人間なんて単なる養分だと見下している傲慢なサキュバスのお姫様が、ただの人間に恋するまでと恋したあと

式崎識也

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一章 誘惑と騎士

口説き落とせ

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「正攻法ではダメだ」

 昨日、あの後もいろんな手段を使ってアスベルを誘惑し続けたが、どれも効果が見られなかった。リリアーナは、方向転換を余儀なくされていた。

「ほんと、ムカつく男」

 あのアスベルとかいう男は、どうやら普通の男とは感性が違うようだ。いくら身体を触らせたり見せつけたりしても、一向に表情が変わらない。

 というかそもそも、サキュバスが発する香りは人間の本能を刺激する力がある筈なのに、あの男は平気で臭いとか言いやがる。

「……大丈夫よね? あたし、臭くないわよね?」

 ベッドの上で匂いを確認する。……問題ない。昨日は濡れタオルで身体を拭いただけだが、それでも臭いなんてことはない。

「やっぱり、おかしいのはあの男なのよ」

 認めたくはないが、どうやらあの男には自分の色香が通じないらしい。

「だったら絡め手だ」

 だらしなくベッドの上に寝転がりながら、リリアーナは考える。身体が反応しないのなら、心を落として仕舞えばいい。なあに、簡単だ。自分は人の心に漬け込む手段も心得ている。と、リリアーナは笑う。

「ああいう無表情で仕事のことしか頭にないような男は、ちょっと褒めて理解者を気取れば簡単に落ちる。あたしは傾国の魔女。サキュバスの中のサキュバス。リリアーナ・リーチェ・リーデン。あたしに落とせない男はいない」

 リリアーナは笑い、そしてまた、アスベルがやってくる時間になる。

「大人しくしているようだな」

 両手に食事を載せたトレイを持ったアスベルは、色のない目でリリアーナを見る。リリアーナはそんなアスベルに、今までとは違うどこか真摯さを感じさせる表情で言う。

「……アスベル様。よろしければ、ご一緒にお食事をとって頂いても構いませんか? 1人で食べるのは、どうにも……寂しくて」

「やけにしおらしい態度だな。またネズミでも食ったか?」

「食うわけねーだろ! ……ではなくて、こほん。あたし……私も、反省したんです」

「反省?」

 と、疑うような目をするアスベルの方を真っ直ぐに見つめ、リリアーナは続ける。

「私も今まで、多くの悪さをしてきました。ですがこれほど長い間、牢屋に閉じ込められた経験は初めてなのです」

「俺が派遣されるまでの期間を合わせても、まだたった数日だがな」

「……それでも、私にとっては静かで長い孤独な時間。私は自然と今までの自分を思い出し、自分がいかに考えなしだったのか思い知りました」

「……なら、いいが」

「はい。それで今後の為にも、アスベル様のお話を聞かせて欲しいな、と。きっとアスベル様は、私などでは想像できないほど、いろんな経験をされてきたのでしょう?」

「別に、大したことはしていないが」

「それでも、私に反省を教えて下さった貴方のお話を聞いてみたいのです。……お願いできませんか?」

「断る」

「ちょっとは、なびけよ。……ではなくて、こほん。お願いします。どうしても、アスベル様のお話を聞いてみたいのです。私が愚かなことをしている間、アスベル様はどんな人生を歩んでこられたのか。私はただ純粋に、貴方のことが知りたいのです」

 潤んだ瞳で、真っ直ぐにアスベルを見るリリアーナ。アスベルはそんなリリアーナを値踏みするように見つめ、いつもの淡々とした声で告げる。

「分かった。俺の分の食事を持ってくる。少し待ってろ」

 そのまま別室に向かうアスベルを見て、リリアーナはほくそ笑む。ほらやっぱり簡単だ。孤独な人間はその外側こそ頑丈だが、内側は脆いことが多い。共感し、同情を誘い、上手くのせて、誘導する。それであんな男、簡単に落としてみせる。

