、艶やかで美しい。誰もが見惚れるほどの1対の優美な舞へと変貌していた。
「……くそっ……!」
もう見ていられない!
アルフレートは両手で顔を覆った。
これならさっきまでの格闘技のようなダンスのほうが数万倍もマシだ。こんな、まるで、あたかも恋人同士であるかのような舞など見たくなかったというのに!
それでも目を離すことができない。心から血の涙が流れていても、恋い焦がれるゾフィアの情熱的に踊る姿から逃れられない。
そのとき信じたくない事態が起こった。ゾフィアが体制を崩し、わずかに身体が傾いだのだ。
「あっ!」
ほんの刹那ゾフィアの視線は宙を舞った。その目に浮かんだのは焦燥と、あれは……不安!!
アルフレートは咄嗟に叫ぶ。
「頑張れ!!」
バチリとお互いの目線が合致した。ゾフィアが微笑んだように見えたのは彼の願望だろうか。
ゾフィアの聞き足に全体重がかかる。それをバネにするように、その瞬間、彼女は大きく高く上空へと反動をつけて飛んだ!
とびきり高いジャンプに、会場全体が
「「「わああっ!!」」」
と歓声をあげる。
「高いっ!」
「すごい……!」
次々と感嘆のつぶやきが耳に入ってくる。もう観客はすっかりゾフィアの虜だ。
紳士も淑女も給仕の少年も、王ですら口をあけて中央で激しくあざやかに舞う2人に見惚れている。
もうホールには彼等しか踊っていない。ほかのカップル達は皆、ぶつかられるのを恐れてか、はたまた観客の視線をすべて奪われた悔しさからか、いつの間にやら壁際へと捌けてしまっていた。
広く空いたホールの中央。踊りながら周囲を見渡しても、目に入ってくるのは熱狂的な観客ばかり。邪魔者は誰一人として存在しない。
なんとも子気味よい光景に、ついにたまらずヴォルフは笑い出した。
「くそっ、は、ははは!あーっはっはっは!!楽しいじゃねえか!まさかこの俺と対等に踊れる女が現れるとはな」
笑いながら最後のターンへと挑む。4連続ターンのあとに決めポーズ、それで曲が終わりになるはずだ。
心底、愉快そうに笑いながら超高速ターンを余裕でこなすヴォルフに、ゾフィアもつられて笑い出した。淑女としてはダンス中に声をあげて笑うなんて言語道断だが、どうにも止められない。
「ふふっ、ふふふ」
――楽しい、最高に楽しい!
ギュルギュルと靴のつま先が悲鳴を上げる。最後まですさまじい速度でターンを回りきった後、2人はその場でピタッと動作を止めた。
会場がシンと静まりかえる。曲が今、終わったのだ。
2人はゆっくりと両手を上げた。会場の上空に高らかと伸ばし、指先をピンと伸ばして最後のポーズを決める。
そして、たおやかに腕を下げながら、ゆっくりと腰を折っていった。見守っていてくれた貴族達へと優雅に一礼をして、その後王族のほうへと向きなおり、先ほどとまったく同じ動作で一礼をする。
――割れんばかりの拍手が会場から巻き起こった。
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