巡る日常と殺人

すずもと

文字の大きさ
5 / 12

ある女のはなし

しおりを挟む
あるところに女がいた。

女は妊娠していた。相手は誰か分からない。
今流行のマッチングアプリで知り合って意気投合したのだが、その後しばらくして連絡が途絶えた。

女はお金持ちと結婚したかった。
子供の頃、貧乏だったから。
今は都会に住んでいるが、東北の雪深い町に住んでいた。
物心つく頃には父はいなかった。母が一人で必死に働いていたが、田舎で、あまり良い仕事がなく、毎月カツカツだったのを覚えている。
春夏は、山で山菜を採ってきて食べていた。苦味が嫌いだった。
秋になるとイナゴを捕まえて食べる。あのイガイガした感じが嫌いだった。
冬になると毎日毎日雪かきの日々。
手はあかぎれだらけで、ご飯もあまり満足に食べられなかった。
服も、クラスの女の子がリボンのついた可愛い服を着ているのに、自分は親戚の男の子のお古を着ていたり。
それでよく、からかわれた。
絶対大きくなったら、都会に出て金持ちと結婚するんだ、とその時誓ったのだ。


なのに、困ったことになった。
どうしようかと悩んでいる時だった。
ある日、ある葬儀場の前を通りかかると、「○○葬儀会場 ○日葬儀」という文字が目に入った。

意気投合した男と同じ名字だった。
女は葬儀場に電話をしてみた。

「あの、そっちの○○さん葬儀って看板、webサービスの会社の社長?」
確か、意気投合して話していた時にwebサービスの会社の社長をしていると言っていた。
電話には若い女性が出た。事務員だろうか。
その事務員は「○○webサービス会社・・・」と呟き、
「いえ、○○様はそのようにはお伺いしておりません。」
と答えた。
「そう、ありがとう。」
女は電話を切った。

”○○webサービス会社”と呟いていたので、ネットで検索をかけてみると、ヒットした。
社長の顔写真が載っていて、それは意気投合した男だった。
そして、お知らせに訃報が載っていた。
近親者のみで葬儀を行うとも。

女は葬儀に参列することにした。
社長なんだからお金があるだろう、こちらは妊娠しているのだ。金銭を要求して何が悪い。
近親者のみ、とあるが、お腹の子は文字通り近親者だ。止められたら喚いてやる。

葬儀場には、あっけに取られるほど、すんなり入れた。
記帳をし、空の香典袋を渡す。お金を渡す気はない。もらうつもりなのだから。
基本、近親者のみとのことだが、亡くなったのが社長だから、聞きつけた人は受け入れる方向だったようだ。

中に入ると泣いている女性がいた。
死んだ男の妹で、喪主らしい。
線香をあげた時に遺影を見ると、やはりあの男だった。
葬儀場に電話をした時に、事務員が会社名を漏らさなければ、きっと男が死んでいたことを知ることもできなかっただろう。
そしたら自分はどうしていただろうか…


気を取り直し、女は周りを見回す。
親はいないのか?いたらお金を要求しないと。
そう思っていると、ヒソヒソ話している人がいた。

「会社が上手くいかなくなって、酔っ払って橋から落ちたらしいよ」
「兄妹2人らしい、会社はどうするんだろうな」
「つぶれるんじゃないか。負債だらけだろ。こりゃ厳しいだろうな」

女は、お金をせびるのは無理だと悟った。逆に面倒ごとに巻き込まれそうな匂いがする。
結局何も言えず、帰ってきた。
香典返しだけはしっかり貰ってきた。

女は帰ってから布団をかぶってため息をついた。
お金なんて無い。子供の頃の記憶が蘇る。
父がいなくて貧乏だった思い出。寒くて、ひもじくて、妬ましくて…


次の朝、女は病院に電話を掛けた。
「もしもし、中絶したいんですが」


あの時、事務員が会社名を漏らさなければ、自分はどうしていただろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

不思議なショートストーリーたち

フジーニー
ミステリー
さくっと読める短編集 電車内の暇つぶしに、寝る前のお供に、毎日の楽しみに。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?

あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。 「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...