誰かの幸いの向こう側

ゆりすみれ

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#7 美しい呪い

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「はぁー……マジで乗ったなぁ。こんなに乗りまくったの、学生のとき以来かも」

「おれもです! 何年分乗った? って感じ」

 日陰のベンチを運良く見つけ、二人でドサッと崩れるように並んで座った。フードワゴンで買ってきたばかりのジンジャーエールのストローに、さっそく口をつける。真咲も隣で同じように、コーラを勢いよく吸い上げ始めた。

 もうすぐ14時になろうとしている。予報通り昼にかけて気温はぐんぐん上がり、体感でも真夏日だろうと予想できた。まだからだが暑さに慣れていないこともあって、強い日差しが容赦なく体力を奪いに来る。一時休戦だ。

「これ飲んだら何か食べますか?」

「そうだね、とっくに昼過ぎてた。どこか適当に入ろっか」

 昼食をとるのも忘れて、限界までアトラクションに乗り続けた。真咲が乗りたがっていたここの目玉のコースターには並び直して三回乗ったし、フリーフォールやバイキングの類も気になるものは一通り全部乗った。待ち時間は真咲と互いの仕事の話や世間話をして飽きなかったし、風を切っている間は余計なことを考えなくて済むのがよかった。

 冷たい炭酸をゆっくりと喉に流し込みながら、青く澄み渡った雲のない空を見上げる。空はどこまでも遠く広がっていて、乗り物の余韻でふわふわしている今ならどこへでも行けるような気分だった。

「こうやって夢中になって遊ぶの、ホントに久しぶり。……たまにはこういうのもいいな」

 遠い空に視線を向けたまま、ぼんやりと告げる。

「いいですね。おれも遊園地は久しぶりで、すっごく楽しい」

「恋人とは? こういうとこ来ないの?」

 空から真咲にすっと視線を移した。

「……おれ、大学生の頃からずっと星彦さんが好きって言いましたよね?」

 じとっとした目で真咲に見られたので、口の端を持ち上げて笑ってやる。

「ごめん、わざと訊いた。……じゃあしばらくはずっと一人? どうしてるの? 性欲的なものは」

「な、っ!? ……突然何訊いてくるんですか……」

 動揺したのか、真咲の声が微かに裏返った。

「ただの興味。……男だし、どうしようもないときだってあるよね? どうしてた?」

 興味津々に詰め寄る俺からは逃げられないと悟ったのか、真咲が目を伏せて仕方なく答える。

「そ、それはまぁ……アプリとか? そういうので、適当に、相手見つけて……」

 真咲の返答に、おっ、と俺は眉を上げた。

「ははっ、俺も同じ。……よかった、そうだよな、俺たちそうするしかないもんな。真咲が優等生じゃなくてよかったよ」

「なんですか優等生って。おれだって……やりたいときくらい、あるし」

「うん、なんかほっとした。……そうだよなぁ、マチアプのヤリモク相手とはこんなとこ来ないし、どうりで遊園地なんて久しぶりなわけだ」

「……ですね」

 苦笑いをする真咲に、俺も苦笑を重ねた。そういう不毛で不健全な時間も人並みに過ごしてきたのだと互いに知り、妙な連帯感に包まれる。

 アプリでもなんでも、出会いを求めることであわよくば新しい恋に繋がればと思ったこともあったが、結局誰にも深く踏み込むことはできなかった。いつも心のどこかに星彦のことがあって、足掻いたところで引き戻される。

 人肌恋しさに負け、欲を満たす行為だけを淡々とくり返していた長い日々。本当に触れたかった人には、ずっと、手が届かないまま。そばにはいたのに、一度も触れられなかった。

 当たり前だ。星彦の恋愛対象は男じゃない。友達の枠を越えたら、もう隣にはいられない。

「訊いてもいい? ……星彦とのこと」

 透明のカップに入った炭酸はもうすぐ飲み終わってしまう。暑いので一気に飲んでしまった。まだ溶けていない大きな氷が、蓋の下でごろごろと動く。

「……それってあとで圭くんも教えてくれるんですか?」

「それはどうかな」

「ずる……」

 いっつもおれが教えてばっかじゃないですかぁ、と文句を言いながらも真咲はひとくちコーラを飲み、すぅっと何かを整えるようにしてから口を開いた。

「高校のときは女の子と付き合ってましたよ。どこにでもあるような、普通の高校生同士のお付き合いです。ときめきもあったし、楽しかったし……でも基本的に受け身で内向的な性格のおれは、知らないうちに彼女をいろいろがっかりさせてたみたいで。そういう小さなマイナスが積み重なって、あっさり振られました」

 真咲が、過去をゆっくりとたぐり寄せている。思い出しているうちに青春のあれこれがむず痒くなったのか、気恥ずかしそうに空を仰いだ。

「多感な時期に男としてのプライドへし折られちゃって、そこからなんとなく女の子に苦手意識持つようになって。おれ自身が変わらなきゃまた同じことくり返すんだろうなって、次の恋にいく前から諦めてた。……今なら、そういうおれを受け入れてくれる女の子も広い世の中にはいるかもって思えるんですけど、あの頃はとにかく視野が狭かったから。自分は男として足りないところだらけだって思い込んだんです」

