ビターシロップ

ゆりすみれ

文字の大きさ
3 / 33
“拾った男は【フォーク】だった”

1-2 コンビニ弁当に謝れ!

しおりを挟む
「どうぞ、召し上がれ」

 琉架のマンションに連れてこられた行き倒れの男は、あれよあれよという間にダイニングチェアに座らされていた。暖房も入り、部屋はとてもあたたかい。雪で冷えていたからだがゆっくりとほぐれ始める。

 部屋に入ると、まず琉架は客用のスリッパを出して男に履かせた。そのまま玄関で雪に濡れた男のアウターを預かり、浴室乾燥機にかける。さっきコンビニで買ってきた弁当をレンジにかけ、同じ袋に入れてきたミネラルウォーターと一緒に男の前に出すと、琉架は召し上がれと言って男に笑いかけた。

 あまりの手際の良さに男が若干の居心地の悪さを感じていることには気づけず、琉架はほら食えと男に目配せする。

「でもこれ、あなたが今から食べるために買ったごはんですよね……いただくわけには……」

「遠慮すんなって、オレはあとでカップ麺とか食うし。この弁当さ、オレがいちばん好きなやつな。人気商品だからこんな時間だと滅多に残ってねぇんだよ。絶対うまいから食ってみな」

 琉架はダイニングテーブルをはさんで男の向かい側に座った。男の前に出したスタミナ牛カルビ弁当を誇らしげに見たあと、目の前の男とちゃんと顔を合わせる。

「おまえ名前は? 知らねぇと呼びにくい」

「……汐屋しおや和唯かずいと言います」

「オッケー、和唯ね。オレは咲十さとう琉架るか、26歳」

「咲十、さん……」

「琉架でいいよ、みんなそう呼んでる。和唯は何歳?」

「22です……」

「22か。ね、なんであそこで倒れてたの? 家この辺?」

「質問攻めですね……」

「あ、悪ぃ、弁当食っていいよ。食いながら話聞かせてよ、なんかおもしろそ」

 琉架は正面から改めて和唯を眺めた。ひょろっとはしているが、素材は悪くなさそうな綺麗な男である。男らしいしっかりとした眉に一重の切れ長の目がよく合い、全体を賢そうな雰囲気に仕上げている。身なりにあまり関心がないのかくたびれたグレーのニットを着ていて、短く清潔に整えられてはいるものの髪型にも無頓着むとんちゃくそうだった。自分自身を商品として大事にしている琉架にとっては対極にいるような男だったが、遠ざけたい感じは何故かしなかった。琉架の周りにいる同業者も、商品としての自分に時間や金を掛けるきらびやかな男が多いので、これは異種の男に対する単純な興味だと琉架は思う。

 和唯は本当にしばらくちゃんと食べていないのがすぐわかるくらいにげっそりと痩せた顔をしていて、瞳もどこかうつろだった。会話こそ普通にできているが、おそらく体力はもうほとんど残っていないのだろう。気力だけでそこに座っているような和唯に気づいて、琉架はいよいよ心配になった。

「ごめん、話とかやっぱいいわ。とにかくおまえそれ早く食え。腹減って倒れてたんだろ? 食わねぇと死ぬぞマジで」

「いえ、あの、お気遣いはうれしいんですが……」

 箸すら持とうとしない和唯に焦れて、琉架が少し強めに言う。

「金なくて食えてなかったんだろ? 弁当ひとつで、あとで金払えとか言わねぇから、な?」

「……えっと、お金はあるんです。ついこの間まで、結構いいホテルのレストランで、コックをしていたので……」

 コックをしていたと聞いて、琉架が呆れた声を出した。

「はぁ? じゃあなんでそんなボロボロになるまで食ってねぇんだよ? 真面目に毎食食えよ。コックが栄養管理できねぇとかアホだろ」

「すみません。……味が……」

 目を伏せて申し訳なさそうに、弱っている和唯がつぶやく。

「あー? ……おまえ、まさか、そういうこと?」

 琉架が何かに勘付いたように和唯をじっと見た。さてはおまえ……と琉架に鋭い眼を向けられた和唯が、ますます居心地悪そうに縮こまる。

 味、という単語が琉架に引っかかった。その単語だけはいつも妙に琉架を苛立たせる。

「……おまえ、コンビニの弁当は食えねぇってことか?」

「……え?」

「和唯おまえ、ホテルのコックだからって、コンビニ弁当バカにしてるってことか!? コンビニの味は食えないって? 久しぶりに買えたからオレ食うのめちゃくちゃ楽しみにしてたのに、せっかく出してやったスタ牛弁当侮辱すんのかよ!」

