Rain after Five

春夜夢

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朝の街は、いつもより少しだけまぶしく感じた。
ビルの間を抜ける風が心地よくて、
駅前を歩く人々のざわめきが、なぜか少し遠く聞こえる。

陽翔は、隣を歩く蓮の横顔をちらりと見た。
手には、いつものようにコーヒーの紙カップ。
それだけの光景なのに、胸がふわりと浮いた。

(……“恋人”になって、まだ一晩しか経ってないのに)

(なんでこんなに、世界が違って見えるんだろ)

蓮は特別何も変わっていない。
歩き方も、表情も、朝のコーヒーの飲み方も、ぜんぶいつも通り。
でも、陽翔の視線だけが違う。
今はそのすべてが――愛しい。

「……なに見てんだ」

「うわっ、バレた」

「さっきからずっと見てんだろ」

「だってさぁ、恋人になったばっかりなんだよ? 見ちゃうでしょ」

蓮はため息をつき、わざと前を向いた。
けれど、耳の先がほんのり赤く染まっている。
陽翔はその変化を見逃さず、にやっと笑った。

「ね、耳赤いよ」

「うるさい」

「うんうん、そういうとこ好き」

「……朝から元気だなお前」

「だって、恋人と歩いてるんだもん!」

その言葉に、蓮の足がほんの一瞬だけ止まった。
何気ない一言。
でも、その響きが胸に残る。
蓮は小さく息を吐いて――目だけで陽翔を見た。

「……ほんと、お前ってうるせぇ」

「でも、手は離さないでしょ?」

陽翔が軽く手を差し出すと、
蓮は何も言わず、その手を握った。
駅前の雑踏の中で、ふたりの手が自然と重なる。
隠すでもなく、特別に意識するでもなく――ただ、当たり前のように。



午前の仕事は、いつも通り忙しかった。
案件の資料をまとめ、現場を歩き、写真を撮る。
けれどふとしたときに、陽翔の視線はいつも蓮の方へ向かってしまう。

「……なに」

「え? 見てないよ」

「嘘つけ」

「……ちょっと見てた」

「……バカ」

蓮は眉をひそめたように見えたけれど、
その口元が少しだけ緩んでいた。
いつものしかめっ面が、ほんの少し優しくなる。
その変化が、たまらなく愛しい。

(あ~~、好きだなって思っちゃう)

(こういう小さい変化に気づけるの、恋人って感じする)



午後、ふたりは調査の合間に、駅前のベンチで一休みしていた。
風が気持ちよくて、陽翔はコーヒーを片手に空を見上げた。
隣には蓮。
特別な会話もなく、ただ隣に座っているだけなのに――
胸の奥が静かに満たされていく。

「……なに笑ってんだ」

「え、笑ってた?」

「……気持ち悪い」

「ひど!」

「……まあ、悪くはねぇけど」

「え、なに今の。俺、今めちゃくちゃドキッとした」

蓮は視線をそらした。
陽翔の胸の奥が、甘く鳴る。
不器用な言葉ひとつで、こんなに心が動くのは、恋人だから。

「……蓮さん」

「ん」

「俺、こういう“何もない時間”がいちばん好きかも」

「……変なやつ」

「うん。でも、蓮さんも嫌じゃないでしょ」

「……まあな」

たった一言。
でもその「まあな」に、全部が詰まっている。
陽翔は胸の奥で、そっと笑った。



夕方、ふたりは並んで事務所に戻った。
歩幅は自然に揃い、肩と肩がときどき触れる。
夜じゃなくても、この距離はもう“特別”じゃなくなっていた。

扉を開けて灯りをつけると、
いつもの事務所が、少しだけ違って見えた。
そこには、曖昧な関係だった頃にはなかった――
恋人としての空気が、確かにあった。

「……今日も、ちゃんと一緒だったな」

陽翔がぽつりと呟くと、
蓮は横目でちらりと見て、軽く陽翔の頭をぽんと叩いた。

「……これから毎日だろ」

「っ……!」

その何気ない一言に、胸の奥が跳ねた。
陽翔は、顔が勝手に緩むのを止められなかった。

「……ね、蓮さん」

「ん」

「好き」

「……知ってる」

「……言ってくれてもいいのに」

「うるせぇ」

けれど――その手は、しっかりと陽翔の手を握っていた。
もう曖昧な言葉はいらない。
この“当たり前”の時間が、恋そのものだった。

🕊️ 第26話 予告:「ふたりの帰り道」
日常の中に、少しずつ深く刻まれていく恋人の距離。
何気ない夜の帰り道に、甘い予感が静かに灯る。
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