きみにふれたい

広茂実理

文字の大きさ
25 / 47
気付きの10月

4

しおりを挟む
「出た……」
「はあ? 幽霊に『出た』なんて言われたくないんだけど」
 先月、突然現れてから音沙汰のなかった、名も知らない美少年。その彼が、眼前に立っていた。
 あの日以来現れなかったから、すっかり忘れていたのに……というのは嘘だが。
 まあ、こんな強烈な存在だ。実際は忘れられなかったので、考えたくなかっただけなのだけれど。
「レオに僕のこと、言ってないみたいだね」
「何を言うのよ」
「別に。ただ、何か聞いたりするかなと思っただけだよ」
 この子のことを言うかどうかは、正直迷った。だけど、不明瞭な点が多すぎたし、わざわざ彼のいないところで現れたのだ。そのことに意味があるかはわからないけれど、しばらく様子を見ようと決めた。そのため、彼には話さなかったのだ。
 だいたい、話したところでどうにかなるとも思えないし。むしろ、リスクがある。
 もしかしたら、それを狙って……? いや、そこまでは考えすぎか……。
「そういえば、文化祭の時いなかったね。てっきり、レオくんと一緒に回ろうと現れるかと思ったのに」
「残念なことにクラスが違うし、自由時間も全然違ったんだ。だから、仕方なくお前に譲ってやっただけ。感謝しろよな」
 はあ、そうでしたか……。
「それで? 今日はいったい、何の用なの?」
「そんなに嫌そうにするなよ。僕だって嫌なんだから」
 だったら、通り過ぎればいいのに。わざわざ立ち止まって、何の用なのだろうか。
「言ったろ。また来るって。あれから、考えを改めたかと思ってな」
 緑がかった漆黒の髪が風に遊ばれて、さらりと揺れる。相変わらずの雪肌に、くっきりとした目鼻立ち。とても可愛い顔をしているのに、表情が私を見下すそれだった。
 意地悪な人は意地悪な顔つきを、優しい人は優しい顔つきをしているものだが……この子は、顔に似合わない言動をする。
 本心が見えない。
「それで、どうだ。レオのためにどうするべきか、考えたか?」
「……考えたよ。君に言われるまでもなく、ずっと考え続けてきた。ずっと、悩み続けてきたんだから」
 目の前の彼は黙っている。感情を消した顔で、まっすぐに私を見つめている。
 それはまるで、「それで?」とでも言いたげな表情だった。
「三年間だけ……」
「え?」
「三年間だけ、そばにいることを許して――そう、レオくんに言われた」
 彼は黙ったままだ。唯一、眉間に皺が刻まれた。
「だから、この学校にいる間だけ。その有限の時間を、二人で過ごさせてほしい。別れる瞬間に、『楽しかったね』って言える未来にしたいの。後悔しないように」
「それ……レオが言ったのか?」
「そうだよ」
「目を見て?」
「そう」
「ふうん……」
 ついと逸らされる視線。何もないところを彷徨い、やがてそれは帰ってきた。
「それで、お前もその茶番に付き合おうって?」
「そうだけど」
「期限付きの恋人? 最初から終わりがわかっている関係? ――冗談にも程がある」
「不本意ながら、その意見には同意する。だけど、それでも自分の気持ちに、嘘は吐けなかった」
「へえ……あっそ。やっぱり馬鹿だったか」
 嘲笑を向けられて、目を細める。そのまま睨むように見つめていると、彼は途端に真剣な顔つきをした。
「レオが、三年後――もう二年半だな――その時を迎えて、潔く別れると思うか?」
「……わからない」
「わからない? 嘘だ。わかってるんだろ? 気付いてるんだろ? じゃなきゃ、そんな答えは出ない。レオのことを素直に信じるなら、そこは肯定するところだ。だけど、お前は濁した。だったら、お前は気付いてるんだ。そうだろ?」
 彼の嘘。昏い光を宿した瞳――それらの片鱗を思うと、わからなかった。
 信じたいと思う反面、どうにかしようと足掻くのではないか――そんな様子さえ、想像できてしまう。
 私は、この子に言い返す言葉がなかった。
「だんまりか……まあいいや。それで? お前はそれで良いのか?」
「良いって、何が?」
