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悲しみ
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「ジークは…独り身なんですか?」
明らかに縁より年上であり、それなりの年齢に見えるジークはお頭と呼ばれていることもあって番がいるだろうと思っていたのだが。
「そうだ……いや、今はそうだと言うべきか」
「今は?では番がいたと言うことですか?」
「あぁ。5年前に死んだがな」
「……すいません」
獣人にとって番は大切な存在だと聞いたばかりで申し訳なかった。
「気にすんな。確かにアイツがいないのは今でも寂しいが、俺にはあいつらがいるからな。お前で言うところの家族のあいつらの前でいつまでも情けない姿みせられねぇからな」
平気だと笑うジークは笑顔だったが、どことなく悲しさを含んでいた。
「…死のうとは思わなかったのか?」
「セイン?」
それまで黙って話しを聞いていたセインがジッとジークを見ていた。
「そりゃ初めはそう思ったさ」
「ならーー」
「でもな約束しちまったんだよ。あいつらのこと面倒見るってな。実はな最初にこの場所を作ろうって言い出しのうちのカミさんなんだよ」
名前はエリーと言うらしい。
ある日森を彷徨っていたエリーを拾い、一緒に暮らす内に仲良くなり番になったらしい。
最初は人間から逃げ回る生活を送りながらも幸せに暮らしていたらしいが、このままでいいのか2人で考えていた。
そんな中、娘を身籠ったエリーにジークは迷ったらしい。
こんな生活の中で無事に子どもを育てられるのかと。
悩んで悩んでエリーに打ち明けたジークは、ならば安心できる場所を作ろうとエリーが言ったそうだ。
人間たちに気付かれず、簡単に入って来れない場所。
2人で色々と見て回りこの場所を見つけたそうだ。
その頃にはエリーも少しお腹が膨らんできていたらしいが、道々賛同してくれた仲間と共に岩を削り、中を改装し、長い時間をかけてここを作り上げたらしい。
最初は数部屋しかなかったが、仲間と奥さん、もうすぐ生まれる赤ん坊と楽しい生活だった。
だがそんな生活は長くは続かず、ある夜産気づいたエリーに仲間の女性たちも協力してくれた。
かなりの難産らしく、いつまで経っても出てこない赤ん坊に苦しむエリー。
長く長く感じる夜にやっと産まれたと思ったと喜んだ赤ん坊からは産ぶ声が聞こえなかった。
何重にも首に絡まったへその緒は赤ん坊の息を止めてしまっていたらしい。
絶望する中、さらに出産時の出血が止まらないと叫ぶ女性たちにすぐさま駆け寄るが、流れでる出血が止まらず顔色が悪くなっていくエリー。
医者もいなければ、出産経験がないものしかおらず誰も何も出来ずにいた。
何度も泣いて名前を呼ぶジークにエリーの瞼が一瞬開いた。
「…赤ちゃん、ダメだったのね」
聞こえない産ぶ声に気付いていたらしい。
「ごめんね。ずっと、一緒にいられなくて…ごめんなさい。家族ができる、はずだった、のにごめんね」
「そんなこといいっ!そんなこといいから死なないでくれ!頼むから」
涙を流しながら頼むがエリーの顔色はよくなることはない。
「みんなを、守って、あげ、てね。私、みたいな、子が、増えない、ように。ね?約束、して?」
「する!するから死なないでくれっ!」
両手を血に染めながらも抱きしめる。
「ずっと、みてるわ。あの子と、いっしょに、そら、のうえ、から。あい、してる。だいす……き…よ……」
「ああああああぁぁぁぁっ!!」
力なく垂れていく手に力の限りその身体を抱きしめる。
周りで見ていた皆も涙を零し、エリーの死を悼む。
優しい女性だった。
人間に追われていたところを助けられた。
森で隠れていたところを一緒に行こうと言ってくれた。
安心できる場所を、人間に怯えなくてもいい場所を一緒に作ろうと。
お腹に子どもがいるにもかかわらず雑用を率先してやってくれた。
暑い中お疲れ様と水を手渡してくれた。
仕事をサボる若者に母親のように叱ってくれた。
みんなの母親だった。
誰かが泣いている時、男たちが喧嘩を始めた時、誕生日だとお祝いする時、いつも笑って一緒に喜んで、怒って叱ってくれた。
「素敵な奥さんだったんですね」
「あぁ。美人ではなかったが、肝っ玉が強くてよく笑う最高なカミさんだった」
泣いて数日過ごしたジークは倒れるように意識を失ったらしい。
必死に看病してくれた仲間により何とか回復し、みんなでエリーを見送った。
傷心した心を必死に立て直し、それからはがむしゃらに働いた。
岩場をさらに改造して部屋数を増やし、助けを求める獣人は誰でも受け入れた。
食料の確保に危険な森に率先して入り、人間を見たと言えば寝ずの番もした。
