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5話。おじさん、捕まる
しおりを挟む出奔からおよそ30日。
山中でのツリーハウス生活にも完全に慣れた日のこと。
私は終に起き上がることが出来なくなった。
いつもの様に筋肉痛かと思ったのだけれど違った。
手足は縛られ簀巻きにされている。
どうやら捕まってしまったらしい。
捕まったこと自体に驚きはない。
逃げ続けられるとは思っていなかったし真面に距離を稼げていないので見つかる時はあっさりだと理解していた。
決してキャンプ生活を楽しみ満足したわけではない。
寝ている間に捕縛されたのは御愛嬌。
鍛えていないおじさんが気配を探知できるはずもない。
決してキャンプ生活を楽しみ満足したわけではない。
驚きと言えば捕まっているのにツリーハウスから連れ出されていない事。
捕まれば即座に道具にされると思っていた。
金を生み出せる存在は言葉通り道具にしてしまうのが手っ取り早い。
意志とか自我とかは邪魔でしかない。
そこに倫理などと言うものはない。
仮にあったとしても無視するメリットの方が大きい。
というよりは個人の自由意思に委ねるデメリットの方が大きい。
それを思えば捕まえられてなお意識を残している状況の方が驚きですらある。
しかも追っ手は1人の様子。
「どうだい、蛇肉は。案外悪くないだろう?」
「これ、やっぱり蛇か。意外といけるな」
紫がかった黒髪に前髪ぱっつんのおかっぱ頭。
耳にはジャラジャラとピアスをつけた今時の若者っぽい風体。
追っ手らしき若者は私の獲った食材で一杯ひっかけている。
私の小屋には酒などあるはずもないのでそれは若者が持ち込んだもの。
仕事に酒を持ち込み完遂前にお楽しみとは随分と自由な若者だ。
別に最近の若者は、などとは思わない。
オッサンおじさんでも勝手気ままな人はいる。
酒を飲んだところで仕事をしっかりとこなせるのであれば何ら問題ない。
しいて言えば私は酒を飲まないのでそこまで好きでいられるのは凄いなというくらい。
さて、この酒好きの若者。
身なりからしておそらく魔術兵士。
耳のピアスからは魔術的な何かを感じ取ることが出来き、彼自身からあふれる魔力感が一般人のそれとは異なる。
それでいて学術者特有の貧弱さがなく身体の芯がしっかりしている。
もともと抗う気は無かったが手足を縛られていなくとも勝てる気はしない。
となれば今の私に出来るのは対話くらいか。
「それで、私は何処に連れていかれどの様な処分になるのかは教えてくれるのかな」
「へぇ、おじさん凄いね。もう覚悟が決まっているんだ」
「覚悟なんて決まっていないさ。諦めているだけだよ」
「じゃあ、そんなおじさんに残念なお知らせ。まだ正式には何も決まっていない。というよりは決めることが出来ていない。だからどんな処分になるか分からないみたいだよ」
酒好きの若者、リーフ少年は想定通り追っ手。
ただ、想定と違うのは私の処遇は何も決まっていないこと。
そしてリーフ少年も正規の立場でもないという事。
「意外だね。てっきり国に道具とされると思っていたのだけれど」
「それは見積もりが甘すぎるよ。今血眼になって探しているのは国じゃない。魔術師錬金術師の天才様たちだからね」
リーフ少年曰く、状況は私が想定したよりも混沌にあるという。
とりあえず私が予想した通り、私が金の錬成をしたという事は簡単に見破られた。
流石に一目見てというほどではなかったようだけれど数日で何が行われたかは解析された。
その後は追実験、金の錬成が再現できるかの検証。
この時はまだ比較的穏やかだったのだが問題は追実験に失敗したこと。
検証にはもちろん優秀な錬金術師や天才たちも含まれていたのだけれどその誰もが成功しなかった。
そこで公には術式が偽物だったという事で落ち着いた。
