世界で一番幸せな呪い

一字句

文字の大きさ
38 / 54
2章:贋作は真作足りえるか

虎穴にいらずんば

しおりを挟む
時は遡り、クロウが風呂場へ足を運んだ直後のこと。アリスが部屋のベッドで転がりながら考えを巡らせていると、コンコンと彼女の部屋に来訪者を告げるノック音が響いた。

彼女はけだるげな顔でベッドから起き上がると、子供用にも見える小さな黒い靴を履き扉へと向かった。ドアアイで来訪者を確認することもなしに、無造作に扉を開けた。そこには、無表情な顔でたたずむスキアがいた。

「どうしたんだい、こんな夜更けに?」

「主人がアリス様にお話しがあるそうでございます。主人の部屋まで来ていただけますか?」

そう平坦な口調で言うスキアの瞳には何も映っていないように見えた。アリスはしばし考えこんだ。トゥーリがもしアリス達に嘘をついてアンネの娘———ティアを匿っていたなら、トゥーリは悪意を持ってアリスを呼び出した可能性もある、慎重になるのは当然であった。

だが、これ以上情報が得られそうにない現状況において、虎穴に入る価値は十分にある。そう考えたアリスは、その申し出を受け入れた。

「あぁ、ちょうど暇を持て余していたんだ。もちろん、おいしい紅茶とお菓子はあるんだろうね?」

アリスは自身の緊張を悟られないように、余裕があるように見せた。スキアはそんな様子を見ても表情を変えることなく、ペコリとアリスに一礼すると薄暗い廊下を歩きだした。

「ちょっと待ってくれ、クロウも誘ってみるよ」

とアリスはスキアを呼び止め、返事も聞かずにクロウの部屋の扉を開けて薄暗い室内へと入った。

「主人からはアリス様だけを呼んでくるように仰せつかっておりますので、クロウ様はご遠慮ください」

スキアがクロウの部屋の外からアリスに向けて声をかける。アリスは薄暗い部屋でごそごそと何かを一瞬しているように見えたが、すぐに廊下へ出てきた。

「クロウは風呂にでも行ったようだね。わかったよ、私だけで行くよ」

アリスがそう言うとスキアは再び廊下を歩き始めた。アリスは前方を歩くスキアの後に続きながら、彼女に話しかけた。

「君は今日見る限り、感情の起伏がほとんどないようだけれど、元からなのかい?」

「はい、私の記憶があるのはこの屋敷にきて以降なのですが、その当時から感情を表に出すのは不得手でした」

カツン、カツンとスキアの履いているヒールの音が廊下に響き渡る。

「じゃあ、君は父のことも母親のことも覚えていないのかい?」

「はい、まったく覚えておりません」

「君は不安じゃないのかい?自身の記憶がないことが?」

アリスの問いにスキアはよどみなく答える。まるで、あらかじめ決められたセリフを淡々と読み上げるように。

「いえ、不安はございません。トゥーリ様にはとてもよくしていただいておりますゆえ」

そして、スキアはくるりとアリスの方を向き直り言った。

「こちらが、主人の部屋となっております」

案内されたその部屋の扉は、他の部屋よりもほんの少しだけ装飾が多いようにも思えた。アリスはつばをごくりと飲み込み、こぶしを握り締めてその扉を開けようとした。しかし、その時スキアの足元からいきなり影が飛び出てきて、アリスの足を引っかけた。

運動神経の悪いアリスが当然避けられるはずもなく、びたーんと顔から倒れた。アリスは20秒ほどのたうち回ると、目に涙をためスキアをにらんだ。

「大変申し訳ございません」

スキアは感情のこもらない声ではあったが、深々と頭を下げた。アリスは赤くなったおでこをさすりながら言った。

「まぁ、いいさ。君は魔法の操作があまり得意ではないようだしね。頭を上げてくれ」

そして、アリスは扉をあけ、トゥーリの部屋へと入った。彼女の部屋は他の屋敷の部屋以上にところせましと絵が並んでいた。その中でも、一段とアリスの目を引く絵画があった。そこに描かれているのはアリスの見知った人物によく似ていた。

「なぁ、この絵は———」

アリスが言い終わる前に

「こちらへお座りください」

と有無を言わせない口調でそう言った。アリスはしぶしぶ目の前の椅子に腰かけた。

「それで、一体全体何のようだい?」

「こんな夜更けに及びたてしてすみません。クロウさんのいないところでお話ししたかったもので」

アリスは片方の眉毛をピクリと動かして、聞いた。

「・・・どうしてクロウがいない方がよいんだい?」

「えぇ、実はアリスさんにだけ提案したいことがございますの」

トゥーリはふふふっと笑っている。彼女のその青い瞳には狂気が満ちているようにアリスには感じた。

「実は、アリスさんにはこの屋敷に、時が来るまで住んでほしいんですの」

「・・・それは何の冗談だい?私たちは早くティアを見つけて母親のもとへと連れ帰らなければならないんだ」

「えぇ、ですからそれはあきらめていただくということで。衣食住は保証しますし、そこまで悪い話でもないと思うのですが」

そう笑顔で話す彼女からは本気でそう言っていると思わせる何かがあった。

「いいも悪いもあるものか。それになんで私なんだ?それと、何のためにそんなことしなければならないんだ」

「アリスさんだけにこの申し出をする理由は、あなたの魔力量が素晴らしいからですよ。一目見た時にわかりました。あなたからあふれ出る魔力量の多さ、通常の魔族の何十人分もあるのではないですか?あと、何のためにでしたか。それはもちろん決まっています。きたるべき嵐のためですわ!」

トゥーリの勢いに若干気おされながらアリスは聞き返した。

「嵐っていったい何の話だい?」

「もちろん、戦争のことですわ。あの忌々しい人間どもへ積年の恨みをはらす血戦のことです。魔王———イアン・ル・デセル様の仇をついに・・・ついに討つことが出来ます!」

アリスはそんな狂気に満ちた彼女を静かな瞳でじっと見つめ、苦々しい表情で言った。

「・・・君は強硬派の者だったのかい。あいつらと同じで瞳に狂気が宿っている」

アリスはふぅと自信を落ち着けるように息を吐くと

「君の目的は理解した。だが、私は君の目的に賛同もしないし、協力もしない。これで話は終わりなら失礼させてもらうよ」

そう毅然と言い放った。

「だれもあなたの意見なんか聞いてない」

先ほどまでの丁寧な話し方と陽気さがウソのように、尖った声音でトゥーリは言った。その青い瞳は見開いており、アリスは直感的に身の危険を感じ扉の外へと向かおうとした。だがその時、アリスの周りを強い光が包んだ。

ギィィとトゥーリの部屋の扉が開き、中からきれいな黒髪の少女———アリスが出てきた。そして、何事もなかったかのように自室へと帰っていく。そんな様子を見ながら、トゥーリは満足げに足元に転がる何かを拾い上げた。それは決死の表情で何かから逃げようとする少女———アリスが描かれたであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...