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気付きの10月
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翌日。文化祭二日目。
今日も朝から、彼は浴衣姿で呼び込みをしていた。昨日来ていた子もいるのではないだろうか。朝から大盛況で、彼は女の子に囲まれていた。
男子なら、誰もが羨むはずのシチュエーション。しかし彼は、困った目をしてこちらを見ていた。けれど、私はただただ苦笑を返すことしかできなかった。
「疲れた……」
昼頃。私たちはまた逃げるようにして、空き教室に来ていた。
「お疲れ様」
昨日よりも、来校者数は増えているようだ。休日ということもあるだろう。あとは、噂が広まっているようだった。
「ほとんどの子、君目当てだったね」
「嬉しいと思えない俺は、間違ってるのかな……」
遠い目をしている。相当疲れたのだろう。
「それ、男子の前で言わない方がいいかもね」
「でも、俺にはさくらさんがいるんだから、間違ってはないよな」
自分だけを見てくれるのは、女子として嬉しいことこの上ない。彼は口だけではないから、尚更だ。
「とりあえず、ご飯食べに行く?」
そう促せば、彼は淡い苦笑を浮かべて立ち上がった。
「お腹鳴りそうだったんだ」
「ふふっ」
今日は何にしようかな、なんて話しながら歩く。お腹が満たされた後も、昨日行っていないところに足を伸ばしたりした。
「他に見たいところある?」
パンフレットを広げる彼の手元を覗く。だいたい回ったんだよな……。
「ステージのスケジュールは?」
歩き回ると、どうしても彼が女の子に捕まってしまって、その対応に彼が疲れてしまう。そのため私は、割と暗がりで人の視線がステージに夢中になっている体育館を提案した。
「ちょうど、軽音部がライブやってるみたい」
「そうなんだ」
「行ってみようか」
「うん」
そうして見に行ったステージは盛り上がっていて、意外に私でも知っている曲が演奏されていたりで楽しかった。
「この後は、三年のクラス劇だって。このまま見ていく?」
「そうだね。そうしようか」
舞台では、楽器の撤収作業が行われていた。その間に、パンフレットを見る。
「どんな劇?」
「えっと……三年一組の……あ、これか。雪白姫だって」
「ゆきじろ、ひめ?」
雪のように白い姫。スノーホワイトを日本語訳すると、白雪ではなく雪白だという話を聞いたことがある。台本を書いた人は、原作をよく調べたのかもしれない。
「あ、始まるみたい」
照明が落とされ、音楽が流れる。ナレーションの子が立ち去ると、幕が開き美人の王妃が現れた。どうやら彼らの台本では、彼女は継母ではなく実母らしい。
雪のように白い肌、血のように赤い頬や唇、黒檀の窓枠の木のように黒い瞳を持って産まれた王女。その容姿から、スノーホワイト――雪白姫と呼ばれる。彼女は、その美しさゆえに命を狙われた。城を追われ、猟師に森へ置き去りにされ、小人と出会う。そして、彼女が存命であることを知った王妃によって、また命を狙われる。
幼い頃はよくわかっていなかったし、それに読んでいたのは子ども向けの話になっていたものだった。そのためか、改めて触れた作品は、なんともいえないものだった。
――どうして彼女は、狙われている身で小屋の扉をやすやすと開けたのか。そして何故、疑いもなく林檎を口にしたのだろうか。
無邪気な心優しい、疑うことを知らない子だったから? そんなことがあるというのだろうか。
王女として生まれ育ち、世間知らずだったかもしれない。けれど猟師に命を狙われ、住むところを失い、やっと見つけた暮らしでも王妃に腰紐や櫛を使って二度も殺されかけていて、それでも尚、人を信じようというのか。
それとも――どんな人でも、母は母。彼女は、物売りとしてやってきた女が実母だとわかっていて、そして毒とわかっていて、林檎をかじったのだとしたら?
