巡る日常と殺人

すずもと

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おじいさんが殺したのは

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ある町に、おじいさんが住んでいた。

もう70歳になる。
妻がいたが2年ほど前に癌で亡くなった。
近所でも評判のおしどり夫婦だった。
息子が1人。もう成人して家を出て家族を持っていた。

だから1人で暮らしていた。
家族の幸せだった頃の思い出がたくさん詰まった一軒家に1人。
寂しかった。

最近妻が作ってくれていた肉じゃがが食べたくなった。
妻のようにホクホクの肉じゃがを作ってみようと思ったが、上手くいかない。

息子に電話して聞いてみるが、
「いやあ、俺も作り方分からないんだよ、父さん」
と。そしたら電話の向こうで声がした。息子の奥さんだ。
「基本は料理酒とみりんとお砂糖と醤油ですが、何を入れてますか?」
「みりん?みりんってなんじゃい?」
なんと、みりんを入れてなかった。

ヒントを得たおじいさんは再度チャレンジ。近所のスーパーで買ってきた緑のラベルのみりんを入れると、なんとなく、それらしい味になった。ただ、なにかが違う。

妻が料理していた風景を思い出す。
仕事から帰ってくると台所に妻がいる。振り返って綺麗な微笑みを浮かべる。
「おかえりなさい。今日はあなたが好きな肉じゃがですからね」
その横にあったみりんは赤いラベルだったような気がする…

その日から、町中のスーパーに足を運んでみりんを探すようになった。
ただ、どれも違くてガッカリする日々。

ある日、商店街を抜けた先に、自然食品を多く取り扱うお店があるのに気づいた。
そこまで稼ぎが良かったわけではない。自然食品のお店は高い。だからここは違うだろうと思いつつ、お店に入ってみた。
調味料コーナーに赤いラベルのみりんが置いてあった。
違うだろうと思いつつ買った。
ついでに5個入りのみかんも買った。妻はみかんが好きだった。たまには無農薬のみかんでも仏壇に置いてやろう。

帰り道、遠くで必死な顔したお母さんがベビーカーを押しているのが見えた。
ああ、あの坂の上の小児科に行くのだろう、と思っていると、ベビーカーから何かが落ちた気がした。
なんだか気になり、そこまで行くと、ぬいぐるみが落ちていた。
確かチョコパンマンだ。孫も小さい頃このぬいぐるみを持っていたような気がする。

「おーい!」と声を掛けるが、お母さんはもうだいぶ坂を登ってしまっていて声が届かなかった。
仕方がない。おじいさんはチョコパンマンのぬいぐるみを持って坂道を追いかけた。最近歳であまり早く走れない。
ゆっくり歩いて病院のところで渡せば良いだろう、と思ったらベビーカーからすごい叫び声がした。
子供がぬいぐるみが無いことに気づいたようで癇癪を起こして、お母さんがオロオロしている。
「おーい!落としてますよ!」
おじいさんが声を張り上げると、子供が、わっと前のめりにチョコパンマンに抱きつこうと、ベビーカーから落ちそうになった。慌てて手を伸ばし、なんとか子供が落ちるのを止めた。その際みかんが1つ落ちたが、子供が助かって良かった。
お母さんからたくさん頭を下げられた。
「僕、チョコパンマンが好きなんだな、大事なものはしっかりギュッとしてるんだぞ」
そう言って家路に着いた。

その晩、自然食品のお店のみりんを使って肉じゃがを作ったら、妻と同じ味がした。
ああ、これだったのか。
稼ぎもそんな無いのに、自分の身体を気遣って高いお店で買っていたのか?と思うと涙が込み上げた。


それから、2週間後おじいさんはインフルエンザが重症化して亡くなった。
おしどり夫婦だったから、奥さんの後を追ったんだろうと周りは言った。
あの時助けた子供からうつったのだとは誰も思わなかった。

2歳の子も、お母さんも、まさかうつしたインフルエンザでおじいさんが死んでしまったとは思わず日常を過ごしている。
もしかして、みんな、普通の日常を送りながら、気づかないうちに殺人を犯しているのかもしれない。
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