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一通の書状
一通の書状 ②
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碧琉は庭から廊下に戻り足音を忍ばせ宮殿の本殿へ進む。
廊下を抜けると四つの石柱が支える広間へ出る。天窓から降り注ぐ陽光を身体半分に受け碧琉は更に奥へ進んだ。
碧琉は広間から左右二方向に伸びる廊下の右を選ぶ。
この先の会室に皆が集まっている筈だ。
碧琉は自分もこの国の王子だからと碧冠に再三議に参加させてくれるよう頼んだ。
小さい頃から国の為に奔走する祖父や父を見ていた。曽祖父が一国として纏めた樹だ。海の向こうの脅威からこの土地を守ってきた我が一族、碧琉にもその誇りは受け継がれていた。碧琉は屈強な体躯の兄達に比べ中性的で甘やかな顔立ち、華奢な身体つきでことさら大事にされ育ったと自覚はあるし、この王宮のなかでしか生きたことがない。
無知は承知で、それでも自分も碧冠や碧佳、碧慈のようにこの国に尽くしたかった。
だが碧琉の主張は通らず蚊帳の外だ。
「碧琉は何の心配もしなくていい。大丈夫だ」
碧冠は碧琉の肩に手を添え力強くそう言った。もう十七になるというのに。
ふと廊下の壁に飾としてはめ込まれた鏡に映る自分に足を止めた。こんな容姿でなければもうちょっと、大人扱いして貰えたかもしれない。
細面に大きな二重。鼻も口も小さく自分で見ても女性のようだ。顔に掛かる髪を掻き上げる。
碧佳、碧慈はがっしりした身体つきに碧冠似の鷲鼻で雄々しい面構えなのに対し自分は絶世の美女と謳われた母、寛によく似た風貌だ。
顔つきはもとより身体つきもそうだった。肩幅は狭く華奢で手足の細い碧琉はよく痩せすぎだと言われる。
確かに食欲旺盛ではないが心配されるほど食が細い訳でもない。
顔に触れてはあとため息を吐いた碧琉の耳にどんと大きな音が飛び込んできた。
びくっと身体が震える。何か、あったんだろうか、この先には今、議の開かれている会室しかない。
碧琉は急いで会室の扉に駆け寄った。
物が割れるような類の音ではなかった。何かを叩いたような低く響く音だった。
近付くと人の話し声が徐々に耳に入り始めた。扉が閉じているので良くは聞こえない。誰かが激昂しているようだが言葉を捉えることは出来ない。
ほんの少しだけ。碧琉は息を止め気が付かれないようにそっと扉の取っ手に手を掛けた。
少し開いた途端、沢山の声が重なって一つの音になったように耳に入ってくる。
「しかし父王、もうこれしか」
「確かに黄国の提示した軍勢ですとこちらの圧倒的有利になり、」
「しかし黄国を信じてよいのか、」
「あの黄国ですし」
「最近視察に行かれたのは碧佳様と林老師様か」
「現王は公明正大で頭の切れる統治者たるを身に付けた御方でしたぞ」
「私もそのように思います」
「しかし我が国との、今までの歴史を見ればとても」
一気に入ってきた情報が碧琉の頭を流れ回転する。
黄国、あの黄国かと思う。まさか黄国黄軍の助力を恃んでいようとは。
黄国は海を挟んだ向こう、藤大陸の最北端の大国だ。横たわる海を渡り何度もこの地を征服しようと乗り込み虐殺を繰り返した黒い歴史を持つ国。
現王は確か、三年ほど前に即位したはずだ。
賢王の呼び声高い人物であると聞くが、黄との因縁を鑑みればお歴々が躊躇するのも頷ける。黄と樹の国交が正常化して二十年。
黄国は先の江王が約五十年前小国が並立していた黄国地方を統一したのがはじまりだ。
立国初期は部族間の内戦が後を絶たなかったらしいが十年で江王は粛清し土地の整備や教育機関の充実を図り北の蓮大陸国家と肩を並べるまでになった、と言われている。
しかし他国の内情は測りかねるのが現実だ。そう言われている、程度の情報だ。
根と同様に砂漠地帯、地下に豊富な資源を持つ黄国は宝玉の採掘でも有名だ。緻密な細工にも長け蓮大陸の国々と取引がある、その玄関口が樹。
交易も大きな収入源となっている昨今の樹にとって、黄国は重要な国ではある。黄国との交易を発端に菫大陸の大国萬国も寄港するようになりこの二国と友好関係を築けたことで漸く樹に海からの脅威が遠退いた、と皆安堵していた。
