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第2話『嫁入り初夜、鬼神の執着』
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婚礼の儀とは名ばかりだった。
神官も巫女もおらず、証文一枚を交わしただけ。
私の「嫁入り」は、まるで契約書への署名だった。
ただ、朱煉が用意した部屋だけは、意外にも丁寧だった。
布団はふかふかで、香も焚かれていて。
さすがに人外でも、客人への礼儀は心得ているらしい。
──そう、油断していた。
「……眠れぬのか?」
静かな声がして、私は身を起こした。
開け放たれた障子の隙間から、朱煉が入ってくる。
「……夜更けに訪ねてくるのは、礼儀としてどうかと思いますが」
「礼儀など知らん。俺は“夫”だ」
「だからって初夜から……っ」
「初夜だからだ」
そのまま、彼はずかずかと布団の端に座り込み、私をまじまじと見下ろす。
その双眸は相変わらず、深い紅に染まっていた。
「……怖くないのか?」
「……何が、ですか」
「俺が、“鬼”であることが」
視線がぶつかる。
ぞくりと背中を撫でるような、獣のような気配。
だけど私は、微笑んだ。
「いいえ。貴方より酷い人間、何人も知ってますから」
一瞬、朱煉の瞳が揺れた。
「──そうか。ならば構わん」
そのまま、彼は私の頬に手を伸ばした。
冷たい、けれどどこか熱を秘めた掌。
「おまえのような女を、俺は初めて見た」
「どういう意味です?」
「平気な顔をしているが、心は擦り切れている。……そういう者は、案外長くは持たん」
その口ぶりに、私はつい笑ってしまった。
「長く持たなくて結構。元より、生き延びるつもりもありませんし」
「それは困る」
朱煉の顔が、ほんの僅かに近づく。
「俺は、おまえを“喰らう”つもりで娶ったのではない。……手放す気など、最初からない」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「……何を、言って」
「おまえを、俺の“花”にする」
次の瞬間。
彼の唇が、私の額に触れた。
それは儀式のようで、どこか甘い呪いのようだった。
「俺の花嫁になった時点で、おまえは俺のものだ」
「契約じゃなかったんですか?」
「契約など口実にすぎん」
「あなた、最初から私を……」
「気に入っていた。目障りなほど、な」
──この人は、きっと私のすべてを見透かしている。
地位も名誉も捨てた、価値のない女だと自嘲していた私を、それでも彼は「欲しい」と言う。
それが、怖かった。
でも同時に、少しだけ――嬉しかった。
その夜、朱煉はそれ以上何もせず、ただ隣にいた。
「眠れ」
「……眠れませんよ、こんな状態で」
「では、俺が数を数えてやろう」
「子ども扱いですか……」
「一、二、三……」
しんとした夜の中、規則正しい声が耳に落ちてくる。
その声を子守唄に、私はいつしか深い眠りへと落ちていった。
ただひとつ、うすぼんやりとした意識の中で気づいた。
──私の髪を撫でる手が、妙に優しかったことに。
だがその翌朝、私は知ることになる。
朱煉が「花嫁」に手を出さないのは、“理由”があるのだということを。
それは――“彼女が記憶を思い出すまで、手を出してはならぬ”という、千年前の契りだったのだ。
その記憶とは、一体何なのか。
そして、私は本当に“ただの人間”なのか。
すべては、まだ夜の中。
神官も巫女もおらず、証文一枚を交わしただけ。
私の「嫁入り」は、まるで契約書への署名だった。
ただ、朱煉が用意した部屋だけは、意外にも丁寧だった。
布団はふかふかで、香も焚かれていて。
さすがに人外でも、客人への礼儀は心得ているらしい。
──そう、油断していた。
「……眠れぬのか?」
静かな声がして、私は身を起こした。
開け放たれた障子の隙間から、朱煉が入ってくる。
「……夜更けに訪ねてくるのは、礼儀としてどうかと思いますが」
「礼儀など知らん。俺は“夫”だ」
「だからって初夜から……っ」
「初夜だからだ」
そのまま、彼はずかずかと布団の端に座り込み、私をまじまじと見下ろす。
その双眸は相変わらず、深い紅に染まっていた。
「……怖くないのか?」
「……何が、ですか」
「俺が、“鬼”であることが」
視線がぶつかる。
ぞくりと背中を撫でるような、獣のような気配。
だけど私は、微笑んだ。
「いいえ。貴方より酷い人間、何人も知ってますから」
一瞬、朱煉の瞳が揺れた。
「──そうか。ならば構わん」
そのまま、彼は私の頬に手を伸ばした。
冷たい、けれどどこか熱を秘めた掌。
「おまえのような女を、俺は初めて見た」
「どういう意味です?」
「平気な顔をしているが、心は擦り切れている。……そういう者は、案外長くは持たん」
その口ぶりに、私はつい笑ってしまった。
「長く持たなくて結構。元より、生き延びるつもりもありませんし」
「それは困る」
朱煉の顔が、ほんの僅かに近づく。
「俺は、おまえを“喰らう”つもりで娶ったのではない。……手放す気など、最初からない」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「……何を、言って」
「おまえを、俺の“花”にする」
次の瞬間。
彼の唇が、私の額に触れた。
それは儀式のようで、どこか甘い呪いのようだった。
「俺の花嫁になった時点で、おまえは俺のものだ」
「契約じゃなかったんですか?」
「契約など口実にすぎん」
「あなた、最初から私を……」
「気に入っていた。目障りなほど、な」
──この人は、きっと私のすべてを見透かしている。
地位も名誉も捨てた、価値のない女だと自嘲していた私を、それでも彼は「欲しい」と言う。
それが、怖かった。
でも同時に、少しだけ――嬉しかった。
その夜、朱煉はそれ以上何もせず、ただ隣にいた。
「眠れ」
「……眠れませんよ、こんな状態で」
「では、俺が数を数えてやろう」
「子ども扱いですか……」
「一、二、三……」
しんとした夜の中、規則正しい声が耳に落ちてくる。
その声を子守唄に、私はいつしか深い眠りへと落ちていった。
ただひとつ、うすぼんやりとした意識の中で気づいた。
──私の髪を撫でる手が、妙に優しかったことに。
だがその翌朝、私は知ることになる。
朱煉が「花嫁」に手を出さないのは、“理由”があるのだということを。
それは――“彼女が記憶を思い出すまで、手を出してはならぬ”という、千年前の契りだったのだ。
その記憶とは、一体何なのか。
そして、私は本当に“ただの人間”なのか。
すべては、まだ夜の中。
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