「え? いや、待ってください……」

 何故か急に突っかかってきた琉架に和唯が困惑する。

「いいレストランで高級な飯作ってるやつはやっぱプライドたけぇの? 腹減って死にそうになってても庶民の味は食えないわけ? さぞかし舌が肥えてるんだろうな」

「違います……俺は……」

「コンビニ弁当に謝れ! コンビニ弁当作ってるやつにも! ついでにコンビニで頑張って弁当売ってるおじさんにも謝れ!」

 さっき琉架に人生これからと言ってくれたコンビニ店主の穏やかな顔を思い出し、バカにするなと琉架が怒る。

「バカにしてるなんて……そんなこと、思ってるわけないじゃないで、す、か……」

 琉架に押しつけられた言いがかりを否定しようと和唯が思わず席を立つと、体力の限界に来ていた和唯がそのままふらっと倒れそうになった。

「! あぶね……」

 琉架は慌てて立ち上がり向かいの和唯を支えようと走り寄るが、抱きとめようと伸ばした手は一歩遅く、その場で倒れる和唯に巻き込まれる形で琉架も一緒に床に崩れた。

「イッテー……」

 和唯の重みを支えきれなかった琉架が、床に尻餅をついて痛がる。気を失っているような和唯は琉架に抱きかかえられた状態で、かろうじて細く息をしていた。

「おい、和唯!? 大丈夫か!? おまえやっぱちゃんと病院行った方が……」

 意識を引き戻そうと琉架が声を掛けながら和唯の背中を叩くと、和唯はその声に導かれるようにそっとまぶたを上げた。

 そして、また知る。

 ──むせるような、あまい香り。

 まるで鼻先に暴力を振るわれたかのように激しく、その強くあまったるい匂いは和唯の鼻腔びこうに容赦なく侵入した。初めて至近距離で嗅ぐその魅惑的でありがえない香りに、和唯は手放しかけていた意識をしっかりとたぐり寄せる。

 無になった世界で、ただひとつずっと探し求めていたもの。

 意識を取り戻す代わりに、和唯は気がふれた。

「!?」

 倒れないように自分を支えてくれていた琉架の肩を、和唯は荒々しく鷲掴わしづかみにする。

「は!? 何!?」

 抵抗する思考と暇を琉架に与えないまま、和唯はためらうことなく琉架にくちづけた。

「……ん!?」

 思考が追いついていない琉架と、正気でない和唯は、互いに大きく目を見開いたまま口唇を合わせている。合わせたまま和唯の体重で、琉架は床に押し倒された。

 和唯に乗り上げられた状態で、琉架はキスをされていた。こじ開けられた口に、和唯の舌が無理やり入ってくる。入ってきた舌は琉架の口の中を一通り暴れると、口内の唾液をすべてすするかのようにきつく吸い上げてきた。

「んんっ……!」

 これはキスなどという愛らしい行為ではなくただの搾取さくしゅ行為だと、こういう人間を数え切れないほど見てきた琉架はすぐに気づいた。次に口唇を離したら和唯がなんと言葉を発するのかも、琉架にはもうわかっている。

 息継ぎで口唇を離した和唯が、自分の体重で床に押さえつけている琉架の顔を見て、息を乱しながらうっとりと言った。

「あまっ……」

 答えを言い渡されて、琉架が小さく言う。

「……おまえ、フォークだったのか」

 そこに返事はなく、フォークの本能に身を支配されている和唯は口唇を離している数秒も惜しいというようにまた琉架にくちづけた。琉架に逃げられないように、和唯は更に体重をかけて琉架を床に固定する。横たわる琉架を夢中で食らう。

「んっ……ん……」

 あんなに夜道の背後に警戒してこうならないことを回避していたはずなのに、琉架は自らの親切でフォークを拾ってきてしまった。区別がつかねぇとはいえマジでアホじゃん……と、琉架はため息をつく隙すら与えられない和唯の欲をただ静かに受け止める。暴れて拒絶することもできるが、変に刺激してこれ以上の行為を求められたり危害を加えられたりする方が厄介だと、琉架はすぐに抵抗をあきらめた。

 気の済むまで与えてやればいつか食事は終わる。職場でも、職場ではない場所でも、ケーキの琉架はいつもこうやって目を閉じて時間が過ぎるのを待った。

 触れている部分から、まったく自制心が働いていなさそうな粗暴な熱を感じて、和唯はおそらく今初めてケーキを食らったのだろうと琉架は思った。【Vanillaヴァニラ】でも初めてケーキを舐めた客は、こんな風に理性をなくして暴走することがよくある。

 仕方がない。舌が何も感じない無の世界で生き続けなければならないフォークにとって、ケーキの極上のあまさは唯一無二の天国への引き金なのだ。

「はっ……ん、……っ」

 あまい唾液の搾取さくしゅ行為だとしても、キスはキスだった。ずいぶんと長い時間和唯に舌を入れられ続け、琉架がこぼす息も徐々に荒くなる。フォークとしてむさぼっている和唯に性的な意味はなくても、客に喜ばれるために長い年月をかけてそういう風にからだを仕上げてきた琉架は、初対面の男にくちづけられてもしっかりと下半身がうずいた。食われて興奮すれば客は喜びまた次の予約を入れてくれるからと、琉架は自分のからだにボーイとしての生き方を教え込んでいる。

「んっ、はっ……かず、い、……ちょっ、と、もう……やめ……」

 口唇をわずかに解放された隙をついて、琉架が和唯に訴える。

 やば、勃ちそ……と焦った琉架が、さすがにもう充分だろうと覆い被さっている和唯を退けるために腕を伸ばした。こんな密着状態で勃たせたらすぐにバレて変態扱いされると怖れた琉架が、ありったけの力で和唯を押し戻したとき、頬に生あたたかいしずくがぽたっと落ちてきた。

「……?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています

二三@冷酷公爵発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…? ※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

愛憎の檻・義父の受難

でみず
BL
深夜1時過ぎ、静寂を破るように玄関の扉が開き、濡れそぼった姿の少年・瀬那が帰宅する。彼は義父である理仁に冷たく敵意を向け、反発を露わにする。新たな家族に馴染めない孤独や母の再婚への複雑な思いをぶつける瀬那に、理仁は静かに接しながらも強い意志で彼を抱きしめ、冷え切った心と体を温めようとする。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

【完結】エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...