2人の騎士と壁の花

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 仲間。そう呼んでもらえるなんて。
 ゾフィアは胸が詰まるようだった。この4年の間、彼は……彼と私は確かに『仲間』だった。

 いつもダンスの誘いを断って、曲の演奏が始まる前に1番ホールがよく見える場所である会場の中央側の大柱の前に立っていた。そこからはホールの全体像が幅広く伺い見ることが出来て、ダンスが見たい自分にとっては絶好のポイントだったが、他にもそこに立つとよく見えていた場所があった。彼女のいつもの立ち位置から対角線上の先にある場所。

 それは『玉座』。

 ホール中央奥の、真紅の絨毯が敷かれた階段を上がったその上に備えつけられた玉座。そこに座る人物と、その横に寄り添う柔和な笑みをたたえる貴婦人、そして常に夫人と一対を成すようにたたずむもう1人の人物。現王と王妃、それに第一皇子である王太子殿下。

 曲が始まる前や終わった後に視線をホールから外すと目に飛びこんでくる彼等の姿は、自分にとっては馴染み深いものだった。なんせ夜会や晩餐会のたびに毎回見る顔ぶれである。現王であるアシュガー王と王妃であらせられるベルガモット様とは1度も目が合ったことがないが、王太子殿下だけは違った。
 王の右隣を守るこの騎士然とした麗しき王子は変わり者として有名で、ゾフィアと同じように毎回、ただそこに立ってダンスホールを眺めている。
 眺める視線は虚ろで、夜会になどまるで興味がないのがはたからみても丸わかりだったが、その視線がひとたびゾフィアの視線と絡むと、彼の瞳はいつも太陽を透かした大粒のエメラルドのように一瞬だけ輝くのだ。
 それに気付いてからは毎度、目が合ったなと思うたびに軽く会釈をするようになっていた。

 いつもいつもダンスは遠くから眺めるだけ。
 様々な人からダンスに誘われるものの、片っ端から断り、絶対に踊らない。
 互いに好きこのんで壁にはりついている者同士。だから私と彼は『仲間』だったのだわ。

――では、今は?

 ゾフィアはハッとして、唐突に王太子の言葉の意味を理解した。

「私は……お仲間から外れるのですね……」

 存外に残念そうな口調になった。つい先ほど芽生えたばかりの仲間意識が急速にしぼんでいくのが悲しかった。

「いや、ちがうよ。僕は貴方が1歩踏みだせたことを喜んでいるし、良いものが見れたと思ったから。言ったろう、祝辞だと。その言葉に一片の偽りもない」

 何度も見たことがあるその瞳の奥は澄んでいた。そしてなんだろうか、急にニヒルに片頬を上げて笑ったかと思うと、バチリとウィンクをしたのだ。

 なにを考えているかは読めないが、祝うのだと言うのだから悪いことではないのだろう。そして落ち込む必要もないのだと彼は態度でそう示している――直感だったが当たらずとも遠からず、だろうか。
 後方でかたずを飲んで見つめていた年若い令嬢達から唐突に悲鳴が上がった。ウィンクに反応したんだろう、

「キャー!」

 という黄色い声援と

「ギャーーーッ!」

 という嫉妬にまみれた聞き苦しいうめき声、それに

「キィィィィィィィィィィィィ……」

 とまるでゾフィアを呪おうとするかのような背筋の凍る鳴き声が、いっせいに周囲をつつむ。
 そのただなかを王太子は静かに歩きはじめる。真紅の絨毯のひかれた階段をことさらゆっくりと下れば、みごとな刺繍のほどこされた赤いマントが優雅にゆれた。
 王太子の足は絨毯の終わりであるダンスホールについても止まる気配はなく、カツンカツンと仕立てのいい革靴の音を響かせながらそのまま真っすぐに進んでいき、ゾフィアの3歩先までくると足を止めた。
 渦中の2人は黙って互いに視線を交わす。4年間、言葉はなくとも通じるものが2人のあいだには確かにあった。

 差しだされるのは、純白の手袋をした右手。王子は静かに片膝をついた。

「ヴァルトハウゼン伯爵家の末の娘、ゾフィアよ。僕の手を取ってくれるかい?」

――あの『壁の花』が、ついに王太子殿下からダンスを申し込まれた!

 観客からゴクリと喉仏の鳴る音がした。誰の頭のなかにも同じ噂が浮かんでいた。ゾフィアの片恋の、その噂がいま真実に成り代わろうとしている。

「わ、私は……」

 その一瞬のあいだに、いったいどれだけの情報が脳内に浮かんだだろうか。
 たかだか伯爵家出身の、しかも3女であるゾフィアは当然ながら王太子殿下の誘いを受けられるような身分ではない。
 爵位が足らず、ましてや家の財産のおこぼれだってそうそう手には入らないだろうと確定済みの、いわゆる『お金にならない令嬢』である自分がこういった誘いを受けるなどということは、滅多にないことであり、同時にあってはならないこと、禁忌に限りなく近いことだ。
 本来であれば王太子殿下の数多いる婚約者候補がそれに選ばれるべきであり、ゾフィアはその花嫁候補からはとうに外されている。社交ができない行き遅れの令嬢だと噂がひろまったと同時に、その線からは完全に除外されていた。
 父であるヴァルトハウゼン伯爵がなにやら裏で必死にこの婚約者候補のわくに自分を入れようと画策しているのは知っていたが、とうてい実現しぬ夢物語だとおもっていたのに。
 なのに、それがまさか、今この場で現実味を帯びてきてしまっているだなんて。

 爵位が足らない、お金もない令嬢をダンスに誘うというのは、とどのつまりは王太子がゾフィアを『気にいった』と声を大にして宣言するようなもので――求愛のサインだと誰もがそう認めるような行為だった。



 その場に直立不動で凍りつき、脳みそが焦げつきそうなほど高速で考えてみるが、どうしたらいいのか見当もつかない。そもそも手を取ってダンスの誘いを受けるには地位が足りない。でも断ってしまえば殿下の顔に泥を塗ることは確実だ。

 どうして、なんで王太子殿下は突然こんなことを言い出したのかしら。
 会話1つまともに交わしたことがないけれど、仲間だと思っていたと彼は言う。そして、この会話が『門出』で『祝福』って、それはつまり、いったい…?

 冷や汗をかきながら、救いを求めるような気持ちで王太子殿下を見た。彼はまるで挑むような凄みのある顔でこちらを凝視している。

 これは……。

 その一時の邂逅かいこう、神秘的な常緑色の瞳の奥に見えるものは。
 
 
 
 
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