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本編
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新しいダイニングテーブル。
テーブルの上にはリトがくれたフラワーアレンジメント。カイトが座る定位置の左端には五を数えた線が七つもある。
この線は巽からのアプローチではなく、カイトが見ても──────いや、誰が見ても真摯に自分と向き合う巽の視線を受け止めた回数だ。
ピンポン、とチャイムが鳴った。
リトが夕食を持ってきてくれると言っていたから、カイトは気にせずドアを開ける。
(なんで、気がつかなかったんだろう)
リトならチャイムを鳴らす必要なんてないのに、勝手に入ってここで仕上げも出来るのに。
「たつみ、さん」
「夕飯、まだだろ?」
巽の手には似合わない、可愛い猫が書いてある紙袋。リトの嫌がらせだとすぐに気がついた。
リトはあんな顔だけれど、猫のグッツを集めている。しかもとびきりファンシーな。
「唐揚げと春巻、それとなんだ、ハンバーグにコロッケ!?お前どんな食生活って心配するぜ」
「冷凍保存用」
「ああ、弁当箱以外はそうなのか」
カイトも料理はする。一人暮らしだし、リトが教えてくれたから。でもリトの味が母親の味だから、こうして作ってくれるといえば甘え倒す。
紙袋を持ったまま突っ立っている巽を、カイトは渋々家にあげ仕方なしに「そこ、座ってて」とダイニングテーブルにコーヒーを置いて、冷凍保存用の意味を「姉さんの味が好きだから、甘えてる」言えば、巽は座って早々に言った。
「そうか、こんな事も知らなかったのか、俺は」
「べつに、いいよ」
ばたん、と冷凍庫の扉が閉まる。
一人暮らしには大きな冷蔵庫はとても便利だ。何かと料理がストック出来る。単身赴任の父親が時々冷蔵品を送ってきても安心だ。
現に今も父親の赴任先では有名らしい銘菓が冷蔵庫に陣取っている。冷凍庫には特産品だ。
「よくねぇよ。俺はよくねぇ」
扉を閉めたカイトの背中に当たる、それへの返事が思いつかないカイトは
「巽さん、お弁当食べていく?別にいいんだけど……姉さん、二人分、しっかり、お弁当に詰めてくれてるんだけど」
と違う話題に変えた。
「ああ」
触るとまだ暖かい弁当にそのままでいいかとカイトは大きめのを巽に置いて、自分の弁当箱は定位置の前に。夏も冬も関係なく好きな麦茶を冷蔵庫から出してテーブルにグラス二つとともに載せる。
カイトが座ると何かを巽がテーブルに置く。
「なに?」
聞いたものの分かっている。良く知った形。紙袋に入れて突き返したあの鍵だ。
「付き合ってほしい。俺と」
カイトは視線を左端に向ける。
(ああ、線が一つ増えた)
頭の中で線を出す。がりがりと素早く引かれる横線にカイトは目を閉じた。
閉じて思い出すのはこの日のように鍵を渡された日。
いつもなら「そんな事もあった」みたいに過ぎていくだけの記憶なのに、カイトの心には確かに──本人は気が付かなくても──受け取った時の幸せな気持ちが湧き出てきた。
(ああ、やだ、なんで、こんな気持ち)
目を開けてカイトは立ち上がると、自室に入る。戻ってきてすぐ、その鍵の横に違う形の鍵を置いた。
「信じてない。まだ、信じられない」
「解っている」
「でも、巽さんが本気なのは、もう、ほんとうは、解ってるんだ」
「ああ」
「何年かかるか、解らないよ」
「解っている」
「人を支えるのは大変なんだよ。嫌になるんだ。支えるって、すごいことなんだ」
「ああ、だが、相手によるだろう?お前なら、いや、お前だから一生支えていく権利が欲しい」
またがりがりと頭の中で線を書き出す。一気に三本も増えてしまった。
それが嬉しいのかそうではないのか、カイトは分からない。もしかしたら悔しいのかもしれない。
「ここの鍵、新しいやつ。信じてないけど、拾ってくれるならあげてもいい。まだぐちゃぐちゃなんだ、思い出すと」
