番ではなく、あなたを選ぶと決めた──王太子と平民の契約から始まる恋

春夜夢

文字の大きさ
16 / 25

第16話「偽りの契り」

しおりを挟む
その夜、セイルの体は異様な熱に包まれていた。
 額に浮かんだ汗は冷たいのに、内側だけが灼けるように熱い。

「セイル、大丈夫か……!」

 レイグランの手が肩を支えるも、その手を振り払うようにセイルがうめいた。

「……わからない……身体が勝手に……ああっ……!」

 胸に刻まれた契約の印が、黒くにじみ始めていた。
 その黒はまるで、何か別の“契り”が上書きされようとしている証。

 王妃ユリエルが急ぎ駆けつけた。

「……“偽りの契り”よ。エドガーが動いたわね」

「偽り……?」

「本来、“契約の印”は自ら望んだ者にしか現れない。だが、封印された呪術の中に――
 “番の資格を偽りで塗り潰す”術が存在するの」

「セイルの契りを、塗り替えようとしているのか……!」

 セイルは、意識の奥底で誰かの声を聞いていた。

 ――『お前の契りは偽りだ。
    本物は、ここにいる……俺を拒んだ罰を、身体で思い出せ』

 その声と共に、誰かの手が背をなぞる幻覚。
 知らぬはずの熱。受け入れたことのない感触が、セイルの身体を支配しようとしていた。

「やめて……っ……僕の身体は……レイグランに……」

 ユリエルは深く息を吸い込み、レイグランへと視線を送った。

「王太子。あなただけが、セイルの中に残る“本物の契り”を呼び覚ませるわ」

「……どうすればいい」

「“契りの再誓”を。魂の奥に、触れてあげて。愛していると、選んだと――伝えるの」

 レイグランは頷き、セイルの額にそっと口づけを落とす。

「セイル……聞こえるか。
 俺は、君のすべてを選んだ。この身体も、魂も、誰にも奪わせない」

「……レイ……グラン……」

「偽りの声など、耳を貸すな。お前を汚すものは、すべて俺が焼き尽くす。
 番ではなく、俺自身の意志で――お前を愛してる」

 その言葉に、セイルの体に刻まれた黒が、赤く燃える光に変わっていく。

 契約の印が再び脈動し、“偽りの契り”を押し返す。
 ふたりの誓いが、運命すら塗り替えると証明するかのように。

「──ああ、君の声が、届いた……!」

 セイルの意識が戻った瞬間、レイグランの腕の中に落ちた。

 その顔には、苦痛の色はなく、静かな安堵が宿っていた。

「……これで……また、あなたと」

「ああ。何度でも、誓う。君は俺の唯一だ」

 一方、呪術の中心にいたエドガーは、術の跳ね返りを受け、意識を失っていた。

 彼の体に刻まれていた“番の証”は、ぼろぼろに崩れ落ちる。

 ――それは、自らが本当に“選ばれていなかった”という、残酷な証明だった。

 夜が明ける頃、レイグランは寝台で眠るセイルの髪をそっと撫でた。

(番という鎖ではなく、意志で結んだ絆こそ、真実)

 その静かな確信を胸に、彼は“次なる敵”の影を感じ取っていた。

 ――番制度そのものを守ろうとする、王族内の根強い抵抗。

 愛を選んだ者と、運命に縛られた者たちの闘いは、まだ終わっていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

見捨てられた(無自覚な)王女は、溺愛には気付かない

みん
恋愛
精霊に護られた国ルテリアル。精霊の加護のお陰で豊かで平和な国ではあったが、近年ではその精霊の加護も薄れていき、他国から侵略されそうになる。戦いを知らない国王は、スネフリング帝国に助けを求めるが、その見返りに要求されたのは──。 精霊に護られた国の王女として生まれたにも関わらず、魔力を持って生まれなかった事で、母である王妃以外から冷遇されているカミリア第二王女。このカミリアが、人質同然にスネフリング帝国に行く事になり─。 ❋独自設定有り。 ❋誤字脱字には気を付けていますが、あると思います。すみません。気付き次第修正していきます。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。 しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。 突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。 『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。 表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。

嘘コクのゆくえ

キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。 生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。 そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。 アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで…… 次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは…… 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。 作者は元サヤハピエン主義を掲げております。 アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

〖完結〗旦那様が私を殺そうとしました。

藍川みいな
恋愛
私は今、この世でたった一人の愛する旦那様に殺されそうになっている。いや……もう私は殺されるだろう。 どうして、こんなことになってしまったんだろう……。 私はただ、旦那様を愛していただけなのに……。 そして私は旦那様の手で、首を絞められ意識を手放した…… はずだった。 目を覚ますと、何故か15歳の姿に戻っていた。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全11話で完結になります。

処理中です...