世界で一番幸せな呪い

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2章:贋作は真作足りえるか

少女の絵画

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クロウはアリスの書置きを読み、怒っていた。一人で行ったアリスにではない。アリスを少しでも疑い、心を濁らせた自身に対して怒りに震えていた。しかし、同時に安堵もしていた。これではっきりしたからである。アリスがあんなにらしくないことを言ったのには、何か原因があるのだということが。

クロウはすぐさま行動を起こそうとして、ぴたりと止まった。

「まったく、君は考えなしに行動するなぁ。状況を良く考えてみたまえよってアリスなら言うんだろうなぁ」

彼はそう独りごち、苦笑いした。そう、現状は考えなしに行動してよい場面ではない。ティアだけでなく、アリスまでもが敵の管理下に置かれたのだ。今のところ、少なくともアリスには危害は及んでいないとは思うが、今後もそうだとは限らない。クロウを襲わず、この屋敷から追い出そうとしているところをみるに、まだトゥーリはクロウを敵と認識していない可能性が高い。

それならば、明確に敵だと認識される前に情報をできるだけ集めたいとクロウは考える。これまでの経験から彼はアリスより頭脳で劣ることは痛いほどわかっている。アリスは1つの情報で10の事実を導き出せるかもしれないが、クロウにはそんなことはとてもできない。ならばこそ、一つでも多くの情報を集めなければならない。今の現状で最も情報がある場所はどこかとクロウは考え、一つの結論に至った。

「やっぱり、トゥーリさんの部屋しかねぇよなぁ」

アリスが最後に向かった場所はトゥーリの部屋である。そして、それ以降からアリスの様子がおかしいとなれば、当然トゥーリの部屋に情報が落ちている可能性は高い。そこまで考えて、クロウは一つの壁に直面した。彼女の部屋に忍び込む方法である。彼女の部屋の鍵の場所など見当もつかないし、よしんば侵入できたとしても部屋でトゥーリと鉢合わせしたら笑い話にもならない。冴えたやり方を考え付くことが出来ないまま、気が付けば昼食の時間となっていた。

昨日の食事とはうって変わって、沈黙がその場を支配していた。アリスは一言も発することはなく、クロウがトゥーリに話しかけても気のない返事しか返ってこない。始めの方こそ、クロウはいろいろと話題を振っていたが、後半になるとひたすら目の前の食事を平らげることに専心していた。そして、食事が終わるとすぐにアリスとトゥーリは連れ立ってどこかへ行ってしまい、クロウは食堂にポツンと取り残された。

そんな様子を見かねてか、

「なるべく早くこの屋敷から立ち去ることです。お嬢様の気が変わらぬうちに」

ネブラが使用済みの食器類を片付けながらそうクロウに小声で忠告した。クロウがネブラに何かを言い返す前に、ネブラはいつも通りクロウに一礼をすると去っていった。そしてこれといった収穫もなく、クロウは自室へと戻った。そのあと、2時間ほどいろいろな案を考えてみたが、妙案は出てこず時間だけが過ぎていった。

夕餉の時刻より半刻ほど前の時刻になると、クロウは無理やりトゥーリの部屋へ入ることをやむなく決心した。侵入したことが一目でばれてしまうので、できればその手段はとりたくなかったが、もう時間がない。トゥーリが確実に自室にいない時間帯は、この夕餉の間しかないのである。クロウは腹を決め、呼びに来たスキアに気分が優れないので食事はいらないといい、夕餉を断った。

そして、もうこの部屋に戻ってくることはないだろうと踏み、部屋に置いてあった刀袋に入った刀を腰につけた。そうして準備が整うと、窓を開け二階から飛び降りた。難なく地面へと飛び降りると、クロウは2階のトゥーリの部屋付近まで屋敷の外周を回り近づいた。

トゥーリの部屋の窓を見上げると、カーテンが閉まっており中の様子はうかがうことが出来なかったが、部屋の明かりはついていなかった。そこでクロウは屋敷を蔦っている植物の蔓や、壁のわずかな凹凸をつかんで二階まで登り始めた。普通の人間ではかなり難易度の高い行為ではあるが、クロウのずば抜けて高い身体能力のなせる業か、難なくトゥーリの部屋の窓まで登ることに成功した。そしてクロウは中から物音がしないことを確認すると、肘で窓ガラスを割った。カシャーンとガラスが割れ、クロウは割れた部分から手を突っ込み窓の錠を下ろし、室内に侵入した。

室内はうすぐらかったが、クロウは夜目がきくので明かりも必要なさそうであった。室内に入ってまず始めに目に入ったのは、机の上に置いてある写真であった。それは家族3人で撮られた写真のようであったが、父親の顔と思しき部分が破り取られていた。

クロウはほかに何かないかと机の引き出しなどを物色したが、めぼしいものは見つからなかった。刻々と過ぎていく時間にクロウは少しずつ焦っていった。そして、まだ探していない場所はないかと部屋を散策しているとき、壁に飾ってあった一枚の絵にぶつかった。クロウはぶつかったその絵をまじまじと見て驚いた。

その絵は腹から血を流しながら苦しむ少女が描かれたものだった。しかし、クロウが驚いたのはその絵の内容ではなく、その描かれている少女の顔だった。その少女の顔はスキアに瓜二つだったのである。クロウは思わずその絵を触ろうとした。

その時突然、部屋の鍵がガチャリと解錠され部屋の扉が開いた。とっさに扉の方へ体を回転させたクロウの指先はその絵に触れてしまった。その触感は紙を触るときのそれではなく、魔力の塊に触れているようだとクロウは感じた。そして、長年の反射反応でその魔力を能力で消失させてしまった。

「主人の部屋で何を為されているのでしょう?」

部屋へと入ってきた者————スキアが感情のない平坦な声を発したと同時に、クロウの後ろでドサッという何か重いものが落ちたような音がした。クロウはスキアに注意を向けつつ、音のした方向を見た。するとそこには腹から血を出しているスキアと背丈から容貌まで瓜二つの少女が床へ倒れていた。クロウはスキアへの注意も忘れ、思わずその少女を抱きかかえた。

「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」

抱き上げられた少女は、クロウの声が届いているのかさえ分からないうつろな目で虚空へと手を伸ばし

「お・・か・あ・・・さん」

という言葉を絞り出すと、伸ばしていた手をだらりと床へと垂らした。クロウが懸命に呼びかけるも言葉はかえって来ず、少女は事切れていた。そしてその瞬間、机を挟んで向かいにいたスキアが頭を抱えて苦しみ始めた。

「あぁぁぁぁぁ、わたしは・・・・私の名前はなに?お母さんお母さんお母さん、助けて暗いよ怖いよ、ティアを一人にしないで!痛い痛い痛い!私はティアじゃないスキアスキアスキア、違う私の名前はティア!ちがう、いたいよおかあさん、わたしは!」

スキアはパニックを起こしながら叫び、目から涙をこぼしながら、体中が痛むようで顔をゆがませ苦しんでいる。するとすぐに、彼女の体が大きく、いや成長し始めた。身長も10㎝近く伸び、顔も大人びていき、少女であったころの面影は金色の切れ長の瞳くらいであった。

なす術なくその様子を見ていたクロウにはどうしようもなくはっきりと分かった。どういう理屈でこの現象が起こっていたかは分からないが、目の前にうずくまる少女———いや女はアンネの娘であるティアだということを。
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