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午後2時。
雨上がりの光が、窓辺のガラス越しにやわらかく差し込んでいる。
喫茶店の中は客も少なく、かすかなジャズとカップの音だけが響いていた。
こんなに静かな昼間に――ふたりの心臓の音だけが妙に大きく響いているような気がした。
テーブルの下、膝と膝がまだ少し触れている。
ほんの数センチの接触なのに、全身の神経がそこに集中している。
声を出したら、この甘く張りつめた空気が壊れてしまいそうで、どちらも何も言えなかった。
陽翔が、カップの縁を指先でなぞりながら小さく呟いた。
「……ねえ」
「……なんだ」
「昨日からさ、ずっと変な感じなんだよね」
「変な?」
「うん。……心臓、やたらとうるさい」
蓮の指がわずかに止まる。
陽翔は照れたように俯いて、口元をきゅっと結んでいた。
カップを持つ手がかすかに震えていて――その震えが、まるで夜の温度を思い出させる。
「……俺だけ、じゃないよね」
視線が交わった。
陽翔の声は小さくても、逃げられないほどまっすぐだった。
この一瞬で、昨日の夜よりも――ふたりの距離が確実に近づいているのがわかる。
「……ああ。お前だけじゃねぇ」
それだけの言葉で、陽翔の目がわずかに潤んだ。
嬉しさと、安心と、ちょっとの照れが混ざったような顔。
それを見た瞬間、蓮の胸の奥が強く鳴った。
(――やっぱり、もう戻れねぇ)
*
喫茶店を出ると、空はきれいに晴れていた。
昨夜の雨が信じられないほど、空気は澄んでいる。
アスファルトに残る水たまりが太陽を反射して、街が少しきらめいて見えた。
歩道を並んで歩く。
少しの風が吹いて、陽翔の前髪がふわりと揺れた。
その横顔を、蓮は無意識に見てしまう。
「なに、見てんの」
「……別に」
「嘘つき。さっきから、ちょいちょい見てる」
「……お前が前歩いてるだけだ」
「ふーん?」
陽翔がニヤリと笑い、少しだけ歩幅を狭めた。
その拍子に、腕と腕がかすかに触れる。
ちょっとした偶然――なのに、まるで夜の指先と同じように熱かった。
(……ああ、やっぱり)
(ただの偶然って思えねぇ)
蓮は足を止めず、あえて何も言わなかった。
だけど、陽翔の横顔が“それ”に気づいてるのがわかった。
少し赤い頬と、笑いを堪えたような唇。
二人の間に、甘い沈黙が流れる。
*
夕方、事務所に戻る。
外の光がカーテンの隙間から差し込んで、室内はやさしい橙色に染まっていた。
いつもの机と椅子とコーヒー。
でも――この空気はもう、昨日までのそれじゃない。
陽翔はジャケットを脱ぎ、ソファにぽすんと座った。
「……なんか、今日ずっと変だった」
そう言いながら、少し照れたように笑った。
「……何が変なんだよ」
「全部。朝も、昼も。俺の心臓が勝手に騒ぐし……」
陽翔は手のひらで胸を押さえるようにして、息を吐いた。
本当に、隠すつもりもない素直さだった。
蓮はその姿を見て、ふと目を細める。
「……俺もだ」
「え?」
「ずっと……変だった」
陽翔が驚いた顔で蓮を見た。
その表情が、まるで夜に見た“指先の震え”と重なった。
蓮はゆっくりと歩み寄り、ソファの前に立った。
静かな空気のなかで、視線が重なる。
ふたりの呼吸が、同じリズムを刻みはじめる。
「……また、触ってもいいか」
蓮の声は低く、かすれていた。
その声に、陽翔はほんの一瞬だけ目を見開いて――
「うん」と、小さく頷いた。
蓮の指が、陽翔の指先にそっと触れる。
昨日の夜と同じ、優しい触れ方。
でも今はもう、“偶然”じゃない。
お互いに、それを選んでいる。
指先から、ゆっくりと心臓が熱を持つ。
視線が自然と近づいて、呼吸が混ざった。
「……蓮さん」
「……ああ」
たったそれだけの言葉が、全部を伝えていた。
夜よりも、はっきりと。
もうふたりは――戻れない。
🕊️ 第10話 予告:「恋が息になる」
触れた手。近づく息。
はっきりと「恋」を意識した瞬間から、ふたりの時間は動き出す。
もう言葉はいらない――呼吸が、恋になる夜。
