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ある女のはなし
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あるところに女がいた。
女は妊娠していた。相手は誰か分からない。
今流行のマッチングアプリで知り合って意気投合したのだが、その後しばらくして連絡が途絶えた。
女はお金持ちと結婚したかった。
子供の頃、貧乏だったから。
今は都会に住んでいるが、東北の雪深い町に住んでいた。
物心つく頃には父はいなかった。母が一人で必死に働いていたが、田舎で、あまり良い仕事がなく、毎月カツカツだったのを覚えている。
春夏は、山で山菜を採ってきて食べていた。苦味が嫌いだった。
秋になるとイナゴを捕まえて食べる。あのイガイガした感じが嫌いだった。
冬になると毎日毎日雪かきの日々。
手はあかぎれだらけで、ご飯もあまり満足に食べられなかった。
服も、クラスの女の子がリボンのついた可愛い服を着ているのに、自分は親戚の男の子のお古を着ていたり。
それでよく、からかわれた。
絶対大きくなったら、都会に出て金持ちと結婚するんだ、とその時誓ったのだ。
なのに、困ったことになった。
どうしようかと悩んでいる時だった。
ある日、ある葬儀場の前を通りかかると、「○○葬儀会場 ○日葬儀」という文字が目に入った。
意気投合した男と同じ名字だった。
女は葬儀場に電話をしてみた。
「あの、そっちの○○さん葬儀って看板、webサービスの会社の社長?」
確か、意気投合して話していた時にwebサービスの会社の社長をしていると言っていた。
電話には若い女性が出た。事務員だろうか。
その事務員は「○○webサービス会社・・・」と呟き、
「いえ、○○様はそのようにはお伺いしておりません。」
と答えた。
「そう、ありがとう。」
女は電話を切った。
”○○webサービス会社”と呟いていたので、ネットで検索をかけてみると、ヒットした。
社長の顔写真が載っていて、それは意気投合した男だった。
そして、お知らせに訃報が載っていた。
近親者のみで葬儀を行うとも。
女は葬儀に参列することにした。
社長なんだからお金があるだろう、こちらは妊娠しているのだ。金銭を要求して何が悪い。
近親者のみ、とあるが、お腹の子は文字通り近親者だ。止められたら喚いてやる。
葬儀場には、あっけに取られるほど、すんなり入れた。
記帳をし、空の香典袋を渡す。お金を渡す気はない。もらうつもりなのだから。
基本、近親者のみとのことだが、亡くなったのが社長だから、聞きつけた人は受け入れる方向だったようだ。
中に入ると泣いている女性がいた。
死んだ男の妹で、喪主らしい。
線香をあげた時に遺影を見ると、やはりあの男だった。
葬儀場に電話をした時に、事務員が会社名を漏らさなければ、きっと男が死んでいたことを知ることもできなかっただろう。
そしたら自分はどうしていただろうか…
気を取り直し、女は周りを見回す。
親はいないのか?いたらお金を要求しないと。
そう思っていると、ヒソヒソ話している人がいた。
「会社が上手くいかなくなって、酔っ払って橋から落ちたらしいよ」
「兄妹2人らしい、会社はどうするんだろうな」
「つぶれるんじゃないか。負債だらけだろ。こりゃ厳しいだろうな」
女は、お金をせびるのは無理だと悟った。逆に面倒ごとに巻き込まれそうな匂いがする。
結局何も言えず、帰ってきた。
香典返しだけはしっかり貰ってきた。
女は帰ってから布団をかぶってため息をついた。
お金なんて無い。子供の頃の記憶が蘇る。
父がいなくて貧乏だった思い出。寒くて、ひもじくて、妬ましくて…
次の朝、女は病院に電話を掛けた。
「もしもし、中絶したいんですが」
あの時、事務員が会社名を漏らさなければ、自分はどうしていただろう。
女は妊娠していた。相手は誰か分からない。
今流行のマッチングアプリで知り合って意気投合したのだが、その後しばらくして連絡が途絶えた。
女はお金持ちと結婚したかった。
子供の頃、貧乏だったから。
今は都会に住んでいるが、東北の雪深い町に住んでいた。
物心つく頃には父はいなかった。母が一人で必死に働いていたが、田舎で、あまり良い仕事がなく、毎月カツカツだったのを覚えている。
春夏は、山で山菜を採ってきて食べていた。苦味が嫌いだった。
秋になるとイナゴを捕まえて食べる。あのイガイガした感じが嫌いだった。
冬になると毎日毎日雪かきの日々。
手はあかぎれだらけで、ご飯もあまり満足に食べられなかった。
服も、クラスの女の子がリボンのついた可愛い服を着ているのに、自分は親戚の男の子のお古を着ていたり。
それでよく、からかわれた。
絶対大きくなったら、都会に出て金持ちと結婚するんだ、とその時誓ったのだ。
なのに、困ったことになった。
どうしようかと悩んでいる時だった。
ある日、ある葬儀場の前を通りかかると、「○○葬儀会場 ○日葬儀」という文字が目に入った。
意気投合した男と同じ名字だった。
女は葬儀場に電話をしてみた。
「あの、そっちの○○さん葬儀って看板、webサービスの会社の社長?」
確か、意気投合して話していた時にwebサービスの会社の社長をしていると言っていた。
電話には若い女性が出た。事務員だろうか。
その事務員は「○○webサービス会社・・・」と呟き、
「いえ、○○様はそのようにはお伺いしておりません。」
と答えた。
「そう、ありがとう。」
女は電話を切った。
”○○webサービス会社”と呟いていたので、ネットで検索をかけてみると、ヒットした。
社長の顔写真が載っていて、それは意気投合した男だった。
そして、お知らせに訃報が載っていた。
近親者のみで葬儀を行うとも。
女は葬儀に参列することにした。
社長なんだからお金があるだろう、こちらは妊娠しているのだ。金銭を要求して何が悪い。
近親者のみ、とあるが、お腹の子は文字通り近親者だ。止められたら喚いてやる。
葬儀場には、あっけに取られるほど、すんなり入れた。
記帳をし、空の香典袋を渡す。お金を渡す気はない。もらうつもりなのだから。
基本、近親者のみとのことだが、亡くなったのが社長だから、聞きつけた人は受け入れる方向だったようだ。
中に入ると泣いている女性がいた。
死んだ男の妹で、喪主らしい。
線香をあげた時に遺影を見ると、やはりあの男だった。
葬儀場に電話をした時に、事務員が会社名を漏らさなければ、きっと男が死んでいたことを知ることもできなかっただろう。
そしたら自分はどうしていただろうか…
気を取り直し、女は周りを見回す。
親はいないのか?いたらお金を要求しないと。
そう思っていると、ヒソヒソ話している人がいた。
「会社が上手くいかなくなって、酔っ払って橋から落ちたらしいよ」
「兄妹2人らしい、会社はどうするんだろうな」
「つぶれるんじゃないか。負債だらけだろ。こりゃ厳しいだろうな」
女は、お金をせびるのは無理だと悟った。逆に面倒ごとに巻き込まれそうな匂いがする。
結局何も言えず、帰ってきた。
香典返しだけはしっかり貰ってきた。
女は帰ってから布団をかぶってため息をついた。
お金なんて無い。子供の頃の記憶が蘇る。
父がいなくて貧乏だった思い出。寒くて、ひもじくて、妬ましくて…
次の朝、女は病院に電話を掛けた。
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