13 / 47
輝きの7月
3
しおりを挟む
「あれ?」
夕方になり、放課後のいつもの時間になった。私は彼に会いたくなくて、咄嗟に隠れてしまう。そっと覗き見た彼は、私がいつもいる場所で、きょろきょろと私を捜していた。
「さくらさん? いないの?」
どうして、私のところへ来るの? もう、その必要なんてないでしょう?
「さくらさん?」
どうして捜すの? そんな困ったような顔をして。
「さくらさーん」
どうして呼ぶの? そんな焦ったような声を出して。
「さくらさん……」
どうして? どうして、そんな泣きそうな顔をしているの?
「……よし」
顔つきが変わったかと思えば、彼は駆け出した。何かを捜すように、きょろきょろと辺りを見回しながら。
どうしよう。私は、学校から出られない。移動しなければ、いつか見つかってしまう。それは困る。ダメだ。だって、あの声に、瞳に、現実を突きつけられてしまったら、もう終わりだ。そんなこと、想像だってしたくない。だって、その瞬間、きっと私は壊れてしまう――
今はダメだ。待ってほしい。私に覚悟ができるまで。心の整理がつくまでは。それでも、本当は聞きたくなどない。だからもう、このまま会わなければいい。逃げて、逃げて、逃げ続けて……。そうしたら、いつか彼も諦めるだろう……諦め、られるのだろう。
だって彼には、そこまでして私を捜す理由などないのだから。だから、そのうち諦めて帰るだろう。そう、思っていたのに――
「はあ……はあっ……」
長針は、何周したのだろうか。すっかり生徒の姿がなくなった学校内に、彼の姿があった。こんな時間に残っているのは、大人くらいだ。いつもなら、とっくに帰っている時間なのに。それだというのに、どうしてそうしないの?
「っ……さくらさん……どこにいるの?」
甘やかな優しい声は、すっかり枯れてしまっていた。
「ねえ、さくらさん。どこかにいるんでしょ?」
整った綺麗な顔は、疲労に染まっていた。
「さくらさん……どうして? 俺、何かしたのかな? 怒ってるの? もしそうなら、ごめん。謝るから、出てきて。……理由がわからなくて、ごめん。だけど、謝るチャンスももらえないのかな?」
サラサラの髪は持ち主によって掻き毟られ、ぐちゃぐちゃになっていた。
「さくらさん……もう、会えないの? まさか、消えちゃったの? ――そんなことないよね。そんなの俺、嫌だよ……絶対、嫌だよ……」
大きな背中は、小さく震えて見えた。
「なんで……?」
今すぐ飛んで行って抱き締めたいほどに、その存在は愛おしかった。彼の方こそ、今すぐにどこかへ消えてしまいそうだった。苦しいまでの感情が、胸の内で暴れている。
私は、いったい何をやっているのだろう。こんなの、誰を残酷だというのだろうか。止まったはずの涙が、また頬を伝っていく。あんな姿にさせたかったわけでも、見たかったわけでもない。
もう、傷付いたっていい。何を言われても、構わない。私は、すべてを受け入れ、許すだろう。それほどに私は、彼のことが――
「さくら、さん……」
覆っていた雲が晴れて、月が顔を出した。私は涙を拭って、彼の目の前に立つ。そっと触れた桜の木が、背中を押してくれていた。
「さくらさん! 良かった、また会えた……!」
ああ、なんて顔をしているのだろう。こんなにもぐちゃぐちゃになってしまって、せっかくのイケメンが台無しだ。それでも愛しいと思える私は、既に落ちきってしまっているらしい。
「俺、もう会えないかと思った……良かった。本当に、良かった……」
「ごめんなさい……」
「さくらさん……俺こそ、ごめん」
「謝らないで。君は、何も悪くない。何も悪くないんだよ」