「さっき言ったこと。レオの卒業と同時に別れるって話。期限付きの恋人。三年間べったりの人間が、あっさりと学校に来なくなるんだ。お前はまたひとりぼっち。孤独感は更に増して、お前を苛む」
 まるで、舞台上の俳優だ。もったいぶった話し方で、私の神経を逆なでしてくる。
 その様子にムッとしていると、余裕さえ称えていた表情が、鋭いものに変わった。
「――それで良いのかって、聞いてんだよ」
 いつもより低い声や態度に、私よりも背が低いはずの彼が、大きく見えた。気圧され、萎縮する。
「わ、私がどう思おうと、関係ないでしょ」
 なんとかそれだけを返すと、がっかりしたと言わんばかりに、あからさまな溜息を吐かれた。
「あのさ、僕を言い負かすくらいのこと、してみせたらどうなの? 前だって、即答できなかったくせに……。僕に好き勝手言われて、何とも思わないわけ?」
 呆れたと書いてある顔に、言いたいことが生まれては絡み合う。上手く言葉にできなくて、もつれて、喉元で引っかかっていた。
「まあ、それが答えってことだよね。真剣に考えてない。目の前のことだけしか見えてない。所詮はそういうことだ」
 チャイムが鳴り響く。予鈴だ。どうやら、彼との会話もリミットがきたらしい。
「時間だね。じゃあ、優等生の僕はもう行くけど、また来るから。その時までに、少しはマシな考えでも用意しておいてよ。それでもくだらない答えを出すなら、いくらレオが言ったことでも、三年なんて待たずに別れさせるから」
「それだけは、絶対にさせない。私は、誰かの言葉に流されるような気持ちで付き合ってないから」
「だったら、はぐらかさないで僕を納得させてみせてよ。僕はレオの目を覚まさせようとしてる。だけどそれが間違ってるっていうなら、ちゃんとお前の言葉で立ち塞がって。立ち向かってきて。次、逃げようとしたら二度と話は聞かないから」
 言って、くるりと踵を返す美少年。私はその背に、声を掛けた。
「そうだ。名前、教えてよ。君だけ知っているなんて、不公平でしょ」
「……じゃあ、リュウ」
「じゃあって何よ。名前を聞いたんだけど」
「名前だよ。嘘は吐いてない。レオもそう呼ぶ」
「あっそ」
 名前の一部ってところかな?
「リュウ。私、行動する。それで、ちゃんと言葉にしてみせる」
「やれるもんならどうぞ。期待はしてないよ」
 後ろ手を振って、今度こそリュウは校舎へ姿を消した。
 行動する――それは、彼に言われたからじゃない。そうしようと、決めていたことだ。
「レオくんなら、きっと協力してくれるよね」
 上空を振り仰ぐ。薄らと、雲が空を覆い始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハチミツ色の絵の具に溺れたい

桃本もも
青春
大学生になったばかりの梅若佐保には、ひとつだけ悔やんでも悔やみきれないことがあった。 高校で唯一仲良くしていた美術部の後輩、茜谷まほろが事故に遭うきっかけを作ってしまったことだ。 まほろは一命を取りとめたものの、意識不明がつづいている。 まほろがいない、無味乾燥な日々。 そんな佐保のもとに、入院しているはずのまほろが現れる。 「あたし、やりたいことがあって、先輩のところに来たんです」 意識だけの存在になったまほろとの、不思議なふたり暮らしがはじまる――

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

一条さん結婚したんですか⁉︎

あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎ 嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡ ((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜 ⭐︎本編は完結しております⭐︎ ⭐︎番外編更新中⭐︎

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

処理中です...