婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第三部「継ぐ者の光、試される未来」

第26話:名前を持たぬ気持ちたち

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交歓祭が終わって数日。
 王都には少し早い春の気配が漂い始めていた。

 けれど、エリアの心はまだ少しだけ、季節に追いついていなかった。

 ミルと並んで歩く帰り道。
 言葉は交わしているのに、どうしてだろう。
 最近、**“言葉が届きすぎて怖い”**と思う瞬間がある。

 「ねえ、ミル」

 「うん?」

 「わたし、いま言ったら、何かが変わるって気づいてるのに……言葉が、出てこない」

 ミルは立ち止まって、エリアを見つめた。
 けれど、すぐに何かを返すことはしなかった。

 ふたりの間に風が吹き抜ける。
 その沈黙は、かつて感じた心地よい無言とは少し違っていた。

* * *

 一方その頃、セレナは詩学局の図書閲覧室で、一枚の紙をそっと渡されていた。

 「これ……読んでみて」

 差し出したのは、以前から静かに同席していた少年。
 名前はルディ。
 黒髪に細い瞳、口数は少ないが、詩の話になると熱心だった。

 > 『ことばのすぐとなりに』
 >
 > あなたが ひとこと 書くたびに
 > わたしの胸の中で 知らない感情が芽を出す
 >
 > それを“尊敬”というのか
 > “好き”というのか
 >
 > まだうまく言えない
 > でも、
 > あなたの書いた詩が、わたしにとっていちばんの詩です

 セレナは読み終えたあと、言葉を失った。

 けれどその胸の奥で、小さな鼓動が「答えなくてもいい」と教えてくれた。

* * *

 その夜、ミルはひとり自室で詩を書いていた。

 > 『まだ名前のない感情へ』
 >
 > すぐそばで 笑ってくれるあなたが
 > ときどき 遠く感じる
 >
 > わたしの声が あなたに届くとき
 > なぜか 嬉しいよりも 胸が痛くなる
 >
 > これを“恋”というの?
 > それとも “祈り”というの?
 >
 > わたしはまだ こたえが書けない

 詩を閉じたあと、ミルは窓の外を見つめた。

 言葉にはできない想い。
 でも、それが消えずにあることだけは、もう確かだった。

* * *

 翌日。

 詩学局の庭で、エリアはミルに何かを言いかけたが、やはりやめた。
 けれど代わりに、そっとノートを開いて一篇の詩を手渡す。

 > 『あなたとことばのあいだに』
 >
 > わたしは あなたのことばの隣にいたい
 >
 > それが “友情”でもいい
 > それが “あこがれ”でも “恋”でも “ただの錯覚”でも
 >
 > 名前なんてなくても
 > わたしは 今日も あなたの隣にいたい

 ミルはそれを読み、ゆっくりとエリアの手を握った。

 何も言わず、ただそっと。

 ふたりは、そのまま静かに立ち尽くした。
 まだ名前のない気持ちが、確かにそこに息づいていた。
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