そう……彼は、何も悪くない。最初からわかっていたはずなんだ。なのに、覚悟をしたフリで甘えていた。悪いのは、私だ。弱い私が、悪いのだから……。
「たぶんだけど、そんなことないんだと思う。だってさくらさん、目も鼻も真っ赤だよ。声だって、枯れてるよ。泣くようなことがあったんでしょ? だったらそれは、俺のせいだと思うから。だからごめんね、さくらさん」
優しい声が、私の感情をひたすらに揺さぶる。突き上げて、動かす。
これは怒りか、悲しみか、切なさか――わからない。だけど考えるより早く、私は思いをぶつけるように口を開いていた。
「――っ、どうして! どうして、そうやって君は……目や鼻が真っ赤なのも、声が枯れているのも、何もかも全部君の方なのに……! なのに、なんで? なんでそうやって、私に優しくするの?」
視界が滲む中そう言えば、クスリと漏れる声が耳に届いた。
「さくらさん、ぐちゃぐちゃだね……。そんな姿でも可愛いって、好きだなって思っちゃうんだ。さくらさんが、もう俺と会いたくないって言ったとしても、どんなに傷付けられたとしても、俺は全部受け入れたい。許したいと思う。それほどに、さくらさんに対して愛しいって想いが、溢れるんだ。でも、何も聞かされずに突然会えなくなるのは、怖かった。もう会えないのかって、苦しかった。心臓が壊れてしまうかと思った。もう息ができないんじゃないかってくらい……だから、ありがとう。もう一度、こうして俺の前に現れてくれてありがとう、さくらさん」
「――っ……ばか……ばかあ……!」
そう言って微笑むから、私はもう彼の顔も見られなくなってしまった。両腕を顔の前に上げ、込み上げるものを拭い続ける。
いろんな想いが、混ざりあっている。嬉しさと、切なさと、悲しみと、怒りと、愛しさと――それなのにそれは、不思議と真っ黒になろうとはしない。
「ねえ、泣かないで。何があったのか、教えてくれる?」
私はただただ、子どものように頷いていた。
夕方になり、放課後のいつもの時間になった。私は彼に会いたくなくて、咄嗟に隠れてしまう。そっと覗き見た彼は、私がいつもいる場所で、きょろきょろと私を捜していた。
「さくらさん? いないの?」
どうして、私のところへ来るの? もう、その必要なんてないでしょう?
「さくらさん?」
どうして捜すの? そんな困ったような顔をして。
「さくらさーん」
どうして呼ぶの? そんな焦ったような声を出して。
「さくらさん……」
どうして? どうして、そんな泣きそうな顔をしているの?
「……よし」
顔つきが変わったかと思えば、彼は駆け出した。何かを捜すように、きょろきょろと辺りを見回しながら。
どうしよう。私は、学校から出られない。移動しなければ、いつか見つかってしまう。それは困る。ダメだ。だって、あの声に、瞳に、現実を突きつけられてしまったら、もう終わりだ。そんなこと、想像だってしたくない。だって、その瞬間、きっと私は壊れてしまう――
今はダメだ。待ってほしい。私に覚悟ができるまで。心の整理がつくまでは。それでも、本当は聞きたくなどない。だからもう、このまま会わなければいい。逃げて、逃げて、逃げ続けて……。そうしたら、いつか彼も諦めるだろう……諦め、られるのだろう。
だって彼には、そこまでして私を捜す理由などないのだから。だから、そのうち諦めて帰るだろう。そう、思っていたのに――
「はあ……はあっ……」
長針は、何周したのだろうか。すっかり生徒の姿がなくなった学校内に、彼の姿があった。こんな時間に残っているのは、大人くらいだ。いつもなら、とっくに帰っている時間なのに。それだというのに、どうしてそうしないの?
