Rain after Five

春夜夢

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夜の事務所は、ランプの灯りひとつだけが空間を照らしていた。
柔らかな明かりがふたりを包み込んで、
まるで外の世界が全部消えたような、静かな夜だった。

ソファの上。
蓮と陽翔は並んで座り、指先を絡め合っていた。
触れているのは手だけ。
それなのに――胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……ねえ」

「ん」

「手、あったかいね」

「……お前が冷たいだけだろ」

「え、俺冷たくないし」

「冷たい」

「じゃあ、蓮さんが熱いんだよ」

「……うるさい」

陽翔がふふっと笑った。
その声は、夜の静けさにすっと溶けていく。
肩と肩が軽く触れ合い、ふたりの影がソファの背にもたれて重なる。

「……今日、変な感じする」

「……またかよ」

「だって、昨日はキスした夜でしょ。今日は……」

陽翔はちらりと蓮を見上げた。
目が合う。
その一瞬だけで、喉が鳴った。
夜の空気が甘くて、息が浅くなる。

「……昨日より、なんかドキドキしてる」

蓮は目を細め、ほんのわずかに息を吐いた。
「……そんな顔で言うなよ」
その声が低く、静かで――でも、甘い。

陽翔の指先を握る力が少しだけ強くなった。
その力に呼応するように、蓮の指もきゅっと返してくる。
指先の温度が、互いの鼓動をまるごと伝えていた。

(……この手、もう離したくない)

言葉にしなくても、陽翔にはわかってしまった。
蓮の指先にも、同じ“想い”がこもっている。



「……蓮さん」

「ん」

「この手、離したくない」

「……」

蓮は答えなかった。
ただ、陽翔の手をさらに深く握り込んだ。
絡めた指と指の間に、夜のぬくもりが満ちていく。
まるでその温度が、ふたりの「心の境界」をなぞっていくみたいだった。

「……いいな」

「なにが」

「この感じ」

陽翔はそのまま、蓮の肩に頭を預けた。
蓮の身体の熱と、手のぬくもりと、静かな呼吸。
それが一度に押し寄せて、胸がきゅっと締めつけられる。

蓮は黙っていた。
でも、肩を少し傾けて陽翔の頭を受け止める。
それだけで十分だった。
無言でも、ちゃんと“想い”は届いている。

「……蓮さん、顔、見せて」

「……うるさい」

「いいから、見せて」

蓮が少しだけ顔を向けた瞬間、陽翔と視線がぶつかった。
ランプの明かりが、蓮の瞳に映る。
その目は――
いつもの無愛想でも、冷たくもなくて、
ただ、陽翔だけを見ていた。

「……目、逸らさないで」

「……」

蓮は視線を逸らさなかった。
むしろ、ゆっくりと指先を動かし、陽翔の手を包み込む。
その仕草は、不器用で、でもやさしい。

(この人、やっぱり……好きだ)

陽翔の胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
キスをした夜よりも、抱きしめ合った夜よりも――
この“手をつないでいる時間”が、いちばん深く心に刻まれていく。



「……なあ」

「ん」

「“付き合う”って、こういう感じなんじゃない?」

蓮の指が一瞬、止まった。
陽翔は自分で言っておきながら、胸がバクバクする。
返事が怖い。
でも、いまの関係をなかったことにはしたくない。

「……わかんねぇけど」

「……うん」

「……悪くはねぇな」

陽翔の目がぱっと開いた。
蓮は少し目を伏せながらも、手を離さなかった。
それが、蓮の答えだった。

「……バカ」

「うん、知ってる」

ふたりの笑い声が、夜の事務所に静かに広がる。
それは特別なセリフじゃない。
でも、恋をしているふたりにとっては、何よりも大切な時間だった。

指と指が、もう離れないように――
ゆっくりと、深く、絡み合っていた。

🕊️ 第22話 予告:「名前をつける夜」
手をつないだ夜。
恋人と呼ばなくても、もう恋人みたいなふたり。
次の夜、ふたりはついに――この関係に名前を与える。
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