きみにふれたい

広茂実理

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ときめきの8月

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 夏休みが終わって、気怠い生徒たちの中で、たった一人。足どり軽やかな彼が、変わらず私の隣にいた。宿題がすべて片付いたことや、休み明けのテストが終わったことも理由の一つかもしれない。だけど、もちろんそんなことは、彼にとってはすべてが些細なことだった。
 私と、当たり前のように毎日過ごせる日々――何をするわけでもない、平凡な日常。それが、彼にとっては大事なこと。何にも代えがたい、大事な時間だからこそ、彼は日々を笑顔で過ごしていた。
「ほら、これ見て」
「何これ」
 会わなかった一週間分の土産話は、尽きる様子がない。親戚がどうの、いとこの子どもがどうのと、いろいろな話が次から次へと飛び出した。今日も今日とて、図書室で話を聞きながらケータイの画像を見せてもらっている。
 しかし、それも誰かがそばにいると途切れてしまうので、なかなかに話が進まない。いつものように桜の木でとなると、暑すぎて彼が耐えられない。なので、どうしてもスローペースになるのだった。
 次から次へと現れる、見たことのない景色。まるで、メモリーをいっぱいにしたかのような数の画像に、呆れるとともに嬉しくなる。少なくとも写真を撮っている間は、私のことを考えてくれていたのだと知ることができるから。
「さくらさん、何笑ってるの?」
「君って、私のことが本当に好きなんだなと思って」
「今頃わかったの?」
 否定どころか、当たり前のように言ってくるものだから、微苦笑が漏れるというものだ。
「私のどこが好きなの?」
「え? 急にどうしたの?」
「知りたいことは聞いていいって、前に言っていたよ」
 そう言うと、そうだったねと笑って教えてくれた。
「前にも言ったけど、初めは一目惚れだよ。入学してからはずっとそばにいて、なんて頑固で怖がりで強がりな人なんだろうって思った。だけど、それも含めて可愛くて、優しくて、俺のために泣いて怒ってくれる……こんな人、他にいないよ。初めて、本当の俺を見てくれる人に出会えたと思った。外見だけじゃなく、俺自身を見てくれたから、もっと好きになった。どこがなんて、言い出せばキリがない。全部好きだから」
 そこまで言っておいて、なんだか恥ずかしいと言って照れてみせるけれど、聞かされたこちらの方が赤面ものだ。いや、聞いたのは、私なのだけれど。
「さくらさんは?」
「え?」
「さくらさんは、どうして俺の告白にオーケーしてくれたの?」
「あー……」
 言わせておいて、言わないという選択肢は――ないよね。
「俺の容姿が良かったから?」
「違う! いや、違わないけど……それだけじゃない」
「いいよ。さくらさんに好きになってもらえるのなら、この顔も身長も全部、意味があったって思えるから」
 自分の容姿だけを見て寄ってくる人たちに対して、良い印象を抱いていない彼だ。そんな評価なんて、本当は嫌だろうに。
 ずっと、本当の自分を見てくれる人を探していた。そんな君だったから――
「最初は、ビックリした。ものすごいイケメンが現れたってね。そして、変な人だと思った。だって、幽霊だとわかっていて好きだと言うし、付き合いたいと告白してくる。それも本気で。冗談でなく。断ったのに、それでも引き下がらない。なんなら友達でもいいなんて、嘘を吐く。そうまでして、どうして私といたいのか全然わからなかった。毎日毎日やってきては、聞いてもいないことを話して。……君の容姿は、目を引いたよ。正直言うと、ものすごく好み。だけど、君を見ているうちに、引っ掛かるものがあった。どうして、そんなに大人びているのだろうって、不思議さを抱いた。年齢不相応だと感じた。そして、私に似ていると思った」
「似てる?」
「そう……何かを抱えていそうな、妙に達観したようなところ。だから、興味を持った。いったい、どんな生き方をしてきたのだろうって。そうやっていつの間にか、目が追っていた。無意識に、君の姿を映していた。いつでも忘れられるようにしなくちゃって思えば思うほど、裏腹に気持ちが言うことを聞いてくれなくなった。そしてあの日……君に彼女がいるって話を聞いた時、後悔したの――君に、気持ちを伝えなかったことを。君にいつか彼女ができたら、ちゃんと祝福しようと思っていたのに。身を引いて、遠くで見守っていようと決めていたのに。君の隣に知らない誰かが立っているのを想像したら、苦しかった。嫌だと思った。私はいつの間にか、こんなにも君のことで頭が、心がいっぱいだったんだと気付いたの。だから、一緒かも。どこがなんてわからない。いつからなんてわからない。最初からだったのかもしれない。君の全部が、好きになっちゃった」
