番ではなく、あなたを選ぶと決めた──王太子と平民の契約から始まる恋

春夜夢

文字の大きさ
2 / 25

第2話「王太子の意図」

しおりを挟む
「……王太子殿下」

 あまりにも静かに名前を呼んでしまったせいか、セイル自身、声が出たことに驚いた。
 レイグランはゆっくりと視線を向けた。

「何だ、セイル」

 呼び捨て――。王太子に名前を呼ばれることなど、生まれて初めてだった。
 それも、優しく。
 平民の名を、まるで大切なもののように。

 セイルの胸の奥で、何かが不意に波打った。

 翌朝、宮廷医師による検査が行われた。
 番制度の基準は、血液の反応と遺伝子の適合率によって決まる。
 セイルは形式的に検査を受けさせられたものの、その結果を待たずして、レイグランは契約を結んでいた。

 それは制度への“反逆”にも等しい行為。

 ──なぜ、あの人はそれをしたのか?

 寝台の上で考えていると、ノックの音とともに扉が開いた。

「目は覚めているか?」

 現れたのはレイグランだった。執務の合間だというのに、彼は疲れた顔も見せずに立っている。

「話がしたくてな。……歩けそうか?」

 うなずくと、レイグランは手を差し伸べてきた。
 その手は、冷たくも熱くもない。ただ、真っ直ぐだった。

 二人きりで訪れたのは、王宮の離れにある温室庭園だった。
 春を告げる花々が咲き始めており、心地よい風が吹き抜ける。

「ここなら、誰にも聞かれずに済む」

 ベンチに並んで腰掛けたとき、ようやくセイルは言葉を絞り出した。

「……殿下は、なぜ僕を」

「君が、番の制度に心から反対していたからだ」

 即答だった。

「誰もが運命だと言い張る中で、君だけが『それは違う』と目を逸らさず言った。その強さに、惹かれた」

 レイグランは、静かに目を伏せる。

「……俺の母も、制度の犠牲だった。番として選ばれたがために、心を殺して王に尽くした。それが“正しい”と信じていた。だが、俺は……」

 言葉が途切れた。だが、その続きをセイルは問わなかった。

 代わりに、自分の想いを口にする。

「僕は……誰かのものになりたいわけじゃないんです。
 ただ、“誰かを大切にしたい”って、自分で選びたかった。それが許されない世界に、生きてきた」

 沈黙がふたりの間に降りる。

 だがそれは、心地よい沈黙だった。

 やがて、レイグランが小さく言った。

「──君は番かどうかなど、もうどうでもいい。
 俺は、君を“選んだ”んだ。それだけが、真実だ」

 その言葉に、セイルの心は強く揺れた。

 この人は、本気だ。
 番制度に従わない覚悟を持ってまで、ひとりの平民を“選んだ”。

 セイルは、花の咲く庭園で小さくつぶやいた。

「……怖いですね。選ばれるのも、選ぶのも」

「だからこそ、美しい」

 レイグランのその声は、まるで誓いのように響いた。

 この日、セイルはまだ知らなかった。
 自分が“王太子の番”として国家を揺るがす存在になることを。
 そして、彼自身の中に眠る“秘密”が、次第に目を覚ましていくことを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

見捨てられた(無自覚な)王女は、溺愛には気付かない

みん
恋愛
精霊に護られた国ルテリアル。精霊の加護のお陰で豊かで平和な国ではあったが、近年ではその精霊の加護も薄れていき、他国から侵略されそうになる。戦いを知らない国王は、スネフリング帝国に助けを求めるが、その見返りに要求されたのは──。 精霊に護られた国の王女として生まれたにも関わらず、魔力を持って生まれなかった事で、母である王妃以外から冷遇されているカミリア第二王女。このカミリアが、人質同然にスネフリング帝国に行く事になり─。 ❋独自設定有り。 ❋誤字脱字には気を付けていますが、あると思います。すみません。気付き次第修正していきます。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。 しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。 突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。 『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。 表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。

【完結】「お前を愛することはない」と言われましたが借金返済の為にクズな旦那様に嫁ぎました

華抹茶
恋愛
度重なる不運により領地が大打撃を受け、復興するも被害が大きすぎて家は多額の借金を作ってしまい没落寸前まで追い込まれた。そんな時その借金を肩代わりするために申し込まれた縁談を受けることに。 「私はお前を愛することはない。これは契約結婚だ」 「…かしこまりました」  初めての顔合わせの日、開口一番そう言われて私はニコラーク伯爵家へと嫁ぐことになった。  そしてわずか1週間後、結婚式なんて挙げることもなく籍だけを入れて、私―アメリア・リンジーは身一つで伯爵家へと移った。 ※なろうさんでも公開しています。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...