屋烏の愛

あこ

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本編

03

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家に戻った兵馬の顔におとわも庄三郎も首を傾げ、二人の兄は不思議そうに部屋に入って行く兵馬を見送る。
兵馬はその視線を感じてはいるが、本格的に参った事態に今はこうして視線だけを寄越したままにしてほしいと願いながら自室の障子をパタンと閉めた。



ゆずか、ではなく正しくはの──あんまりに娘がいるというそれに警戒をし過ぎて、兵馬は名前を間違えていたのである──言葉遣い、というのかその言葉の雰囲気を
(誰かに似ている気がする)
と思ったのはゆづかがをする予定だったからではないか。とお香が言ったそれが全てなのかもしれない、と兵馬は思う。
お香がゆづかの“あれやこれや”を話したのは兵馬がそれを口にしたからではなく、彼女が勝手に
(まあ、さすがは駿河屋さんの若旦那。あの子の事、見抜いちゃったのね。おとちゃんを見ているからかしら。やっぱり花街にいると、そういうのが染み付くのかしら)
と勘違いした為に、気遣わせてそのまま帰す事も出来ないと話しただけだ。
兵馬としては勘違いですと伝えれば良かった。しかし、お香の第一声がいけない。それで兵馬の勘違いです、と言う言葉は全て体の奥底に引っ込んで出てこようとしなかったのである。

──────あの子、。女姿で。

珍しく兵馬は理解するまでに相当の時間を要した。
時間をかけて理解した事は、ゆづかは生まれた時から花街で男娼になるべくそこで暮らし、“話題性”と“売り物にする為”に珍しくも女姿で客を取るという男娼に仕立て育て上げられた結果。あのようになっているという事だ。
(男色ではない男の興味も引くというが有ったのだろうか……、それとも何か理由があったのだろうか……)
生まれて子は名前すらそれらしくと付けられ女としての所作と稽古を付けられ育った。そんな“玩具”のゆづかを見たこの吉村の夫婦が“珍しく”心を痛め、初めての客を取る前にゆづかを身請けし子供にしたのだという。
今更男に戻れないゆづかがどう思い、あの姿をしているか兵馬には解らないが
(参ったな。男か……)
男色家の兵馬だが男娼をは幾つかある。
先に話したのもその一つだが、男らしい背丈や体躯の人間はどうしても興味を持てない。男娼が“若い役者”で有る場合も有るが、子供過ぎるのは兵馬は心が痛くなってそんな気にもなれないし、ある程度になると稽古で細いだけではなくなりそれでダメになる。

そう、兵馬は男相手でも手にしたいと思う相手を探す事が面倒になりそうな程に、が狭い。
とてつもなく条件が多すぎて──────そう、端的にいえば我儘な所がある。

そうだからと言って女の様な──────まさにゆづかの様な男はその範囲外にあるはずの兵馬なのだが
「あの声が、いけない……まさかそんな事があるなんてね」
女だと言われればそうか、と言えるその声に初めてを感じてしまった。男女通じて相手の何かに魅力を感じたというこれは兵馬のと言えよう。
男娼になる予定だったという人間が必ずしも男色であるという訳ではないし、お香の話によると生涯独り身とゆづかが硬く決めていると言うのだからその線は薄い。
しかし兵馬だって男だ。一目惚れをしてそのままなんて可愛い事は出来ないし幸か不幸か
(相手が良い。父さんと母さんが好きな吉村屋さんなんだからね)
あの店が良い店だからだけではなく、ここまで付き合いが続くのはあの夫婦を両親が気に入っているからである。それに宿の娘ならば駿が恋に落ちてそう言う場見合いの席を整える事だって決して不自然じゃ無い。
強いて問題が有るとすれば、男色である事を許し認める両親が、あのゆづかが男である事実をどうやって知るか。ただそれだけだ。