「……でも、この演技を続けるのはめんどくさいなぁ」

 なんてことを小さく呟いた直後、自分の食事を持ったアスベルが戻ってくる。

「随分と……質素な食事なのですね?」

 アスベルが持ってきた食事は、囚人であるリリアーナのものよりも質素なものだった。固そうなパンと刻んだだけのサラダ。あとは小さな肉が入ったスープ。

 この国……ヴァレオン王国は、リリアーナが見てきた国の中でもトップクラスに栄えている大国だ。その中でも騎士はかなりの立場の筈だが、アスベルの食事は随分と貧相だ。

「あまり食事に興味がなくてな」

 どうでもよさそうに言って、テーブルと椅子を鉄格子の方に近づけるアスベル。……ほんとつまんない奴ね、とリリアーナは思うが、無論それを言葉にしたりはしない。

「アスベル様は、この国の騎士様なんですよね? 普段は、どのような仕事をされているのですか?」

 ハムとレタスのサンドイッチを飲み込んで、リリアーナは尋ねる。

「騎士団の主な業務は、国の治安の維持と有事に備えた訓練だ」

「へぇ、ではアスベル様もお強いのですか?」

「……どうかな。まあ、俺が所属する第三師団は戦争の際には先陣を務めることが多い。だから、戦闘経験が多いのは確かだな」

「凄いですね、尊敬します」

 リリアーナはできるだけ真摯な笑みを浮かべ、アスベルを見る。……見たところアスベルの顔や身体に、傷は見られない。無表情で分かりにくいが、年齢も20代前半から半ばくらいなのだろう。

 どう見ても大して強そうには見えないが、見栄を張っているなら好都合だ。適当に煽てればきっと、聞いてもいないことをベラベラと喋り出す。そして喋れば喋るだけ、警戒心が弱まる。

「アスベル様は……って、アスベル様⁈ それは一体、何を……」

 思わず大きく目を見開くリリアーナ。アスベルはそんなリリアーナを気にせず、赤い唐辛子を山のようにパンに塗りたくる。

「こうした方が美味いからな。お前も使うか?」

「い、いえ。私は結構です……」

 真っ赤になったパンを、眉1つ動かさず食べ続けるアスベル。この男、味覚の方も不能なのか? と思うが、リリアーナはなんとかその言葉を飲み込む。

「……その、アスベル様は、お仕事がない日はどのようなことを?」

「訓練をしている。休むと身体が鈍るからな」

「ご趣味とかは、何か……」

「そんなものはない」

「……では、ご家族とかは? 騎士団の仕事は危険も多いでしょう。心配してらっしゃるのではないですか?」

「家族はいない。……全員、死んだ」

「そ、それは……その、失礼しました」

「気にするな。もう20年近く前の話だ」

「…………」

 会話も食事も単なる作業のように、淡々と続けるアスベル。……駄目だ。こういう男は得てして変な趣味を持っているものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 リリアーナは小さく咳払いをし、話題を変える。

「アスベル様は騎士団の中でも、さぞ優秀なのでしょうね? きっと部下からも上官からも、慕われているのでしょう」

「まさか。部下からは怖がられ、上官からは煙たがられている。俺は独断専行が多いからな。……鉄面鉄鬼などと言われているが、敵を斬った数が多いだけの無能だよ、俺は」

「……ですが、信頼されているからこそ、こうして私の監視を任されているのでしょう? ……なんて、私が言うことではないですが」

 冗談めかして笑うリリアーナ。しかしアスベルは、笑わない。

「最初は、このままいろいろと理由をつけて左遷されるのかとも思っていたが、どうやらそうではないらしい。お前を捕まえてから、魔族の国……コルディア連邦で何やら動きがあったようだ。俺が思っているよりも、お前は重要な存在なのかもしれないな」

「……っ」

 リリアーナは思わず息を呑む。それ程までに色のない瞳。リリアーナは今まで、いろんな国でいろんな人間を誑かして生きてきた。それでもここまで色のない瞳は見たことがない。

「だからまあ、俺に媚を売っても意味はない。こんな真似をしても、俺はお前に心を許さない。何があろうと、俺が俺の正しさを裏切ることはない」

 空になった食器を持ち、立ち上がるアスベル。それでリリアーナは、ようやく気がつく。この男は初めから、こちらの狙いに気がついていたのだと。

「ほんと、ムカつく!」

 リリアーナの内心を見透かした上で、この茶番に付き合ったアスベル。そんな彼の内心に気づくことなく、途中まで上手くいってると思っていたリリアーナ。

 ただの人間にいいようにされた事実に、彼女の心は乱れに乱れる。

「……今に見てなさい。絶対にあんたを落としてみせるから……!」

 残ったサラダを無理やり飲み込み、そのままベッドに飛び乗るリリアーナ。どうすればこの無愛想な男を、籠絡することができるのか。その方法はまだ、分からないままだった。

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