「っ……さくらさん……どこにいるの?」
甘やかな優しい声は、すっかり枯れてしまっていた。
「ねえ、さくらさん。どこかにいるんでしょ?」
整った綺麗な顔は、疲労に染まっていた。
「さくらさん……どうして? 俺、何かしたのかな? 怒ってるの? もしそうなら、ごめん。謝るから、出てきて。……理由がわからなくて、ごめん。だけど、謝るチャンスももらえないのかな?」
サラサラの髪は持ち主によって掻き毟られ、ぐちゃぐちゃになっていた。
「さくらさん……もう、会えないの? まさか、消えちゃったの? ――そんなことないよね。そんなの俺、嫌だよ……絶対、嫌だよ……」
大きな背中は、小さく震えて見えた。
「なんで……?」
今すぐ飛んで行って抱き締めたいほどに、その存在は愛おしかった。彼の方こそ、今すぐにどこかへ消えてしまいそうだった。苦しいまでの感情が、胸の内で暴れている。
私は、いったい何をやっているのだろう。こんなの、誰を残酷だというのだろうか。止まったはずの涙が、また頬を伝っていく。あんな姿にさせたかったわけでも、見たかったわけでもない。
もう、傷付いたっていい。何を言われても、構わない。私は、すべてを受け入れ、許すだろう。それほどに私は、彼のことが――
「さくら、さん……」
覆っていた雲が晴れて、月が顔を出した。私は涙を拭って、彼の目の前に立つ。そっと触れた桜の木が、背中を押してくれていた。
「さくらさん! 良かった、また会えた……!」
ああ、なんて顔をしているのだろう。こんなにもぐちゃぐちゃになってしまって、せっかくのイケメンが台無しだ。それでも愛しいと思える私は、既に落ちきってしまっているらしい。
「俺、もう会えないかと思った……良かった。本当に、良かった……」
「ごめんなさい……」
「さくらさん……俺こそ、ごめん」
「謝らないで。君は、何も悪くない。何も悪くないんだよ」
そう……彼は、何も悪くない。最初からわかっていたはずなんだ。なのに、覚悟をしたフリで甘えていた。悪いのは、私だ。弱い私が、悪いのだから……。
「たぶんだけど、そんなことないんだと思う。だってさくらさん、目も鼻も真っ赤だよ。声だって、枯れてるよ。泣くようなことがあったんでしょ? だったらそれは、俺のせいだと思うから。だからごめんね、さくらさん」
優しい声が、私の感情をひたすらに揺さぶる。突き上げて、動かす。
これは怒りか、悲しみか、切なさか――わからない。だけど考えるより早く、私は思いをぶつけるように口を開いていた。
「――っ、どうして! どうして、そうやって君は……目や鼻が真っ赤なのも、声が枯れているのも、何もかも全部君の方なのに……! なのに、なんで? なんでそうやって、私に優しくするの?」
視界が滲む中そう言えば、クスリと漏れる声が耳に届いた。
「さくらさん、ぐちゃぐちゃだね……。そんな姿でも可愛いって、好きだなって思っちゃうんだ。さくらさんが、もう俺と会いたくないって言ったとしても、どんなに傷付けられたとしても、俺は全部受け入れたい。許したいと思う。それほどに、さくらさんに対して愛しいって想いが、溢れるんだ。でも、何も聞かされずに突然会えなくなるのは、怖かった。もう会えないのかって、苦しかった。心臓が壊れてしまうかと思った。もう息ができないんじゃないかってくらい……だから、ありがとう。もう一度、こうして俺の前に現れてくれてありがとう、さくらさん」
「――っ……ばか……ばかあ……!」
そう言って微笑むから、私はもう彼の顔も見られなくなってしまった。両腕を顔の前に上げ、込み上げるものを拭い続ける。
いろんな想いが、混ざりあっている。嬉しさと、切なさと、悲しみと、怒りと、愛しさと――それなのにそれは、不思議と真っ黒になろうとはしない。
「ねえ、泣かないで。何があったのか、教えてくれる?」
私はただただ、子どものように頷いていた。
0
あなたにおすすめの小説
ハチミツ色の絵の具に溺れたい
桃本もも
青春
大学生になったばかりの梅若佐保には、ひとつだけ悔やんでも悔やみきれないことがあった。
高校で唯一仲良くしていた美術部の後輩、茜谷まほろが事故に遭うきっかけを作ってしまったことだ。
まほろは一命を取りとめたものの、意識不明がつづいている。
まほろがいない、無味乾燥な日々。
そんな佐保のもとに、入院しているはずのまほろが現れる。
「あたし、やりたいことがあって、先輩のところに来たんです」
意識だけの存在になったまほろとの、不思議なふたり暮らしがはじまる――
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
一条さん結婚したんですか⁉︎
あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎
嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡
((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜
⭐︎本編は完結しております⭐︎
⭐︎番外編更新中⭐︎
Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】
remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。
本宮 のい。新社会人1年目。
永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。
なんだけど。
青井 奏。
高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、
和泉 碧。
初恋の相手らしき人も現れた。
幸せの青い鳥は一体どこに。
【完結】 ありがとうございました‼︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる