人間なんて単なる養分だと見下している傲慢なサキュバスのお姫様が、ただの人間に恋するまでと恋したあと

式崎識也

文字の大きさ
38 / 51
三章 別れた騎士

役目

しおりを挟む


「この国を救うため、リリアーナ・リーチェ・リーデンを……殺して欲しい」

 その言葉を聞いた瞬間、アスベルの目の色が変わる。それは困惑……ではなく、決別。アスベルは今明確に、目の前の男を敵だと認識した。

「……グラン団長。それはどういう意味ですか?」

 しかしアスベルも、いきなりグランに襲いかかるような真似はしない。グランとアスベルの付き合いは長い。彼が何の意味もなくそんなことを言い出す人間ではないと、アスベルは既に知っている。

「彼女……サキュバスクイーンという種族は、本来この世界にいちゃいけない存在なんだよ。あれは、淘汰されるべくして淘汰された種族だ」

「言葉の意味が分かりません」

「……サキュバスクイーンという種族は、神に愛された種族なんだ。彼女の身体は神の依代たりうる。神の力がどれだけ凶悪か、君にも……理解できるだろう?」

「────」

 アスベルは思わず一歩、後ずさる。アスベル・カーンという人間……人造人間が、産まれる前のこと。アスベルがまだアスベルではなく、心を持ったただの少年だった頃。

 彼が住んでいた街は、彼が愛していた友人たちは皆、神の力に飲み込まれて消えた。アスベル自身もまた、その力によって命を絶たれた。その少年の死体から造られたのが、今のこのアスベル・カーンという人間だ。

 故にアスベルの脳髄には、神への恐怖と恨みが焼きついている。

「天使を滅ぼし、竜族を滅ぼし、ありとあらゆる種族を滅ぼしてきた最悪の災害が、彼女の身に宿っている。……彼女の意思とは関係なく、サキュバスクイーンという種族は神に愛されてしまっているんだ。何かのきっかけでその力が目覚めれば、世界が滅びる可能性だってある」

「……なら、上がリリィの処刑を決めたのは、初めからそれが分かっていたから……」

「いや、それはない。いくら狡猾なギルバルト卿でも、そこまでのことが分かっていたなら、もっと強引な手段をとった筈だ。彼は騎士団とは違う国王陛下直属の騎士……ロイヤルナイツを、自由に動かせるんだから」

「…………」

 アスベルは、答えを返さない。珍しく彼は、動揺……というより、困惑していた。

「その情報は、確かなのですか? サキュバスクイーンが神に関わっているなんて話、俺は──」

「これは、とある書物と魔族の国の代表であるキードレッチから、もたらされた情報だ。リリアーナは、魔族の国の切り札だった。彼女が平等を重んじるあの国で『姫』と呼ばれていたのは、彼女に単独で世界を変えるほどの力があったからだ」

「……確かにそう考えると辻褄は合いますが、確証が……」

「確証なんて必要ない。これはそういう次元の問題じゃないんだ。神の力の恐ろしさは、君も分かってる筈だろ?」

「…………」

 アスベルはまた、言葉に詰まる。グランは続ける。

「ことが起こってからでは遅いんだよ。リリアーナ・リーチェ・リーデンがどれだけ素晴らしい女性でも、彼女は所詮、神の器でしかない。あれは……生きてちゃいけない生き物なんだ」

「……っ」

 その言葉は、アスベルの胸を抉った。自分に生きてもいいと言ってくれた少女が、この世界に存在してはいけない生き物だった。

 ……ああ、それはなんて、滑稽なのだろう? あの少女のどこまでも自由に羽ばたく翼は、初めから何の意味もないものだったのだろうか?

「……僕が今、酷いことを言っているのは分かる。君が僕を殺して、サキュバス……リリアーナと2人で逃げると言っても、僕は決して抵抗はしない」

「俺は……」

 アスベルは続く言葉を紡げない。だって彼は……迷ってしまったから。

「君が本気で彼女を守るなら、きっと誰も彼女を殺すことはできないだろう。……他ならぬ彼女自身が君を殺すまで、君は彼女を守り続ける」

 グランはタバコを取り出し、火をつける。……けれど手が、震えていた。彼はタバコを咥えることはせず、ただ消えていく煙を見つめ続ける。

「アスベル。君をここで、正式に騎士団から除隊する。君はこれで、僕の命令を聞く理由がなくなった」

 アスベルは驚きに目を見開く。グランは乾いた笑みを溢す。

「……僕が伝えなくても、君はいずれ自分で気がつく。或いは他の誰かが、伝えてしまうかもしれない。だから、恨むなら僕を恨んでくれて構わない。僕を恨んで、僕を殺したって構わない」

 グランはそこでようやくタバコを咥え、涙を堪えるように大きく息を吐く。まるで自身の血を飲んでいるかのような、壊れた表情。

 グランは、真っ直ぐにアスベルを見つめ、言った。

「正しさか、幸せか。道は、お前の意思で選べ。たとえその選択でどんな結末になったとしても、僕はお前の選択を……お前の意志を、尊重する」

 まるで我が子でも見るかのような顔でアスベルを見つめ、グランはそのままアスベルに背を向ける。

「……グラン団長」

 アスベルは最後に、そんなグランの背中に声をかける。

「なに?」

 グランは普段通りの声で応える。

「今までお世話になりました。この御恩は、いつか必ず返します」

「いいよいいよ、別にそんなの返さなくて。……その代わり君が僕みたいなおっさんになったら、可愛い若造に余計な世話でも焼いてやってくれ。…………だからそれまで死ぬなよ? アスベル」

 背中を向けたまま、手をひらひらと振って立ち去るグラン。アスベルはそんなグランに無言で頭を下げ、彼の背中を見送った。

「……何を悩んでいるんだ、俺は」

 神の力による大災害。それによってもたらされた資源の過活。それが先の魔族との戦争のきっかけだ。リリアーナを放置すれば、またあの地獄が始まるかもしれない。そうでなくても、神の力はアスベルから全てを奪った元凶だ。


 ならもう、やるべきことは決まっている。


 アスベルは長い時間かけて、屋敷に戻った。その頃にはすっかり辺りは暗くなっており、夜の闇が這い寄るように屋敷を飲み込む。

「遅い! このあたしを待たせるなんて、あんたほんといい度胸してるわね!!」

 散々待たされたリリアーナが、怒った顔で……それでもどこか嬉しそうな顔で、アスベルを見る。そんなリリアーナに、アスベルはいつもの無表情で言った。

「リリィ、久しぶりに星でも見に行かないか?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...