意見を交し合う声を聞きながら考え込んでいた碧琉の耳に碧琉は、と言う碧冠の声が飛び込んできた。
突然自分の名が出てきて、碧琉は立ち聞きがばれたのかと後退ったがこちらに寄ってくる足音は待てど聞こえない。
「まだあれは子供だ」
思考を切り裂く言葉。確かに子供ではあるがこんな、議の場で取り上げる事ではないだろうと碧琉は小さい憤りを感じる。
子供子供と、皆言う。碧佳、碧慈が自分の歳の頃にはもう政に関与していたと聞くし入軍していた。
碧琉だってそうしたいと常々思いそう願い出ているのに、碧冠や碧佳、碧慈の許しはもらえなかった。自分も役に立ちたいのに。
「とても他国に出すなど、」
「私が行きましょう、継承順位では私が上です。あちらも文句はありますまい」
「しかし書状にははっきりと碧琉王子と明記して御座います」
「あれを人質に出すなど、とても」
「生命の保証は約束されておりますし、煌王は誠実なお人柄です。やはり碧琉王子に行っていただくのが一番かと」
「儂は反対だ」
「私もです。軍を出す代わりに碧琉を寄越せなど馬鹿馬鹿しい。認めることは出来ません」
碧慈が静かに言うと場がしんと静まる。
快活な碧佳に比べ思慮深い碧慈が怒りをにじませた声を発する事自体が珍しく、空恐ろしさがある。
耳をそばだてていた碧琉は静かに聞いた情報を咀嚼しようと努める。
樹は黄国に援軍を頼んだ、そしてその返事は碧琉を人質に差し出す代わりに援軍を出す、という事、だろう、多分。
掻い摘んで聞いた話を繋げるとそういう筋書きになる。
自分が黄国に行けば、援軍を確保できるのか。
樹の、樹国の、碧冠の、碧佳、碧慈の、皆の役に立てる。
今までそうしたいと願っていたのに碧琉は今、行きますと一歩進みでる事に躊躇っている。
黄国。無論、その地を踏んだことは無い。
煌王は賢王らしいがこちらの大陸に比べあちらは気性が荒いと聞く。生命の保証など、あってないようなものだろう。
ほんの一瞬の戸惑いを碧流は力強く首を振り、消し去った。役に立ちたい、子供だと守られるのはもうたくさんだ。碧流も皆とともに戦いたい。美しい故郷を守るために。
「しからばもう一度、書状を」
参老師が恭しく頭を垂れたままそう言った時、碧琉の身体は我知らず反応し扉を開け放った。
「私が参ります。樹の為に」
廊下を抜けると四つの石柱が支える広間へ出る。天窓から降り注ぐ陽光を身体半分に受け碧琉は更に奥へ進んだ。
碧琉は広間から左右二方向に伸びる廊下の右を選ぶ。
この先の会室に皆が集まっている筈だ。
碧琉は自分もこの国の王子だからと碧冠に再三議に参加させてくれるよう頼んだ。
小さい頃から国の為に奔走する祖父や父を見ていた。曽祖父が一国として纏めた樹だ。海の向こうの脅威からこの土地を守ってきた我が一族、碧琉にもその誇りは受け継がれていた。碧琉は屈強な体躯の兄達に比べ中性的で甘やかな顔立ち、華奢な身体つきでことさら大事にされ育ったと自覚はあるし、この王宮のなかでしか生きたことがない。
無知は承知で、それでも自分も碧冠や碧佳、碧慈のようにこの国に尽くしたかった。
だが碧琉の主張は通らず蚊帳の外だ。
「碧琉は何の心配もしなくていい。大丈夫だ」
碧冠は碧琉の肩に手を添え力強くそう言った。もう十七になるというのに。
ふと廊下の壁に飾としてはめ込まれた鏡に映る自分に足を止めた。こんな容姿でなければもうちょっと、大人扱いして貰えたかもしれない。
細面に大きな二重。鼻も口も小さく自分で見ても女性のようだ。顔に掛かる髪を掻き上げる。
碧佳、碧慈はがっしりした身体つきに碧冠似の鷲鼻で雄々しい面構えなのに対し自分は絶世の美女と謳われた母、寛によく似た風貌だ。
顔つきはもとより身体つきもそうだった。肩幅は狭く華奢で手足の細い碧琉はよく痩せすぎだと言われる。
確かに食欲旺盛ではないが心配されるほど食が細い訳でもない。
顔に触れてはあとため息を吐いた碧琉の耳にどんと大きな音が飛び込んできた。
びくっと身体が震える。何か、あったんだろうか、この先には今、議の開かれている会室しかない。
碧琉は急いで会室の扉に駆け寄った。
物が割れるような類の音ではなかった。何かを叩いたような低く響く音だった。
近付くと人の話し声が徐々に耳に入り始めた。扉が閉じているので良くは聞こえない。誰かが激昂しているようだが言葉を捉えることは出来ない。
