20 / 21
第20話『誰の顔でもない私へ』
しおりを挟む
朝の光が差し込む部屋。
カーテン越しの柔らかな光が、ゆっくりと沙月の肌を照らしていた。
目覚めた瞬間、どこか懐かしい安心感があった。
スマホは傍にある。でも、もう通知は鳴らない。
誰からも“見られていない”感覚が、こんなにも静かで心地よいものだったとは思わなかった。
──昨日、すべてを消した。
アプリ、写真、記録、顔。
そして、“彼女”。
FaceMeのトップページからテンプレート001の顔は完全に消え、
他の誰のスマホにも、“あの顔”は表示されなくなった。
> 『テンプレート情報は存在しません』
たったそれだけの、冷たい文字。
けれどそれは、確かに世界から“誰か”がいなくなった証だった。
(もう、あの子の顔は、誰にも届かない)
彼女の顔を借りて笑っていた人たちも、
それを見て憧れていた人たちも──
いつの間にか別のテンプレートへと移行していた。
“理想の顔”は、常に次のモデルを求めてアップデートされる。
沙月は、もはや“バズる存在”ではなくなった。
──でも、それでよかった。
* * *
学校に行くと、クラスの空気が変わっていた。
数日前まで騒いでいた「盛れるアプリ」も、もう誰も話題にしていない。
新しいフィルター、新しい顔、新しい推し──
目まぐるしく流れる“消費される顔”の中で、
誰も、過去のモデルなんて覚えていない。
ユイの名前も、カナのSNSも、八重の姿も──
すべてが、霧の中に溶けていく。
だけど、沙月はその中で、
たしかに“今ここにいる自分”を感じていた。
昼休み。
教室の片隅でひとりぼんやりと空を見ていると、
前の席の女子がふと振り返って話しかけてきた。
「ねえ、沙月ちゃんって……
昔より、今のほうが自然でいいよね」
「え?」
「ほら、前はなんか“盛ってた”っていうか……“よそ行きの顔”って感じだったけど。
今はちゃんと、“人間”って感じ」
そう言って、彼女は笑った。
──“人間”って感じ。
それは、今まで誰からも言われたことがなかった言葉だった。
沙月は、初めて自分の顔に“価値”を感じた。
誰かの憧れにならなくてもいい。
誰かのテンプレートにならなくてもいい。
“自分だけの顔”で、笑えること。
それが、なによりも尊くて、強かった。
「……ありがとう」
ほんの少し照れながら、そう返す。
その笑顔は、どのアプリにも保存されていない。
誰にも加工されていない。
世界にたったひとつの、“沙月だけの表情”だった。
* * *
帰り道。
夕焼けの中、歩きながらスマホを取り出す。
久しぶりに、自撮りモードを起動してみた。
映るのは、飾らない顔。
でも、その瞳の奥には、ちゃんと光がある。
──カシャ。
シャッター音が静かに響いた。
フィルターもエフェクトも、何もかけないまま、保存ボタンを押す。
> ファイル名:_私.jpg
撮影日時:本日
タグ:#誰の顔でもない私へ
画面を閉じて、スマホをポケットにしまう。
その一歩一歩が、確かに“私自身の人生”を歩いている気がした。
誰かにならなくてもいい。
私は、私でいい。
たとえ誰にも覚えられなくても、
誰かの記憶に残らなくても。
私は、今日をちゃんと生きている。
──それだけで、十分だった。
---
■ 完
カーテン越しの柔らかな光が、ゆっくりと沙月の肌を照らしていた。
目覚めた瞬間、どこか懐かしい安心感があった。
スマホは傍にある。でも、もう通知は鳴らない。
誰からも“見られていない”感覚が、こんなにも静かで心地よいものだったとは思わなかった。
──昨日、すべてを消した。
アプリ、写真、記録、顔。
そして、“彼女”。
FaceMeのトップページからテンプレート001の顔は完全に消え、
他の誰のスマホにも、“あの顔”は表示されなくなった。
> 『テンプレート情報は存在しません』
たったそれだけの、冷たい文字。
けれどそれは、確かに世界から“誰か”がいなくなった証だった。
(もう、あの子の顔は、誰にも届かない)
彼女の顔を借りて笑っていた人たちも、
それを見て憧れていた人たちも──
いつの間にか別のテンプレートへと移行していた。
“理想の顔”は、常に次のモデルを求めてアップデートされる。
沙月は、もはや“バズる存在”ではなくなった。
──でも、それでよかった。
* * *
学校に行くと、クラスの空気が変わっていた。
数日前まで騒いでいた「盛れるアプリ」も、もう誰も話題にしていない。
新しいフィルター、新しい顔、新しい推し──
目まぐるしく流れる“消費される顔”の中で、
誰も、過去のモデルなんて覚えていない。
ユイの名前も、カナのSNSも、八重の姿も──
すべてが、霧の中に溶けていく。
だけど、沙月はその中で、
たしかに“今ここにいる自分”を感じていた。
昼休み。
教室の片隅でひとりぼんやりと空を見ていると、
前の席の女子がふと振り返って話しかけてきた。
「ねえ、沙月ちゃんって……
昔より、今のほうが自然でいいよね」
「え?」
「ほら、前はなんか“盛ってた”っていうか……“よそ行きの顔”って感じだったけど。
今はちゃんと、“人間”って感じ」
そう言って、彼女は笑った。
──“人間”って感じ。
それは、今まで誰からも言われたことがなかった言葉だった。
沙月は、初めて自分の顔に“価値”を感じた。
誰かの憧れにならなくてもいい。
誰かのテンプレートにならなくてもいい。
“自分だけの顔”で、笑えること。
それが、なによりも尊くて、強かった。
「……ありがとう」
ほんの少し照れながら、そう返す。
その笑顔は、どのアプリにも保存されていない。
誰にも加工されていない。
世界にたったひとつの、“沙月だけの表情”だった。
* * *
帰り道。
夕焼けの中、歩きながらスマホを取り出す。
久しぶりに、自撮りモードを起動してみた。
映るのは、飾らない顔。
でも、その瞳の奥には、ちゃんと光がある。
──カシャ。
シャッター音が静かに響いた。
フィルターもエフェクトも、何もかけないまま、保存ボタンを押す。
> ファイル名:_私.jpg
撮影日時:本日
タグ:#誰の顔でもない私へ
画面を閉じて、スマホをポケットにしまう。
その一歩一歩が、確かに“私自身の人生”を歩いている気がした。
誰かにならなくてもいい。
私は、私でいい。
たとえ誰にも覚えられなくても、
誰かの記憶に残らなくても。
私は、今日をちゃんと生きている。
──それだけで、十分だった。
---
■ 完
0
あなたにおすすめの小説
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる