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夜は深く、トンネルは静まり返っていた。
遠くで医療班の機械が低く鳴る音と、かすかな滴る水音だけが響いている。
崩れた拠点の名残が、ここにも滲んでいた。
焦げた匂い、乾いた血の跡――それでも、生き延びた夜だった。
ルカはベッドの上で横たわっている。
肩から胸にかけて包帯が巻かれ、呼吸はまだ浅い。
しかしあの夜よりも、確かに顔色は戻っていた。
叶多は医療灯の明かりを少しだけ落とし、静かに椅子を引き寄せた。
「……お前、本当にバカだな」
声は怒鳴りでも呟きでもなく、ため息のように漏れる。
「全部背負って……全部守ろうとして……挙げ句にこれかよ」
彼は片膝をベッドの端に乗せ、ルカの額にかかった髪をそっとどかした。
冷たい肌。けれど、その下にはまだ確かに鼓動がある。
何度も戦場で感じた“死”の気配とは違う、生きている熱。
「……こんな顔、すんじゃねぇよ」
喉の奥がきしむ。
戦場じゃ涙なんて流したことがなかったのに、この男の寝顔だけは、胸を締めつける。
◇
小さく、ルカが眉を動かした。
指先が布の上をわずかに這い、叶多の手に触れる。
彼は驚きながらも、その手を離さなかった。
むしろ強く握るように、包み込む。
「……叶多……」
掠れた声。
呼吸に混ざる微かな痛みと、それでも生きている証。
「起きたか」
叶多は少しだけ笑った。
いつもみたいに軽口を叩こうとしたのに、声が震える。
「お前……生きてるんだな」
ルカは目をゆっくり開いた。
まだ焦点はぼやけている。
けれどその視線は、まっすぐに叶多を探していた。
「君が……守ってくれたんだね」
「当たり前だろ。俺がいなきゃ、今頃死んでた」
そう言いながら、叶多はルカの手を離さなかった。
トンネルの奥は薄暗く、影のような静けさが二人を包む。
外では、戦いの予兆がひたひたと近づいている。
けれど、この狭い空間だけは別世界のようだった。
◇
「……みんな、無事?」
ルカが小さく訊いた。
叶多は、ほんの少し間を置いて答える。
「全員じゃねぇ。でも、生き残ったやつらは立ってる」
「そう……よかった」
「お前のせいで、全員必死だ。……今度はお前が休む番だろ」
ルカはかすかに笑った。
「休む暇なんて、ないよ」
「あるに決まってんだろ。……今くらいは、俺の前でくらい、強がんなよ」
言葉が落ちたあと、短い沈黙。
その静けさの中、叶多は気づいた――
自分の指がまだ、ルカの手を握っていることに。
逃げなかった。
もう、誤魔化さなかった。
◇
「叶多」
ルカが呼ぶ声は、弱々しいのに、真っすぐだった。
「俺、ずっと……君がいたから戦えた」
「……」
「君がいなかったら、俺、檻の中で壊れてた」
その声は、戦場での雄叫びよりもずっと強かった。
叶多はふっと笑い、ルカの額に自分の額を近づける。
肌と肌が触れる距離。
外の爆音も、血の匂いも、全部遠ざかっていく。
「俺も……お前がいなきゃ、とっくに終わってた」
「……叶多」
「だから、絶対に死ぬな。……絶対に」
ルカはまばたきをしながら、ゆっくりと微笑んだ。
握っていた手に、わずかに力がこもる。
「君も、ね」
◇
二人はそのまましばらく、何も言わずに座っていた。
戦いの最中に、ほんの一瞬だけ訪れた“安らぎ”。
火薬の匂いの中に、それでも確かに残る人の温度。
ルカの呼吸は穏やかになり、再び眠りにつく。
叶多はその横で、静かに息を吐いた。
「……次の戦いも、一緒に生き残ろうぜ」
静かな灯りの下、握られた手は――離されることはなかった。
遠くで医療班の機械が低く鳴る音と、かすかな滴る水音だけが響いている。
崩れた拠点の名残が、ここにも滲んでいた。
焦げた匂い、乾いた血の跡――それでも、生き延びた夜だった。
ルカはベッドの上で横たわっている。
肩から胸にかけて包帯が巻かれ、呼吸はまだ浅い。
しかしあの夜よりも、確かに顔色は戻っていた。
叶多は医療灯の明かりを少しだけ落とし、静かに椅子を引き寄せた。
「……お前、本当にバカだな」
声は怒鳴りでも呟きでもなく、ため息のように漏れる。
「全部背負って……全部守ろうとして……挙げ句にこれかよ」
彼は片膝をベッドの端に乗せ、ルカの額にかかった髪をそっとどかした。
冷たい肌。けれど、その下にはまだ確かに鼓動がある。
何度も戦場で感じた“死”の気配とは違う、生きている熱。
「……こんな顔、すんじゃねぇよ」
喉の奥がきしむ。
戦場じゃ涙なんて流したことがなかったのに、この男の寝顔だけは、胸を締めつける。
◇
小さく、ルカが眉を動かした。
指先が布の上をわずかに這い、叶多の手に触れる。
彼は驚きながらも、その手を離さなかった。
むしろ強く握るように、包み込む。
「……叶多……」
掠れた声。
呼吸に混ざる微かな痛みと、それでも生きている証。
「起きたか」
叶多は少しだけ笑った。
いつもみたいに軽口を叩こうとしたのに、声が震える。
「お前……生きてるんだな」
ルカは目をゆっくり開いた。
まだ焦点はぼやけている。
けれどその視線は、まっすぐに叶多を探していた。
「君が……守ってくれたんだね」
「当たり前だろ。俺がいなきゃ、今頃死んでた」
そう言いながら、叶多はルカの手を離さなかった。
トンネルの奥は薄暗く、影のような静けさが二人を包む。
外では、戦いの予兆がひたひたと近づいている。
けれど、この狭い空間だけは別世界のようだった。
◇
「……みんな、無事?」
ルカが小さく訊いた。
叶多は、ほんの少し間を置いて答える。
「全員じゃねぇ。でも、生き残ったやつらは立ってる」
「そう……よかった」
「お前のせいで、全員必死だ。……今度はお前が休む番だろ」
ルカはかすかに笑った。
「休む暇なんて、ないよ」
「あるに決まってんだろ。……今くらいは、俺の前でくらい、強がんなよ」
言葉が落ちたあと、短い沈黙。
その静けさの中、叶多は気づいた――
自分の指がまだ、ルカの手を握っていることに。
逃げなかった。
もう、誤魔化さなかった。
◇
「叶多」
ルカが呼ぶ声は、弱々しいのに、真っすぐだった。
「俺、ずっと……君がいたから戦えた」
「……」
「君がいなかったら、俺、檻の中で壊れてた」
その声は、戦場での雄叫びよりもずっと強かった。
叶多はふっと笑い、ルカの額に自分の額を近づける。
肌と肌が触れる距離。
外の爆音も、血の匂いも、全部遠ざかっていく。
「俺も……お前がいなきゃ、とっくに終わってた」
「……叶多」
「だから、絶対に死ぬな。……絶対に」
ルカはまばたきをしながら、ゆっくりと微笑んだ。
握っていた手に、わずかに力がこもる。
「君も、ね」
◇
二人はそのまましばらく、何も言わずに座っていた。
戦いの最中に、ほんの一瞬だけ訪れた“安らぎ”。
火薬の匂いの中に、それでも確かに残る人の温度。
ルカの呼吸は穏やかになり、再び眠りにつく。
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「……次の戦いも、一緒に生き残ろうぜ」
静かな灯りの下、握られた手は――離されることはなかった。
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