ほんの少しだけ。碧琉は息を止め気が付かれないようにそっと扉の取っ手に手を掛けた。
少し開いた途端、沢山の声が重なって一つの音になったように耳に入ってくる。
「しかし父王、もうこれしか」
「確かに黄国の提示した軍勢ですとこちらの圧倒的有利になり、」
「しかし黄国を信じてよいのか、」
「あの黄国ですし」
「最近視察に行かれたのは碧佳様と林老師様か」
「現王は公明正大で頭の切れる統治者たるを身に付けた御方でしたぞ」
「私もそのように思います」
「しかし我が国との、今までの歴史を見ればとても」
一気に入ってきた情報が碧琉の頭を流れ回転する。
黄国、あの黄国かと思う。まさか黄国黄軍の助力を恃んでいようとは。
黄国は海を挟んだ向こう、藤大陸の最北端の大国だ。横たわる海を渡り何度もこの地を征服しようと乗り込み虐殺を繰り返した黒い歴史を持つ国。
現王は確か、三年ほど前に即位したはずだ。
賢王の呼び声高い人物であると聞くが、黄との因縁を鑑みればお歴々が躊躇するのも頷ける。黄と樹の国交が正常化して二十年。
黄国は先の江王が約五十年前小国が並立していた黄国地方を統一したのがはじまりだ。
立国初期は部族間の内戦が後を絶たなかったらしいが十年で江王は粛清し土地の整備や教育機関の充実を図り北の蓮大陸国家と肩を並べるまでになった、と言われている。
しかし他国の内情は測りかねるのが現実だ。そう言われている、程度の情報だ。
根と同様に砂漠地帯、地下に豊富な資源を持つ黄国は宝玉の採掘でも有名だ。緻密な細工にも長け蓮大陸の国々と取引がある、その玄関口が樹。
交易も大きな収入源となっている昨今の樹にとって、黄国は重要な国ではある。黄国との交易を発端に菫大陸の大国萬国も寄港するようになりこの二国と友好関係を築けたことで漸く樹に海からの脅威が遠退いた、と皆安堵していた。
意見を交し合う声を聞きながら考え込んでいた碧琉の耳に碧琉は、と言う碧冠の声が飛び込んできた。
突然自分の名が出てきて、碧琉は立ち聞きがばれたのかと後退ったがこちらに寄ってくる足音は待てど聞こえない。
「まだあれは子供だ」
思考を切り裂く言葉。確かに子供ではあるがこんな、議の場で取り上げる事ではないだろうと碧琉は小さい憤りを感じる。
子供子供と、皆言う。碧佳、碧慈が自分の歳の頃にはもう政に関与していたと聞くし入軍していた。
碧琉だってそうしたいと常々思いそう願い出ているのに、碧冠や碧佳、碧慈の許しはもらえなかった。自分も役に立ちたいのに。
「とても他国に出すなど、」
「私が行きましょう、継承順位では私が上です。あちらも文句はありますまい」
「しかし書状にははっきりと碧琉王子と明記して御座います」
「あれを人質に出すなど、とても」
「生命の保証は約束されておりますし、煌王は誠実なお人柄です。やはり碧琉王子に行っていただくのが一番かと」
「儂は反対だ」
「私もです。軍を出す代わりに碧琉を寄越せなど馬鹿馬鹿しい。認めることは出来ません」
碧慈が静かに言うと場がしんと静まる。
快活な碧佳に比べ思慮深い碧慈が怒りをにじませた声を発する事自体が珍しく、空恐ろしさがある。
耳をそばだてていた碧琉は静かに聞いた情報を咀嚼しようと努める。
樹は黄国に援軍を頼んだ、そしてその返事は碧琉を人質に差し出す代わりに援軍を出す、という事、だろう、多分。
掻い摘んで聞いた話を繋げるとそういう筋書きになる。
自分が黄国に行けば、援軍を確保できるのか。
樹の、樹国の、碧冠の、碧佳、碧慈の、皆の役に立てる。
今までそうしたいと願っていたのに碧琉は今、行きますと一歩進みでる事に躊躇っている。
黄国。無論、その地を踏んだことは無い。
煌王は賢王らしいがこちらの大陸に比べあちらは気性が荒いと聞く。生命の保証など、あってないようなものだろう。
ほんの一瞬の戸惑いを碧流は力強く首を振り、消し去った。役に立ちたい、子供だと守られるのはもうたくさんだ。碧流も皆とともに戦いたい。美しい故郷を守るために。
「しからばもう一度、書状を」
参老師が恭しく頭を垂れたままそう言った時、碧琉の身体は我知らず反応し扉を開け放った。
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