「わるかった」
「違う、違わないけど、違うし、解ってない」
「なら教えてくれないか?」
がりがりとまた線が増える。
「楽しい事を思い出すと、楽しかったって思う。嫌な事はむかつく。今までは、離れた途端に、どんな思い出もだだの思い出なのに、巽さんとの思い出は気持ちが伴って、楽しい嬉しい悲しい辛いって、そうやって、ぐちゃぐちゃで。信じてないのに、それを、幸せを思い出すと、信じたくなる。だけど辛いを思いが顔を出すから怖い。嫌だ。どうしていいか、ここで鍵を渡すべきなのかも、本当は何も解らない」
置いたこの家の鍵の上を、カイトの細い手が覆う。
「安心しろ。俺が拾う。お前はただ、俺に拾われてくれればいい。信じなくていい。疑ってくれ。お前はすべて、俺の事を、疑ってくれていい。苦しくなんてない。俺はそれで苦しまない。カイトがいつか信じてくれるまで、信じてくれてもずっと、今度は俺が、お前にどれだけ夢中か、示させてほしい」
「初めて“ふられた”から追いかけてるだけじゃ無いかって、思ったりする」
「思っててくれて良い。違う事を証明すればいいだけだ」
カイトの手の上から鍵を握った。目を見てついに横線が引かれる。
「好きなんて、愛してるなんて、絶対、言わない」
「言われない分、俺が言う」
「キスもしない」
「その分こっちからしてやる、寂しくねぇよ」
「いつか、信じたいって思ってる俺の気持ちは知ってる?分かってる?あんた酷いやつなのに、俺、それなのになんでかまだ、信じたいって思ってるんだよ。今度はもっときっと、暴れるから、信じられないって、暴れるよ」
「解っているつもりだ。暴れる?上等じゃねえか。家族以外の人間の俺にそんな風に接してみろよ。お前が俺の特別だって、あっという間に分かっていいね」
安心しろ、といった口が握りしめたカイトの手に落ちた。
「俺はな、暴れるものを押さえつけるのも、得意なんだ」
「多分、知ってる」
今度は瞼にキスが落ちる。カイトは巽の手の中の自分の手を引き抜く。
遅れて巽が手を握ると、鍵の感触がして巽の顔が笑みを作る。
「通い夫になってやるぜ?」
返事は可愛い腹の虫がした。
テーブルの上にはリトがくれたフラワーアレンジメント。カイトが座る定位置の左端には五を数えた線が七つもある。
この線は巽からのアプローチではなく、カイトが見ても──────いや、誰が見ても真摯に自分と向き合う巽の視線を受け止めた回数だ。
ピンポン、とチャイムが鳴った。
リトが夕食を持ってきてくれると言っていたから、カイトは気にせずドアを開ける。
(なんで、気がつかなかったんだろう)
リトならチャイムを鳴らす必要なんてないのに、勝手に入ってここで仕上げも出来るのに。
「たつみ、さん」
「夕飯、まだだろ?」
巽の手には似合わない、可愛い猫が書いてある紙袋。リトの嫌がらせだとすぐに気がついた。
リトはあんな顔だけれど、猫のグッツを集めている。しかもとびきりファンシーな。
「唐揚げと春巻、それとなんだ、ハンバーグにコロッケ!?お前どんな食生活って心配するぜ」
「冷凍保存用」
「ああ、弁当箱以外はそうなのか」
カイトも料理はする。一人暮らしだし、リトが教えてくれたから。でもリトの味が母親の味だから、こうして作ってくれるといえば甘え倒す。
紙袋を持ったまま突っ立っている巽を、カイトは渋々家にあげ仕方なしに「そこ、座ってて」とダイニングテーブルにコーヒーを置いて、冷凍保存用の意味を「姉さんの味が好きだから、甘えてる」言えば、巽は座って早々に言った。
「そうか、こんな事も知らなかったのか、俺は」
「べつに、いいよ」
ばたん、と冷凍庫の扉が閉まる。
一人暮らしには大きな冷蔵庫はとても便利だ。何かと料理がストック出来る。単身赴任の父親が時々冷蔵品を送ってきても安心だ。
現に今も父親の赴任先では有名らしい銘菓が冷蔵庫に陣取っている。冷凍庫には特産品だ。
「よくねぇよ。俺はよくねぇ」
扉を閉めたカイトの背中に当たる、それへの返事が思いつかないカイトは
