人間なんて単なる養分だと見下している傲慢なサキュバスのお姫様が、ただの人間に恋するまでと恋したあと

式崎識也

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一章 誘惑と騎士

楽しい誘惑

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「アスベル。君には今回、とあるサキュバスの監視と警護をお願いしたいんだ」

 ヴァレオン王国を守護する騎士団に与えられた屋敷の一室。最低限の調度品しか置かれていない簡素な執務室で、青い髪をした静かな雰囲気の男が笑う。

「……監視と警護、ですか?」

 声をかけられた男──アスベルは確認するように呟き、目の前の男を見つめる。

「そ。上からの命令でね。有名なサキュバスを捕らえたはいいけど、どうも持て余してるみたいなんだよ。魔族との友好条約があるから、処刑なんて真似はできない。でもだからって、下手な見張りをつけても籠絡して逃げられる。向こうも、困ってるみたいなんだよ」

「それで、私に声がかかったと」

「そういうこと」

 青い髪の男は軽い感じに笑う。アスベルは変わらず無表情で、続ける。

「御言葉ですが、グラン団長。たかだかサキュバス1人に、そこまで気を遣う必要はありますか? 確かにサキュバスは、種族として人間を魅了する力を持ちます。ですが彼女たちの身体能力は、我々人間と変わらない。魔法にさえ気をつければ、放っておいても大した害はないでしょう」

「残念ながら、そういう訳にもいかなくてね。彼女──リリアーナ・リーチェ・リーデンは、ただのサキュバスじゃない。彼女はサキュバスの中のサキュバス。サキュバスクイーンと呼ばれる最上位種だ」

「……サキュバスクイーン。確かその種族は、生まれ持った特殊な力のせいで迫害され、何百年も前に滅びたと本で読んだ覚えがありますが……」

「流石に詳しいね。ま、正直僕もその辺の話は半信半疑だ。ただ問題なのは、彼女が魔族の国でも特別な立場にあるってこと。彼女にこれ以上、自由にされるのは困る。けどだからって、手荒な真似もできない」

「それで私に、見張れと。……では、警護というのは?」

 あくまで淡々とした様子の部下に、椅子に座った青い髪の男──騎士団の団長であるグランは、楽しげに言葉を返す。

「彼女、すっごい美人らしいんだよね。ま、当たり前と言えば当たり前なんだけど、この世のものとは思えないほど、絶世の美女。欲しがる馬鹿は腐るほどいる」

「……なるほど。だから、守れと」

「そ。馬鹿な奴らに捕らえられて慰みものに……なんてことになったら、また面倒なことになる。魔族の中には人間をよく思ってない種族も多いから、余計な火種は作りたくない。だから彼女を守りつつ、馬鹿な真似をしないよう見張る人間が必要なんだ」

 グランは立ち上がり、友人にちょっとしたお願いでもするように、アスベルの肩を叩く。

「それが命令なら、私に断る理由はありません。……しかし、他にもっと適任がいるのでは? 私は剣を振るうだけの能無し。警護や監視というのは、どうも性に合いません」

「いやいや、今回の件で君以上の適任はいないんだよ。……これは鉄面鉄鬼《てつめんてっき》の異名を持ち、戦場の鬼とまで言われた君にしか頼めないことだ」

「……はぁ、そうですか」

 表情の少ないアスベルだが、それでも長い付き合いであるグランには、彼が本気で嫌がっているのが分かる。グランは思わず溢れそうになる笑みを噛み殺し、言う。

「心配しなくても、そう長い任務にはならないよ。上が魔族と取引をしているみたいだから、たぶん……一月以内には彼女の身柄は向こうに引き渡すことになる」

「その間、私の通常の業務は?」

「それは、エリスくんに任せことになる。……なに、難しく考える必要はない。君は休暇だと思って、本でも読みながらただサキュバスを見張っているだけでいい」

 グランはそこで一度言葉を止め、楽しげに目を細める。

「だからよろしくね? インポのアスベル」

「……その二つ名で呼ぶの辞めでください」

 アスベルは大きく息を吐いた。


 ◇


「……と、いう訳だ。お前もしばらく大人しくしていれば、国に帰れる。だから、余計なことを考えるのは辞めておけ」

 リリアーナが馬鹿なことを考えないように、アスベルはざっと経緯を説明した。これでこの女も、少しは大人しくなるだろうと。

 しかし、どうしてかリリアーナは不機嫌そうな表情を浮かべ、古い木製のベッドから立ち上がる。

「やだ」

「……は?」

「嫌だって言ってるの。あたし、あんな辛気臭い国に帰りたくないわ。人間の国の方がご飯美味しいし、養分になる馬鹿も多い」

「わがままを言うな。子供か、お前は。今まで散々、男を騙して遊んで来たのだろう? いい機会だ、少しはそこで反省しろ」

「……随分と上からものを言うのね、人間」

「お前がわがままを言うからだ、サキュバス。何度も言うようだが、お前の誘惑は俺には通用しない」

「そう? 今まであんたと同じようなことを言ってきた連中は、みーんなあたしの養分になったわ。あんたはいつまで、そのすまし顔でいられるのかしらね」

「牢屋の中で威張っても、虚しいだけだ。お前の方こそ、いつまでその虚勢が続くかな」

「……っ」

 話は終わりだと言うように、視線を本に移すアスベル。リリアーナはその後もしばらく文句を言い続けたが、アスベルは全く取り合わない。

「……ほんと、何なのよこの男」

 いくら言っても意味がないと悟ったリリアーナは、ベッドに寝転がり考える。

「…… でも、一月か」

 今さら、あんな辛気臭い国に帰るのは御免だ。そもそもあの国では自由にできないからこそ、こうしてわざわざ人間の国までやって来たのだ。こんなところで連れ戻されたら、きっともう抜け出すことはできないだろう。

「なら、やることは1つ」

 何も悲観することなどない。やることはいつもと同じだ。この無愛想で無表情な男を籠絡し、牢を開けさせ逃げる。それだけで、全ての問題が解決する。

「あたしならできる、簡単だ。何せあたしは、傾国の魔女。サキュバスの中のサキュバス。リリアーナ・リーチェ・リーデン。インポだろうと何だろうと、あたしに落とせない男はいない」

 アスベルが無様に地面に這いつくばり、情けない表情で自分を見上げる姿を想像し、リリアーナは笑った。

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