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しおりを挟む「もう行っちゃうの~昨日来たばっかりじゃん!もう少し遊んで行ったら良いのに!」
口を尖らせて不満をこぼすのはロックだ。
「ありがとうございます、ロック様。けれど、まだ行かなければならない国がありまして……」
「……そっかぁ。エセルもリジーと会いたがってたしね、また近いうちにおいでよ!」
「もちろんです。エセル様にも、わたくしもお会いしたかったとお伝え願えますか?」
「任せといてよ!」
それぞれ挨拶を交わし、エリザベスを馬車に案内するためにレナードが手を差し出した。昨夜のことを思い出し、その手を掴むのを躊躇ってしまう。
「……リジー?」
レナードに呼ばれ、はっと顔を上げる。リジー、それは、昨夜、エリザベスが呼ぶことを許可した彼女の愛称。昨夜の出来事が一気に頭を巡る。あぁ、あれは夢ではなかったのだ。レナード様に求婚されてしまったのは、紛れもない事実なのだ。
しかし、しかしだ。今はそれを思い出している場合ではない。背後にはロック達も控えている。妙な素振りを見せるわけにはいかない。これはただ馬車に案内されるだけ。いつもそうされてきたわ。……必死に言い訳を紡ぎ、レナードの手に自分の手をのせる。
……触れた箇所が熱い。レナード様の手はこんなに熱かったろうか。それとも自分の手が熱いのだろうか。わからないまま、エリザベスは馬車へと乗り込んだ。
*
「……お嬢様。顔色が優れません」
馬車を走らせしばらく経った頃。エリザベスの隣に座る侍女が、心配そうに声をかけてきた。
「……そう、かしら……?」
体調が悪いつもりはなかったが、昨夜のレナードの言葉をぐるぐる考え、顰めっ面をしていたのは事実だ。対面のレナードも、心配そうにエリザベスのことを窺っている。
「……少し休憩しようか?時間にはまだ余裕があるはずだ」
レナードの言葉により、通りがかりの村で馬車を停めることになった。我先にと馬車を降りたエリザベスは、ぐぐ、と淑女らしがらぬ動作で体を伸ばした。
「はぁ……」
エリザベスは知らずため息をついた。
昨夜。エリザベスに想いを告げたレナードは、固まってしまったエリザベスの返事を待つことなく部屋を後にしてしまった。そうして夜が開け、旅程の関係でもう国を経つことになり、今に至るというわけだが……、
「リジー?大丈夫かい?」
「は、……あっ!?レ、レナード様……!?」
吐きかけていたため息をレナードに潰され、声がひっくり返ってしまう。驚きながら振り向くと、先ほどよろしく、心配した顔をしたレナードがそこに立っていた。
「レ、レナード様、どうされたのですか?」
エリザベスはレナードの顔を見ることができない。
仕方のない話だ、婚約者であるマークは、あんな浮ついたセリフをエリザベスに囁いたことはなかった。それ故、恋愛ごとに関してエリザベスは初心者そのもの。レナードを前に戸惑ってしまう。
とはいえ、
「……すまない、昨夜、私が妙なことを言ってしまったからだろう?」
そんなエリザベスの事情など、レナードが知る由もない。本当に申し訳なさそうに、レナードがエリザベスに頭を下げた。
「違います、いえ、違わなくないのかしら……。……ええと、その……レナード様の言葉に困惑しているのは本当です」
「……君が嫌なら昨夜のことは無かったことにしても構わない。顔を合わせたくないなら君だけ別の馬車で帰国しても構わない、」
「お待ちになってください!なにもそこまでは言っておりません!」
あまりに深刻にレナードが話すものだからエリザベスも焦ってしまう。
「そうではなく!殿方からあんな風に求婚されたのは初めてで!どうして良いかわからなくなっていたのです!」
「……君はマークの婚約者だったろう?求婚は別にしても、婚約者として、そういう交流はなかったのか?」
「ありません!ですから、昨夜のレナード様の、あ、っ……愛の言葉と言いましょうか……そういったものは初めてで!」
あぁ、なにが淑女だ。言葉も上手く紡げず、こんなみっともなく叫び、なにが淑女なのだろうか。
恥ずかしさのあまり逃げ出したくなったエリザベスは——しかし、口元を手で隠し、頬を染めながら、戸惑いの表情を浮かべるレナードに、視線が釘付けになってしまう。
「……初めて、か」
「……レ、レナード、様……?」
「……では、私は、君のその夜を思わせる漆黒の髪が美しいと思っている、とか、」
「や、やめ、」
「私の目の色である、黄色のドレスを纏わせればより一層美しくなるだろうな、とか、」
「だからやめ、」
「誰よりも淑女らしく美しいリジーが、私の言葉ひとつでこんなに可愛らしく頬を染めていて、リジーのことをもっと好きになってしまったとか、」
「レナード様、ほんと、本当に、やめ、」
「……こういうことを言われるのは、初めて?」
「ですから!本当に!初めて!初めてですから!」
肩で息をしながらエリザベスは必死に叫んだ。
もう淑女もへったくれもない。これ以上レナードななにか言われてしまえば、恥ずかしさのあまりその場にへたり込んでしまうだろう。さすがにそれは避けたかった。だから、渾身の力でエリザベスは叫んだ。
「っそれに、……廃嫡の話、についても考えていましたから」
「……あぁ」
廃嫡、という言葉に、レナードの顔付きが変わる。甘く蕩けそうだったものから、どこか影のある、深刻なそれになった。
その顔を見て、エリザベスは安堵する。良かった、これでその場にへたり込むのは避けられた。
「……それは……ここでは誰が聞いているかわからない。馬車の中で話しても?」
「構いませんが……」
「良かった。私とはもう同じ馬車には乗ってくれないと思っていたからね」
いたずらっぽく笑うレナードだったが、声色から察するにその言葉はきっと本心からのものだろう。そんなことないのに、とは、エリザベスは口にできなかった。
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