王は愛を囁く

鈴本ちか

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一通の書状

一通の書状 ③

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 碧冠と碧慈が再三止めたが碧琉の答えは変わらなかった。
 碧琉としても多少の迷いはあった、もうこの地を踏むことは叶わないかもしれないと思いもした。
 碧琉はそれでも皆の為に行きたいと碧冠に訴え、なんとか許しを貰った。
 どうしてそこまで黄に行きたがるのか、と渋面の碧滋に聞かれた時、碧琉はなんとも言えずただ微笑み返した。
 樹の為、それは大前提だ。でもその陰で今まで一度も何かを望まれることがなかった不甲斐ない自分を変えたい気持ちが少なからずあった。
 何事でもいい、何かを為し得る人間に一日も早くなりたいという強い気持ちが碧琉の脊髄にしみるほど在る。
 祖国の危機にこんな自分勝手な理由、とても口に出来ない。
 でも碧琉は黄に行くことで自分に甘い周囲もその中にいる自分も変えたいと思ったのだ。


 書状を送って数日、黄国から返事が届いた。
 そこには丁重に迎えると父に宛てた言葉があり身支度は不要とあったそうだ。
 文化の違う国に赴くのに身支度不要なんて、と碧滋はそれを聞いた時大変憤慨していたが碧琉は言葉の上だけだとしても歓迎する向きが示してあったのでこっそり安堵した。
 しかし碧滋の言う事も真っ当で、身支度は最小限に収めたが従者四人は必要な荷物になってしまった。
 何もかも、準備は整った。荷の積みあがった部屋を見回すと、じんと胸が痛くなる。
 碧琉は眠くは無いけれど寝台に転がった。

「もうここで寝ることもないのかあ」

 全部自分で決めたことなのに碧琉の心を生まれたばかりの寂寥感がちくちくといじめる。
 そんな自分が嫌で碧琉は起き上がるとうず高い荷の横を通り過ぎ窓から前庭へ出た。
 庭を飾る花々はお休み中で今の主役は闇を照らす無数の星。美しい星はきっと黄の空にも現れるだろう。
 碧琉は片隅に置かれた長椅子に座った。
 その横には花弁の小さい黄色の花がひっそりと咲いている。   
 この花を指先で撫でた人は今頃何をしているのだろう。
 あの時、沢山話をした筈なのに今では瞬間瞬間の映像しか思い出せない。なんだかなあと思いながら碧琉は屈み記憶の通りに指先を花弁に添わせた。
 いつか、お会いできるかもしれない。名前も知らない、もう見た顔の輪郭すらぼやけているのになぜかその人に立ち並べるような人になりたいと強く思う。
 早く大人になりたいと思ったのも、強く逞しくなりたいと思ったのもあと時の出会いからだ。
 黄から戻ったら、探してみようかな。黄から戻った自分なら堂々と会える気がする。
 目標を糧にしり込みしてしまいそうな自分を奮い立たせた。きっと、大丈夫。満点の星空から降る小さな明かりもそう励ましているような気がして、碧琉は暫くそこで輝く光を眺めていた。 
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