「巽さん、お弁当食べていく?別にいいんだけど……姉さん、二人分、しっかり、お弁当に詰めてくれてるんだけど」
と違う話題に変えた。
「ああ」
触るとまだ暖かい弁当にそのままでいいかとカイトは大きめのを巽に置いて、自分の弁当箱は定位置の前に。夏も冬も関係なく好きな麦茶を冷蔵庫から出してテーブルにグラス二つとともに載せる。
カイトが座ると何かを巽がテーブルに置く。
「なに?」
聞いたものの分かっている。良く知った形。紙袋に入れて突き返したあの鍵だ。
「付き合ってほしい。俺と」
カイトは視線を左端に向ける。
(ああ、線が一つ増えた)
頭の中で線を出す。がりがりと素早く引かれる横線にカイトは目を閉じた。
閉じて思い出すのはこの日のように鍵を渡された日。
いつもなら「そんな事もあった」みたいに過ぎていくだけの記憶なのに、カイトの心には確かに──本人は気が付かなくても──受け取った時の幸せな気持ちが湧き出てきた。
(ああ、やだ、なんで、こんな気持ち)
目を開けてカイトは立ち上がると、自室に入る。戻ってきてすぐ、その鍵の横に違う形の鍵を置いた。
「信じてない。まだ、信じられない」
「解っている」
「でも、巽さんが本気なのは、もう、ほんとうは、解ってるんだ」
「ああ」
「何年かかるか、解らないよ」
「解っている」
「人を支えるのは大変なんだよ。嫌になるんだ。支えるって、すごいことなんだ」
「ああ、だが、相手によるだろう?お前なら、いや、お前だから一生支えていく権利が欲しい」
またがりがりと頭の中で線を書き出す。一気に三本も増えてしまった。
それが嬉しいのかそうではないのか、カイトは分からない。もしかしたら悔しいのかもしれない。
「ここの鍵、新しいやつ。信じてないけど、拾ってくれるならあげてもいい。まだぐちゃぐちゃなんだ、思い出すと」
「わるかった」
「違う、違わないけど、違うし、解ってない」
「なら教えてくれないか?」
がりがりとまた線が増える。
「楽しい事を思い出すと、楽しかったって思う。嫌な事はむかつく。今までは、離れた途端に、どんな思い出もだだの思い出なのに、巽さんとの思い出は気持ちが伴って、楽しい嬉しい悲しい辛いって、そうやって、ぐちゃぐちゃで。信じてないのに、それを、幸せを思い出すと、信じたくなる。だけど辛いを思いが顔を出すから怖い。嫌だ。どうしていいか、ここで鍵を渡すべきなのかも、本当は何も解らない」
置いたこの家の鍵の上を、カイトの細い手が覆う。
「安心しろ。俺が拾う。お前はただ、俺に拾われてくれればいい。信じなくていい。疑ってくれ。お前はすべて、俺の事を、疑ってくれていい。苦しくなんてない。俺はそれで苦しまない。カイトがいつか信じてくれるまで、信じてくれてもずっと、今度は俺が、お前にどれだけ夢中か、示させてほしい」
「初めて“ふられた”から追いかけてるだけじゃ無いかって、思ったりする」
「思っててくれて良い。違う事を証明すればいいだけだ」
カイトの手の上から鍵を握った。目を見てついに横線が引かれる。
「好きなんて、愛してるなんて、絶対、言わない」
「言われない分、俺が言う」
「キスもしない」
「その分こっちからしてやる、寂しくねぇよ」
「いつか、信じたいって思ってる俺の気持ちは知ってる?分かってる?あんた酷いやつなのに、俺、それなのになんでかまだ、信じたいって思ってるんだよ。今度はもっときっと、暴れるから、信じられないって、暴れるよ」
「解っているつもりだ。暴れる?上等じゃねえか。家族以外の人間の俺にそんな風に接してみろよ。お前が俺の特別だって、あっという間に分かっていいね」
安心しろ、といった口が握りしめたカイトの手に落ちた。
「俺はな、暴れるものを押さえつけるのも、得意なんだ」
「多分、知ってる」
今度は瞼にキスが落ちる。カイトは巽の手の中の自分の手を引き抜く。
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