何かをしていないと不安でしかなかった。
どんどん増えていく人数に、新たに番を探してはどうかと言われたが無視した。
「アイツを忘れるのが怖かったんだよ」
約束を守るために必死に生きてきた。
ただエリーとの約束のためだけに。
「……アレン、セイン。喉が渇いてきたんですが、お水をもらってきてもらえますか?あと、アズの友達になってくれるような子も探してきてください」
にっこり微笑むと戸惑う2人の背を押し部屋から出す。
セインの腕にアズを乗せてやると頑張ってと、頭を撫でてやった。
「どうした?」
「うん?言ったでしょ。喉が渇いただけです。アズにはお同い年ぐらいの子とも交流させたいとも思っていたのでいい機会です」
そう言いながらジークの前に立つとソファに横になるように言う。
「なんで?」
「お疲れでしょう?いいマッサージを知っているので試してみませんか?」
「まっさーじ?」
「疲れた肩や腰を揉み解すことです」
早く早くと促せば訝しながらも横になってくれた。
うつ伏せになるジークに肩を揉んでやり、腰を叩いてやる。
気持ちいいなと喜ぶジークに今度は仰向けにし、目元に隠れるようにタオルをかけてやる。
「心が固まっていると肩まで凝ってしまうらしいです。変に力が入ってしまうのか肩、腰、足と痛んでくるらしいですよ」
「………」
黙り込むジークに縁はそれで構わなかった。
「大好きな、愛しい人との別れは辛いですよね。貴方は約束を守ろうとしているだけかもしれませんが、皆貴方に感謝しています」
「……そう、か」
歯をくいしばる姿に、優しく頭を撫でてやった。
「けど、皆貴方を心配してもいるんです。生きる上で頑張ることも必要ですが、それだけではきっと疲れてしまうでしょう?どこかで力を抜くことも大事なんです。力を抜いて、言いたいこと言って、美味しいものを美味しいって言いながら食べて、眠いと思ったら寝る。嬉しい時には笑って、悲しい時には泣いて、憤った時には怒る。それが大事なんです」
「………っ」
「奥さんが言っていたんでしょう?みんなを守ってやってくれと。そこには貴方のこともきっと入っています。貴方に生きてほしいとエリーさんのお願いだったんじゃないでしょうか?貴方は充分頑張ってます。だから少し力を抜いてみましょう?言いたいことを言っていいんです。貴方が思ってること、感じてることを私にも教えてくれませんか?」
「…………おれ、はーー」
ようやく溢した言葉に縁は微笑んでやるのだった。
明らかに縁より年上であり、それなりの年齢に見えるジークはお頭と呼ばれていることもあって番がいるだろうと思っていたのだが。
「そうだ……いや、今はそうだと言うべきか」
「今は?では番がいたと言うことですか?」
「あぁ。5年前に死んだがな」
「……すいません」
獣人にとって番は大切な存在だと聞いたばかりで申し訳なかった。
「気にすんな。確かにアイツがいないのは今でも寂しいが、俺にはあいつらがいるからな。お前で言うところの家族のあいつらの前でいつまでも情けない姿みせられねぇからな」
平気だと笑うジークは笑顔だったが、どことなく悲しさを含んでいた。
「…死のうとは思わなかったのか?」
「セイン?」
それまで黙って話しを聞いていたセインがジッとジークを見ていた。
「そりゃ初めはそう思ったさ」
「ならーー」
「でもな約束しちまったんだよ。あいつらのこと面倒見るってな。実はな最初にこの場所を作ろうって言い出しのうちのカミさんなんだよ」
名前はエリーと言うらしい。
ある日森を彷徨っていたエリーを拾い、一緒に暮らす内に仲良くなり番になったらしい。
最初は人間から逃げ回る生活を送りながらも幸せに暮らしていたらしいが、このままでいいのか2人で考えていた。
そんな中、娘を身籠ったエリーにジークは迷ったらしい。
こんな生活の中で無事に子どもを育てられるのかと。
悩んで悩んでエリーに打ち明けたジークは、ならば安心できる場所を作ろうとエリーが言ったそうだ。
人間たちに気付かれず、簡単に入って来れない場所。
2人で色々と見て回りこの場所を見つけたそうだ。
その頃にはエリーも少しお腹が膨らんできていたらしいが、道々賛同してくれた仲間と共に岩を削り、中を改装し、長い時間をかけてここを作り上げたらしい。
最初は数部屋しかなかったが、仲間と奥さん、もうすぐ生まれる赤ん坊と楽しい生活だった。
だがそんな生活は長くは続かず、ある夜産気づいたエリーに仲間の女性たちも協力してくれた。
かなりの難産らしく、いつまで経っても出てこない赤ん坊に苦しむエリー。
長く長く感じる夜にやっと産まれたと思ったと喜んだ赤ん坊からは産ぶ声が聞こえなかった。
何重にも首に絡まったへその緒は赤ん坊の息を止めてしまっていたらしい。
絶望する中、さらに出産時の出血が止まらないと叫ぶ女性たちにすぐさま駆け寄るが、流れでる出血が止まらず顔色が悪くなっていくエリー。
医者もいなければ、出産経験がないものしかおらず誰も何も出来ずにいた。
何度も泣いて名前を呼ぶジークにエリーの瞼が一瞬開いた。
「…赤ちゃん、ダメだったのね」
聞こえない産ぶ声に気付いていたらしい。
「ごめんね。ずっと、一緒にいられなくて…ごめんなさい。家族ができる、はずだった、のにごめんね」
「そんなこといいっ!そんなこといいから死なないでくれ!頼むから」
涙を流しながら頼むがエリーの顔色はよくなることはない。
「みんなを、守って、あげ、てね。私、みたいな、子が、増えない、ように。ね?約束、して?」
「する!するから死なないでくれっ!」
両手を血に染めながらも抱きしめる。
「ずっと、みてるわ。あの子と、いっしょに、そら、のうえ、から。あい、してる。だいす……き…よ……」
「ああああああぁぁぁぁっ!!」
力なく垂れていく手に力の限りその身体を抱きしめる。
周りで見ていた皆も涙を零し、エリーの死を悼む。
優しい女性だった。
人間に追われていたところを助けられた。
森で隠れていたところを一緒に行こうと言ってくれた。
安心できる場所を、人間に怯えなくてもいい場所を一緒に作ろうと。
お腹に子どもがいるにもかかわらず雑用を率先してやってくれた。
暑い中お疲れ様と水を手渡してくれた。
仕事をサボる若者に母親のように叱ってくれた。
みんなの母親だった。
誰かが泣いている時、男たちが喧嘩を始めた時、誕生日だとお祝いする時、いつも笑って一緒に喜んで、怒って叱ってくれた。
「素敵な奥さんだったんですね」
「あぁ。美人ではなかったが、肝っ玉が強くてよく笑う最高なカミさんだった」
泣いて数日過ごしたジークは倒れるように意識を失ったらしい。
必死に看病してくれた仲間により何とか回復し、みんなでエリーを見送った。
傷心した心を必死に立て直し、それからはがむしゃらに働いた。
岩場をさらに改造して部屋数を増やし、助けを求める獣人は誰でも受け入れた。
食料の確保に危険な森に率先して入り、人間を見たと言えば寝ずの番もした。
何かをしていないと不安でしかなかった。
どんどん増えていく人数に、新たに番を探してはどうかと言われたが無視した。
「アイツを忘れるのが怖かったんだよ」
約束を守るために必死に生きてきた。
ただエリーとの約束のためだけに。
「……アレン、セイン。喉が渇いてきたんですが、お水をもらってきてもらえますか?あと、アズの友達になってくれるような子も探してきてください」
にっこり微笑むと戸惑う2人の背を押し部屋から出す。
セインの腕にアズを乗せてやると頑張ってと、頭を撫でてやった。
「どうした?」
「うん?言ったでしょ。喉が渇いただけです。アズにはお同い年ぐらいの子とも交流させたいとも思っていたのでいい機会です」
そう言いながらジークの前に立つとソファに横になるように言う。
「なんで?」
「お疲れでしょう?いいマッサージを知っているので試してみませんか?」
「まっさーじ?」
「疲れた肩や腰を揉み解すことです」
早く早くと促せば訝しながらも横になってくれた。
うつ伏せになるジークに肩を揉んでやり、腰を叩いてやる。
気持ちいいなと喜ぶジークに今度は仰向けにし、目元に隠れるようにタオルをかけてやる。
「心が固まっていると肩まで凝ってしまうらしいです。変に力が入ってしまうのか肩、腰、足と痛んでくるらしいですよ」
「………」
黙り込むジークに縁はそれで構わなかった。
「大好きな、愛しい人との別れは辛いですよね。貴方は約束を守ろうとしているだけかもしれませんが、皆貴方に感謝しています」
「……そう、か」
歯をくいしばる姿に、優しく頭を撫でてやった。
「けど、皆貴方を心配してもいるんです。生きる上で頑張ることも必要ですが、それだけではきっと疲れてしまうでしょう?どこかで力を抜くことも大事なんです。力を抜いて、言いたいこと言って、美味しいものを美味しいって言いながら食べて、眠いと思ったら寝る。嬉しい時には笑って、悲しい時には泣いて、憤った時には怒る。それが大事なんです」
「………っ」
「奥さんが言っていたんでしょう?みんなを守ってやってくれと。そこには貴方のこともきっと入っています。貴方に生きてほしいとエリーさんのお願いだったんじゃないでしょうか?貴方は充分頑張ってます。だから少し力を抜いてみましょう?言いたいことを言っていいんです。貴方が思ってること、感じてることを私にも教えてくれませんか?」
「…………おれ、はーー」
ようやく溢した言葉に縁は微笑んでやるのだった。
応援ありがとうございます!
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