誰かの幸いの向こう側

ゆりすみれ

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#8 同盟

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「だからぁ、星彦さんがイケメンでかっこよすぎるのがいけないんです……っ!」

 直飲みタイプのビールの瓶をドンッとテーブルに置き、真咲が盛大なため息をついた。ね、そうだね、と適当に相槌を打ち、俺も自分のビールの瓶に口をつける。皿に少し残っている冷めたフレンチフライを口に運びながら、俺は正面に座る真咲の様子を静かに観察していた。横に並んで会話することばかりで、こうやって向かい合うのは初めてのことだ。

 日陰のベンチで真咲の話を聞いたあと、結局どこの店にも入らずにフードワゴンのホットドッグで軽く昼を済ませた。そのあとはまだ乗り足りない真咲のために夕方まで追いアトラクションをくり返し、さすがに夜はちゃんとしたところで食べるかと園内のレストランに入った。

 選んだのは園内で一際目立っていたアメリカンダイナー風のレストランだ。蛍光色のネオンサインの看板に、パキッとしたミントグリーンの壁紙、赤と白のストライプのソファ。遊園地という非日常の中でさらに特別感を増すように作り込まれた、細部にまで凝っている空間だった。俺たちは奥のボックス席に案内され、一番人気だと聞いたハンバーガーとフレンチフライのプレートと、瓶入りの海外のビールをそれぞれ注文した。

「星彦さんってほんとぉーに誰にでもやさしいし、紳士だし、スマートだし……」

「うん」

「……でも誰にでもやさしいってことはぁ、誰にもやさしくないってことでぇ……、星彦さんってほんとは誰にも興味ないんじゃないですかぁ?」

 運ばれてきた大きなハンバーガーはあっという間に二人の胃袋に収まった。朝からほぼ動いていたし昼も軽かったので、思ったより腹は空いていたらしい。食べ終えたあと互いにビールを追加し、今はだらだらと真咲から星彦の愚痴を聞かされている。

「まぁ、当たってるんじゃない? 誰のことも特別に思ってないから平等にやさしい。誰にでもいい顔できる」

 星彦にそういう薄情なところは確かにあると、俺も容赦はしなかった。

「うわ、傷口抉ってくるじゃん……でもそうなんですよねぇ、だから、おれなんかにもいつもやさしい」

「なんかって言うなよ。星彦は真咲のこと、ちゃんと大事にしてると思うよ」

 絵に描いたような美しい口づけで、とけない呪いを君にかけるくらいには。

「はぁ……そんな星彦さんが真実の愛見つけたんだから、やっぱりおれは、ちゃんと祝福しないと……うぅっ」

「真実の愛かどうかは知らないけどね」

「圭くんって意外と毒吐き……? ……まぁ星彦さんがずるいのは事実ですけどぉ。もう存在が全部ずるい。チート」

 そのチート男に翻弄された結果、俺たちは向かい合って酒を飲んでいる。奇縁だと思った。

「真咲ってお酒弱いの?」

「弱くないですよぉ……、……強くないだけ」

 偉そうにそう言って、真咲はビールの瓶に口をつけて豪快に傾ける。遊び疲れたせいで回るのが早いのか、真咲はもうすっかり出来上がっていた。この瓶でストップをかけようと決めてはいるが、酔ってふにゃふにゃになっている真咲が思いがけず可愛くて、もう少しだけ酔わせてやろうか……なんていう馬鹿げた欲が出始める。

「へぇ、じゃあまだいける? 追加しよっか」

「圭くん、が、飲むなら……」

「ホントに? 頼んじゃうよ?」

「……、ん、おれまだ飲めますってぇ」

「冗談だよ、ムキになるなって。これ以上酔ったらどうやって帰るんだよ」

 これ以上酔ったら……? ……何考えてんだ、俺は。

 酒で潤んだ、焦点の合わないとろんとした目。美しく長いまつげが眠たそうに何度も上下する様からは、上質な色香が漂ってくる。元々ふわっとした印象の、誰かの庇護欲を無意識に煽るようなタイプの男だ。俺はほとんど不可抗力で、真咲に目を奪われる。

 ゲイだよ、って言ってあるのに。……俺の前でそういう目すんの、無防備すぎるだろ。

 すぐにでも押し倒せそうな隙だらけの真咲を前になんとも言えないモヤモヤを募らせていると、突然真咲が両手をバンッとテーブルに叩きつけた。

「よし決めた! おれぇ、結婚します!」

「……は?」

 酔っぱらいから突如発せられた言葉に、色香に当てられ正気を失いかけていた脳が一気に引き戻された。酔っぱらいは怖い。

「おれも相手見つけて結婚する! 婚活ですよぉ? 今から婚活アプリ入れちゃいます。そんで美人つかまえてぇ、ぜったい星彦さんを見返してやりますから……!」

「……詩織さんもすごい美人だと思うんだけど」

「もっと美人! 美人でぇ、細くてぇ、胸おっきい子!」

 どや顔で俺を見てくる真咲に、俺は訝しげな目を向けるしかない。

「真咲に結婚なんてできるの? セックスの相手、男なんだろ?」

「せ……!? っく、す、の相手は、男ですけど……」

 最初の、せ、だけ異様に大きく、残りは蚊の鳴くような声で続けられた。

「確かに女のひと苦手ですけど……っ、で、でも、一応女の子と付き合ったこともありますしぃ? やればできる子ですよおれは。 ……きっと……たぶん。きっと……」

 真咲が自信を失うのはとても早く、どや顔はすぐに消え去る。手持ち無沙汰なのか、真咲はビールの瓶をつんつんと指で弄り始めた。

「ふーん、やればできる子、ね」

「……それに」

 ふと、真咲の声の調子が落ちる。

「それに、……星彦さんじゃないなら、もう別に誰だっていい」

「……っ」

 投げやりにこぼされたそれが真咲の本音だとは思ったが、俺は肯定してやることも、否定して励ましてやることもできなかった。少なくとも俺にだけはその本音に寄り添われたくないだろうと、本能が察する。星彦を好きな、俺だけには。