 真咲の言葉はやさしく、今でも当時の彼女に申し訳なさを感じているようだった。ささいな至らなさを、未だに責め続けているのかもしれない。

「だから最初は、“憧れ”でした。大学一年で入った天文サークルで、三年だった星彦さんはすごく大人で誰よりもかっこよく見えた。星彦さんの周りにはいつも人が集まってきて、女子にも男子にも隔てなくやさしくて、ちょっと強引に周りを引っ張ることもあれば、一歩引いて全体を冷静に観察することもあったりして。常にサークルの中心で輝いてた星彦さんは、まさにおれの理想の男性でした」

 今も営業部の中心で生き生きと輝いている星彦を思えば、大学時代のそんな様子も容易に想像できた。自分で言っていた通り、本当に本質を変えない男だと改めて思う。

「その憧れが、好きに変わったんだ?」

 はっきりとそう訊いてやると、真咲はふっと表情を和らげて、控えめにコクリと頷いた。

「こんな男になりたいなぁってずっと目で追ってたら、いつの間にか。……でも最初は自分の気持ち、全然受け入れられませんでした。女の子が苦手になったからって男のひとに行こうとするの短絡的すぎるし、そもそもおれって男とそういう関係になりたいのか? なれるのか? って無限に疑問が湧いてくるし。こんな感情相手からしたら気持ち悪いよな、怖いよな……って、意味わかんないことだらけで自分のこと否定してたんです」

 そういえば公園で話したときも真咲は、同性を好きなことに対して、俺がどう感じるかを気にしていたような気がする。今もまだ他人の目を気にして臆病になっているなら、繊細で生きづらそうだなと少しだけ思った。

「そういうモヤモヤを抱えたまま、夏休みにサークルの夏合宿に行ったんです。長野に、星を見にね。普段は飲み会と観測活動半々って感じのゆるいサークルだったんですけど、夏合宿と文化祭だけは代々真面目にやるって感じで」

「長野か。星すごそうだね」

「そう、本当に綺麗なんです。……それで最終日の夜に合宿所で打ち上げがあったんですけど、足りなくなったお酒を、偶然おれと星彦さんの二人で買いに行くことになって。星彦さんの周りはいつだって人であふれてるから二人きりになれるなんてすごく貴重だったし、二人とも結構酔ってたし、おれ酔った勢いで訊いてみたんです。コンビニから合宿所に戻るまでの、田んぼしかない道の途中で」

 想像する。辺り一面田んぼが広がる細い田舎道、頼まれた酒が雑に放り込まれたコンビニの袋、先輩と後輩、満天の星空。

「男が男のひとを好きになるのっておかしいですよね、気持ち悪いですよね、……って」

「……それってさ、……」

 ほとんど告白してるようなものじゃないかと小さく言いかけて、そっと口を引き結ぶ。星彦との話を聞かせてほしいと頼んだのは俺の方だ。

「そしたら星彦さん、……気持ち悪くなんてないよ、真咲はありのままの真咲でいていいんだよ、って言ってくれて、……」

「……」

「キス、してくれました」

「──っ」

 想像した。誰もいない静寂の夜道。果てない空に瞬く無数の星々。好きな先輩の顔が近づいてきて、口唇が口唇に重なる。

 完璧な星彦の、完璧な美しい口づけ。

「ぐずぐず悩んでるおれを慰めようとしただけって、すぐわかりました。お互いだいぶ酔ってたし、軽く触れただけの、事故みたいなものだって、……わかってたんですけど」

 真咲の顔が、泣き笑いのような複雑な表情で俺を見た。

「そこからはもう、蟻地獄みたいな感じです。抜け出そうってどんなにもがいても、いつの間にか砂に足を取られる」

 そんなキスは呪いだ──。真咲を縛って、動けなくしている。

「それから星彦さんとあのキスについて触れたことはないので、多分酔ってて何も覚えてないんだと思います。おれだけが覚えてる、おれだけの思い出。おれ、あの時点でほとんど振られてるようなものだったのに、たった一回のキスにみっともなく縋ってるんです」

 困った顔で笑う真咲に、俺はどんな顔をしたらいいのかわからなかった。

 あぁ、この男は。

 星彦を諦めたいと言っていたこの男は、俺とは比べ物にならないくらい簡単じゃなかった。俺と同じ痛みを知っているかも、なんて少しでも偉そうに思ってしまった自分が恥ずかしくてたまらなくなる。

 この男は、触れてしまった柔い口唇の感触にずっととらわれている。美しいキスを、きっと忘れられない。

「はい、おれの話おしまいっ。さ、圭くんの番ですよ」

 自分で自分の調子を切り替えるように、真咲が明るく言った。

「んー……、あとでね」

「えぇー!? ずるいなぁ、もう」

「腹減ったし、いい加減昼ごはん食べよ? まだこの後もアトラクション乗るんだろ? ほら、早くしないと」

 俺は空になったカップを持って先に立ち上がり、まだベンチに座っている真咲を見下ろす。

「気が向いたら食べながら話すよ」

「気が向いたらって……」

 俺に促された真咲は渋い顔をしながらも立ち上がり、隣を歩き出した。日陰を出ると、手加減なしの太陽が肌を焦がすようにじりじりと照りつけてくる。暑いのはやっぱり苦手だ。

 ──話すことなんて何もない。

 星彦に触れることも、想いを伝えることもできなかった臆病者の俺に、その美しい思い出を凌駕する話なんて、ないんだよ。

 俺と君は全然同じじゃない。

 君の痛みを、俺は知らない。
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