どんなことをされても、何度裏切られても、それでも信じたい人というのは、いるのかもしれない。そして、そんな人に与えられるものならば、毒だとしても受け入れてしまうのだろうか。それは、私の考えすぎなのかもしれないけれど……。
ラストは、生き返った彼女と王子との結婚式で終わるというものだった。
出来は、まあまあだった。昨日、演劇部の劇を見ているので、どうしても比べて見てしまうと残念に思える部分がちらほらとあったのだけれど。主役の子が上手かったのと、台本がしっかりとしていたので、それなりに見ていられた。
明るくなった体育館は、少し眩しかった。見に来ていた人たちは次々と立ち上がり、開けられた扉から外へと歩いて行く。
「ねえ――」
「さくらさ――」
レオくんと声が重なった。
「……何?」
「さくらさんから、どうぞ」
いや、別に大したことを言うつもりはなかったから、譲られると余計に言いにくいのだけれど――って、今の拍子で、何を言おうと思ったのだったか忘れてしまった。
「……何でもない。君は?」
「そろそろ行こうかって、言おうと思って」
「そうなんだ。そうだね、私たちも行こうか」
あ、思い出した。聞こうとしたんだった――ねえ、君なら林檎をかじった? って。
私だったら、林檎をかじって。それから、相手にも食べさせてやるんだ。そうして二人で堕ちてやるのに――
なんて、絶対にそんなことは口にしないけれど。
今日も朝から、彼は浴衣姿で呼び込みをしていた。昨日来ていた子もいるのではないだろうか。朝から大盛況で、彼は女の子に囲まれていた。
男子なら、誰もが羨むはずのシチュエーション。しかし彼は、困った目をしてこちらを見ていた。けれど、私はただただ苦笑を返すことしかできなかった。
「疲れた……」
昼頃。私たちはまた逃げるようにして、空き教室に来ていた。
「お疲れ様」
昨日よりも、来校者数は増えているようだ。休日ということもあるだろう。あとは、噂が広まっているようだった。
「ほとんどの子、君目当てだったね」
「嬉しいと思えない俺は、間違ってるのかな……」
遠い目をしている。相当疲れたのだろう。
「それ、男子の前で言わない方がいいかもね」
「でも、俺にはさくらさんがいるんだから、間違ってはないよな」
自分だけを見てくれるのは、女子として嬉しいことこの上ない。彼は口だけではないから、尚更だ。
「とりあえず、ご飯食べに行く?」
そう促せば、彼は淡い苦笑を浮かべて立ち上がった。
「お腹鳴りそうだったんだ」
「ふふっ」
今日は何にしようかな、なんて話しながら歩く。お腹が満たされた後も、昨日行っていないところに足を伸ばしたりした。
「他に見たいところある?」
パンフレットを広げる彼の手元を覗く。だいたい回ったんだよな……。
「ステージのスケジュールは?」
歩き回ると、どうしても彼が女の子に捕まってしまって、その対応に彼が疲れてしまう。そのため私は、割と暗がりで人の視線がステージに夢中になっている体育館を提案した。
「ちょうど、軽音部がライブやってるみたい」
「そうなんだ」
「行ってみようか」
「うん」
そうして見に行ったステージは盛り上がっていて、意外に私でも知っている曲が演奏されていたりで楽しかった。
「この後は、三年のクラス劇だって。このまま見ていく?」
「そうだね。そうしようか」
舞台では、楽器の撤収作業が行われていた。その間に、パンフレットを見る。
「どんな劇?」
「えっと……三年一組の……あ、これか。雪白姫だって」
「ゆきじろ、ひめ?」
雪のように白い姫。スノーホワイトを日本語訳すると、白雪ではなく雪白だという話を聞いたことがある。台本を書いた人は、原作をよく調べたのかもしれない。
「あ、始まるみたい」
照明が落とされ、音楽が流れる。ナレーションの子が立ち去ると、幕が開き美人の王妃が現れた。どうやら彼らの台本では、彼女は継母ではなく実母らしい。
雪のように白い肌、血のように赤い頬や唇、黒檀の窓枠の木のように黒い瞳を持って産まれた王女。その容姿から、スノーホワイト――雪白姫と呼ばれる。彼女は、その美しさゆえに命を狙われた。城を追われ、猟師に森へ置き去りにされ、小人と出会う。そして、彼女が存命であることを知った王妃によって、また命を狙われる。
幼い頃はよくわかっていなかったし、それに読んでいたのは子ども向けの話になっていたものだった。そのためか、改めて触れた作品は、なんともいえないものだった。
――どうして彼女は、狙われている身で小屋の扉をやすやすと開けたのか。そして何故、疑いもなく林檎を口にしたのだろうか。
無邪気な心優しい、疑うことを知らない子だったから? そんなことがあるというのだろうか。
王女として生まれ育ち、世間知らずだったかもしれない。けれど猟師に命を狙われ、住むところを失い、やっと見つけた暮らしでも王妃に腰紐や櫛を使って二度も殺されかけていて、それでも尚、人を信じようというのか。
それとも――どんな人でも、母は母。彼女は、物売りとしてやってきた女が実母だとわかっていて、そして毒とわかっていて、林檎をかじったのだとしたら?
どんなことをされても、何度裏切られても、それでも信じたい人というのは、いるのかもしれない。そして、そんな人に与えられるものならば、毒だとしても受け入れてしまうのだろうか。それは、私の考えすぎなのかもしれないけれど……。
ラストは、生き返った彼女と王子との結婚式で終わるというものだった。
出来は、まあまあだった。昨日、演劇部の劇を見ているので、どうしても比べて見てしまうと残念に思える部分がちらほらとあったのだけれど。主役の子が上手かったのと、台本がしっかりとしていたので、それなりに見ていられた。
明るくなった体育館は、少し眩しかった。見に来ていた人たちは次々と立ち上がり、開けられた扉から外へと歩いて行く。
「ねえ――」
「さくらさ――」
レオくんと声が重なった。
「……何?」
「さくらさんから、どうぞ」
いや、別に大したことを言うつもりはなかったから、譲られると余計に言いにくいのだけれど――って、今の拍子で、何を言おうと思ったのだったか忘れてしまった。
「……何でもない。君は?」
「そろそろ行こうかって、言おうと思って」
「そうなんだ。そうだね、私たちも行こうか」
あ、思い出した。聞こうとしたんだった――ねえ、君なら林檎をかじった? って。
私だったら、林檎をかじって。それから、相手にも食べさせてやるんだ。そうして二人で堕ちてやるのに――
なんて、絶対にそんなことは口にしないけれど。
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