 そう――言葉になんてできない。表せない。これが運命なのかと思えるくらいに、ただただ惹かれた。
 他の人とは違う。誰にも抱いたことのない特別な想いが、ここにある。
「初めて……好きって、言ってくれた」
 ――ん?
「そう、だっけ?」
「そうだよ」
 それはそれは……。
「いろいろと、突っ込んで聞きたいこともあった気がするんだけど、最後ので、全部吹き飛んじゃった」
「そ、そう……」
「ねえ、もう一回言って」
「な、何をかな?」
「好きって、言って」
 期待の眼差しが、外の日差しといい勝負をしている。目がチカチカしそうだ。
 これは……いつものあれだ。言わないと、いつまでもこのままというやつだ。私が恥ずかしがって狼狽えている姿も、きっと楽しんで見ているのだろう。そう思ったら、割と私は彼の手のひらで転がされているような気がする。それでも、それが嫌だと感じないのだから、仕方がない。何とかの弱みというやつだ。
「ね、さくらさん。お願い」
「……わ、わかった」
 私は知っている。時間を掛ければ掛けるほど、言いづらくなることを。ならば、さっさと言ってしまえばいい。先程できたのだから、やれないことはないはずだ。
「す……っ……」
 ああ、もう。いざとなると、なんでこう私はヘタレなのだろうか。口から心臓が飛び出しそうなのだが、きちんと受け止められるだろうか。
 彷徨わせた瞳で彼を見やれば、ただ黙って微笑みながら待ってくれていた。
 この野郎。余裕そうな顔しやがって……。
 深呼吸を一つ。覚悟を決めた私は、強いのだ。ちゃんと目を見て――ああ、もう泣きそうなのだけれど。
「レオくん……す……っ……す、好き、です……」
 どんどん声が小さくなっていってしまったけれど、ちゃんと聞こえただろうか。
 しかし、これ以上は本当に勘弁してほしい。冗談でなく、心臓が遥か彼方にいってしまう。
 あれ? 心臓あるんだっけ? とにかく、無理。もう無理だから。
 胸中でそう叫びながら、チラリと彼を見る。すると、首まで真っ赤になって、片手の甲で口元を覆っていた。
「さくらさんって、時々、破壊力満点で俺を翻弄するよね」
「は? それは、君でしょうが」
「そんな涙目で、上目遣いのくせに、無自覚なんだもんなあ……」
「何? どういうこと?」
「なんでもないです。……ありがとう、嬉しい。俺も好きだよ、さくらさん」
 さらりと言っちゃってさ、ズルい。本当にズルい。なんだか、納得いかない。
「いろいろ聞けたのも、嬉しかった。大事だね、伝えるって」
「そうだね……私もそう思う」
「だから俺、もっとさくらさんに好きを伝え続けるから。怖がりなさくらさんが、不安になる隙なんてないくらいに。だから、覚悟しててね」
「う……いいよ、たまにで。私がもたない」
「そうはいかないよ。期待してて」
 言って、ぱちり。あああ、ウインクしやがった……! 何この生き物! まるで少女漫画に出てくる、主人公に迫ってくる謎なイケメンぶり。こんなやつ、実際にいるわけがないだろう。というか、リアルにいたら気持ち悪い。そううんざりしていたキャラクターが、漫画から出てきたみたい。
 どうしてくれるのだろう。私は、そんなお花畑展開は嫌いなのに。だって、それはどこかのネズミの王国みたいな、夢の世界だもの。リアルには、どこにも存在しないものだもの。現実に帰ってきて落ち込むくらいなら、最初からありもしない幻なんて、見たくない。落胆させないでほしい。
 ――そう、思っていたのに……。
 現実に、こんな妄想の世界みたいなことがあるなんて。こんな人がいるなんて。本当に――
「レオくんの、バカ」
「え? 何で? 突然のツンデレ? もう、可愛いなあ」
「え……頭、大丈夫?」
「……それは、いくらなんでもひどいと思う」
 彼のせいで、どうやら私は嫌いなものを好きになってしまいそうです。
「ふふ……」
「ははっ」
 そして、そうやって変わっていっても、変わらずこうやって笑いあえるのだろう。
 私たち、二人ならば。
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