王は愛を囁く

鈴本ちか

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宴の夜

宴の夜③

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「主役が到着された。皆杯をもて」

 煌は声を張り上げ、傍女の差し出した大きな杯を手に持つ。なみなみと酒の入った杯は煌の動きで端からつっと筋を作り零れ落ちる。

「酒は飲めますか?」

 顔をこちらに向け囁いた煌に小さく頷くと後ろに控えていた傍女が碧琉に杯を差し出した。

「樹と黄の発展に」

 煌が杯を上げると部屋にいる全ての者が同じように叫び皆が杯の酒を飲み干す。
 碧琉も慌てて口をつけた。樹では十五の祝いから酒を飲む事が許される。碧琉も以来数度は酒を飲んだ経験がある。飲んだというより碧佳に『そのうち飲まなきゃいけない席に出されるんだぞ』と面白半分で飲まされたと言った方が正しいが。酒から漂う薬のような匂いが碧琉は好きになれないし、数口飲んだだけで顔は真っ赤になり頭はぼやんとしてくる。だから碧琉の中で酒は苦手なものに分類される。
 嫌でも飲まねばならないときがある。碧琉はえいと杯を傾ける。円形の杯からとろとろと口内に入り込んだ酒は甘い匂いとともに口の中を広がる。
 これは、酒、なのかな、そう思う程に樹のものとは匂いも口当たりも違う。
 こくんと飲み下す最後にふわっと喉に熱さを感じる。その熱さだけは樹のものと同じだった。碧琉は皆に倣い杯を空にした。

「お口に合いますか?」
「あ、はい、とても。甘くて美味しいです」

 どんと腰を下ろした煌は身体をこちらに向けた。
 長い髪を今は横で結わえている。つやのある黒髪がとても美しいと思う。
 ふと気が付くとじっと煌が自分を見ていた。目が合った瞬間、胸がどんと強く鼓動し碧琉は急いで目を反らした。顔の表面がじわりと赤らんでいく。もう酔ったのかなと思う。
 煌の合図で演奏が再開されると部屋は一気に騒がしくなる。
 笛や太鼓、見たことのない弦楽器がかき鳴らされ、それに併せて数人の女性が踊り始めた。褐色の肌に黄色や赤の派手な衣装の踊り子が舞う。黄国では一般的な踊りなのかもしれないが、碧琉はこのような腕、腹部や足がむき出しの扇情的な衣装を見たのは初めてで、驚きでいつの間にか注がれていた杯を一気に空にした。時が経つにつれだんだんと見慣れてきたが風紀的に大丈夫なのかと心配になる。
 ぼんやりしていると碧琉の杯がまたも酒で満たされる。
 先程から碧琉の杯が空になると煌が酒を注いでくる。もう要らない、その一言が口から出なくて碧琉はもう自分でも何杯目か分からない程酒を飲んでいる。

「ありがとう、ございます」
「いいえ、どうぞ」

 くすくすと笑い声が聞こえて横を向くと煌が肩を揺らしていた。自分が笑われていると気が付いたのはそれから二杯空けてからだ。

「何故笑っておられるのですか?」
「いや、いつ『もう飲めない』というのか見ていただけですよ」

 飲めない、という言い方が自分を小馬鹿にしているようで碧琉は眉根を寄せた。

「飲めないという事は御座いません、ただ、お腹がいっぱいで、」

 目前に置かれた膳には海の幸をふんだんに盛り込んだ鍋に焼いた貝、そして茸粥が所狭しと並んでいた。穀類はないと聞いていたけれど、実際はここにある。  
 周囲の膳を首を伸ばして見てみたがそこには焼いた肉が真ん中にどんと置かれていたので黄国人が肉食というのは真実のようだ。
 調べたのだろうか、碧琉の膳は好物ばかり。食べつくしたと思ったらまた新たな皿が配膳される。
 それに横からの酒。黄国王である煌からの酒を残すわけにはいかず注がれれば飲むしかなかった。

「そうですか。随分お顔が赤くなっておられるので王子に酒は早かったかと心配で、」
「わ、わたくしはっ、もう十七になりますので、このくらいはなんの問題も御座いません、ご心配は無用です」
「ならよいのですが、ではどうぞ」

 愉快だと言わんばかりの笑顔で煌がまた杯を満たす。碧琉はその杯をくいと空けて煌を見、にっこり笑って見せた。

「お好きなようですね」
「ええ、まあ」

 『酒くらい飲めなくてどうする』と碧佳に散々からかわれた。煌の態度は碧佳を彷彿とさせてつい碧琉も意地になる。

「新しい瓶を」

 持った瓶を煌が揺らすと控えていた使女がその瓶を受け取り下げる。煌と碧琉が座る席の脇からずらりと大臣以下臣下が座っているが酒が回ってみな騒がしい。
 中央で踊る臣下もいれば、さっきは本気で喧嘩を始めた高官と大臣もいた。煌が取り成しその場は収まったが、碧琉が見た感じ、煌は取り成しにというより面白がりに行ったようだった。
 確かに堅苦しさはない。堅苦しさどころか砕けすぎて職務に支障をきたさないのかちょっと心配になる。

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