きみにふれたい

広茂実理

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輝きの7月

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「あれ?」
 夕方になり、放課後のいつもの時間になった。私は彼に会いたくなくて、咄嗟に隠れてしまう。そっと覗き見た彼は、私がいつもいる場所で、きょろきょろと私を捜していた。
「さくらさん? いないの?」
 どうして、私のところへ来るの? もう、その必要なんてないでしょう?
「さくらさん?」
 どうして捜すの? そんな困ったような顔をして。
「さくらさーん」
 どうして呼ぶの? そんな焦ったような声を出して。
「さくらさん……」
 どうして? どうして、そんな泣きそうな顔をしているの?
「……よし」
 顔つきが変わったかと思えば、彼は駆け出した。何かを捜すように、きょろきょろと辺りを見回しながら。
 どうしよう。私は、学校から出られない。移動しなければ、いつか見つかってしまう。それは困る。ダメだ。だって、あの声に、瞳に、現実を突きつけられてしまったら、もう終わりだ。そんなこと、想像だってしたくない。だって、その瞬間、きっと私は壊れてしまう――
 今はダメだ。待ってほしい。私に覚悟ができるまで。心の整理がつくまでは。それでも、本当は聞きたくなどない。だからもう、このまま会わなければいい。逃げて、逃げて、逃げ続けて……。そうしたら、いつか彼も諦めるだろう……諦め、られるのだろう。
 だって彼には、そこまでして私を捜す理由などないのだから。だから、そのうち諦めて帰るだろう。そう、思っていたのに――
「はあ……はあっ……」
 長針は、何周したのだろうか。すっかり生徒の姿がなくなった学校内に、彼の姿があった。こんな時間に残っているのは、大人くらいだ。いつもなら、とっくに帰っている時間なのに。それだというのに、どうしてそうしないの?
「っ……さくらさん……どこにいるの?」
 甘やかな優しい声は、すっかり枯れてしまっていた。
「ねえ、さくらさん。どこかにいるんでしょ?」
 整った綺麗な顔は、疲労に染まっていた。
「さくらさん……どうして? 俺、何かしたのかな? 怒ってるの? もしそうなら、ごめん。謝るから、出てきて。……理由がわからなくて、ごめん。だけど、謝るチャンスももらえないのかな?」
 サラサラの髪は持ち主によって掻き毟られ、ぐちゃぐちゃになっていた。
「さくらさん……もう、会えないの? まさか、消えちゃったの? ――そんなことないよね。そんなの俺、嫌だよ……絶対、嫌だよ……」
 大きな背中は、小さく震えて見えた。
「なんで……?」
 今すぐ飛んで行って抱き締めたいほどに、その存在は愛おしかった。彼の方こそ、今すぐにどこかへ消えてしまいそうだった。苦しいまでの感情が、胸の内で暴れている。
 私は、いったい何をやっているのだろう。こんなの、誰を残酷だというのだろうか。止まったはずの涙が、また頬を伝っていく。あんな姿にさせたかったわけでも、見たかったわけでもない。
 もう、傷付いたっていい。何を言われても、構わない。私は、すべてを受け入れ、許すだろう。それほどに私は、彼のことが――
「さくら、さん……」
 覆っていた雲が晴れて、月が顔を出した。私は涙を拭って、彼の目の前に立つ。そっと触れた桜の木が、背中を押してくれていた。
「さくらさん! 良かった、また会えた……!」
 ああ、なんて顔をしているのだろう。こんなにもぐちゃぐちゃになってしまって、せっかくのイケメンが台無しだ。それでも愛しいと思える私は、既に落ちきってしまっているらしい。
「俺、もう会えないかと思った……良かった。本当に、良かった……」
「ごめんなさい……」
「さくらさん……俺こそ、ごめん」
「謝らないで。君は、何も悪くない。何も悪くないんだよ」
 そう……彼は、何も悪くない。最初からわかっていたはずなんだ。なのに、覚悟をしたフリで甘えていた。悪いのは、私だ。弱い私が、悪いのだから……。
「たぶんだけど、そんなことないんだと思う。だってさくらさん、目も鼻も真っ赤だよ。声だって、枯れてるよ。泣くようなことがあったんでしょ? だったらそれは、俺のせいだと思うから。だからごめんね、さくらさん」
 優しい声が、私の感情をひたすらに揺さぶる。突き上げて、動かす。
 これは怒りか、悲しみか、切なさか――わからない。だけど考えるより早く、私は思いをぶつけるように口を開いていた。
「――っ、どうして! どうして、そうやって君は……目や鼻が真っ赤なのも、声が枯れているのも、何もかも全部君の方なのに……! なのに、なんで? なんでそうやって、私に優しくするの?」
 視界が滲む中そう言えば、クスリと漏れる声が耳に届いた。
「さくらさん、ぐちゃぐちゃだね……。そんな姿でも可愛いって、好きだなって思っちゃうんだ。さくらさんが、もう俺と会いたくないって言ったとしても、どんなに傷付けられたとしても、俺は全部受け入れたい。許したいと思う。それほどに、さくらさんに対して愛しいって想いが、溢れるんだ。でも、何も聞かされずに突然会えなくなるのは、怖かった。もう会えないのかって、苦しかった。心臓が壊れてしまうかと思った。もう息ができないんじゃないかってくらい……だから、ありがとう。もう一度、こうして俺の前に現れてくれてありがとう、さくらさん」
「――っ……ばか……ばかあ……!」
 そう言って微笑むから、私はもう彼の顔も見られなくなってしまった。両腕を顔の前に上げ、込み上げるものを拭い続ける。
 いろんな想いが、混ざりあっている。嬉しさと、切なさと、悲しみと、怒りと、愛しさと――それなのにそれは、不思議と真っ黒になろうとはしない。
「ねえ、泣かないで。何があったのか、教えてくれる?」
 私はただただ、子どものように頷いていた。
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