「しまったな……それが一番大きいじゃないか。なんて事だ」 

兵馬の性格上、人のそういった事を話すのは主義に反する。
それはそうだろう、と思うかもしれないが彼は決して誰にも──────もしかしたら言わなければいけないような状況でさえ言うべきではないと思う事は、決して言わないと決めていた。
だからお香もしくは勇蔵が口を滑らしてくれなければ、そこでおしまいになってしまうだろう。
そう解っていても、兵馬は絶対に二人にこれを言う事は出来ない。人がそれを言わない、しかもお香がおとわにそれを言わないのだから、そんな事を兵馬は口が裂けたって人には──────家族にだって言えない。それが兵馬という人間の一端で、庄三郎が好きな所であった。
「初恋が実らないのは、そう言う事ではないのだろうが……これはそう言う事になってしまいかねないじゃないか。参ったねぇ」
思わず口から漏らして兵馬は床に大の字に寝そべる。
初恋と気が付き焦がれる心と裏腹に、冷んやりとする床の冷たさを兵馬は馬鹿に冷たく思う。しかも夕焼け色に染まりつつ有る障子に目を向ければ、その色に兵馬の心がやけに空しくなった。
「ああ全く本当に……」
色男と評判の若旦那の初恋の壁は、自身の性格もあって妙に高いようだ。


──────兵馬さんだって、ほらやっぱり、恋しますものね。うふふ。


翌日朝からおとわのに、兵馬は危なく頭を硬い文机に叩き付ける所だった。
現に耳にした庄三郎は目を見張り、兵馬に茶を差し出すおとわと庄三郎の代筆をしている最中で文机に頭を叩きつけそうになった兵馬を交互に見てしまう。
その痛い程の視線を感じ兵馬がゆっくりと廊下を見れば、どことなく嬉しそうな庄三郎がおり顔を引きつらせた。

「女との結婚も子供も諦めてくれ」そう言った兵馬に、男だけしか愛せない兵馬でいいと言ってくれた父庄三郎。兵馬はそんな父親に感謝をしている。
庄三郎としては面を食らったがおとわので「なるほど、それも人生か」と意外とすんなり受け入れた。
しかし。しかしだ。
受け入れたにも拘らず、肝心の兵馬は一切そう言う事を言わないのだから庄三郎は
──────あれすら嘘で、本当は礼蔵と同じ様に生涯独り身を通したいのではないか?
なんて心配をしていたのだ。立場や自分との関係がそうでなければ、別に悪い事ではないと庄三郎は思う。しかし可愛い息子だ。立場云々は置いてしまっても、自分がおとわに惚れた時の心地よさの様な何かを息子にも感じてほしいと思うのも事実。
「だっだだっだ誰にだ!」
言った庄三郎本人も驚く程にがっついて部屋に入り聞くその勢いに気圧されつつ、兵馬は二度程小首を傾げ
「誰って……言われても。まあ、その……」
歯切れが悪い物言いだ。
「あら兵馬さん。どこの役者さんでもいいのですよ?それとも、どこかの茶屋の子ですか?花街の子と役者さんなら今だって私は顔が利きますよ。なにせ私はでしたからね、ふふふ」 
「いえ……そういう相手ではなくて……」
「兵馬、どこかの長屋の男か?どこの長屋だ」 
「いえ、あの、そう言う訳では……」
予想外の食いつきに自分がどうも誤解されていたようだ、と思う兵馬だったがもう遅い。
今更「男色でかつ許容範囲が無駄に狭いだけだったんですよ」と言っても後の祭りだろう。変にこの話題でしてこなかった自分を怨むしか無い。
「兵馬、一体ど」
引かない庄三郎と困りきった兵馬を見て
「駄目ですよ、あなた。ここまでのこういう時はするのが一番なんだそうです」 
とおとわは言い
「観察……?」
兵馬からおとわに視線を向けた庄三郎がそう返す。
「ええ、ええ。そうお香さんが言っていましたよ。だから私はあなたを観察していたんです。うふふ」
おとわがにっこりと言えば何とも言えない顔の庄三郎が、今度は助けを求める様に兵馬に視線を送る。

「女って怖い。本当に……兄さんの言った通りだ。母さん、父さんを虐めないでやって下さいよ?」

心に秘めきれず漏らしたそれに、おとわが目を細めて笑い声を上げた。
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