闇に堕ちる月

春夜夢

文字の大きさ
10 / 11

10

しおりを挟む
――夜が明けない。
 そう錯覚するほど、街は冷たく沈黙していた。

 抗争の余波で多くの血が流れ、
 組は事実上、崩壊の一歩手前にあった。
 神代颯はその中心に立ち、疲れを見せずに命令を出し続けている。

 だが、その背後で、藤堂蓮の胸は静かに軋んでいた。

 「……颯さん、俺たち、どこまで行くんですか」
 蓮の問いに、颯は煙草をくゆらせながら答える。
 「どこまでもだ。俺がこの世界を終わらせるまで」

 その言葉は、誓いのようで――呪いのようだった。

 蓮は窓の外を見つめる。
 空が白み始める時間帯、
 街のビルの隙間から薄い朝日が差し込む。
 それはまるで、血のように赤かった。

 颯の肩の傷は癒えかけていたが、
 代わりに彼の表情は日に日に硬くなっていった。

 黒川隼人が消えた。
 監視の目をすり抜け、どこかへ姿を消したのだ。
 それと同時に、敵組が再び動き出している。

 ――まるで、誰かが全てを操っているかのように。

 「蓮。次の抗争、俺の隣に立て」
 颯の命令に、蓮は一瞬だけ息を止めた。
 「……俺が、颯さんの隣に?」
 「そうだ。最後の仕事になるかもしれない」

 最後――その言葉の重みが、胸に突き刺さる。
 蓮は拳を握り、頷いた。
 「どんなことがあっても、離れません」

 颯はその答えにわずかに微笑んだ。
 「……それでいい。お前がいれば、俺は堕ちても構わない」

 夜、抗争の現場へ向かう車内。
 颯は無言で前を見つめ、蓮はその横顔を盗み見る。
 街の明かりが、彼の頬を淡く照らしていた。
 その光が、なぜか儚く見えた。

 「颯さん……生きて帰りましょう」
 蓮の声は震えていた。
 颯は短く頷き、低く呟く。
 「約束だ」

 銃声。怒号。
 再び、血の夜が始まる。

 敵組が放った銃弾が雨のように降り注ぐ中、
 二人は背中合わせで戦い続けた。
 「蓮、右だ!」
 「はい!」
 颯の声が飛ぶたび、蓮の身体が反応する。
 その連携は、もはや呼吸のように自然だった。

 だが、戦場の中央――
 隼人が立っていた。

 「よお、颯。久しぶりだな」
 その笑みは冷たく、そしてどこか哀しかった。

 「……隼人、お前が全部仕組んだのか」
 颯の声に、隼人は肩を竦める。
 「違うな。俺はただ、お前の“真実”を暴いただけだ」
 「真実?」
 蓮が息を呑む。

 隼人はポケットから一枚の紙を取り出す。
 それは組の資金流出の記録。
 そこに書かれていた名義――神代颯。

 「……颯さん?」
 蓮の声が震える。

 颯は何も言わなかった。
 ただ、静かに隼人に銃口を向けた。
 「藤堂。見るな」

 銃声が一つ、響いた。
 隼人が倒れ、血が地面に広がる。
 蓮は呆然と立ち尽くした。

 「颯さん……本当に、あなたが……?」
 颯は振り返らずに答える。
 「――俺は、この世界を壊すために金を動かしてた」
 「壊す?」
 「組も、街も、俺自身も。全部だ」

 その声は、もう“若頭”のものではなかった。
 蓮が近づこうとすると、颯は銃を蓮の胸に向けた。

 「来るな。……お前だけは、巻き込みたくない」
 「嫌です! 俺はあなたと一緒に――!」

 引き金が引かれる音がした。
 だが、銃口は蓮ではなく、颯自身に向いていた。

 「颯さんっ!!」

 ――銃声。
 そして、夜が明けた。

 朝日が街を染める中、蓮は血に染まった手で颯の頬を撫でた。
 「嘘だろ……生きてくださいよ……」
 颯の唇がわずかに動き、最後の言葉を残す。

 「……お前が、生きろ」

 その瞬間、蓮の世界は音を失った。
 全てが崩れ落ちる音だけが、静かに響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

人並みに嫉妬くらいします

米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け 高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

大事な呼び名

夕月ねむ
BL
異世界に転移したらしいのだが俺には記憶がない。おまけに外見が変わった可能性があるという。身元は分からないし身内はいないし、本名すら判明していない状態。それでも俺はどうにか生活できていた。国の支援で学校に入学できたし、親切なクラスメイトもいる。ちょっと、強引なやつだけどな。 ※FANBOXからの転載です ※他サイトにも投稿しています

処理中です...