雨上がりの光が、窓辺のガラス越しにやわらかく差し込んでいる。
喫茶店の中は客も少なく、かすかなジャズとカップの音だけが響いていた。
こんなに静かな昼間に――ふたりの心臓の音だけが妙に大きく響いているような気がした。
テーブルの下、膝と膝がまだ少し触れている。
ほんの数センチの接触なのに、全身の神経がそこに集中している。
声を出したら、この甘く張りつめた空気が壊れてしまいそうで、どちらも何も言えなかった。
陽翔が、カップの縁を指先でなぞりながら小さく呟いた。
「……ねえ」
「……なんだ」
「昨日からさ、ずっと変な感じなんだよね」
「変な?」
「うん。……心臓、やたらとうるさい」
蓮の指がわずかに止まる。
陽翔は照れたように俯いて、口元をきゅっと結んでいた。
カップを持つ手がかすかに震えていて――その震えが、まるで夜の温度を思い出させる。
「……俺だけ、じゃないよね」
視線が交わった。
陽翔の声は小さくても、逃げられないほどまっすぐだった。
この一瞬で、昨日の夜よりも――ふたりの距離が確実に近づいているのがわかる。
「……ああ。お前だけじゃねぇ」
それだけの言葉で、陽翔の目がわずかに潤んだ。
嬉しさと、安心と、ちょっとの照れが混ざったような顔。
それを見た瞬間、蓮の胸の奥が強く鳴った。
(――やっぱり、もう戻れねぇ)
*
喫茶店を出ると、空はきれいに晴れていた。
昨夜の雨が信じられないほど、空気は澄んでいる。
アスファルトに残る水たまりが太陽を反射して、街が少しきらめいて見えた。
歩道を並んで歩く。
少しの風が吹いて、陽翔の前髪がふわりと揺れた。
その横顔を、蓮は無意識に見てしまう。
「なに、見てんの」
「……別に」
「嘘つき。さっきから、ちょいちょい見てる」
「……お前が前歩いてるだけだ」
「ふーん?」
陽翔がニヤリと笑い、少しだけ歩幅を狭めた。
その拍子に、腕と腕がかすかに触れる。
ちょっとした偶然――なのに、まるで夜の指先と同じように熱かった。
(……ああ、やっぱり)
(ただの偶然って思えねぇ)
蓮は足を止めず、あえて何も言わなかった。
だけど、陽翔の横顔が“それ”に気づいてるのがわかった。
少し赤い頬と、笑いを堪えたような唇。
二人の間に、甘い沈黙が流れる。
*
夕方、事務所に戻る。
外の光がカーテンの隙間から差し込んで、室内はやさしい橙色に染まっていた。
いつもの机と椅子とコーヒー。
でも――この空気はもう、昨日までのそれじゃない。
陽翔はジャケットを脱ぎ、ソファにぽすんと座った。
「……なんか、今日ずっと変だった」
そう言いながら、少し照れたように笑った。
「……何が変なんだよ」
「全部。朝も、昼も。俺の心臓が勝手に騒ぐし……」
陽翔は手のひらで胸を押さえるようにして、息を吐いた。
本当に、隠すつもりもない素直さだった。
蓮はその姿を見て、ふと目を細める。
「……俺もだ」
「え?」
「ずっと……変だった」
陽翔が驚いた顔で蓮を見た。
その表情が、まるで夜に見た“指先の震え”と重なった。
蓮はゆっくりと歩み寄り、ソファの前に立った。
静かな空気のなかで、視線が重なる。
ふたりの呼吸が、同じリズムを刻みはじめる。
「……また、触ってもいいか」
蓮の声は低く、かすれていた。
その声に、陽翔はほんの一瞬だけ目を見開いて――
「うん」と、小さく頷いた。
蓮の指が、陽翔の指先にそっと触れる。
昨日の夜と同じ、優しい触れ方。
でも今はもう、“偶然”じゃない。
お互いに、それを選んでいる。
指先から、ゆっくりと心臓が熱を持つ。
視線が自然と近づいて、呼吸が混ざった。
「……蓮さん」
「……ああ」
たったそれだけの言葉が、全部を伝えていた。
夜よりも、はっきりと。
もうふたりは――戻れない。
🕊️ 第10話 予告:「恋が息になる」
触れた手。近づく息。
はっきりと「恋」を意識した瞬間から、ふたりの時間は動き出す。
もう言葉はいらない――呼吸が、恋になる夜。
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