「そっか。じゃあ真咲の婚活がうまくいくことを祈ってるよ。応援する」

「応援してくれるんだ? 圭くんやさしー……」

 とろんとした曖昧な目であまく微笑みかけられ、俺は思わず目を逸らした。無自覚なのが余計にたちが悪い。目を逸らしたことが不自然にならないよう、残っているビールにそっと口をつけて誤魔化す。

「えぇっと……おーえん? ……なかま……、……そしき、……れんごう……?」

 瓶を指先でつつきながら、真咲がいくつかの単語を並べ始めた。何かの言葉を探している。

「……どうめい? 同盟……うん、同盟だ。……圭くん、同盟を組みましょう!」

 しっくりくる言葉にたどり着くと、真咲はまた俺に明るく笑いかけた。

「同盟?」

「そう、その名もぉ……、……星彦さんを忘れる同盟!」

 もったいぶったわりには絶妙にダサいその名称に、俺は小さく苦笑する。

「何それ。名前ダサ」

「いいの! シンプルでわかりやすいでしょ」

 真咲は軽く膨れながらも、自分の出した案に満足しているようだった。認識のズレがあってはいけないと、俺はテーブルの上に置いていたスマホを掴み、すぐに同盟の意味を検索する。

「同盟……同盟……、共通の目的を達成するために、個人や団体が行動を共にすることを約束する行為……、真咲がやりたいことと合ってる?」

 出てきたAIの回答を読み上げると、真咲はにっこりと微笑んで大きく頷いた。

「まさにぴったりじゃないですかぁ? おれと圭くんの状況に」

「まぁね。俺たち元々友達だったわけでもないし、仕事仲間でもないし、この関係につける名前としては最適ってとこか」

 共通の目的を達成するための、ただの協力関係。それ以上でもそれ以下でもない。

「星彦さんを諦めて、……前に、進むための……そんな感じの同盟です」

「具体的な活動内容は?」

「おれは婚活しますよぉ? アプリで知り合った女のひとと会ったりぃ、婚活パーティー行ったりとかですかね。圭くんは……男のひとがいいんだよねぇ? ……んーと、今以上に貪欲に出会いを求めてくださぁーい」

「貪欲」

 俺にまるで縁のない言葉を、機械のように復唱する。今までの人生で、何かを貪欲に求めたことなどない気がした。隣で笑っていた好きな男にでさえ、平穏が壊れることを恐れて貪欲になどなれなかった。

「それでぇ、お互い進捗を報告し合ったり、情報交換したり、……時々は気晴らしに一緒に絶叫乗りに行ったり!」

「結局真咲が絶叫乗りたいだけじゃん」

「……でも、ひとりより、ふたりの方が、頑張れるでしょぉ?」

 だんだん怪しくなる呂律で、それでも一生懸命に前を向く方法を提案してくれる真咲に、俺はあっさりと折れた。どのみち一人でだって前に進まなければならないのなら。だったら真咲の言う通り、二人の方がきっと心強い。

「いいよ、同盟。組もう。星彦を忘れる同盟。……名前、アレだけど」

「名前はこれでいいの! でね、おれの最終目標はね、結婚決めてぇ、結婚式に星彦さん呼んでぇ、星彦さんからもらったバウムクーヘンよりも大きいバウムクーヘンを贈ること! 圭くんは?」

「俺は……新しく好きな人を作る。前の恋を忘れるには、俺は多分、それしかないから」

 じゃ決まりですねぇと上機嫌に笑って、真咲はビールの最後の一口を綺麗に飲み干した。空になった瓶をコトンとテーブルに置くと、しゃべり疲れたのか、ソファの背もたれにくたっともたれ掛かり重くなったまぶたを伏せかけている。

 ……新しく好きな人を作る、か。

 自分で言っておいて、その現実味のなさに呆れる。もう何年も新しい恋にいけなかった成れの果てが、今の俺なのに。

 それでも。目の前で呑気に潰れているこの男が、星彦に依存しない明るい未来への道を一緒に模索してくれるなら、それは少し楽しいかもしれないと思った。

「ここ出たらどうする? ……真咲? おーい、起きてるか」

「……ん、おきてる……」

 もう完全に瞳を閉じてしまっている真咲が、かろうじて返事をする。

「もう帰る? 酔っぱらいにアトラクションは無理だし……」

「まだ、……あと、すこしだけ……」

 そもそも閉園は何時なんだろうとサイトを覗くと、イベントのページに初めて知る情報を見つけた。

「あ……このあと、夜のショー? みたいなのあるよ。最後に花火もちょっと上がるって。これ観る?」

 真咲はアトラクションにしか興味がないかと思ったが、一応訊いてみる。

「……みる」

「観るんだ? ショーだよ?」

「みるよ……だって、もうすこし……圭くんと、……」

 そこまで言って、真咲の言葉は聞こえなくなった。眠りの中に落ちてしまったらしい。

 ……もう少し、圭くんと……何?

 真咲が夢の中に持っていってしまった言葉の続きが、俺の心にある言葉と一緒だったらいいのにと、小さな寝息を立て始めた不用心な男を前にぼんやりと思った。
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