発端者に酒を飲んでいた形跡があり、その当人も才能の片りんを見せないおじさんだったことも後押しした。
仕事が嫌になって飛んだおじさんの嫌がらせという認識になった。
けれどそれで納得できない者たちもいた。
それは痕跡を検証した錬金術やその噂を聞いた天才ども。
錬金術師が何故金の錬成を求めるのか。
もちろん金に利用価値があるから。
大半の禁忌と呼ばれるような錬成には相当量の金が必要になる。
禁忌までとはいかなくとも錬金術師の研究には材料として金が必要になることが多い。
錬金術師の多くが本来研究したい事象が金を必要としそれを用意できないために諦める。
一部の凝り性は他の研究で費用を稼いで金を集め研究したりする。
その中で自由に金を生み出せるような存在がいれば己の物にしようとする者も出てくる。
そもそも錬金術の最大目的である金の錬成を成功させたとされる人物自体に興味を持つ者もいた。
そしてそんな噂を聞いた魔術師界隈も乗り込んできた。
魔術はその身に宿す魔力を利用するのが基本だけれど触媒を使う事もある。
希少性の高い金は様々なものに利用される。
錬金術師同様に特に色々とぶっ飛んだ思考をする人たちが好むようなことに用いられる。
そんな訳で魔術師を巻き込んだ天才たちが冴えないおじさんを手に入れようと画策し始めた。
それで困ったのが国家。
もともと金の錬成に興味はあったのだが大手を振っての興味は薄い。
下手な成功は社会を一変させるし、戦争の火種にもなる。
冷静に考えるとメリットデメリットが難しい。
その中で天才たちが動いたことで明確に無視できなくなった。
けれどのんびりしていると理性も倫理もない大きな子どもたちに渡ってしまうかもしれない。
渡る相手によっては世界が滅びる。
あるいは望まない形での社会変容を強要されるかもしれない。
となれば国家としてそれは見過ごせない。
とある人物はそんな人間は消してしまえと。
とある人物は社会発展のために有効活用すべきだと。
とある人物は真理探究のために使うべきだと。
そんな色々な思惑が絡み合い牽制状態になっているのが今。
表向きは協議中だが裏では色々な人物組織が暗躍しているとか。
「オレが雇われているのは所謂保留派。天才どもに渡すのは論外だけどおじさん自体の処遇は決めかねているんだとさ。で、とりあえずは保護したいんだと」
リーフ少年を送り出したのは保留派。
とりあえず天才たちに渡すのだけは阻止してあとは当人を調べてから考えるらしい。
「なるほどねぇ。でも保留派の割にこの扱いなんだね」
「そりゃあ逃げられても困るし。それに保留はあくまでおじさんに敵対意志が無ければというのが前提条件だからね」
「そりゃまあ、金を錬成できるとなるとそうなるよねぇ」
大半の錬金術師魔術師が求めるように金があれば出来ることは格段に増える。
それこそおじさん錬金術師でも国を転覆させるような武力を持つことが出来る。
もちろん追っ手など簡単に処理できる。
追手が少なく対応に困っているのにはそういった理由がある。
しかしながら私にはそんなことはできない。
「こんなおじさんに何かが出来るとでも?」
「でも、金の錬成が出来るんだろ?」
「これが残念なことに金の錬成が出来るだけなんだよなぁ」
「へ?」
私はあくまで金の錬成に成功しただけ。
そこから更に何かを作れるような技量はない。
もちろん世界を統べるような技量はない。
だから私は交渉するしかない。
「さて、リーフ少年。どうすれば身の安全を保障してくれるかな。私には金ならある。いや金しかないともいえるが」
とりあえず出来る限りの錬成を繰り返し金を積み上げる。
それは勿論、少年が見ることのできない量。
リーフ少年の目が揺らぎ頬が緩むところを見て私は何とか活路を見出した。
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